プロローグ
異世界から現代日本に主人公が転移する話です。
「――これより、アマスティア王国第三王子、ルアン=アマスティアの処刑を行なう」
刑場に、執行官の宣言が高らかと響き渡る。
群衆は老若男女問わず、狂ったように怒鳴り散らしている。何を言っているのかは、耳を傾けなくても予想がつく。「無能」「穀潰し」「裏切者」……等々。口臭のように常に撒き散らされている言葉達だ。
後ろに回された両手首は縄で入念に縛られ、背中を押されることで前に足が動く。
処刑台への階段を、一歩一歩。上っていく度に、心に圧し掛かるものは大きくなっていく。
……なんだって僕がこんな目に合わなくちゃならないんだ。
そんな不平不満すら、今の僕は心で思うことを諦めていた。
階段を上りきり、処刑台の前に佇む。これから首を切断する刃に目を向けるものの、恐怖は湧いてこなかった。
「たらたらするなっ!」
執行官が、苛立ちを隠せないといった風に足を床板に叩きつけ始めた。小刻みに、だがしかし確実に間隔の短くなるその音に、僕は黙って処刑台の――断頭台の、首が切断される所へ、自分の首を置いた。
「――何か言い残すことはあるか」
執行官の表情は分からないものの、声には笑みが混じっていた。そんなに僕が死ぬのが嬉しいのか。
そう思いつつも、僕はそこから周囲の景色を眺めてみた。
驚いたことに、その時初めて映ったのは群衆ではなかった。
大多数の人間以上に存在感のある人間――現アマスティア王国国王。父上の嗜虐的な笑みに、視線が引き寄せられた。まるで物見遊山でもしているように、父上はこの光景を楽しんでいる。
隣に居る母上も同様に、僕を嘲笑っていた。
……結局皆、僕を見捨てるのか。
「言い残すことなんて、何もありませんよ」
僕は瞳を閉じた。
ただ執行を、落下してくる刃を待つだけの時間に感慨なんてない。遺言なんて、未練なんて、今の僕には何もない。殺したければ早くその紐を離せばいい。遺言が聞きたいなら、ずっと紐を離さなければいい。
「そうか。ならば――」
執行官は高らかに笑った。が、しかし。言葉を不自然に中断した。
群衆が生み出していた喧騒も、何故か収まっていた。いや、収まったというより遠のいたと表現した方が正しいだろうか。
目を閉じていて感じたのは、強烈な光だった。瞼の裏にまで入り込んでくる、薄青の光。
光が止んだと、感覚として把握した時。
「もしも~し! 大丈夫ですか~?」
何故か少女の声が、上から降ってきた。
薄っすらと瞼を上げ、まず見えたのは金属の棒。視線を周囲に移すと、たった今僕に声を掛けてきたと思われる少女と目が合った。
「……あぁ、はい。僕は大丈夫です」
縄は解かれていたようで、僕は腕を使って上体を起こすことができた。
そうして改めて周囲を見回してみる。
椅子と机が一組置かれた部屋。窓からは陽の光が降り注いでおり、床はこまめに掃除でもしているのか、頭上から降り注ぐ灯で光って見える。
そこまで確認した時……僕はある異様な事実に気づいた。一気に睡魔が吹き飛び、現実が脳を侵食し始める。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
少女の心配が声に乗って耳に届く。
「……すみません。教えてもらいたいことがあるんですけど」
「あ、はい。なんでしょう?」
僕が改まって問いかけると、少女は小さく頷いてくれた。だから、質問することに迷いなどなかった。
「ここって、どこなんでしょうか」
少女は、驚いたように僕を見つめていた。しかし、困惑しながらも答えてくれる。
「えっと…………薄桜学院ですけど」
「はく……おう……?」
言葉が上手く聞き取れない。聴覚がおかしくなったのかとも思ったが、そうではない。きっと、異国の言葉なのだろう。
そう割り切り、僕はふと傍に転がっていたカレンダーらしき紙束に目を向ける。しかし、そこには見慣れぬ文字の羅列があるだけで、より一層混乱は深まる。
しかし、分かったことと言えば。
「…………どうやら僕は、異郷に飛ばされてしまったみたいです」
ここが、今まで僕の居たアマスティア王国ではないということ、それだけだ。
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