七
***
暗い砂浜に温かい波が押し寄せる気配がして、緋禾はそっと目を上げた。蹲るように砂浜に腰を落ち着け、爪先に一定の感覚で波が触れてくるのを感じる。もうどれくらいそうしているのか分からない。随分長い間、こうして戯れている気がするけれど、全く時間間隔がないのだ。
(…どうして、私はここにいるのだろう…)
もう暗い時間だ。いつまで海で遊んでいるのだと、母に怒られるかもしれない。もうすぐ稲日がぷんぷん怒りながら緋禾を迎えに来るだろう。そういえば、朝餉を取ってからどれくらい経ったのだろう。お腹が空いてもいい頃なのに、何も口に入れたくないと思ってしまう。ここにいればものを口にする必要がないのだ。
どうしてだろう、と不思議なことを思考しようとする度に、緋禾を絡め取る波は大きくなる。まるで、何も考えなくていい、緋禾はこの波と戯れていれば良いと、そう宥めてくれているかのようだ。
ここは母の膝の上。安全に包まれた繭の中かもしれない。ここにいることは心地がいい。出ていかなくていい、ずっとここにいれば、苦しいことは何もない。それに安堵する。
けれど、どうしてだろう。緋禾は何か大切なものをどこかに落としてきたような気がしてならないのだ。その正体が分からない。思い出したいのに、その度に宥める手が緋禾の背中を撫でるのだ。
相反する二つの感情が緋禾の中でのたうち回っている。それが耐えられなくなって、緋禾はついに膝に顔をうずめて泣き出した。その間も、荒ぶる感情を収めようと波が緋禾を癒やしてくる。けれど、緋禾の涙はとうとう止まらなかった。
なぜだか分からないけれど、哀しくて、辛くて、しょうがないのだ。
『何をそんなに泣くことがあるの』
あまりに緋禾が泣くからだろうか、ついに宥める手は緋禾の心の中に優しい声で問いかけてきた。その声無き声を聞いて、緋禾はここは神の地なのだと思い知る。そして、自分がどうしてここにいるのかも、少しだけ分かってきた。
「…会いたいのです」
誰にだろう。そこはまだ分からない。父だろうか、母だろうか、きょうだい達だろうか。それとも――
『一番大切で、会いたい者をその身で守ったのは、あなた自身だというのに?』
あなたは選んでここへ来たのではないの?と、その声は優しいのに容赦なく緋禾の矛盾を突いてくる。それを聞いて、緋禾は閃光のように思い出した。今、一番会いたい人。大切な人。緋禾が守った人。
何故忘れていたのだろう。それは、思い出さないことが緋禾にとって幸せだからだと、この地を支配する神がそうしたのかもしれなかった。
けれど、今、緋禾は思い出した。思い出してしまえば、どうしたって恋しさを抑えることは難しい。緋禾を置いて、一人でその重荷を背負いきろうとする姿を、なんとしてでも引き止めたかった。身体は勝手に動いていたのだ。気がついたら、光が舞う春日野の大地に身を投げ出していた。光に貫かれてその瞬間、緋禾はこの暗い砂浜にうずくまっていたのだ。
この砂浜の向こう、この海に身を沈めてしまえば、きっと幸福な世界が待っていることは緋禾にもよく分かる。分かるのに、足は動かない。ここを離れてしまえば、もうこの先ずっと、緋禾の大切で、会いたい人には会えなくなるのだ。幸福な世界が受け入れてくれるというのに、緋禾はきっと、そちら側を選ばない。苦難がこの先も待ち構える世界に、戻りたいと思ってしまうのだ。
「お願いします、暗の世界の女神様…どうか、私を元の世界に戻してはくれませんか」
『なりません。あなたは一度、この世界までの路を辿ってきてしまったの。そこを引き返すには、代償が必要です』
「代償…」
『あなたの神気や命と同等なものよ』
