クエスト1 ハーレム候補を見つけ出せ 2人目 その3
メロス :主人公の少年、邪神が宿っている。職業は『奴隷』。
邪神 :メロスに憑りついている。ハーレムを作りたい。上層街で出会った姫に一目惚れ。
ルート姫:邪神を偶然に馬車で轢きかけたことで知り合う。王都の民に人気がある。
内務卿 :王都の内政を取り仕切る不気味な老人。スラム街の子供に執着している。
バーザン:王城に出入りする商人。派手で下品でデブ。王様の呪いを解く薬を提案している。
邪神が特に何もすることなく事態はトントン拍子に進んで、玉座の間の前まで来た。
「おいおい、ここの城の警備はどうなってんだ。」
(それは邪神様が言っちゃいけないんじゃ。)
自分でも下手な演技と自覚のあった邪神はろくな身体検査もなくここまで来れたことに若干呆れた。まあいい、邪神的にはこれで姫をハーレムに加える、その目標に一歩近づけたのだから。
「たのもー。」
最初が肝心と、元気よく邪神は挨拶する。玉座の間を守る大きな扉は開閉係の番兵の手によって重々しく開かれた。
「なんだ、貴様らこの書類は。不備だらけではないか。このようなことに我の手を煩わせおって。」
中では何やら偉そうな青年がかしこまった役人を相手に居丈高に指図をしている。メロスよりも5つぐらい年上のその青年は背格好はそれほど目立ったところは無いが、その腰に佩いた剣はただ宝飾で飾られただけではない歴史を刻んだ存在感を放っている。どことなく自分の双剣に似た雰囲気を持つその宝剣に邪神は興味をそそられたが、今は姫の方が重要だと周囲を探す。
「どういうことだ、ここは王陛下の御前であるぞ。このような小汚いガキを入れるとは。」
だが、この玉座の間には今は姫はいないらしく、代わりに偉そうな青年が邪神に難癖をつけてくる。
「なに、小汚いとはどういうことだ。そういった差別的表現には断固抗議するぞ。」
邪神は自分のことは棚に上げて偉そうな青年に言い返す。まさか言い返されるとは思っていなかった青年は驚いたように固まる。
「きっしっし、申し訳ありませんスクート王子殿下。このメロス殿は先ほどルート姫殿下をお運びしていた馬車に轢かれてしまったらしく。この者も、一言王子殿下よりお言葉を賜れば感激して王家の風聞の役にも立ちましょう。」
「いえ、どうせなら女の子の方がいいです。」
失礼なことを言う邪神にとりなした内務卿も一瞬鼻白む。偉そうな青年、スクート王子も怒るのを忘れあっけに取られている。その隙を突き脂肪に腹を揺らしながらバーザンが玉座の間の奥へと入っていった。
「王陛下、なんとお労しい姿に。わたしは一人の臣民として心が張り裂けそうです。」
わざとらしい演技でバーザンが一段高い場所に鎮座している玉座とその上に据え付けられた石像にひれ伏す。
(邪神様、あの石像、何か変ですよ。まるで生きているみたいな。)
「確かに。それにあの周りの黒い妖光は、呪術魔法の類か?」
メロスと邪神が玉座にある石像に注目する。ただの石像ではない。わざわざ椅子に座る形に彫られた石像にさらに布で作られた豪華なマントがその体を隠すように包んでいる。厳しい表情の頭の上には金の冠が飾られ、何の意味があるのか玉座と石像の間には分厚いクッションまで挟んである。内務卿がそんな邪神に背後から近づき説明をし始める。
「きっしっし、メロス殿は拝見したところ旅のお方。こちらの王都の事情には明るくない様子ですな。わたくしめがご説明いたしましょう。王陛下はもう5年前になりますかな、王城が悪魔に襲われた際に呪いを受けあのような姿になってしまわれたのです。方々から名医や治癒士を集め診させたのですが残念ながら打つ手がなく、我々は日々無力感に打ちひしがれているのですよ。きっしっし。」
相変わらず寒気のする笑い声が会話に混ざる内務卿の説明に邪神は気味悪がりながらも頭を働かせる。これは中々に利用価値がありそうだ。
「うまく立ち回ってあのお姫様に感謝されれば、その後は、デュフ、デュフフフ。」
「わたくしがどうかされましたか?メロス様。」
いつの間にか玉座の間に現れていたルート姫が事前にメロスの名前を聞いていたのか、邪神に声をかける。
「えっ、いえ、別に、何って言うわけでは。いや、姫様はいつもお綺麗だと、はは、つい思っていたことが言葉に漏れてしまいました。」
邪神は慌てて言い繕う。
「まあ、メロス様ったら、お上手なんですから。」
ルート姫は照れ隠しにメロスの肩をポンッと叩いた。
絶対俺に気があるわ、これ。邪神は確信した。だってこんな風に気軽にタッチしてくるってことはもう好きってことじゃん。
(あの、邪神様。流石にそれは思い過ごしなんじゃ。会ったばかりで突然好かれる理由も無いですし。)
「ばっか、お前。いいか、異世界に来たらなんかわからんが突然モテ出すんだ。そういうものなんだ。俺は異世界に詳しいからわかるんだ。」
邪神は強弁してメロスの反対を押し切る。だが慎重に行かなければいけなといというのもまた真実だ、まずはちょっと頭をポンポンしてみよう、そこでゴミを見るような目で睨まれたら虫がいたと言い訳すればいい。
だが、そんな邪神の企みも既のところで邪魔が入る。
「おい、そこの汚いの。我が妹に何をしている。」
「お兄様、こちらのメロス様はわたくしの馬車が轢きそうになった猫を助けてくださったんです。ですが、不幸にもそのとき足を怪我されて。」
「ふん、そいつが鈍臭いだけだろう。そんな怪しいやつになどお前が関わる必要はない。」
誰からも愛されるルート姫に比べ誰に対しても悪態をつくスクート王子。対照的な二人だが喧嘩をしているというわけではなく、むしろ互いを想い合っているからこそ意見がぶつかっているのかもしれない。どちらにしろ何かと威張り散らすこの王子のことを邪神は嫌いになった。
「ぬふふ、ところで王子殿下。わたくしバーザンめに王陛下の呪いを解く薬についてのお話があるのですが。ぜひともお時間をいただければと。」
すっかり忘れられていたバーザンが丸い体をメロスの前に強引に割り込ませ進言する。商人の割に空気を読まぬその態度は自分の言葉に自信があるからだろう。だがそれを証明する前にスクート王子が切って捨てる。
「父上は、いや王陛下は自身のために国を傾けるほどの財貨を浪費することなど許さぬであろう。疾く立ち去れ。」
内務卿と同じことを言ってスクート王子はバーザンに二の句を告げさせない。
「も、もちろん無理のない返済プランもご用意しております。そうだ、リボルビング払いという素晴らしい返済方法をわたしが考案しましてな、いくら使っても月々の支払額が変わらないのです。ぜひとも、」
何かと理由をつけいくら言っても動かないバーザンを衛兵たちが両脇に抱えて運び出していく。
「ふう、実に迷惑な人間でしたね。いえ、俺は全くの無関係ですよ。あんな顔見たこともないです。」
邪神は他人の振りをしてそんな言い訳をするがもちろん通るはずもなく、邪神も衛兵に引きづられて退室させられていく。
騒がしい2人がいなくなり静かになった玉座の前でスクート王子は一瞬、寂しそうな目を王の石像へと向けた。それを見ていたのは妹のルート姫だけだった。