20.たまには頭も使う
「被服科の試験はとにかく時間内に一着仕立てる。時間は確か六時間か?筆記試験は二時間らしい」
夕食後の食卓にて、私の向かいに座った師匠から入試対策講座を受けている。
「一日中試験やるってことですか?」
「そうだ」
「筆記試験二時間が辛すぎる…」
「筆記試験は縹にどうにかしてもらうとして、今日から閉店後は毎日短時間で一着仕立てる練習をしたいところだが」
師匠との特訓はもちろん実技試験の対策である。
「課題が何かは当日までわからないから範囲を絞った対策のしようがない。つーわけで一通りのもんはできるようにするぞ」
「はい!」
「差し当たってはとりあえずこれとこれ、一晩な」
またぞんざいに型紙を手渡され、その量に絶句した。仕立てたことのないものを一晩って鬼すぎませんか師匠。文句を言っている場合じゃないことは承知の上ですが。あと一晩で二着も計算おかしくないですか?
昼間は店の手伝い、夜は試験のための特訓という、地獄だか天国だかわからない日々を過ごしている間に、筆記試験の対策もしないといけない。
「よお、頑張ってるか」
「……はい」
へろへろになりながらも、私のために時間を割いて来てくれた縹さんに向き合う。筆記試験の対策だけは縹さんの都合もあるので、昼間にやることを許された。
流石にお店で勉強するわけにはいかないので、今日は二階の食卓を使って講義が開かれた。丁度いい高さの机と椅子がここしかなかったのは言うまでもない。
「筆記試験は簡単な学力調査と専門知識についてだな。専門知識については実技試験対策の中で達華がどうにかすると言っていたから俺は学力調査の方を担当する」
「よろしくお願いします」
試験本番の日は実技試験でたっぷり六時間脳みそを使ったあと、筆記試験が行われるらしい。本番の状況に合わせるため、筆記試験対策も実技試験対策で脳みそを散々疲労させた後に授業を受けることで、当日に近い状況を作り出す狙いだそうだ。朝まで実技試験対策のため師匠からの課題を縫っていたので準備は万端だ。とはいえ、そもそも疲れていない日はない。
それにしても毎日寝不足で体力も怪しいのに、勉強が頭に入るとも思えない。師匠本当にこれでやり方合ってますか…。好きでやっているところもあるから良いんですけど。
「文字の読み書きはできるんだよな?」
私の疲れ具合を物ともせず、縹さんは相変わらず淡々と続ける。
「丁度、被服科の過去問題が借りられたからとりあえず問題を解いてみろ。それから進め方を考える」
「頑張ります」
初めての試験問題。少し厚みのある冊子をめくると、簡単な文章題、計算問題、歴史などの基礎学力を測るものの他に、貴族が通うからだろうか、少しばかりの礼儀作法問題もあった。
一時間もしないうちに解き終え、採点してもらうと、少しだけ眉根を寄せて目を眇める縹さんが顔を上げた。
「お前……出身はどこだったっけ?」
「しゅ、しゅっしん、ですか…?西の方の田舎、ですけど」
「両親は?」
「いなくなりました」
「読み書きは誰に教わった?」
「えっと、両親がいなくなったあと、お世話になったところで、学びましたけど……教会とかで」
「西方は荒れてるところも多かったと思ったが」
「幸いにも出会いに恵まれてなんとか生きて来られました」
突然始まった縹さんからの尋問に、目を瞬かせながら必死に答える。け、決して怪しいものではないので、その辺にしておきませんかね。
「ふうん?」
探るような瞳に捕まって、ぴくりとも動けない。まさに蛇に睨まれた蛙というやつである。
「舞台芸術はいつから好きなんだ?」
一番訊かれたくない質問がきた。一瞬顔が引き攣ったのはバレていないと思いたい。
「十歳前後だったと思います。お世話になっていた孤児院で、たまたまそういった機会に恵まれて。旅芸人のお芝居を観たんです」
孤児院では慈善事業として貴族が子どもたちに様々なことを施してくれる。旅芸人のお芝居もその一環として観たことがあった。
