ネクサス
彼女、邂徊救とは約4か月前、ああして、こうして、で、文字通り何かしら救いを求めているかのように徘徊していた彼女が私に唐突に衝突したことによって奇跡的な邂逅を果たした訳なのだけれどその水面下、私は出会いと別れの方程式を解いていた。
彼女と出会った次の日、パパとママー ゲホゲホッ 父親と母親がそれぞれ同時に海外へ出張に出て行った。
母親はそれから3か月程で千光輝全お姉ちゃんの計らいで急遽帰ってたけど、
父親はあの日、帰ってこなかったどころかあの日以来これまで一秒たりとも私にあの久しい顔を出してくれることはなかった。
父親の音信不通が決定的になってからあれから更に2か月程の月日が経過して、今私は親戚総出の集まりの端の端に目立たず座っていた。
大きすぎる程に大きく、中心には人二人分の使用が可能な小さな卓袱台がゆとり多く納まる卓袱台の上に等間隔に並べられた5本の蝋燭を私の居る中心の座からみて左隣から私よりも年上の男女がそれぞれ3人と3人、そしてそれに向かい合う
私よりも遥か高みの年を行くそれぞれの親御さんと親御さんの親御さんとそのまた親御さんがその計6人、上座と下座の関係で座っている。そして、正面、私から見て正面にお母さんの後ろにお父さんの生みの親である、お爺ちゃんが一人、眠そうに胡坐を掻いていた。
天井に点々と穴凹開いたダウンライトは点灯されていないが故に広い部屋は夜中のように真っ暗で、連結卓袱台の上で揺蕩う蝋燭の火が唯一の灯りとして視界の確保としている。
「つまり今肝心なのは、末永宅の大黒柱が今現在どこで何をしているかよりも、今現在どこで何をして生きているかという消息なんだ」
親戚とは1か月に一回は法事で会わないこともあるし会うこともある程度の付き合いだ。
皆あるのかな?久しぶりに会う親戚の名前を全くもって覚えていないという事例。現に私がそうで、ここに居座るお兄さん、お姉さん、おじさん、おばさんの名前が一切合切思い出せない。
それに、本来であればもう10年以上の付き合いになるはずだから今更名前なんてとても聞けたものではない。かと言ってこのまま名前を聞かずに毎度の如く対応に困り果てるのにも嫌気が注すから上手く彼らの会話から特定の名前を聞き出そうと今現在も尚奮闘戦を一人寂しく繰り広げているけれど、あにはからんや、どうにもこうにも自己防衛が凄まじく硬いみたいで、中々本名を出さず、代わりに互い、仲違い無くあだ名で呼び合っているというこの始末。
これまで、勉強尽くしの日々で親戚との人脈を蔑ろにしてしまっていたのは私なのでけれど。
だから私は名前が判明するまで、心のなかでだけ「(方角)」として謝意や尊敬の意を込めて呼ぶことにしている。
彼ら親戚が座っている場所があまりに正確に方位磁石の指し示す方角と一致しているんだよ。
「それはそう。必然にして当然の意気込みだね。けど、我々が、据永宅の大黒柱とやらの消息を掴めるか掴めないかという問題もある。生憎だが、少なくともおいらにできる芸当ではないね」
私とお母さんを中心に見越して、髪の毛の両サイド部分を緑色に、それ以外はフロント部分からバック部分に至るまで赤に染めている「西」は同意の意を同じく髪の毛の両サイド部分を色は違えど黄色、それ以外はフロント部分からバック部分に至るまで余さず青色に染めている「東南」へ諂うようにして何度か相槌を打つ。
どこか得意気に腕を組んでいる「東南」は人を虐めることは生まれてこの方厭うたことのなさそうな意地悪な目つきを私、私たちに向ける。
「そうだね。少なくとも彼女らならできるんじゃないか?事実上の父親だ。出勤前に行先の一つや二つ聞いてるんじゃないか?」
「ロンドンよ。出勤の2日前、「ロンドンに出張だ」とだけ言ってたわ」
その日、父親の帰りは遅かった。体力的な問題で既に寝息を立てていた私には朧気ながらにしか記憶はない。ただ、朧気ながら、お父さんとお母さんの会話で一瞬だけ目を覚ました私は確かにそんな会話を聞いた気もしなくもない。私の証言はその程度だから、全くもってそれにも裏付けの証拠にも成り足りえない。
だから、私は「東南」のあの子からの質問に答えられなくって黙っている。
「なるほど、ロンドンね。じゃぁ、聞くけど。それを裏付ける証拠は何かあるのか?」
「・・・ッ、やめなさい」
「しまちゃん。その聞き方は・・・」
彼の母親であろう女性の人と彼を「しまちゃん」と呼ぶ「北東」の女の人が「東南」を諭そうとするのはほぼ同時だった。しかし、お母さんは軽く手を挙げて静寂に制して「東南」の質問に答えた。
「ない。お父さんのスマホにはGPSは仕込んではないし、あれ以来私は何度か安否確認のために電話はしてるけどある日突然繋がらなくなったわ。証拠と呼べるものは何も・・・」
これに関しては初耳な点が多い。やはり前に、千光家に帰ってきたその日か間もないその後日にでも何か足掛かりに成り得るかもしれない情報をある程度にでも聞き出しておくべきだった。
一度でもお父さんと連絡を取ったのならば、通話覆歴から電波を通じて逆探知できたかもしれないのに。
しかし、それもある程度のところで頓挫してしまっていただろう。私は自称科学者、科学者見習いに過ぎないしパソコン関連はある程度の融通は利かせることはできるけどエキスパートを前にしても私は足元にも及ばないだろう。
この総勢12人の中に、それらしい専門の人はいないのかな。
例えば今から知らず知らずの内に人の気に障るようなことでも自分の中では至極真っ当な意見として取り扱っていて撤回の余地なしとしている言葉を言うちゃんと呼ばれている髪の毛の両サイド部分を黄色に、それ以外はフロント部分からバック部分に至るまで青に染めている東南東微南の方面に鎮座する彼と、もはや制御不可でお手上げとばかりに申し訳なさそうに頭をへコへコと上下させている南南東微東の方面に鎮座する彼の母親とか。
「証拠がない。それって、つまりあんたらはあれ以来、証拠集めにも父探しにも行っていないって訳か。俺さ、思うんだよね。最愛の人が急にいなくなったら警察の調査も共にするってさ。警察の調査はともかく、あんたら二人はさ、父親がいなくなったってのに探しに行かないでのうのうとのんびりしてたってことだろう?それっておかしくない?」
