26.ゆうしゃの条件
「おまえは女なんだからゆうしゃになれないんだよ」
「なんで女はゆうしゃになれないの?」
「女だからだよ!」
子ども同士で言い争いが始まってしまった。初めて対面する少年少女の前で困り果てる。この手の問題を上手く丸め込められるほど弁が立つ自信はない。核心をつかず言葉の裏を読み合う大人と、ただ純粋な子どもとでは勝手が違いすぎる。大体こういうのは山蕗の方が得意だ。
「女がゆうしゃになったっていいじゃない!」
「おれよりよわいくせになに言ってんだよ」
なんだこれ、止めた方がいいのか?子どもを窘めるなんて絶対に俺の仕事ではない。
しかし両者睨み合って今にも手が出そうである。喧嘩が始まって泣かれた方が面倒だと頭を掻きむしった。
「やい、少年。名前は?」
少年の前にしゃがんでとりあえず目線を合わせてみる。
「揮秦」
「揮秦な。君は?」
「……夢木」
「夢木な。じゃあそれぞれ俺と戦って勝てたら勇者にしてやる」
二人の目を順番に見て笑いかけると、それぞれ目を見開いた。
「うけてたつ!」
元気よく返事した揮秦は持っていた木の棒を、すぐさま構えて斬りかかってきた。
しゃがんでいたところから即座に立ち上がり、ひょいと避けると悔しそうに顔を歪める。
「なんでよけるんだよー!」
「そりゃ突然斬りかかって来られたら避けるだろ。簡単に負けたら面白くないしな」
みんなを守るという志は褒められたものだが、なんとなく簡単に調子にのらせてはいけない気がする。気がするので攻撃は尽く受け流す。毛先ほども当てられてなるものか。
揮秦とじゃれあっているうちに、夢木と名乗った少女の姿は見えなくなっていた。
乱暴に木の棒を振り回す揮秦の攻撃に飽きてきた頃、身体を動かすのが面倒になり、魔術で攻撃を避けてしまった。ついうっかり風を呼び起こして揮秦をふらつかせてしまった。
「今なにしたんだよ!」
「何もしてない」
「うそだー!」
「嘘じゃありませんー」
耳に指を突っ込んで聞こえない振りをしてしらばっくれる。
「…おれにまじゅつの使いかたおしえろよ」
さっきまでいきって枝を振り回していた少年は、少し泣きそうに顔を顰めながら言った。
「魔術の使い方?」
「おれもまじゅつが使えるようになれば、みんなをまもれるだろ」
ただの悪餓鬼だと思っていた少年は、必死に俺の服を掴んで訴えている。魔術など、生まれつきの魔力で使えるかどうかが決まるが、揮秦からはその魔力が微かにしか感じられない。これでは誰かを守れるほどの魔術が使えるようにはなれない。飽きれば撒けると思っていたのに新たな問題が浮上してしまった。
「揮秦は何からみんなを守りたいんだ?」
「なにってわるいやつだよ」
この歳にして殊勝なことだ。金や美しさにしか興味がないその辺の貴族に、爪の垢を煎じて飲ませたい。
しかし王都の、しかも王城からそう離れていないこの辺りの地域は治安もいいはずで、そうそう「悪いやつ」に出会うこともないと思う。
「悪いやつって何?」
「わるいやつはわるいやつだよ。」
「お前にとって悪いやつってどんなやつ?」
「みんなのこと、いじめたりとかするやつだよ」
「いじめたりするやつ、ね。…例えばどんな?」
しゃがみ込んで目線を揮秦に合わせてみる。
「は?たとえば?ぶったりとか」
「悪いやつぶったりする人は、悪いやつじゃないのか?」
「わるいやつはこらしめないといけないんだから、いいんだよ」
「じゃあお前が悪いやつと思ってるやつが、実は悪いやつをこらしめてたらどうするんだよ」
「はあ?おまえなに言ってんだ?」
我ながら大人げない質問を投げかけてしまったとは思う。自分に呆れてくしゃりと前髪を掻きむしった。
子ども相手に何を訊いて、どんな答えを求めているんだろう。ただ自分の疑問を解決する手がかりがもらえるような気がして、食い下がってしまったのだ。
俺との問答に飽きたのか、揮秦は俺から離れると木の棒を振り回し始めた。
「いいなー!おれもつよいまじゅつ、使えるようになりたい!」
「強い魔術が使えたからっていったって、強くなれるわけじゃないぞ」
「でもまじゅつが使えれば、もっとつよくなれるだろ」
