クエスト1 ハーレム候補を見つけ出せ 2人目 その1
メロス :主人公の少年、邪神が宿っている。職業は『奴隷』。
邪神 :メロスに憑りついている。ハーレムを作りたい。スラムで出会った少女ストアに一目惚れ。
(しかしあのストアちゃんのあれは良いものだ。)
「よく分からないですけど、良かったですね、邪神様。」
メロスたちはグリたちの住むスラム街から離れると下層街を通り抜け敷石で舗装された区画、上層街へと向かった。街の風景だけでなくそこを行く人々の身なりも良くなっていく。ここでは冒険者ギルドの一帯に満ちていた粗野な雰囲気はきれいに消え去っていた。なにやら町の人々が噂する言葉づかいもどことなく上品な響きがある。
「まぁ奥様、あちらの馬車、王家の紋章を掲げていますわ。」
「まぁ本当に、きっと姫殿下がプライド公国から帰っておいでなのよ。」
スラム街のやせ猫と違いでっぷりと肥えた毛の長い猫をなでながらご婦人方が噂している。その視線の先には一台の白い馬車が王城へと進んでいた。
聞き耳を立てるように黙り込んでいた邪神が姫殿下の単語にすぐさま反応する。
(おいおいメロス、俺たちついてるぞ。こんなに早く二人目のハーレム候補に巡り合えるなんて。)
「それじゃ、この王都の姫様をハーレムに加えるんですか。でも王族の方々とお近づきになるなんて、僕らじゃ無理ですよ。」
邪神の言葉にメロスは遠慮がちに否定的な意見を言う。もう邪神と出会ってから10年の付き合いになるがメロスはまだ邪神の性格を十分に理解できていない。邪神がまっとうに女の子と知り合おうなど考えるはずないのだ。
(へへっ、俺にいい考えがある。体を貸せ、俺がヒロインとの出合い方ってやつを教えてやるよ。)
「あんまり、変なことはしないで下さいよ。さっきも変な目で見られていたんですから。」
はた目からは独り言で会話しているようにしか見えないメロスは既にご婦人方から奇異の目で見られているのだが、そのあたりはもう慣れてしまったせいかメロスの中では奇行の内にはカウントされていないようだ。
「あぁ、大船に乗ったつもりで安心して見ていろ。」
邪神と入れ替わることで急に性格の悪そうな顔つきになったメロスにご婦人方は距離を取るように後ずさる。抱いていた肥えた猫も警戒するように毛を逆立てる。
それらの反応を見て、注目を集めていることに邪神は満足そうにうなずく。
「ほらっ、いってこい。ネズ公。」
(あっネズミ師匠。)
邪神は胸ポケットで昼食後の昼寝をしていた銀ネズミを取り出すと大きく振りかぶって放った。警戒していた猫は放物線を描く物体がネズミだと気付くと、婦人の腕から抜け出てネズミの落下点へと飛び着く。そこは道路の真ん中。ちょうど噂になっている馬車の進路上だった。
王家の馬車を見ようと道のわきにできていた人垣も猫の存在に気付き小さな悲鳴を上げる。
(なにしてるんですか、邪神様、このままじゃ猫ちゃんが。)
「まぁ見ていろ。これからヒロインとの運命的な出会いってやつを見せてやる。」
王家の馬車の行く先を遮ることはまさに不敬罪。聴衆たちは道の真ん中にいる猫の運命を悟りながらも見ていることしかできなかった。そこにさっそうと一筋の影が飛びこむ。旅装は傷み見た目には品が良いとは言えない彼は、しかしこの大衆の中で最も高貴な、献身的な行いをした。迫る馬車の危険を顧みず道の真ん中で何かに夢中で噛りついている猫の盾となったのだ。
「うおー、俺が命に代えても守って見せる!この猫を!俺が!命に代えて!」
邪神の叫ぶ大きな声は道の脇で鈴なりに立ち並ぶ人々に、窓から見物する商人たちに、そして立ち止まった馬車の中の貴人にも届くほど響き渡った。猫をかばい邪神が道を塞ぐように横たわる。なるべく手足を伸ばして馬車が避けて通れないように道いっぱいに寝そべる。その様子に立ち往生した馬車の御者は困惑した表情をしている。そんな彼に馬車の中から声がかかった。