例えば現状況に置いて全くの無力である円形卓袱台の中心方面に鎮座する私の生みの親にして、手段を突き撥ねてまで裏を掻こうとする一応は理に敵っているその言葉に置いてなんとか反論をする円形卓袱台の中心方面に鎮座する母親、据永告女とか。
「のうのうとものんびりともしてない。する暇なんてなかった。あれ以来の春の間、私はある程度の知名度を利用して「夫がいなくなりました。目撃情報等があればすぐに連絡をください」の題名で掲示板を作ったわ。URL送るわ」
例えばそれを聞いてすぐさまスマホを開いて嘘か誠かの白黒をつけた今まで腕組みをして双方の話を狸寝入りするように聞いていた髪の毛の両サイド部分を緑色に、それ以外はフロント部分からバック部分に至るまで赤に染めている、加え、集まる親戚の下でも唯一の単身である、しかしさっき警察犬みたいな対象の追跡は専門外だと言っていた真西方面に鎮座している彼とか。
「「夫がいなくなりました。目撃情報があればすぐにご連絡をください」。おぉ、はは、おいおい、言ってた題名に誤字脱字が一つあるじゃないか。「ご」連絡ください。ふぅ~ん。まぁ、よかったね、これで据永親子の疑いは霹靂から単な曇天に少し晴れたってわけだ。ところで据永さん?ここのURLをタップすればそのまま連絡が行くみたいだけれど、おいらの声は一体誰が対応してくれるんだい?同業者か何か雇ってるのかい?」
「うーん。普通に考えればそうなりますね。へぇ、凄いですね据永さん!職種はクリエイティブ系とは知ってましたがまさかここまで幅広いだなんて。なんか、感激しちゃいますね」
例えばお母さんの本職の利用し、経由して広げられている物事に感動を覚えているらしい髪の毛の両サイド部分と前髪のバンク部分は白色に、それ以外の全域はバック部分に至るまで恐らく地毛であろうが故に黒くなっている彼女と少し膨よかながらしっかりとサイズの合った見事な黒スーツを着込んでいる予想にお父さんと場違いにも雰囲気にも浮く白い和服を細身の見事なまでに着込んだ予想にお母さんがそれぞれ東北東微北、北北東微東、真東方面で鎮座している彼、彼女らとか。
「・・・」
「・・・」
例えば開脚大きくかいた胡坐に頬杖を付いて寝ているんだか寝ていないんだか判別がしにくい上に心なしか何時、何処でどんな状況下に置いても関係なしに寝れるように古風な緑の生地に蒼い漣の描かれた寝間着を着込みながら真北方面に鎮座する集結陣の統領たる我らがお父さんにして私のお爺の彼と、流れるような動作でお茶と和菓子を飲食しながら流れるような孫たちの会話をただ静かに真南方面に鎮座しながら聞いている事実上、お爺の女房にあたる我らがお母さんにして私のお婆である彼女とか。
本来、西北西微北と北北西微北に誰の腰も支えていない空席にはお母さんから聞いた話によると本来であれば真西の彼のご両親が座るはずだったのだけれど5、6年程前に何かしらの事情で行方不明となってしまって未だ所在も消息も不明のままらしい。
今の私と何か似たようなものを感じる。
今まであまり交流の無かった私に対してお茶と和菓子を用意してくれたお爺とお婆に続いて遭遇早々に自己紹介をされた程に手厚い歓迎をしてくれたのは、もしかするとそこが合致したからなのかもしれない。
「やぁ、元気かい?食欲旺盛だね。分かるよ。和菓子って美味いよね」
「・・・はい」
「スイーツは好き?」
「はい・・・、たまに不意に食べたいと思うくらいには」
「和菓子が好きで尚且つスイーツも好きとは定ちゃん、君はよく分かってるね」
「そう、ですか?そうなんですか?」
「そうさ。今度、スイーツと和菓子を同時に食べることのできる店に連れてってあげるよ。勿論、おいらの奢りでね」
「・・・そうですか・・・」
「信用してないね?まぁ、そりゃ仕方がないね。初対面の人の人生を自分の人生に信じて用いるのは禁忌だ。それが、どうやら定ちゃんには分かっているみたいだね。ははぁ、一周回って転覆するよ。流石は飛び級して今じゃ大学生ってだけあるね」
「あ、あの、あのあの、誤解です。私は決してあなたのことー」
「ん?別に気には病んでないよ?人が人を信用しないのは至極真っ当で当たり前の防衛本能さ。誤解を生んで悪かったね。ただ、おいらも信頼はされたいからね。でないと、これからの切り口は開けない」
「これからの切り口・・・?」
「おいらが貴様をスイーツと和菓子を同時に食べることのできる店に連れて行くための切り口だよ。おいらは貴様とちぃとばかりお話がしたいんだよ」
「お話、ですか。そうですか」
「おいらは「不死」。今は不死とだけ名乗っておくよ。それじゃ、後で」
「不死」と彼は名乗った。
それがついさっきの自由時間の時だ。
今じゃ、迂闊に「親戚一同の名前を全くもって覚えてない」と言ってしまったことが嘘になってしまったよ。けど、本気で全員の名前は憶えられてはいない。
あの時は大学受験で忙しかったの。だからどうか軽蔑するような目では見ないでほしいよ。この通り。
そして、今こうやって円形描いて私たち親子が親戚一同からの注目の的になってまでやっているこれは言わば中間報告のようなもので、同時に法事も兼ねてたことだ。従来の法事の形式は今と何だ変わらずの定位置にお昼12時ジャストで一同座って亡き祖父に対して黙祷を行うというものだ。
お坊さんは雇ってない。
お爺さんやお婆さんはかつて務めていた職も相まって残金は結構な値段が残っていて、それに定年後もその職自体には直接的接触はないものの間接的接触は今も頻繁にあるらしく、給料は変わらず入ってきていているため貯金には困ってはいない。それでもお坊さんを雇わなかったのは弔い相手である祖父のお坊さんの雇用を強く推奨するお爺の意見を振り切ってまでの意見だったそうだ。
「でも結局は親父さんの証拠は見つかってないんだろ?後、なんであんたらここにいんの?ちょっと待って、待って。おかしいよね。親父さんがいなくなりました。ケージ版、立ち上げました。え?それで終わり?あんたら、最後まで消息把握してたロンドンに行かないでその上調査まで人任せかよ。被害者面が過ぎない?」
