21.不機嫌の理由
「まあそんなことはさておいて、筆記は専門科目と王国史を重点的にやればどうにかなりそうだな」
「本当ですか!」
盛大に話を逸らされたけど私の目下の課題はこの筆記試験である。
「次回はそのあたりの問題を探してくるとして、とりあえず王国史を簡単にさらっておくか」
「はい!」
改めて縹さんの有難みを感じて噛みしめつつ、二人だけの空間に唐突に違和感を思い出した。
「そういえば、縹さん単体を見るって不思議な感覚ですね」
「詩苑がいた方が良かったか?」
「いえ、なんとなく今までの行動からして、こういう場には嬉々として着いてきそうだなと思っただけです」
何せ衣装の打ち合わせで師匠の店を訪れるときは二人一緒がお決まりだったし、買い出しについてはわざわざ一人でついてきたから、出かけたり誰かと一緒にいるのが好きなんだろうなあと思ったのだ。
「そうだな。ただ残念ながらあいつは教えるのに向かない。要領が良すぎて勉強には大した苦労をしてないだけならまだしも、教え方が異世界過ぎて邪魔にしかならん」
「教え方が異世界……?」
元騎士クラス首席の実績があるからには、優秀であることは想像がつく。所謂「天才」と云われる部類なのだろうか。しかし天才とは時に常人の理解を超越するものというのは、聞いたことがあってもなんとも現実味のない話である。
「だから全力で置いてきた」
固く頷きながら「全力で」と付け加えた縹さんから、きっと一度はついてこようとしたんだろうということが窺えた。
「流石は最年少で首席、というやつですか」
「そうだな」
騎士クラスといえど、一般的な教養の科目があるらしく、そちらでも優秀な成績を納めないと首席にはなれないらしい。
「強い上に頭が良いなんて、なんだか小憎たらしくなってきますね」
「ついでに地位も権力もあるからな」
「そこにあの容姿までついてくるんですから……」
自分で言ったのに少しだけ虚しくなった。人に二物を与えない神はどこにいったんだ。
「間違っても平凡な毎日にはならないけどな」
非凡な肩書きをいっぱい持つ詩苑さんの日常は、覗いてみたいような、みたくないような…。でも巻き込まれたら面倒臭そう、と失礼なことを考えたところで縹さんが続けた。
「そういえば買い出しに行ったときにやっかみと会ったらしいな」
その言葉で思い返せばちょうど先日、すでに面倒に巻き込まれたところだった。
買い出しのとき裏路地で襲われた、美的感覚が死ぬほど合わない男のことだ。
「ああ、付きまといの方ですね。なかなか執念深そうな感じがしましたね」
男の言っていたことはよく覚えていないけど、詩苑さんの対応が慣れていたことからよくあることだと分かった。
さらに忘れかけていたけど、衣装合わせから帰るときに絡まれたのもあの男関係だった。既に通算二回巻き込まれていることになる。
出会って数ヶ月の私がこうなのであれば、もっと前から付き合いのある縹さんは、どのくらい被害を受けているのだろうか。
「あれはあれでたまに可哀想になる」
「学院内でもよくあるんですか?」
「誰かが何かやらかす度に院則も厳しくなるから、最近は減ったけどな」
学院の規則が厳しくなるようなことって何してるんだろう。街中でもあれだけ派手に絡んできたからには、じゃんじゃか魔術でも使ってドンパチやっているのだろうか。それは規則で取り締まらねばなるまい。うむ。
「さ、休憩は終わりだ。続きやるぞ」
「はーい」
何はともあれ他人の心配をしている場合ではない。縹さんの詰め込みも、師匠に負けず劣らずなかなかに厳しいものだったのだ。
*
夕食後、師匠に課題をもらって服を縫い、学院の休日には縹さんに勉強を教えてもらうという入試対策生活に慣れてきた頃、やっと私にとっての息抜き時間がやってきた。
「後期発表についてアイディアをもらいにきた。忙しいところ悪いな」
今日は久しぶりに師匠の店を勝手に陣取って、縹さんと詩苑さんと後期の発表の打ち合わせである。
入試対策の最中ではあるものの、主題について問題が発生したとのことで、二人は急遽打ち合わせにやってきた。
既に開始してからひと月になる入試対策で根を詰めていた私にも、後期発表の打ち合わせは良い気分転換になる。
「曲は決まったんですか?」
型を頭に詰め込むだけの毎日に辟易していた私は、やっと自分の表現ができると嬉々として訊ねたが、今日は珍しく詩苑さんの表情が暗い。
「このままいくと、『原初の聖歌』になるだろうな……」
久しぶりに会った詩苑さんは、普段の輝きを半減させ遠い目をして呟いた。整った顔は相変わらず直視が難しいものの、今日は幾分か目に優しい。
「前期とは打って変わって聖歌ですか」
「聖歌」は宗教音楽の代表で、神に祈るために教会で歌われる曲である。前回の発表で詩苑さんが歌った曲は恋愛を主題とした現代的な大衆音楽であったため、音楽としての要素が全てにおいて百八十度変わる。
「今期の課題が高音域の発声なんだけど、ちょうどいいらしい……」
「随分と嫌そうですね」
「聖歌ってつまらなくて苦手なんだよね」
そう言う詩苑さんは机に頬杖をついて溜め息を吐いた。
宗教音楽とは得てしてつまらない。神に祈りを捧げることが目的であり、まだ音楽がそれほど発展していない時代の曲を受け継いでいるため、単調になりがちだからだ。テンポが遅くフレーズが長いので一人で歌う厳しさもあるのだろう。
「お前またそんなこと言ってると山蕗にどやされるぞ」
「わかってる」
「聖歌をつまらないとは歌を学んでいる学生とは思えない発言ですね」
詩苑さんと縹さんのやり取りを聞いて、正直な感想がつい口からポロリと出てきてしまった。
「だって俺、信仰心とかないし」
眉根を寄せてむっとした詩苑さんは小さく口を開いた。罪悪感が多少あるのか、話し方はボソボソしていてばつが悪そうだ。
この国、アルブメリ王国があるロトフォル大陸は女神信仰が主流である。夜に覆われていたこの大陸に降臨した女神が、歌を紡いだことで夜が明けたという言い伝えがある。さらにこの大陸を守るため、中心にそびえる山を基点に国を五つに分け、それぞれ魔力が高い者に聖剣を与え平和を約束した、なんて話も残っている。
この世の始まりであり、全ての大地を統べるもの。そしてその女神を祀るのが「フロル教」で、女神に捧げるための聖歌が大陸には古くから多数存在する。
教会に通わないような、信仰心の薄い人でも口ずさめる有名な聖歌もあるくらいには、この地に根付いた宗教だ。
「私だって信仰心が厚いとは言い難いですけど、この世につまらない歌なんてないですよ。つまらないと感じるんだとしたら、つまらなく歌っているだけです」
歌で表現する人が、曲がつまらないと言って曲の理解を放棄するのは如何なものかと、少し喧嘩腰な物言いになってしまった。
歌は人の感情がのるもので、詩があろうがなかろうが声を出すということは、何か伝えたい思いや吐き出したい感情があったはず。それを表現してこそ歌い手というものだと、私は常々思っている。
広く民に訴えかける聖歌は歴史を重ねただけ、様々な人の様々な思いがのってくる。それが「つまらない」はずがない。
思いつきで文字を書き始めて一年経ちました。
拙い物語を発見してくれたそこのあなた、ありがとうございます。




