17.初めての納品
ちょっと短いので夜にもう一話あげます。
もしかしたら触れられずに済むかも、などという安易な考えは通用しなかった。私が使った魔術とはそう、口を塞がれたときにうっかり発動した、足元を凍らせたあれである。
とりあえず当たり障りのないことを言って誤魔化したい。
「そのようですね」
私の曖昧な返事に、どことなく困惑した顔で詩苑さんがこちらを見つめている。具体的に何をしたかはばれていなさそうな様子に、少しだけ安堵した。
「の、割には魔力の流れがおかしかった気がするんだけど」
これだから無駄に強い人は困る。他人の魔力を読むのに慣れすぎている。確信に変わらないうちに適当に流して乗り切ろう。
「私、実は魔力の制御が苦手で…咄嗟のことなので自分ではどうなってるか分からないんですけど」
悟られないように視線を下げて困ったように息を吐く。
「魔術を習ったりはしていないの?」
「私たちのような者が習う機会なんて滅多にないですよ」
平民には魔力の使い方を学ぶような機会は普通ない。
「それにしては…魔力を感じなかったんだけど」
これだから無駄に強い人は困る。他人の魔力を以下略。通常、魔術を使ったらその場に使用者の魔力が残るもの。強ければ強いほど微細な魔力の気配を感じて、更には人毎の特徴まで分かるのだとか。
つまり詩苑さんは、明らかに私が発動した氷の魔術が目に見えたのに、何故そこから魔力を感じないのかということに疑問を抱いている。
しかし私から漏れ出たのは少し性質が違うもの。普通の人だったら恐らく気づけないような違いのはずなのである。
けれどもとにかく今、私の魔力が何かを知られるわけにはいかないんです。やめてください。魔力を読もうとしないで!胡乱げにこちらを見ないで!!
心の声を噛み殺して精一杯、表情を取り繕う。咳払いのついでに下を向いた隙に、いったん全力で瞼をかっぴらいてから目をぎゅうっと瞑る。そこからなるべく目線だけを上げて、眉尻を全力で下げる。少し潤んだ瞳を見せつけながら緩慢に瞬きをし、左手を頬にあて出来るだけお腹に力を入れないように言葉を紡ぐ。
「こんなことでもなければ魔力が発動することもないんですけどね…」
「あ、そうだよね。本当に巻き込んでごめん」
秘儀、「か弱き乙女」を演じれば深くは突っ込めまい。流石の強い人も少したじろいで申し訳なさそうに口を噤む。
「お節介かもしれないけど、よければ魔術の使い方教えようか?」
これだから無駄に強い人以下略!余計なことはしなくて大丈夫なので!どうにかして話を逸らさないと。
「あー!そうでした!私ったらすっかり忘れていましたけど、この後師匠に頼まれた納品にいかないといけないんでした。こんなところで油を売っている場合じゃないですよ」
ポンと拳を掌に乗せて驚いた顔を作る。急に大きな声を出したので少々驚かせてしまったが、そのくらいの衝撃が丁度いいだろう。
「さあ仕入れもしないといけませんし、いきましょう」
「あ、ああ」
そう言いながら詩苑さんの背中を押して、薄く日が差し始めた裏路地から大通りに戻った。
仕入れが済めば後は形にするだけ。口を挟む隙がないほどアイディアを詩苑さんに語って聞かせれば、それ以上魔力について訊かれることもなかった。
*
冬が本格的に深まりすっかり景色が寂しくなった頃。迎えた本日は、前期定期発表の本番当日。いよいよ私の初仕事も大詰めである。朝早くから師匠の店を出て、意気揚々と学院に足を運んだ。
詩苑さんとの買い出しの後、二回の合わせを経て花に見立てた装飾を組み立て、意匠を固めた。前日も遅くまで調整をしていたものの、概ね理想が形になっただろう。
今日は興奮も入り混じった心地よい緊張感があり、自然と足取りが早まった。
「おはようございます!」
「おはよう」
いつも通り校門まで迎えに来てくれた詩苑さんに連れられて、今日は練習場ではなく劇場の楽屋にやってきた。中には既に、縹さんと山蕗さんが待機している。山蕗さんはピアノ演奏者として舞台に上がるため、タキシード姿だった。
詩苑さんに運んでもらった鞄をそっと開き、やっと完成した衣装を取り出して、万感の思いを込めて三人に差し出した。
「初めての、納品です…!」
「ありがとな」
「ご苦労さん」
「完成楽しみにしてたよ」
三人がそれぞれ労いの言葉を口にしてくれたが、大切に育ててきた子が巣立っていくことに、少しだけ寂しさを感じた。
「そんなに心配そうな顔しなくても、ちゃんと着こなすから安心して」
そう言って詩苑さんは私の頭にぽんと手を置いてから早速着替えに移る。
衣装を着てカーテンの向こうから現れた詩苑さんに息を呑んだ。うん、調整はばっちり。
「どうかな?衣装担当さん」
クラバットを少し直し、正面から全身をくまなく確認して詩苑さんと目を合わせる。
「うん、大丈夫。詩苑さんは動かしにくいところとか、ないですか?」
「大丈夫そう。あとは演出が上手くいくかだな」
「舞台上での予行はできないが、出番までに時間はあるから、後で動きだけ確認しよう」
出演者の数が多いから、当日の舞台上での予行演習は照明と立ち位置、出番の確認程度なのだそうだ。舞台上の三人のやり取りを袖で見届けた。
定期発表本番が始まってからの私は、初めての舞台裏に大層興奮した。客席にいるときには決して見えない慌ただしい人の動きは、創り手側にいることを実感させてくれるのだ。
楽屋にいてもいいと言われたが、ついつい気になって色んなことを観察した。詩苑さんの出番は今回もトリになるらしい。
他の出演者が全てはけてしまえば、ついに詩苑さんの本番が始まる。何組もの発表を舞台袖から観て、その世界に浸ったり、もらった刺激をクロッキー帳に残したりして意識しないようにしてきたが、いよいよ詩苑さんたちの番となると流石に緊張も増してくるというもの。
暗転の中、縹さんを中心に舞台転換し、先に下手のピアノに山蕗さんが腰掛ける様子を下手の舞台袖から見守った。準備が整うと袖ギリギリに詩苑さんが待機して、その後ろ姿に既に目を奪われる。
心臓のあたりをぎゅっと押さえて、集中して一点を見つめる詩苑さんに向かって、祈るように心の中で話しかけた。「私の衣装が表現の助けになりますように。詩苑さんをより美しく輝かせてくれますように」と。
山蕗さんが前奏を弾き始めたところでふいに詩苑さんが振り返り、目が合う。ふっと私に向けて柔らかく微笑んだ後、舞台に向かって歩き始めた。
次回前期発表本番です。
12月は音楽番組、演奏会のシーズンですので、内容はアレですが夜のご来場をお待ちしております。
19時開演予定です。