被害者面。私はこれを聞いて、心の中で説明も理論も付かない何かが延髄付近で揺れ動くのを感じて今沈黙を守っているこの状況が酷くもどかしく、そしてこれが正解なのかと今更ながらに思案させられた。
図星であって虚であってそして鋭利な鋏であった。遥か高い木の枝に引っかかる堪忍袋の緒を切るには苦労しない長い長い高枝切り鋏。
じっとしているのが苦手な人ほど共通して言う言葉がある。
「黙んなよ・・・。言いたいことがあるならはっきり言えよ!!」
「・・・」
「やぁ、ダメだ駄目だ。少年。そんな言葉を粗末に使っちゃぁ。言葉を創った先人に顔向けできないよ?」
不死は右手で6.5インチのスマホを残像と残音が残る程のスピードで5本指を巧みに使って回しながらそう言った。左手はよくよく見れば所々にアホ毛と連珠毛の目立つ見ていてこっちまで掻痒感を感じてきてしまうような髪の毛に添えられている。
「被害者面。彼女らが何も言わないのは一概に否定できなく、それが図星であって虚であってそして鋏であったからなんだろうけど、おいらは知った風な口を利くのが嫌いでね。だから、知った風な口は利かないけれど事実上彼女らは被害者だ。だって、彼女らにとって大切な者が何も言わずに姿を消したんだぜ?置き去りにされた彼女らの面はそれは間違いなく被害者面だよね」
「被害者面して面倒事逃れをするなって言ってんだよ。何かを無くしたら探すのは他人任せかよ?違うだろ普通。被害者面してること指摘されて怒るくらいなら被害者面してるって指摘されないように行動を起こして誰もが納得できる理論を持ってくることくらいしろよ」
彼は青くやや目が隠れるくらいには長い前髪から大きく見開かれる目は、どこか相手の反論を許さない雰囲気がある傍ら、そこか怒っているかのような情が感じられた。そして、正直な話、長時間見ていては自分のどこかが狂ってしまうような嫌な視線すらももはや槍だった。
そんな視線は私たち二人から不死に向けられている。不死はと言うと、彼と顔を合わせようともしない上に目を閉じていた。
「綺麗な理論だね。理に諭いのは良いことさ。でも考えてもみなよ。そもそもなんで大人と天才の関係である据永さんご令嬢が、どうしてネット上に書き込みをして完結しているのか。彼女らなのならば他に何か策を打つんじゃないのって」
「・・・お前何言ってんだよ?」
「決めつけんなよって言ってんだよ。ね。君のその理論は正しい、けどそれって締まるところ据永親子がネットに書き込んでそこで作業が終了しているって仮定を前提として考えてる理論だよね。少年は考えたのかい?何故彼女たちがここにいるのかを」
「俺が意見は父親が失踪してしまって、警察に連絡しました。そして自分なりにも社会的地位を利用して一応はネットにケージ版を立てた訳じゃん。その後に、自分らはどこか他人に任せて事の進捗を待って訳だ。だから、俺は被害者面すんなって、他人に調査を任せてないで自分らも死に物狂いで探せよ父親が紛れもなく大切なものなのならって言ってるんだ。最後に消息が確認されたのはロンドンで尚且つそれを弁えてるなら今ロンドンにいるはずだからここにはいないよねって話なんだよ。
俺、何か間違ったこと言ってるか?」
空間の虚無を立体図として完成図を構築するために大振りに上下左右させていた手を止めて私たちも含めて全員に顔向けして同意か反駁を促した。
横目で伺う限り、その両極にも判別しかねるみたいで、誰一人としてうんともすんとも言わなかった。
ただ、ただ一人、うんとは言わずにすんとは言う声が真西から聞こえるだけだった。
「うぅん、間違ってはないと思うよ。さっきも言ったように、君の言う台詞は高校生にしては理に敵ってる。そもそもこれは間違いを千差万別する話し合いじゃないんだけどね。まぁ、いいや。依然、君は間違ってはない。ただ、おいらはその意見は―」
不死は一泊を置いて瞼の閉ざした顔を彼に向ける。
「―好きになれないかな」
確かに、今回、あの時、そんなにある訳でもない久しい折角の親戚の会の場の空気を殺伐と濁らせてしまったのは私の落ち度が原因だ。
そうだ、彼の言う通り、私自身も単独でも何かしらの動きは見せるべきだったのだ。12年とは言えここまで育ててくれた両親だよ。見境なく、大切なもので愛すべきものでそれ以上でも以下でもないもので当たり前でしょう。何をやっているんだ私は。
今、できることをしなくって、結果が最悪最善どうであれお父さんにどう顔向けすればいいの?
ーと、最終的に議論は無事に終わって一段落ついてところで黙祷を捧げて、あの後用意周到にも用意されている私専用の自室で仮眠を摂る際に決意して、そうして今私は、母親の携帯電話を片手に
同マンション「Height is fate」という名の19階建てのマンションの12階の319号室、つまり千光家の前に立って、今まさにその号室のインターホンを押そうとしているの。
鏡神の姉の輝華の姉の輝全はここ最近のストレスで脳が劣化していなければ間違いなく警察官だったはずだ。厳密には、最近新しく増設された巡査部に偽装した特務機関の隊長らしいけれど否応なくこれは有益な情報として取り扱ってはくれるでしょう。
なにせ、この借りた携帯にはお母さんとお父さんの最後の通話の履歴が残っている。もしかすると例の通話履歴から内部ストレージに残っているかもしれないデータにアクセスしてそこから受け取った相手の連絡先のデータを読み込んでそこから遡る様にして電波経由をし、相手のスマホの内部ストレージにウイルスを盛って侵入、または私の知らない何か他のやり方か何かで逆探知する、ことができるかもしれないと言う淡い期待も一緒に持って来た。
「・・・」
この種類のインターホンは音は鳴らず、代わりに小さい赤い電灯が点滅する様式になっている。
呼び出しボタンを押した人差し指の上の小さなLEDが赤く光る。これはつまり、家内で呼び出し音が鳴ったという証明となる。
照明だけに。
「ふふ・・・」
「・・・」
「・・・?」
私は腕時計を見る。振動で起動した時計はまず初めに時計をその小さく黒い液晶画面に表示させる。
午後3時19分。
点滅から今で丁度1分が経過した。けど、3人で住んでいるはずの友人は誰一人として出てこず、そのまま赤い光も光を失てただと赤いLEDと成り下がる。
