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空をゆく、仄か緋を  作者:
白狐
15/37

申し訳ありません、中途半端な状態でアップしてしまっていました。追記して再投稿しております。(2021/5/23)

国の主の祝言というだけあって、その宴は急ごしらえの割には、いかにも以前から計画していましたと言わんばかりの豪勢さだった。大極殿で正式な祝言の儀式を終えたあとは、正面の正殿に設えられた舞台で祝の舞や剣舞が舞われ、人々に酒や食事が振る舞われた。大王と后の元には御簾ごしに祝の言葉を述べる小王達や臣下達がひっきりなしに訪れ、緋禾は食事どころか水すら腹に入れることが出来なかった。

とは言っても昨日の今日で急激に物事が進み、緊張や精神的な疲労で随分と気を張っていた緋禾は、例え食事を出されたとしても喉につかえて飲み食いすることなど出来なかっただろう。特に初めて目にする他の四国の小王達と対面した時は、狼狽える表情を表に出さないようにするだけで必死だった。

小王達も表面上は穏やかに緋禾に接して祝の言葉を述べていったが、その中で果たして何人が緋禾のことを取るに足らない小娘と見下していることだろう。


「ようやく迎えられた姫君です。お子の誕生が楽しみになりますな」


などと、今日結婚したばかりの夫婦に不躾な言葉を投げかけてくる小王のことを、緋禾は一瞬で嫌いになった。それは、隣に座している、正式に夫となった御和も同じようだった。


「この国に来て、まずはこの国の成り立ちや后としての振る舞いを学ぶほうが先だな。国も大陸も盤石とは言えん。私も后もまだ子を持つにはまだ早かろう。岩城殿は国に多くの奥方と継嗣がおられるようだから、さぞ安定されているのであろうな」


謙遜しているような言葉だったが、明らかに嫌味と圧力が込められていた。更には背筋が凍るような笑顔を向けられ、小王――夷の国の岩城貞文は怒ったか怯えたかよく分からない表情で口元を引きつらせている。この話題は駄目だと気づいたのか、次は緋禾に向かって言葉を掛けてきた。


「お后様におかれましては、穂の国では巫女になられる予定であったとか」

「ええ…幸いにも一族の中では神々の気を多く宿しているため、生まれた時に神託を授かりました」

「神々に愛された娘御とは、さぞかし穂の民は中央に行かれることを悔やまれたでしょう」


大王を前にして、この言いようは失礼の域を超えているのではなかろうか。どうするべきかとちらりと隣の夫に目をやると、「好きにしろ」と言わんばかりに手を振られた。この場の主導権は緋禾に与えてくれるらしい。


「…確かに、私は穂の民とは親しく接していたので、離れがたい気持ちはありましたが。しかし、穂の国でなくても、この豊葦原という大地に神々は深く根付いています。その神に仕えるつもりで国を出てまいりました。そういう意味では神託の通りでしょう。民は、私に守玉をくれましたよ。離れていても、民は私を守っていてくれています」


十六という幼い姫がここまでものをはっきりと言うことに驚いたのか、岩城氏は目を見開いた。そして、おそらく、この場で一番口にしてはいけないことを口走った。


「それ程の神気を身の内に宿しておられるのであれば、あの"モノノケ"を祓えるのでは――」

「岩城殿」


緋禾のものであった主導権は、一瞬で隣の男の元へ戻ってしまった。たった一言でこの場を支配し、更にはひやりと空気を凍りつかせた。その言霊には明らかに冷たい怒りが込められている――例え、緋禾に向けられたものでなかったとしても、緋禾は思わずびくりと身を竦ませて御和から距離を取ってしまう。その様を一瞥し、御和は改めて「にこり」と岩城氏に笑みをこぼした。


「そのような恐ろしい事をこの場で言うのはいかがかなものかな。"おめでたい"祝言の席だ。あるのかないのか分からんような流言を我妻に聞かせてくれるな」

「いや、しかし…」

「これ以上喋るのであれば、私は衛士にそなたをこの場から退場させるように命を与えねばならんが」


夫婦の両脇に控える衛士が従うように身体を正面に向けるものだから、岩城氏は口を噤むほかない。ぶつぶつと文句だか小言だか分からないような言葉を吐きつつ、しぶしぶ退場していく後ろ姿を見送って、緋禾はつい口を出してしまった。


「…『おめでたい』、ね」

「何だ、不満か」

「当たり前でしょう」


昨夜いきなり妻にされたかと思えば、急に祝言の場に駆り出され、「后」と認められたとしても当の本人に実感は全く無い。恐らく前々から日取りは計画されていたのであろうが、何がしかの思惑があってのことは明らかだ。その理由を聞いたとしても、隣の夫となった男は決して緋禾に明かさない。それははっきりと分かっていたので、緋禾は諦めて話題を変えることにした。