「それは…そうかもしれないけど」
「だからめがみさまにいのってるんだよ!おれもまじゅつが使えるようにしてくださいって。めがみさまにいのれば、かなえてくれるかもしれないから」
「……そうか」
女神さまに、ねえ。どうせ祈ったって叶いっこないのに、とは流石に口にできなかった。
*
「山蕗、よくも売ってくれたな」
「ああ、お帰り。いい運動になったかな?」
読み書きの授業が一段落して撫胡さんからお茶をいただいていると、詩苑さんが外から戻ってきた。
顔中の皺を中心に集めたかのような形相だけど、不機嫌が加速してない?大丈夫?これ。
「いい運動も何も、魔術が使えるように教えろって言われたぞ。魔力がないやつにどう教えろと?」
「おや、剣術の先生にでもなってくれたらと思ったけど、失敗しちゃったか」
やはり山蕗さんには何か企みがあったようだ。とぼけるように肩を竦めた。
「揮秦が無理を言ってすみません」
撫胡さんが詩苑さんの分のお茶を持ってきて、困ったように笑った。
「揮秦が強い魔力に固執するのは、魔力持ちが次々に引き取られていくからです。国にその力が認められれば何かしらの役に立つ。騎士になるか、魔道具を生み出すか、方向性はそれぞれですが、貰い手が見つかれば生活に不自由しません。ある程度の歳になってもここに残っている子たちは、別の手段を見つけて職を探さねばならないので、魔力持ちに比べると生きづらさは比べ物にもならず…そんな子どもたちの支援を山蕗様、トスカ子爵家にお願いしているのです」
「揮秦は正義感が強いからね。魔力が強ければもしかしたら学院にも入れただろうに。僕は身体を使うのが苦手だけど、せめて剣術の先生でもいたら別の道に進めるかもって思ったんだよね」
「剣術の先生ね……」
詩苑さんは険しい表情を少し緩めて、私の隣に腰かける。
「詩苑さんは剣も扱えるんですか?」
これまで魔術を使っているところは見たことがあったけど、魔術なしで戦っているところは見たことがない。
「騎士クラス首席様をなめてもらっちゃ困るな」
答えたのは山蕗さんだった。何故か胸を張っている。
「元、だからな。あとなんで山蕗が自慢するんだよ」
「流石騎士クラス首席様…」
「萌稀も流されないで?」
詩苑さんは左手で頭を抱えつつため息を吐くと、慣れた手つきで紅茶を口に運ぶ。憂い顔に何故か色気があって目を逸らした。
「そもそも魔術が使えるようにカミサマに祈ってどうなるんだよ」
「自分ではどうにもならないから祈るんでしょう?」
「自分で叶えられないことは、祈ったってどうしようもないだろ。どう頑張っても自分の力では手に入らないことなら、諦めた方が自分のためだ」
「大抵のことは自分の力でどうにかなってしまう詩苑とは違って、ここの子たちはどうにもならない世界で藻掻くしかないことばかりなんだよ。祈ることすらできなくなったら、生きていく希望がなくなってしまうじゃない」
山蕗さんの冷ややかな声音に、詩苑さんは茶器の取っ手を握りしめたまま、口を固く結んだ。その表情には、少し焦りが滲んでいるようにも見える。
詩苑さんの中で何かが変わりそうな気がするし、苦労した側の人間として私からも、言わせてもらおうか。
「分かるなぁ、それ。私も今でこそ師匠に面倒を見てもらって、詩苑さんたちに出会って、もらった道標を頼りに突き進んでいますけど、王都を目指している頃なんかは祈るしかなかったですよね。夢に少しでも近づける職が見つかりますようにって。考えてもどうしようもないから、ただ祈っていました。まあそうは言いつつ、祈る代わりに心の支えとして刺繍してたんですけど」
言い終わってからちらりと視線を向けると、詩苑さんは低く唸りながら頭を掻きむしり、歯を食いしばってから息を吸い込んだ。そして数秒間沈黙し、苦々し気に口を開いた。
「……なら俺は俺なりに、祈るしかないことを想像しながら、歌ってみる。それがどういう表現になるかは分からないけど」
そのたどたどしさから本人なりに何らかの葛藤を抱えての答えだろうとは思うけど、その返事だけでも大きな前進だろう。
山蕗さんは満足げに微笑み、私と目を合わせると一つ頷いた。