「どうなさったのですか?外が騒がしい様子ですが?」
「いえ、それが姫殿下。急に人が飛び出してきて騒いでおりまして。」
地面に伏せながら聞き耳を立てていた邪神はその会話を聞くとまた騒ぎ出す。
「うおー!この道に飛び出した猫を!俺が!身を挺して!守って見せる!決して!馬車になど轢かせはしない!」
御者の会話に割り込むように響いた邪神の声が馬車の中の姫殿下に届く。そして、すぐさま馬車の扉が開け放たれた。
「お待ちください、姫殿下!」
従者と思しき声が引きとめるのも聞かず、中から白いドレスを着た少女が走り出る。細く慎ましい体型のその少女には派手な意匠のない上品でシンプルな白いドレスがよく似合っている。さらにその衣装が霞むほどの美しい黒髪が風にたなびく。そんなこの国の姫の姿はさながら王都を代表する絵画のように絵になる光景だった。聴衆たちは絵の背景となりため息を漏らす。
「そこの勇気あるお方。もう大丈夫です。」
姫がそう声をかけると、地面にしがみつき決してその場から動こうとしなかった邪神がすっと立ち上がる。
「はっはっは、これはお見苦しいところをお見せしました。俺としたことが。動物が好きすぎて、つい無鉄砲なことをしてしまったようです、いやお恥ずかしい。」
脇に抱えた猫が暴れるのも気にせず頬ずりする。猫は気味悪がると本格的に暴れ出し邪神の手を引っ掻いた。大して痛くもないが仕方なく邪神が猫から手を離すと猫は一目散に逃げて行った。猫に齧りつかれても傷一つ負わずに昼寝を決め込んでいた銀ネズミは誰にも見られぬようコッソリとポケットに回収しておく。
「いやはや、俺は動物が好きなのですが、動物の方はそうでもないらしく。しかし報われずとも俺は同じ場面に出くわしたら何度でも同じように助けますがね。」
「まぁ素晴らしい。わたくし、感動しましたわ。それではごきげんよう。」
「えっ、もう行かれるのですか?いやもうちょっとなにか、いえ、なんでも、・・・。ぐっ、ぐおー足があの時馬車に引かれた足が、ぐおー、だが耐えるんだ俺、このままでは姫殿下がご心配される。」
あてが外れあっさりと行ってしまいそうになる姫に邪神は一瞬戸惑ったが、すかさず何かを思いついた様子で突然倒れ込み右足を押さえて見せた。周囲の人々はその様子にざわつきだす。
「おい、あれ。」「まさか、王家の馬車が人を?」「だが飛び出したのはあの少年の方だ。いくら猫をかばうためとはいえ。」「だが、そんな勇気ある少年を見捨てるなんて、王家がそんなこと。」
周囲の人々は同情混じりに邪神が痛がる様子を見ている。
「まぁいけません。このような優しく勇気ある方をこのまま死なせるなんて。」
「ぐえー、死ぬー、死んでしまうー。」
死ぬとまでは言っていなかったのだが姫の反応に応えるように邪神も演技が大袈裟になる。
「姫殿下、こちらに。衛兵!この少年をお運びしろ。城の医者に診せるのだ。早くしろ。」
従者が徐々に大きくなる騒ぎを収めるべく姫を馬車へと引きもどすと、駆けつけた衛兵たちに指示を出す。屈強な衛兵たちは邪神を担ぐとすぐさま撤収する。
「おぉ、なんとお優しい姫殿下だ。」「やはり、王家の方々はその心根も高貴であらせられる。」「誰だ、成り上がりのエセ王家なんて噂していたやつらは。」「いや、俺は最初から尊敬していたぞ。」
一部始終を見ていた民衆は口々に王家を讃える。もはや、先ほどまで大立ち回りを演じていた少年のことなど誰も気にしていない。ただあの猫だけが夫人の腕ので不満げに邪神が運ばれた先を見ていた。