代償、ともう一度緋禾はその言葉を吟味した。そして、苦笑が口の端から漏れるのを感じた。神の世界でも等価交換の世界なのだと実感して、どこかおかしいのだ。緋禾がこれまで自然の中で、感じるままに彼らを愛した時、たしかに彼らは愛された、大切にされた代わりに、緋禾をここまで守ってきたのだ。
その守りは、もうここの地下世界まで届かないだろう。
(それなら…)
緋禾は自力でここから出ていくしかない。ずしりと重い腰をようやく上げて、緋禾は歩き出した。神の世界であるはずなのに、重力を感じて、緋禾をこの場に押し留めようとする。それでも、ここまで走り抜けて来た緋禾は止まることが出来ない。止まったらこの心地よい世界に囚われたままになってしまう。そうなってしまえば、本当に緋禾が望む結果は得られないのだ。
『お待ちなさい、行ってはなりませんよ』
「…ごめんなさい、私は、諦めないと、私に誓っているのです。私の望みがまだ潰えていないのなら、私が思い済むまで歩きたいのです」
押し戻そうとする力を振り切って歩き続ける。ずっとずっと遥か彼方まで続く砂浜を抜けようと、間違っていても構わないから、自分の望みを叶えたかった。女神は何も言わなかった。緋禾がどのみち疲れて立ち止まるだろうと思っている。思い通りにさせてなるものかと、緋禾は沈む砂浜をやがて駆け出した。
(神気を代償にせよというなら、差し出そう。もうこの身は真の意味で神気を必要としていない)
きっと、神気など纏わなくても、神々を感じることは出来る。ずっとずっと昔の人達は、毎日触れ合い祈りを捧げることで、全ての神々から愛されていたのに違いないのだから。
身体は重いのに、足は止まらない。肺がちぎれると思い始めるのに時間はかからなかった。しかし、やがて終わりは見えてくる。その証拠に、暗い砂浜の遠く向こうに、輝く道筋が見え始めた。
***
朗々と白狐が空の御神に申し立てた内容は、真に御和の全身から血の気を引かせた。
「兄上、何を!」
(我が魂は、相応の罰を受ける宿命にあります。私は多くの命を私は奪いました。それでも、そこなる娘――私の義妹に救われたのです。この魂を、今までの私や弟達の罪の代償となさってください)
佐和は、自ら望んで人を殺めていたのではない。全ては夷の国の呪詛により魂を縛られ、岩城貞文に使役されていた。人々の命を喰っていたとしても、佐和の言う“宿命”は、彼が負うには重すぎるものだ。
御和は緋禾の身体を支えながら、懸命に兄に向かって手を伸ばした。
「お止め下さい!これ以上御身を傷つけるような真似など…っ」
(御和)
「兄上は今まで十分すぎるほど苦しまれた!病に身を削られ、死期を早められ、死しても尚…!」
振り絞るような叫びに、佐和はふっと目を細め音も立てずに御和の傍に近づいた。そして宥めるように御和のこめかみに、鼻先を押し付ける。
「報いを受けるのは、俺でいいはずです!使役された兄上を犠牲にしてまで、俺はこの国の上に立ちたくなどないのです」
(…もう、よいのだ御和。苦しんだからこそ、早く暗の女神の元で休ませておくれ)
元々、病弱だった佐和だ。自分は長男だが、妾腹の出であったし身体も弱かったので、大王の位を継ぐ気は毛頭なかった。若くて気高い、そして健康な大王に相応しい弟の支えであれたらと、そういう考えで二十余年を生きた。
もう、十分だ。死に方は確かに悔いが残る。誰でも飯の中に毒を盛られて苦しんだ死など嫌だろうが、それも自分の運命だったのだと、今では納得している。死した後のほうがどちらかと言えば苦しかった。けれど、結局はこの二人に救われて、短い間であったけれども、一緒にいれて心底幸福であった。死しても尚、愛しいこの二人の未来を守れるなら、喜んで佐和はこの身を差し出すことができる。
「――兄上」
