0.はじまりの歌
はじめまして。どうぞよしなに。
重たく暗い幕の向こうは非日常、または異世界、若しくは御伽噺……
その瞬間、意識は現実から切り離され、目の前の世界に没頭する。
それは、どんな魔法でも見せることのできない、唯一無二の感覚。
舞台の中央にいる少年は暗闇に浮かび上がり、手回しオルガンにもたれながら取っ手を回した。装飾の施された箱が奏でる音に合わせて響くのは、少しだけ低い透き通った清流のような澄んだ歌声。質素な服装の上から大きな夜色の布を被っていて表情が見えないのに、その神秘的な雰囲気に圧倒され目が離せない。
舞台の上にあるのは木製の手回しオルガンと少年だけ。空間に鳴っている音はオルガンと少年の声だけ。
それだけで、何かが始まり広がっていくような、朝日が昇り夜が明けていくような、塞がった道が拓けるような、そんな感覚が湧き上がる。
オルガンの音が途切れると、少年は被っていた布を翻した。先ほどまで夜色だった布はスパンコールがきらきらと輝く薄い月色になった。瞬間、少年は顔を上げ、少しくすんだ緑色の瞳で真っ直ぐ前を見つめ、高らかに歌い出した。
突然露わになった色素の薄い金髪も相俟ってか、地味な衣装にも関わらず存在全てが発光しているかのような錯覚に陥る。
歌とともに変化する表情にも、伸びやかな発声にも、明瞭な発音にも、布と舞い踊るような所作にも、全てに心を奪われてしまった。
――何だこれは。
「すごい…」
目の前の光景を受け止めるのに精一杯で、会場中を埋め尽くす拍手の中、私はただ呆然と立ち尽くした。