誰もいないのかな?いや、でも今日は日曜日。それも午後。誰か一人いてもいいでしょうと思ったのだけれどやっぱり軽弾みな発想だったのかも。
念のためもう一度、呼び出してみる。
再び赤く光る。壊れてはいないみたい。
そう言えば、この種のインターホンのLEDは赤だけでなく他にも、白、緑、青の色の種類があり、この地や家の所有者は漏れなく全種類が特典として付いてくるため好きなタイミングで好きな色に変えることができる。
まぁ、皆さん余程の物好きでない限り滅多に変えないのだけれど。
千光姉弟はどうなんだろう。
ちなみに私の母親は漏れなく物好きで、付け替えこそ頻繁にはしないけれど、全種類をテレビ棚に飾っているという漏れまいっぷり。だから私の家のインターホンにLEDが刺さっておらず、これまた漏れなく訪問者がインターホンが作動しているか分からず毎回半ば困惑してからの接客となってしまっていた。
だからついこの間、従来型にできるだけ似せた完全自作のLEDを大学の3Ⅾプリンターで制作、プログラミングで点滅するタイミングを調整してピンセットで定位置にはめることによって何とか改善することができた。
「・・・」
3回目は流石に図々しいかもしれない。少なくとも私の中では2回呼び出してみて、そこから約30秒間の間に返答がなかった場合はそれ以上の詮索はしない方がいい何かがあるか、もしくは、単純に留守か大きなお花を摘んでいるか、それとも、精神統一しているか他かのいずれかなので三十六計帰るに如かずという考えがあり、「逃げる」とはあえて称さないこととしている。
そして今、私はその考えに至った。
日曜日だからと言って必ず家に誰かがいるなんて全く持っての決めつけだった。
個人的には今日しか予定は開いていなくて、今日を逃せば千光姉弟との交流の機会はもう当分は訪れない。この夏の7月と8月はどうやら救と不死との交流で造ったり探ったりで潰れてしまうらしいから。
しかしまた来る。
私は気が引けるけれど、お母さんさへ良ければ2、3時間後にはまたこの携帯に置手紙でも貼っ付けてポストに送還することにする。そうすれば、大丈夫だよ。
私はそう思って、踵を返した。
「あ」
「ん?」
どうやら、手紙を書きに行くという作業は省いても良さそうだね。
踵を返した矢先、私は私の望んだ、私を助けてくれた尊い人と、あの時と同じように奇跡的にも偶然ながらばったり遭遇しすることができた。そうして私は今回も多少たりとも彼に助けられるのだった。
「あぁ、鏡神くん・・・」
千光鏡神。
2008年生まれ。生年月日は不明、公言なし。身長156㎝と私と同じな男の子。もうじき男子。
名付け親は姉、千光輝華。
分かっている情報を基に勝手に立ち上げたプロフィールが脳内の駆け巡って、今目の前にいる男の子が千光鏡神であることを知り、無意識、有意識いずれも然りて名前が出る。
「あ・・・」
一瞬、鏡神は顔を破顔させた。そこに心なしか心の底からの嬉々とした感情が鑑みるに感じられた。
それは泣きそうなものだった。
そして一瞬、その顔色を隠すようにして老朽化が全く進んでいない真新しい天井を見上げて、そして、空気を吸い込んで再び正面向いたその顔には精一杯のいつも通りの表情がそこにはあった。
「いらっしゃい。上がりなよ」
鏡神はポッケから取り出した鍵を鍵穴に差し込んでドアを引き開ける。
他人の家には、自分の家では感じられない新鮮な生活臭が感じ取れると聞いたことがある。友達の家に遊びに行った時など、まず第一に堪能するのが人の家の生活臭だと主張する人も一定数いる。この主張についこの間まで私は疑問を抱いていた。人って結局人間という同じ生き物なのだから生活模様は違えど生活臭までは他と変わらないのではと思っていた。しかし、それは共通して友達がいない人の意見であるとついこの間知った。思って知って、思い知った。
開けられたドアの衝撃波で漂ってくる独特な千光家の生活臭はついこの間まで自分自身も親しみ合っていたこともあって、それは酷く懐かしいものだよね。
「ただいまー」
「お邪魔します」
私は鏡神同様に脱いだ靴を揃えて、玄関から本格的に中に入る。思えばこうしてまともに千光家にお邪魔するのはこれが初めてだった。あの時は、気絶していて鏡神に抱えられていた訳だし。
「・・・」
変わってない。
それとあの時の怖い経験から身を隠していたのがここだったこともあって凄く、胸を撫でろされた。
「っと、言っても誰もいないんだけどね」
洗面所に入っり、相変わらずの羽織の袖を捲りながらそう言った。
「・・・鏡神くん一人なの?」
「うん。輝華姉ちゃんは友達と遊びに行って、輝全姉ちゃんはお仕事」
「そうなの」
鏡神が泡を泡立てながら手を念入りに洗っているのを順番待ちしながら、決して防水仕様ではないお母さんのスマホをポッケの中に入れる。
「そういえば、鏡神くんは今までどこ行ってたの?」
「散歩。たまには良いかなって。折角の日曜日だし、晴れだし。おかげで6時間以上散歩してきちゃった」
鏡写しで私と目が合った鏡神はさりげなく手洗いのスピードを速めた。
「あっ、いいよ。慌てなくて」
「・・・うん」
それにしても6時間以上の散歩とは。よくお外に出ているお爺ちゃんお婆ちゃんでも流石にそんなに長く外はほっつき歩かないだろう。よくもなぁ、そんな調子で油が売り切れないね。いささか関心してしまう。
「どこまで行ってたの?」
鏡神は暫く思案しながら蛇口のレバーを挙げて比較的黒くなった泡を洗い流す。
「んー・・・、県内一周?」
「いや、それは流石にー」
と言ったところで私は今の言葉を取り消した。俄かには信じ難い、県内一周の大規模な散歩。
しかし、それが不可能であると一体誰が言った。ましてや12歳のやってのけた芸当。それが実現不可能であると誰が言った。
誰が諭った。
誰が証明した。
「・・・、いや、んー、凄いね」
いっそ今取り消した言葉を冗談の範疇で納めようとすればそれは何だ難儀なものではなかったが、それをしようとして私は一度不死に怒られている。
それに怒られた後の優しさとして、アドバイスも授かった。
「何か面白そうなのあった?」
鏡神は泡を完全に洗い流した手で蛇口のレバーを下げ、赤色のタオルで微かに残った水滴を拭き取ってとどめの水切りに手を大きく振る。