(地下の世界は、決して苦しくないはずだ。私には居心地がよかろう?しかし姫君には聊か退屈であろうな)
佐和は苦笑しているように見えた。まるでその様子を頭で思い浮かべているようだった。佐和は行儀よく前足を折って、緋禾に乗り移っている沙依里比売に拝礼した。
(貴女様の娘御を呼び戻す無作法を、弟共々お許し頂きたく思います。そのように天の御神に申しあげてください)
「あなたはそれでよろしいの?魂の形が顕わになっているけれど」
(元々、この魂の形でこの世にいてはいけないモノでしたから。人としての命は、もう既に全うしています)
もう自分にあるのは、この出来損ないの魂だけ。それならいつでも差し出せる。それが愛おしい義妹の命の代わりになるなら、これからの未来を担う者たちの礎となるなら。
「――だ、そうですわ。我が愛しき背の君」
女神の虚ろな瞳は天の光に向けられた。しばしの沈黙が訪れたのち、女神に向けて優しげな声音が掛けられた。まるで、横たわる緋禾の身体を真綿でくるむような声。
『我には、異論はない。愛おしい息子達がそれでよいのなら』
それは同時に御和達を包む声でもあった。御和はやりきれない思いで淡い色をした兄を見つめた。
神とは、ほんとうの意味では、少しばかり傲慢な存在なのかもしれない、とこの時初めて思った。その口で「愛おしい息子達」と言いながら、その代償として嘘偽りなく持っていってしまうのだ。そんなに生易しい存在ではない。いざとなれば血を引き継ぐ子孫さえ、こうして黄泉の世界に送り出せてしまうのだ。
加護は与えられるというのに、どこか不本意な気持ちにどうしてもなってしまう。
けれど、佐和は幸せそうな顔をして、そっと御和の頬にその身を摺り寄せるのだ。
(母上や従兄弟たちに、先に会ってくるな。お前はこちらで命を全うしてからでないといけないよ。勿論この子も一緒に)
いつの間にやら緋禾の中から水の女神の気配は消えていた。そこにはまたしても瞳を閉ざして横たわる姿があった。既に天の御神の傍に寄り添っているのか、帰ってしまったのか、それは分からないけれど。
最期の時間を二人にくれているのだと、そう思った。
「兄上…兄上は…この地上に生きて、幸せでしたか」
白狐のに伸びていく腕を何とか抑えて、御和は苦しげに眉をひそめた。すると、御和の懸念を振り払うかのように、尾を大きく左右に振った。それと共に淡い光が白狐を包みだす。岩城貞文がそうなるのとは違い、徐々に薄くなっていく。
儚くなっていく。
同時に抱いている緋禾が温もりに満ちていくのだから、これは皮肉なことだった。それでも、佐和には何の後悔もないのだ。その証拠に、嬉しげにぴょんと一跳びして見せた。
(お前のような立派な弟に恵まれて、不幸なわけないだろう)
生真面目で不器用で、愛おしい我が弟。そして、その妻。ただ心配なのはこの二人の行く末のみ。そしてそれを、佐和は暗の女神の元で見守っていてくれる。今を、これからを生きていく人に様々なものを委ねて。
(死しても尚、お前たちを守れる私は誰よりも幸せだ)
白狐を通して、向こう側の景色が見えだした。薄く消えゆく兄の姿をこの目に留めおこうと、御和は瞬きすら出来なかった。
その目に映る、いつもの春日野が、豊かな自然の有り様が、新しい時を告げるように再び淡く輝き出した。
もう輪郭も分からないほど、その体は霞んでいく。手を伸ばしてももう、止めることは叶わない。
「あにうえ…」
できない代わりに、温もりを取り戻しつつある緋禾の身体をぎゅっと抱きしめる。そうしていないと正気を保てない。ただ、兄を見送る瞬間は、泣いてはいけないと思った。
(ありがとう、御和。父上をよろしく頼んだよ)
