19.初仕事の後は
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本番から数日後、改めて詩苑さんと縹さんが師匠の店にやってきた。
「さて、改めてかかった材料費を聞こうか」
最初の約束通り、私が衣装を仕立てるにあたってかかった材料費と出来を考慮し、報酬を支払ってくれるらしい。
その為にちゃんと使った布や糸、ボタンなどの総額はきっちり調べておいた。調べておいたのだが…。
私はごくりと唾を飲み込み、恐る恐る手元の紙面に視線を落とす。どうしよう、本当にこれを出してもいいものか…実はとても迷っている。
「どうした?」
目の前の二人が不思議そうにこちらを見ていることも承知の上だ。師匠は隣で無言を貫いている。とても居たたまれない。
「そ、その…」
無言でこちらを見続ける二人に観念して、気が進まないままおずおずと手元の紙を机上に置いた。
「ほう、これは。確かに達華の言ってた通りというわけか」
縹さんの細い目がさらに細くなった気がする。淡々とした話し方も、とても威圧感があるような気がする。恐ろしさに吐き気を覚える。うぅ、苦しい。
一方の詩苑さんはというと、紙に目を通した瞬間から手で口を押さえて肩を震わせている。顔はこちらから逸らしているものの、明らかに笑ってますよね。笑っている場合ではないと思うのですが。
「だから言ったろ、素人の仕事なんてこんなもんなんだよ」
二人の反応を見て師匠がついぞ口を開いた。
「材料費は予算の三倍か」
縹さんが改めて内容を言葉にすると、ぐふっと詩苑さんの笑い声が漏れでた。
そう、何を隠そう結局それだけの費用をかけてしまった。私は心苦しさから事実を伝えるかについて三日ほど頭を抱えていた。
決心がつかないまま今日という日を迎えてしまい、恐れながらも事実を書き記した書類を提出したという状況である。本当にお恥ずかしい。
詩苑さんの反応は気になるものの、あまりの気まずさに顔を上げることができないでいると、縹さんが相も変わらず淡々と話し出した。
「三倍くらいなら予想の範疇だな。達華が五倍だなんだって言ってたからそれ以上も覚悟はしていた。これならかかった材料費と本来の予算の一割分を報酬でどうだ」
「え!?いいんですか!?」
私は弾かれたように顔を上げた。
「良いも何も元からそういう約束だろう」
「そ、それはそうですが………」
「細かい技術のほどは知らないが、少なくとも今回の発表は成功だった。俺たちが求めていた以上の衣装だったことについて、正当に取引をしたい」
縹さんが真摯に私の目を見て話すから、この期間のいろんなこと、本番の景色を思い出してまた込み上げてきてしまった。私の涙腺はいつからこんなに緩くなったのだろうか。
「ありがとう、ございます………」
震える声でなんとか告げると、ようやく詩苑さんがこちらを向いた。
「あんまり気まずそうにしてるのが可笑しくなっちゃったけど、最終的な出来に関しては本当に期待以上で満足してるんだ。だから材料費のことは気にしないで大丈夫」
人生においてこんなに褒められることがあってもいいのだろうか。私にとって何もかもが初めての経験で、うまく感情の整理ができない。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を必死に拭う。
「いつもどれだけ扱いてるわけ?」
「うるせえ、勝手に俺の弟子を名乗るやつに、中途半端な仕事はさせられねえだろ」
呆れたような詩苑さんに対し、師匠は相変わらず太々しい態度である。師匠もたまには褒めてくれたっていいのに。
「はい、代金」
そんな中、一人お金の勘定をしていた縹さんから貨幣の入った袋を差し出された。紙面の金額を改めてお金で見ると、より一層緊張が高まる。まあ材料費は師匠に立て替えてもらってるから私の手元に残るのは報酬分だけなんだけど。つまり三十分の一もない。
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をしながら丁重に受け取らせていただいた。これで初仕事完了である。感慨深さもひとしおだ。
「後期の発表についてはまた方向性が固まったら来る」
次がある。仕事の成果を認められ、また次を期待してもらえている事実がとても嬉しい。初めて自分の存在を許されたような嬉しさを噛み締めようとした途端、師匠の声が私の思考に割り込んできた。
「『また来る』ってお前らいつまでこの店のっとるつもりだよ」
「だって何回も学院に足を運んでもらうの可哀想じゃん。この店ずっと客が溢れかえってるわけでもないんだし」