「んー、そうだね。途中で友達に会ってツリーハウスに連れてってもらったこと・・・かな。後は自然や人工物が素晴らしかった、とか」
「なるほど。自然や人工物。見ていて飽きないのがあるよね」
選手交代。私の言葉に鏡神は洗面所から立ち退いてキッチンへ向かうとする足を止めて、振り返って微笑む顔をこちらに向けた。
「うん。それに、命の脈動が感じ取れるのも良いよね」
「・・・」
自然。それは自らを然った無為転変であり有為転変であり、基本的に何の干渉も無ければいつだってそこにある世界の本来の姿。完成系。のべつ幕なしに広い美しい世界。加え文学で説くこともできれば、数学でも解くことできる宇宙とはまた違った一種の万物と言ってもそれは何だ飛び抜けて過言ではないだろう。人非木石や魑魅魍魎の類までば幅広く生命維持の拠点としていることもあって、いざ久しぶりに赴いてみると案外心休めることもできる場所でもあるのかも。しかし、決してどこもかしくもが平和という訳ではない。
それは人非木石の人間や魑魅魍魎の類がいることはそれ即ち、どこかで仲違いが今この瞬間も起こっているということだ。仲違いもそうではあるけれどそもそも動物が居るが故にいつからか食物連鎖が確立されて今もそれは従順に動いている。
弱肉強食。よく聞く言葉であるけれど、弱い者は強い者の肉とならん。
血は赤い。
趣味は悪いけれど、その赤い血が命とも一概に取れない訳ではない。血があって尚且つ巡ることによって生物は生きていられる。そして、その血を送り出す器官が心臓であり、それは文字通り寝ても覚めても歩いても走っても転んでも人の中で一叩きを繰り返している。
「命」とは「人に一叩き」と書く。
私たちはもう少し危機感を持った方がいいのかもしれない。地質学や地層学の観点から見ても、地質は年代を追うごとに劣化、老化、深化と新化を繰り返し、地層は絶え間なく時に地震となってでも止めないがまま揺れ動く。
自然とは生きている。地球もそうである様に。
自らを自ずと然り。きっとそのことは自然様は気が付いてはいないのでしょう。それとそのことに気が付いているのはもしかすると私たち人類だけなのかもしれない。
人類もまたそれに気が付いて、今や発展をするために貸した未だ未払いの貸しを他国問わず一致団結して返そうとしている。
SDGs。私は12項目の「パートナーシップで目標を達成しよう」と水素に着眼を置いている。
水素は酸素と反応させることによって高濃度の飲める水も作り出すことができるし分子レベルで結合させることによって電気エネルギーと熱エネルギーを取り出すことができるから何かと期待の眼をしているまだまだ俄に等しい私ではあるけれど、恐らくまだまだ課題は多いと思う。
例えば、水素エンジンを動かすには勿論水素は必要だけれど水素自体が小さすぎて燃費が激しすぎる。
だとか、燃焼すれば莫大なエネルギーに変換できるけれどその反面、引火しやすい性質も兼ね備えているがために一歩間違えれば予期せぬ大惨事にもなりえる。
だとか、云々。
そしてそんな人類の居住点が一呼んで人工物。
人工物は所謂、人が、人の手が作った物を差す言葉だから例を挙げ始めると切りがないけれど鏡神の見てきた県内一周の言葉を聞くと恐らくながら建物に限定されるはず。
いや・・・、そうでもない・・・?
建物。それはそんな健気な人類を外から遮断するための人類が創り出した物。
普通に考えて、人間が建物という物を創ったのは私の生まれる当然遥か昔のことなのだけれどだからこそ普通に考えて、なぜ人類はまず初めに建物を創ろうと思ったのだろうか。
当時の世界が一体どんな世界をしていたのかは知らずとして、本日の世界も当時の世界を色濃く残している物と言えば真っ先に思い浮かぶのは、自然。
もしかすると、人類は自然から隔絶するために建物を創ろうと思ったのだろうかとそんな気がしてくる。
人類は、ダーウィンの進化論によると生物の中では随分と奇跡的な進化の軌跡を辿ってきたみたい。
例え、そうでなく何かしらの手によって作為的に創造されたが成れの果てであったとしても地球からしてみれば良くも悪くも奇跡なのかも。
それで、そんな進化の中で人類が猿の進化系とした場合、得難く獲得した能力と言えば専門用語を除いて総称すればそれは「知能」となるのかな?あるいは「脳」。
勿論、現存するお猿さんや他の動物たちが無垢と言っている訳ではないのです。でも、違いはあるとは思います。
「知性」と「知能」とでは根本的な相違がある。私はそう思っています。
まるで神様が地球の今後を半ば人類に託したかのような完璧に程近いこの進化ですがしかし、そんな進化でも淘汰されなかった致命的欠部もあり、それがどうやら「睡眠」であると私的にも薄々気が付いているつもりでいる。
一日の大半が私利私欲に塗れていて、いつも何かしらのことは考えては実現のための開発を家や大学を経由して行っているものだから帰宅後、就寝が随分と遅い。そして、体に否応がなしに鞭打っては起床する訳なのだけれど決まって毎朝枕が足元にあるの。枕が独りでに夜間に移動していたのであれば今日からお母さんと寝ることになりそうだけれど、住んでいる家が築20年も経過していない且つ何だ曰くが付いている訳でもないことは知っているからそんなはずはないと断じ得ずともオズオズ言える。
つまり私の寝相が悪いのだ。
酷い時には夜な夜なリビングの中央で一人左右横に飛んだりジャンプしたり急に伏せたかと思えば獣みたく何かに飛びついて拳を振り下ろすという自分でも考えられない奇行をする寝ぼけをここ一週間以内に母が目撃している。して、漏れなく私はその日見た夢の内容を覚えてはいない。ただ一つ――
―未視感を猛烈に感じていたことだけは覚えていた。
そんな風に人間の睡眠は他の動物も比べてもきっと嘲笑われる程に無防備であり、数ある内のトップ5には入るのではと思える致命的欠点だろう。
そしてきっと、古人達は気付き始め、1回の云十万の犠牲を経て危機感が確実化したのだと思う。だから、彼らは建物を造ることによって自然との距離を置いた。
自然とは私たち人間にとって脅威であり、私たちが生きていく上でなくてはならない福音でもある。