今は、しばしの別れ。目を細めた姿を最期に、佐和の姿は消えうせた。御和は最後の一つの輝きが見えなくなるまで、瞬きもせずにその姿を見送った。頬を、とうとう一筋の涙が伝うけれど、拭いもせずにその姿を見送った。それだけが己の務めだ。
唇をかみしめる。血が滲むほど、かみしめる。力が入ってくぼんだ顎に、ふと、触れる手があった。
冷たい指先。けれど、温もりを取り戻した指先だった。御和が惚れた女の、愛おしい指先だった。
「…なか、ないで…」
「……」
「泣かない、で…御和」
そう言いながら、唇に滲む血にも触れた。喉の奥が掠れていてひどく弱弱しい声が、御和に泣くなと言いながら、光を取り戻した瞳に薄い膜を張っている。だからか、御和は泣けないと思った。細かく震える指先を、握りしめた。
「――泣いては、おらん」
それでも、声は驚くほどに小さくなってしまう。無様な程に震える声を出しても、涙を押し止めるなら構わない。目の前で生き吹き返した妻――緋禾は、仄かな笑みを浮かべて、御和の指先を握り返す。
それは、確かな力だった。今ここに生きている力だった。
「佐和様、笑っていたわ」
「え…?」
「黄泉平坂ですれ違った時。笑って…『御和を頼んだよ』って。それと――」
握られていない方の手のひらを、緋禾は自分の下腹部に這わせた。そこに宿るものは、とても小さいけれど、とても尊いものだ。佐和が身を挺して守った存在を慈しむ緋禾を見て、御和は息を詰まらせた。もう既に、母となっている妻の顔を見て。己の内に何が宿るのかを自覚したのと同時に、女神のような美しい笑みを浮かべている。
「『この子は豊葦原の未来であり――光だ』と」
とうとう、ぽろりと一粒の涙が緋禾の頬を滑り落ちていった。たった一粒。けれどもうそこには、溢れるほどの神気を感じることは出来なかった。この世に戻ってくる代償に、御和は兄という存在を、緋禾は全ての神気を失っていた。
御和は勢い余って、思わず緋禾を強く抱きしめた。
「お前は…お前の命諸共、子の命までも危うく落とすところだったのだぞ」
「ごめんなさい…」
「罰を受ける対象は俺だけでよかったはずだ。何故、お前が庇う必要がある」
「だって…」
抱きしめた耳元で、「だって」と言い訳のようにそっと囁く声がある。けれど緋禾は驚くほどまっすぐに答えた。
「だって。普通そうでしょう?大切な人を死なせたくないと思うのは」
温みを取り戻し始めた身体を、これほど愛おしいと思うことが、今まであっただろうか。精一杯生きようとしている命が、生きたいと思っている命が、今の御和にとって一番大切だった。
「…身体が勝手に動いていたの。もう止まらなかったの。御和が罰を受ける必要なんか無いって、言ったでしょう?暗の女神様に会って、この地下にいるように止めようとされたけれど、ついには諦めたみたいに言われたの。そんなに元気なら帰りなさいと」
でも、と緋禾が表情を曇らせる。
「代わりに…佐和様が…」
いつでも緋禾の傍にいて、導き守ってくれた白狐はもういない。緋禾の命の代わりに、自ら地下の暗の女神の元に行ってしまった。最期に何も残さなかった。
『――暗の女神のもとに赴いた我が愛しき血の末子は、もう既に息づいておる』
すると、今まで黙っていた高御倉神が徐に声を発した。雲間から覗く光は、もう不気味な色でなく淡く柔らかな色をしていた。もう御神の怒りは消え去っていることが分かった。
「どういうことです…高御倉神」
緋禾を抱えたまま御和は立ち上がり、空を見上げた。緋禾は大丈夫だと言うように御和の腕を叩いたが、御和はそれを聞かずに緋禾を抱きしめる。
『もう、既にいるだろう。新しき命として』
「え…」
二人揃って、目を丸くした。そして同時に視線を注ぐ先には――緋禾の、未だぺたんこな下腹部。薄物に包まれているそこには、二人の御子が宿っている。そこに既に佐和が…息づいている?