ケチなことを言い始めた師匠に対し、詩苑さんが口を尖らせた。
「やい、萌稀。お前あれだ、学院に入れ」
「へ?」
師匠の突拍子もない言葉には毎度驚かされているが、今回も私が全く予想だにしていなかった突拍子もない発言で、突拍子もないがゲシュタルト崩壊を起こす三秒前というやつである。
しかしそんな師匠の発言について突拍子もないと思っているのはどうやら私だけのようで、縹さんも賛同すると言わんばかりに頷いた。
「それについては俺も思うところがある。このままだといくら日帰りで行き来が可能な距離であるとはいえ、急な変更があった場合など、連絡に遅れが生じて不都合も増えるだろう。技術的なことを学ぶという意味でも、入学については検討の余地がある」
確かに衣装合わせの度に大きな鞄を持ち運び、調整期間を置いて再度合わせという方法は、どう考えても効率が悪い。ちょっとした相談が気軽にできないのも悩ましい。
「学院って『入ります!』って言って入れるところなんですか?」
一人だけ何も理解をしていない私が初歩的な質問を師匠に投げかける。
「そりゃあ試験があるに決まってんだろ」
曰く、「王立魔法学術院」とは、基本的に貴族家の子息令嬢が金を積んで通う全寮制の学校であるらしい。しかしながら一部専門的な学科が発展し、専門の研究機関としての一面も持つようになった。
それ故に、年に一度入学試験が実施され、その試験に合格さえすればどんな身分の者も『特待生』として授業料、寮費もろもろタダで通うことができるのだそうだ。どうりで平民も通うことができるわけだ。
「『騎士クラス』だけは国家機密に関わるから例外だが、『学術研究クラス』とこいつらがいる『芸術クラス』はそれ以外の身分の者でも入学できる機会がある。もちろんそんな簡単じゃねえがとりあえず試しに受けてこい」
確かに寝食の心配をすることなく、技術習得に全身全霊を捧げられる環境は大変魅力的である。試験がどんなものかまだ分からないがやってみる価値はありそうだ。
でも私にはそれだけで片付けられないもう一つの思いが燻った。それは。
「し、師匠のところにはもう、置いてくれないってこと…ですか……?」
私は出来の悪い弟子だという自覚はある。拾われて一年半経ってようやく仕事らしい仕事を見つけられたところで、単純に服を一着仕立てるのも未だにままならない。師匠に迷惑ばっかりかけているという自覚もちゃんとある。愛想を尽かされても文句は言えない。
でも、それでも師匠からしか得られないことがあると思って弟子入りを志願したのだ。それを一回でも許したのだから、その責任は取ってくれてもいいのでは、と幼い子どものような我儘を滲ませてしまった。
「お、お前まじで被虐嗜好者かよ……」
私は真剣に哀しんでいたのに何故か師匠にドン引きされている。解せぬ。
「大体な、今回はこいつらが金持ちだったから良かったものの、」
この人たちやっぱり金持ちなんだ…。
「何かを作るってことはそれなりに経費がかかんだよ。あの学院ならそれもある程度負担してくれる。それに」
「それに……?」
「休みの日はアルバイトにくりゃいいだろ。授業料は出ても小遣いは出ないからな。学校である程度の技術身につけてきたら、今度は駄賃じゃなく賃金を支払ってやるよ」
「し、ししょ……」
「まああの学院、労働禁止だけどな」
「師匠!!!」
「そもそもだが、若い男の家に若い女が居候してる状況の方が問題あるだろ」
せ、正論〜〜〜!!突然師匠がまともなことを言い出した。
「師匠にそういう男女の概念とかあったんですね」
「お前にだけは言われたくねえ」
「本当に仲良いよね、二人」
テンポの良い会話を黙って聞いていた詩苑さんは、最早笑いを堪えようともしていない。アホな師弟で申し訳ない。縹さんは表情があまり読めないけどたぶん呆れている。
「ところで師匠、受験したいんですけど、身元とか大丈夫なんですかね」
手で口を隠して師匠にしか聞こえない声で囁く。
「あ?俺が入れたんだから大丈夫だろ。俺が保護者だか後見人だかになっときゃなんとかなる」
「そうなんですね」
師匠の生い立ちを知らないので、何がどう大丈夫なのかよく分からないですけど。
「ところで来年のための入学試験まであと三か月しかないけど大丈夫?」
「さんかげつ…?」
詩苑さんの爆弾発言に目を丸くした私はその後、入学試験までの三か月間に及ぶ怒涛の特訓に苦しむのであった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
よいお年をお迎えください。