まるでGODZILLAだ。
まるで進化だ。
まさに神の化身だ。
人は過度が過ぎてしまった。忌避するあまり、拒絶の勢い余って自然を傷つけてしまった。
頭を打って自然を忘れて、今度は全身を強く打って思い出した。地球は生きていることを。
鏡神は証言6時間の散歩の間に平日にも下手をすれば休日すらにもお目に掛かれない目先の万物に偶然にも遭遇したみたいだ。
意図せず出た言葉とは意図して出した言葉よりもより本音で名言なのかも。
「・・・そうだね」
鏡神は微笑みをより深いものとして私が手を洗い出すのを見届けて、再びキッチンへ向かう足を動かし始めた。
「あっ、そう言えば私、最近茶道やってるんだ」
受話器の形みたいな変わった形の氷が入ったキンキンに冷えてやがる麦茶の反射光を眺めていたら鏡神が凡そ3分程度の静寂に話を振ってきた。
氷とそう言えば珠川こおり先生の「檸檬先生」面白かったな。
「あぁ、あそこのセット鏡神君のだったの?」
右手のリビングの端っこに、どこかの茶道教室のをそのまま盗んで来たかのような配置に配置していある茶道セットは今まで見て見ぬふりをしていたけれどどうやら鏡神くんの物らしかった。
「うん。そうだね。もらったの。今日ツリーハウスに連れて行ってくれた友達がくれたの」
「え、一人で?一人で持って帰って来たの?」
「うん。帰る時に「お守り。自分に使うも良し。誰かのために使うのも良し。夜回りに拍子木代わりにしても良し。なんならバケツにでもしてもヨシッ!好きなように使いなよ。僕はもう用済みだから」って風呂敷に包まれた状態で渡された」
茶碗・棗・茶杓・水差し・柄杓・茶筅・袱紗・扇子・茶釜・懐紙
見た感じ、一つ足りないようにも見受けられるけどそれでもこの量の茶道セットを子供一人で持って帰ってくるのは決めつけは良くないとして聊か無理があるんじゃ。
「重くなかった?」
鏡神は笑い声をコップと麦茶に反響させながら一服する。
「ぷはッ。いや?あんまり」
確か、鏡神と私は同い年であると聞かされていることを思い出した私はこの時、男女の体格の差を痛感した。
それ以前に、世にも珍しく茶道セット一式を揃えている癖してそれを全て鏡神に託すツリーハウス関係の友達とは如何に。
「ねぇ、私の点てたお茶飲んでみてよ」
鏡神は麦茶を飲み干してそう言った。
「経験はあるの?」
無いとしても飲まないでもないけど、僭越ながら一応聞いてみることにいた。
「うん。何度か」
あろうと無かろうとどちらにしたって最終的には有難く頂く私の意思は、はなからお見通しらしく鏡神は
颯爽と茶道セットの揃う部屋の隅に向かい、さすれば疑問が晴れた私もそっそうと鏡神の背中を追うの。
「でも、炉がないよ?これじゃお湯が沸かせないよ・・・」
そう言われて思い出したのか、鏡神は少し項垂れて台所に踵を返す。
「風炉ね・・・、あれ・・・、私も定ちゃんと同じことを聞いたんだよ。でも、何か用事があるみたいで・・・「あぁ、風炉はまだ使うから預かるよぉ。用が済んだらまた渡すからね~」だって」
こうなってきては鏡神の語る友達がかなり悪意のある人物であるという印象が否め切れないのだけれど、年齢が分からない限り風炉のみを扱う仕事があってもそれはとても否定できたものではないけれど、しかし、いつかは一度集めた茶道用具一式を鏡神にあげるまでしても残しておきたいのが風炉とは一体何を企んでいる。
「だから、仕方ないから焜炉を代用としてるんだ」
そう言って鏡神はガス缶と卓上コンロを両脇にそれぞれ抱えて帰ってきて早々にガス缶をレバーを下げて接続し、つまみを回して着火と微調節を慣れた手つきで卒なくこなす。
「あー、えーと、火、眺めておく?」
人は炎と見ると荒ぶる感情が制される遺伝子情報があるらしく、おそらく、着火してからしばらく私が青い炎の揺らめき揺らぎを眺めているのを見ての配慮なのだろう。それも無意義ではなさそうだったけれどガスを使っている以上申し訳は出てこない。
「あ、ううん。大丈夫。ありがとう」
それに私は荒ぶる感情は嫌いだ。死よりも嫌いだ。
死よりも危惧すべき事案だからこそ嫌いだ。荒ぶる感情は命を迂闊に扱わせるからこそ嫌いだ。
「ふぅ・・・」
おっと、おっと。いけない、いけない。けしからんばいったらありゃしない。
そんな収集の付かないこと考えていたら、奴みたいになってしまうでしょ。
そんな簡単に宇宙を感じて怖気付いてしまってはアームストロング船長に垂れる頭がないだろう。
そんなことを考えながら忌避すべき感情を押さえつけながらため息を付いていると、お湯を沸かしながらこれから使う茶碗を軽くハンカチで手入れをしながら鏡神が口を開いた。
「落ち着かないね、定ちゃん。あらかた、その携帯に関してのことなのでしょう?」
「それは―」
今日は本来、輝全お姉ちゃんに父親の消息の唯一の手掛かりとなるかもしれない最終通話履歴の残った携帯を渡しに来たのだけれど、私は鏡神にその旨は伝えていない。
どうして分かったんだろう。
「普通に分かるよ。定ちゃんはあの時、私が一時的に引き取ったあの時に、気絶してる時に少し持ち物検査をしたんだよ」
「・・・ッ」
持ち物検査自体には何も文句はないけれど、そんな訳ないのに鏡神が私の身体をあっちこっち検査したと不覚にも考えてしまった私は両腕で胸を隠す照れ隠しの癖が誤爆してしまった。
それを見た鏡神も、自らの事情に言葉が若干足りていなかったと弁えたのか急いで修正を加えた。
「あッ!違うよ!お姉ちゃんが、輝全お姉ちゃんが検査したんだよ!私じゃないから安心して!」
「はぁ、良かった。あっ、ううん。気にしてないよ。気にしてないから大丈夫!」
忙しなく動かしていた手を焜炉の上の茶釜に少し触れてしまって、お世辞にも冷たいとは言えない生暖かい息を手の甲に吹かしながら鏡神は話の辻褄の道理を拡張し始める。
「ふぅ。それで、その時定ちゃん、携帯電話を持っていなかったから・・・。今日、持ってくるのはおかしいかなって。しかも、ポッケには入れずに大事そうに抱えてね」
確かに私はポッケには携帯は入れてはおらず、むしろ落とさんときつく握り締めていた。
その時の心情を思い出すのは難しいけれど心理は大体はっきりしている。