「そういえば達華とは広場の仮設市場で出会ったそうだな」
師匠の店の最寄り市場は王都で二番目に大きく、中心にある広場では季節ごとに催し物が行われる。
街の人たちが簡易舞台で演劇や演奏をしたり、仮設の市場を借りて気軽に物を売ったりできる。売上の一部は教会や孤児院に寄付するのが慣例なのだそうだ。
「え、ええ。お祭りの演し物でやっていた演劇を偶然見かけたんですけど、その衣装を仕立てた人が近くにいると聞いて声をかけました」
市場の賑やかさにつられて広場を覗いたらたまたま演劇をしていた。見るからに素人の演し物だったから始めはなんとなく眺めていたのだが、話が進むにつれて意味を持つ素朴な衣装の、役割の大きさに目を瞠った。演劇が終わった後に関係者を捕まえて衣装を作った人を訊き出したら、近くの仮設市場で服を売っていると教えてくれた。迷わずつっこんでいった。
「ああ、あの祭りは賑やかだよな。一度行ったことがある。毎年有志で演劇や演奏を催しているんだったか」
「そのようですね」
今年も演劇をやっていたとマダムに聞いた。残念ながら今年は衣装を頼まれなかったらしい。出来ることなら依頼を受けてから劇で着用されるまでの過程を見たかった。
「何故王都に?」
端的に答える私に縹さんが淡々と質問を続ける。あれ、これ面接になってませんかね。
「そのときちょうど職を探しておりまして……その頃は刺繍以外の裁縫の知識や経験が全くと言っていい程無く、夢を叶えるべく仕立て屋や工房などをあたっていたところだったのです」
「ほう……」
む、無表情が怖い。何かまずいことでも言っただろうか。
「あの、何か?」
「達華にお前さんの話を聞いたとき、素性を何も知らないなどと抜かしていたなと、今思い出しただけだ」
そういえば師匠には詳しい素性を訊かれたことはなかったな。大丈夫なのか師匠。あのときは私もいろいろ必死だったけど。
『私を弟子にしてください!』
『は?』
『さっきあっちでやってた演劇を観て、衣装の素晴らしさに感銘を受けました!あなたが仕立てたとお聞きしたのですが』
『ああ』
『私は舞台衣装を仕立てたいんです!なので弟子にしてください!』
『なんなのお前』
『しょ、職に迷える子羊です……?』
『は?』
なんやかんやあったけど、まああの通り師匠は適当な人だし、小間使いのような形であっても受け入れてもらえたのは僥倖だった。
「そういえば、師匠からは私のことをどのように聞いてたんですか?みなさんご存知のようでしたが」
「面白いアルバイトを拾ったから衣装係として代わりに差し出す。腕は知らんが気は合うはずだ。みたいな内容の手紙が届いたな」
適当!!とんでもなく適当!!あと最初から人身御供にするつもりだったな!!ありがとうございます!!
悔しいやら嬉しいやらで複雑な心境に陥る。
「そもそもあんな変人に教えを乞うやつがいることに驚いたし、その変人がちゃんと面倒をみていることにも驚いたな」
そう言うと縹さんは珍しく、淡い笑みを浮かべた。無表情が標準設定の縹さんの微笑みはちょっと心臓に良くない。
でも確かに師匠のことを知れば知るほど、なんで拾ってくれたのか疑問しかない。そのうちちゃんとした小間使いでも雇うつもりだったのかと思いもしたけど、私を学院に入れる提案をした後、次を雇う素振りもなさそうだし、その予想は違っていたようだ。
「何考えてるかわかんないですね、あの人」
遠い目をして何の気なしに呟いた私の言葉に、縹さんは一瞬目を見開いてから手で口元を隠して視線を逸らした。
「お前が言うか」
おや?どういう意味ですか?
明けましておめでとうございます。
今年はもう少し更新頻度をあげられるよう頑張るのが目標です。
どうでもいいことですが、それなりのプロットをそれなりに書いた結果、
それなりに恋愛要素を入れられそうだったのでカテゴリーを変更してみました!