「私、ものすごく見下されてたわね」

「それは俺も同じだ」

「…ただの小王が、大国の大王にそんな態度取っていいのかしら」

「はっきりと口に出して馬鹿にしている訳でもあるまい。いちいち反応していたらそれこそいらん隙を突かれて、主導権を握られるだろうな」


御和は王としてはまだ三年目であり、自身をまだまだ若く未熟であることを否定しない。しかし、それを口に出して認めることもしていない。未熟であったとしても、御和はこの国とこの豊葦原の民に対して生活を守る責任があり、それを果たすのに未熟も熟練も民には関係がないのだ。己の失策ひとつで守れないことがあれば、未熟さは言い訳にならない。それこそ御和の言う「隙」を外部に与えることになり、この大国は体制を維持できなくなってしまう。


御和は言い訳はしない代わりに、政策については広く小王達や側近の意見を伺ってきた。勿論極論すぎて受け入れられないものや、御和の確信と意志が既に固まっているものに関しては例外である。年上の小王に対して剛柔使い分けるようにしていたからか、御和はこの歳で王になった割に視野が広い。

今も目の前の小王や臣下に注意を払っていたかと思えば、遠く前庭の動きが変われば逐一緋禾にそれを教えてくれる。今出てきた臣下や側近の名、立場、己との関係性――緋禾が后として知っておかなければならない情報を、御和はすべてその頭の中に収めている。それは緋禾が持ち得ないもので、見習うべき点でもあった。


ゆったりと椅子に腰掛けているように見えて、その実御和の背筋はいつでもしゃんと伸びている。広く物事を見ようとする姿勢に、緋禾は意外な一面を見た気がした。そして、「后」として認められた今なら、多少のことなら教えてくれるのではないかと、淡い期待を抱いた。


「ねえ、聞いてもいい?」

「…答えられる範囲であるなら」

「私をこの国に呼んだのは、私の持つ神気でモノノケやら妖やらを祓うため?」


先程岩城氏が口を滑らせた"モノノケ"。そして御和が意図的にその話題を終わらせたこと。よく考えなくても自然と腑に落ちた。緋禾に求められた役割。それを声を大にして言えない理由。

御和は余計なことを口走った岩城氏に対して心底不機嫌そうな顔をして、押し黙った。答えないのであれば、緋禾の言ったことが答えなのだろう。御和は否定しなかった。


モノノケの怪異など、中つ国にとっては不祥事と言っても差し支えない。身の内からでた呪いは、それだけで大国の「隙」になる。それを何とかするために神気を多く持つ緋禾が呼ばれた訳だが、それも声高に宣言できず、隠れ蓑として「婚姻」という形が整えられたのだろう。あくまで緋禾は「后」となるためにこの中つ国やってきたのだ。

ようやくはっきりしてきたこの国と御和の思惑に、落ち込まなかったと言えば嘘になる。利用されている他の理由が成り立たないのだ。最初から緋禾は囮だったのかもしれない。神気を多く持つ者は、得てして霊魂や妖といった類のものを惹きつける性質も同時に持っている。人の目に映らない存在を見ることができる。実際、不思議な狐は緋禾の目の前に現れ、春日野やあのお墓に導いている。非常に危ない綱渡りをしていたのだと自覚して、緋禾は思わず身震いした。


「…私に、陰の気をもつモノノケやら妖やらを祓う力はないわ。同じように陰の気を持つ女である私と、モノノケの類いは相性があんまり良くないの。ましてや、この力は、祓うためでなく、祈るためにあるのだから」

「別に、お前に祓ってもらおうなどと思っておらん」


意外にもはっきりとその言葉が御和の口から出てきた。しかし、それを真正面から信用することは出来ない。思わず訝しげな目を向けると、御和は顔をこちらに向けて緋禾を見ていた。すっと手が伸びてきて、緋禾のこめかみから溢れている髪の毛を一筋掬って耳にかける。触れた指先に昨夜の熱を思い出して、心臓の奥底がどくりと波打った。


「…じゃあ、私に一体何を求めているというの」


動揺を押し隠すために、強張った声が出る。おめでたい祝言の場では大変似つかわしくない声と表情に、御和は少しだけ可笑しそうに口元を緩ませた。まるで、緋禾を望んで手に入れた妻だとでも言うように。


「ただ、救ってほしいと」

「え?」

「あの哀しいモノノケを救ってほしいだけだ」



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