恐らく、あの時の私は先を急ぐ思いの勢い余って酷く冷静さは欠いていた。
何せ、事前に連絡をしなかったのだ。私自身、千光家の電話番号以前に携帯電話を持っていないがそれでもあれから馴れ初めの機縁と同時に少なくともお母さんは警察官である輝全お姉ちゃんの電話番号やIDの交換がしていても理想の夢物語ではないはずだったの。
盲点だった。完全に焦っている。
無力に焦っている。
「かもしれないね・・・。私ったら・・・あぁ、ダメだ。取返しが付かないよ」
戻れやしない過去に次いで僻んだ未来に私は項垂れた。
このまま、座例に畳んだ両膝を山に曲げれば寝転がれない場所ではよくする仮眠の体勢そのものとなる。
体育座りは背骨が曲がったりしたり折り目が丁度内臓に負担をかけるから体に悪く、日本人弱体化のために海を越えてやってきた座り方とされているのが誠ならこれは紛れもなく日本人に対する侮辱だけれど、私はたまに昼寝の時についついやってしまうことがあるのだ。
確実にノンレム睡眠までに到達はしていないことは確かだけれど何故だか、そっちの方が快適に眠れるんだ。
いっそ、このまま仮眠と美化した狸寝入りを膝と曲げようかな。
そんな心中でいれば眠気が襲ってくるのは随分と速い。慢性的な睡眠不足の症状というのもあるのかもしれないけれど、怖いことに簡単に身を預けられてしまう。
鏡神が茶筅を立て終わるまでの間だけ、少し寝ようかな。見た感じ、まだお湯も沸いてなさそうだし。
ふぁ、おやすみなさい。
「ダメなことはないんじゃないかな」
鏡神の声を模した声が私の沈んでく意識を再び奮起させる。軽量化された瞼を上げた瞳には小首を傾げた鏡神が正座していた。
て言うか、なんで私は人様の家で呑気にも寝ようとしているんだろうか。
「確かに、今父親が居なくなったこと自体は取返しは付かないかもしれない。それ以前にも色々あって、凄く気に病んでしまってそう言ってしまう気持ちは良く分かるよ」
ある日には悪の三銃士に作った作品を目の前で破壊されたり。
ある日には勉強中、家から引きずり出されて汚泥水をかけられたり。
ある日には口の中いっぱいに雪の塊を入れられたり。
ある日にはある日には跳び蹴りで階段から突き落とされ、おまけにボディーブローの良い的にされたり。
「でも、私は君は無力ではないとは思うよ?一度、考えてみて?定ちゃん。自分自身もそれは悲しくも辛い。それ以上に、今までに一度も考えてすらなかったことが起こった今、自分は対処に後れを取ってしまってるって悔しいとさえある。でも、そう思っているのは果たして定ちゃんだけなのかな?って」
ここで瞬時に答えが導き出せればまだよかったのだけれど、そうはいかなかった。
閃いた時には、同時に既に私はその回答の遅さから意外と被害者面の被害妄想が割と過度なものであったことの証明にもなってしまった。
自分のせいであるとばかり思い込んでいた。
そう考えると自分の型にハマらない常軌を逸してしまっていた。
無限に降下していく度にそんな道理に合わない汚点がのべつ幕なしに出てくるばかりでまともな成果を挙げられたことは、昨今はないことも分かってしまう。
まさに悪魔の証明だ。
「お母さん・・・」
親戚も然るこの台詞を吐くのには十数秒の時間が経かってしまった。その間の鏡神は一切の表情を変えることはなかった。
「うん。でも、ここで知っていてほしいのは決して母親もそう思っているから自分も大丈夫だ。とは思わない事。自分と相手とは違うからね。相手が大丈夫でも、自分は大丈夫ではなかったりする訳だから」
赤信号みんなで渡れば怖くない なんて日本語、事後の死語だと鏡神は言った。
「私が言いたいのはそんなことじゃないんだ、定ちゃん。つまり、定ちゃんも辛い。定ちゃんの母親も辛い。それは即ち、基よりそれは一人では抱えきることなんて100%不可能なことだったのさと私は言いたい」
否定の余地も雲隠れの穴場も私には見つけることが出来なかった。行く先々であった虐めの数々に続いてようやく落ち着いて平和な暮らしができると思った矢先に父親の失踪と随分と風当たりが強いじゃないか。項目別に分ければたった2つに過ぎない出来事のはずなのに、どうしてこうも負担がかかるの?
何度となく思ってきたその気持ちが首筋辺りに鈍い痛みとして現れた。
「ねぇ、鏡神。私、一体何をしたのかな?」
「・・・」
「何がいけなかったのかな?私、何か悪いことしちゃったのかな・・・」
「・・・」
「誰か教えてよ・・・」
「・・・」
「――ッ、私が生まれてきたこと自体が悪いことだったのかな!???」
一瞬だけ、鏡神が酷く息を呑み込んだ澄んだ呼吸音が聞こえたけどそれでも彼は黙っている。
黙って聞いている。
今の私は、鏡神にとっては何に見えるのかな。
怖いのかな。
そりゃ、怖いよね。独り言は同然のやるせない質問をやり場のない怒りに乗せて徐々に声のトーンも大きくさせながら鏡神にぶつけてしまっているんだもん。
九死に一生を与えてくれたのは紛れもない鏡神なのに何たる無礼だとも思えてきてしまって、それが返って「誰からの助言も体験談も感想も持論を美化した理論なんていらないから私の気持ちだけを最後まで黙って聞いてくれ」という気持ちが膨れ上がってしまって、もはや私は虚数の塊になってしまって常に1より上を行かない最底辺の人間と化けの皮が剥がれてしまった。
そう気が付いて、今度は私のココロは境界性パーソナリティー障害なるものに罹患されてそこでようやく私は一瞬だけ理性を取り戻した。
いや、失ったと言えようか。
「―――ッ!!鏡神・・・、私は・・・、私は・・・、うぅぁ」
鏡神の表情はあれから一切として変わってはおらず、依然真剣な眼差しをこんな私に向けていた。
「まだ、あるでしょ?」
そんな表情で鏡神は私に小首を傾げた。
「まだ、私は君の本音は最後まで聞いてないよ。折角、そこまで言ったの。この際だから思ってること全て吐き出しちゃえばどうかな」
そこで鏡神は久方ぶりに表情を優しく和らげた。太陽の位置関係で鏡神は影で私が光と照らされていることが一々傍観しなくたって私が光を遮蔽して鏡神に影を無駄に一層濃くしていることも同時に分かる。
それが泣きたくなる程に虚しかった。
