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プロローグ

 冷気が立ち込める地下の空洞、濡れ烏を思わせる闇色の貫頭衣をまとった7人の司祭たちが円状に立ち並んでいる。地面に獣の血と臓物で描かれた召喚陣を囲い、一心に経文を唱えていた。等間隔に並んだ7人のささやくような声は地下の床を壁を天井をはい回り、唱和し、無限に増幅していき、その場をいびつな存在感で満たしていった。魔法によって作られた蒼いかがり火は熱を生み出さず、揺れるたびに7人の陰をより濃くする。邪神を召喚することを目的とした召喚陣は幾何学模様と現在は禁忌とされている文字によって構成され、命を吸う時をただ待っていた。

その様子を10にも満たない幼い少年が見ていた。平時なら恐怖に身をすくませ、歯の根が合わずガタガタと震えるような光景を前にして、少年は何も感情を映さない瞳でただぼんやりと眺めていた。儀式の直前、妙なにおいのする香油を全身に塗りたくられた時から、心にぽっかりと穴が開いたかのように、少年から感情が抜け落ちていた。

故郷の村が魔物の大量発生スタンピードに食い荒らされ、貧しい両親と弟妹たちを守るために一番の年長だった自分が人買いに名乗り出た。怪しげな集団に売り渡された時までずっと少年の心を満たしていた恐怖や不安、絶望感が皮肉にもこの儀式で取り払われ、少年は今までにない落ち着いた気持ちで自分の状況を受け入れることができた。

少年は村がまだ多少は余裕があったころに、家畜を絞めた時の様子を思い出した。あの時も大人たちはこれから死ぬ家畜を囲んでどのように分配するか話し合っていた。今と少し違うのは大人の陰からのぞき込んでいた自分の立ち位置が、囲みの中心に置き換わった点だけ。供物にされる家畜と同じように、7人の不気味な大人たちに囲まれ召喚陣の中心に横たえられた自分の境遇だけがあの時とは違っていた。これから何かよくわからないものに食べられる。そのことだけを何も感じず、ただぼんやりと少年は受け入れていた。


冷たい地面に横たわった体はうまく力が入らないが、自分の頬をこすりつけている地面には獣の血で引かれた線が続いているのが分かる。鉄さびの匂いを嗅ぎながらその線の行く先を目線だけで追っていくと、黒い塊にたどり着いた。あれは何だろう。目線を吸い寄せられるようにその黒い塊に向けると、蒼いかがり火が一層大きく揺らめき、そしてふっと消えた。いつの間にか7人の司祭たちによる唱和は消え、ただ一つ黒い塊だけが、そこにあった。黒い塊は徐々に大きくなる。その時、少年はふと疑問に思った。

どうしてその黒い塊だけがはっきりと見えるのだろう。

地下には外の日の光は差さず、唯一の光源はさっき消えてしまった。辺りに立ち込める濃い闇はそこにあるものをすっかりと覆い隠している。それなのに闇と同じ色の黒い塊だけがはっきりと見えていた。黒い塊が視界全体を覆うほど大きくなり、少年は唐突に理解した。その黒い塊は、存在などしていないことに。その地下の空間を押しつぶすほどの黒い大きな塊は、その場には存在などしていなかった。ただ少年の心の中にだけ、存在していた。這い寄るように黒い存在が少年の心をむしばんでいく。じわじわとしみ込み近づいてきたそれは、少年の意識の中心に触れられるほど近づくと、そっとささやくように、少年に語りかけた。


(君、ハーレムに興味ないかな。)

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