『我が奪ってしまったものだ。その代わりに、新たに繋がる血の未来に…我から祝福を』
新しく生まれくる命に、幸多きことを。この大国の繁栄を、この大陸に未来を授けよう。
『その御子はいずれこの大陸全土に大きな影響を与える大王となろう…それと共に、試練も与えられるであろうが、最後にはきっと、幸福へと導く大王となろう』
この子が試練を乗り越えた先、大陸全土に大きな幸福が訪れる。そう、天にいる創世の神は告げた。
『この春日野に新たな王宮を造るのが良かろう。神に祝福されし御子と土地だ。必ず、その子の試練を救う存在が集うであろう』
その代わり、もう二度と汚すことはあってはならない。神の聖地は宮に変わるが、それでも尚、万物には神が宿り続ける。人は、人の世でその神々を守り続けていかなければならない。それが、新たな世代を作るのだ。この土地がその中央となることによって人の世に長く幸福がもたらされる。
「しかと受け取りました。天の御神様。私のすべてで、王とこの子と、この土地を守ります」
即答で誓う声は緋禾のものだ。その声に神気が込められ、天にいる神へと届いた。雲間がやさしく輝いて、神が緋禾の言霊を受け入れたのだと分かる。緋禾に目を向けられて御和も天へと声を上げた。手は、優しく緋禾の下腹部に置かれていた。
「血の祖神様。我が妻と兄に助けられた命、この大陸と、后と我が子のために全うすると、誓いましょう」
御和の手に緋禾の手も重なった。握りしめあう力が、想いの強さで、誓いの形だ。この日、この瞬間からこの大陸の新しい世代が始まっていく。
『もう二度と、違えぬよう。そなた達の命が、全うされし後も』
その声を最後に、雲間から覗いていた光はすぅっと遠のいて、やがて何も見えなくなった。
細かい雨を降らしていた雲もゆっくりと動き始め、天山の向こうへと消えていく。その代わりに雲間からやってきたのは、神々しいまでの朝日。山の谷間から顔を出した日の光が、優しく春日野を照らし出す。
夜が明けてまた新しい朝がやってくる。雨に濡らされた春日野の草いきれが、朝日の光を浴びてきらきらと輝いた。戦の準備がされていた、ぎすぎすした空気もすべてが浄化されていく。
いつのまにやら夷と流の軍には誰もいなくなっていた。もぬけの殻だ。中つ国の陣も撤退を命じていたからか、陣幕が静かに風に揺れるのみだった。戦の平和な春日野の朝がそこにある。
「…終わった…の?」
御和に抱かれたまま緋禾はぽつりと呟いた。朝の靄に溶けていくそれに、御和はふっと笑った。
「ああ。終わったが――でも、新しい始まりだ」
柔らかだが眩しい朝日に目を眇める。そして、黄泉の国から帰ってきた妻の顔を、新しい朝日の中でしっかりと見つめた。ぱちくりと瞬く瞳は以前のまま、けれど、もう少女らしさを感じる事はできなかった。一人の女として、緋禾は今ここに御和に抱えられて立っている。
御和は導かれるまま緋禾の額に唇を落とした。ここに今生きている大切な、大切な命に。
「全て、ここから。二人で一から始めよう。勿論この子も一緒に」
緋禾の中で新たに息づく命――佐和の守った子。次代の要となった子に、少しでもたくさんの幸福を残せるようにしようと言うと、緋禾は日の光のように笑った。
己が守った大切な人に、口づけを送る。生がある喜びに震えて、温かい身体を抱きしめた。
そうやってこれからも、お互いがお互いを守っていく。
素直でない二人が素直になれた瞬間。この時、初めて何よりも変え難い大切な存在であることを悟った。自然と二人の距離は縮まり、唇を触れ合わせる。
朝日に照らされた二人の影に、混沌の暗闇から戻ってきた神楽鈴がしゃらりと音を立てた。
次回で最終話です。