「幸いにも今ここにいるのは私と定ちゃん、君だけだよ。他の人達はきっと今この瞬間にも各々の過ごし方を満喫しているだろうから、隣人も誰も彼も皆、私たちのこれは誰の耳も傾かせないよ」
ここのマンションにはもう長らくお世話になっているから壁の厚さはある程度で多少の音は通してしまうことは知っていた。しかし、それでも今この瞬間だけは私が何を言おうと赤の他人の血塗られた誹謗中傷がないことを今この瞬間に初めて知った。実感した。
偽善。
鏡神のこの行動はきっと、正気の沙汰にある人からすれば馬鹿な偽善者の生業のそれと確実に言う。
だってそんなこと喋らせていて鏡神自身も内心は激しく穏やかでないのに自ら自滅の道を選んでいるのだから馬鹿以外の何者でものない哀れな偽善者と映るからで、それはとても常軌を逸した事で、それは友情間でも第3者からではあまり見ることのできないある意味では稀有なことだから。
しかし、そんな人からもこの手の心理を描いた本からも全てでなくとも意外と見受けられなかったりする気持ちが今の私にはあってそれが再び緊張を解いた。
「私はそんな鏡神の言葉が例え偽善であっても途轍もなく嬉しかったのだ」
「えぐ、えぐ、えぐ」
結局言いたい胸の内をほぼ全て吐くだけ吐いた私は語り終わりに整わない嗚咽と呼吸を吃逆させながら手の甲で止まらない涙を拭う。
「ごめん、ごめんなさい・・・鏡神」
「いいよ。いいんだよ、定ちゃん」
一瞬、熱する茶釜の様子を見た後にポケットからハンカチをもう一枚取り出しながら微笑む鏡神は言う。
結局、鏡神は最後まで私ののべつ幕なしのあられもない愚痴を真面目な顔で時たま相槌を打ちながら黙って聞いていてくれた。
差し出されたハンカチを私は受け取る。
「君が鬱憤を全て話してくれて、私は安心したよ」
「・・・うん・・・?」
「これで証明できたよ。基から君のその事案は君一人では抱えきることができなかったことが。それ以前に、人間はある程度は一人で物事を対処できるような作りになってはいるんだけれどそんなことを高らかに言っていられるのも今の内だってことが」
だからこその適材適所だとも受け取れる鏡神からのメッセージだった。鼻先に優しい入れすぎている洗剤の匂いで少しは呼吸も気分も落ち着いてきていざ、それを言われてみると人間は決して万能人ではないということが少しだけ悔しかった。
でも、だからこその適材適所。
「そうだね・・・、その通りみたい」
今の未来を悔やむと読むよりも先に私は鏡神に対して無念を晴らすべきなのだ。
「ありがとう鏡神。話を聞いてくれて。そしてごめんなさい」
「・・・」
「自分のことを無力だと言って」
私は深々と頭を下げて謝った。
今思えばあの時の空気を吸った澄んだ音はきっと深呼吸。
鏡神は怒っていたのだと思う。被虐にも自虐していた私に対して。
「許す」
鏡神は硬い微笑みを和らげた。
「2度同じことを言うみたいだけど、君は無力じゃないよ。だって、君が無力だったのなら君はここにはいないからね。君は多分、その携帯にこの状況を打破するきっかけになるかもしれない何かしらの何かがあることを最近見つけて輝全姉ちゃんに調査依頼も兼ねて渡しに来たみたいだし」
鏡神は見た感じ、カラエコンの花が無数に刺繍された羽織の袖口から左手を前の私に差し出す。
「それって、今自分が置かれている状況をしっかりと把握して自分なりに解決策を見出そうと力を費やしてるってことだよ。それは、無力とは言わないよ」
それはまるで仏で、鏡神が最早仏や神が人間に化けた姿なのではと感じさせる母なる表情だった。
「そもそも無力って力を無くしてしまったことを言うから、人は、君は、生きている以上無力であるはずがないんだよ」
生きているだけで偉いと言われて私の目尻には今度は悲しみの涙ではなくむしろ逆の感情を募らせた涙が溜まっている。
年齢的にあと7、8か月で小学生卒業の段階である今更、一日の内に2度も泣くことに対して羞恥心を覚えることもやぶさかではないけれどそれ以上に私には目の前にいる最愛の人がかつて序盤に言っていた言葉とそれに感化された感情の方が圧倒的だ。
「そう・・・、そうなんだ・・・。ありがとう」
私はポケットに手を入れて取り出したスマホを鏡神の手に乗せて託す。
「頼んだよ。鏡神」
鏡神は手に乗せられた母のスマホと私の手を強く握り返す。
「分かった」
そう言って信頼した鏡神の手とスマホから手を下げると同時に鏡神もまた手を下げ、スマホを羽織の内ポケットに入れる。
「しっかり受け取ったよ定ちゃん。あぁ、それと・・・」
鏡神は改めて座り直して、両手で膝を軽く弾く。
「・・・え?」
「いや、あの、さっき眠そうだったから、まだ抹茶が飲めるまで時間がかかりそうだし、膝枕でもして寝かせてあげようかなって・・・。座布団が3人分しかないみたいでね。嫌なら私の使う?」
流石にここで寝るのは作法に則っているとは言い難く酷く下品ではあると思う。それにここで鏡神から座布団を借りるにしたって正座には毒だろうし借りるが剥奪と献上の落語の関係性に映ってしまって鏡神がまるで滑ったみたいでそれはそれで嫌だ。
でも・・・、鏡神の膝枕なんて・・・。
深く溜息を付いた。
「いや、いいよ。大丈夫。鏡神のアドバイスで眠気も吹っ飛んだし、ここは作法に則ろう」
私も正座に座り直す。
「そう。分かった。じゃぁ、しばらく待ってね。できるまで何かお話を・・・」
そこからの記憶はない。ということはどうやら私はさっきの反動で跳ね返ってきた疲労をモロに食らってそのまま伏してしまったみたいだ。
喋ることに対して急性就寝の処置を取らざるを得ないくらいにエネルギーを消耗したのはもしかすると初めてかもしれない。
茶道に真摯な方、本当に申し訳ない。
そんな暗い微睡に落ちていく最中にある私には、この瞼を開けようと開けまいと変わらない光景に最愛の人がかつて序盤に言っていた言葉が反響していた。
「泣くことは恥じゃないよ」
音は空気中よりも水中の方が4倍速く伝播するみたいだけどそれはここでも適用内なのかな?
ありがとう鏡神。
・・・大好きだよ。
====もしもし。====
どうも最近、車に撥ねられた有機物の轆轤輪転です。
電話は無事に繋がったみたいですよ。