第二百話 一度も三振したことがない件
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東雲は二回のピッチングに備え、マウンドの感覚を確かめるように投球練習を行なっていた。
ストレートも変化球も、今日はある程度狙ったゾーンに投げこめているようで機嫌が良さそうに振る舞っていた。
「ボールバック」
不破が声をかけ、最後の一球を捕球した。そして素早い動作で二塁に送球した。ボールはショート山神の胸元、ストライク送球を決めた。
不破が東雲に目で合図を送った。
東雲もいつになく真剣な表情を浮かべ、そして蛭逗の四番打者、豊洲をじっと見つめた。
「宜しくお願いします!!」
角度90度で深々と頭を下げ、審判と不破に挨拶をする彼が、蛭逗高校、二年生にしてキャプテンを務める豊洲であった。
「東雲君! 君の百五十キロのストレートとの対決をずっと楽しみにしていたよ! 宜しくお願いします!!」
豊洲は、マウンド上の東雲にも深々と頭を下げた。それに対して東雲はあからさまにウザがっていた。
「いやぁ……ワクワクするなぁ……!!」
豊洲は鼻息混じりに右足で足場を固めていた。
「よし!! こい!!」
豊洲はその大きくてパッチリした瞳をキラキラと輝かせ、東雲に向けてバットを構えた。
「……ふぅっ……」
東雲は昨日のミーティングを思い出していた。
――前日、練習後の部室。
先発バッテリーの東雲と不破、そしてリリーフの可能性がある駄覇は蛭逗のレギュラー陣の特徴を再確認していた。
「……とまぁ、こんな所だが二人とも頭に入ったか?」
不破がピッチャー二人に確認をとる。
「勿論す。何なら一番の麻布から全員の得意苦手コースと球種を箇条書きしましょーかー?」
駄覇は気怠そうに答えた。一見やる気は無さそうだが、彼の野球IQは素晴らしいことを不破は知っていた。
「ま、俺は俺の投げたいボールを投げるだけだからいいや」
対して東雲はこの時間の価値を無にする発言をした。ただ彼がこの試合に対して万全のコンディションで臨んでいることは不破は知っていた。
「麻布と赤坂のヤローは中坊んときクソほど見てきたから問題ねぇ。」
東雲は舌打ちをして話を続けた。
「ただ……この豊洲ってやつ。コイツに関しては赤坂なんかより骨がありそうだな」
東雲の珍しい発言に、不破と駄覇は互いに目を見合わせた。東雲の口から相手選手を警戒する様な発言は非常に珍しいからである。
「あの不良軍団の中に一人だけいる、爽やか四番君っすか?」
「あぁ。ストレートも変化球も、緩急で攻められても下半身の粘りでうまくバットを出してやがる」
「良い視点だ、東雲」
不破が新たな資料を机に広げた。
「豊洲の中学時代の打者成績だ。軟式野球部で、チームはあまり強くなかったがよく見るんだ」
ピッチャーの二人はその資料に目を通した。
「はぁぁぁぁ!?」
東雲が大声をあげた。
「中二から中三引退までの期間、公式戦の三振数がゼロだと!?」
「てか、コイツ高校でも練習試合含めて三振してないみたいじゃないっすか。休部期間長いからあまり試合数は多くねーけど」
「そうだ。コイツは中一の時に初めて出た公式戦で三打席連続三振をしてから、一度も三振をしたことがないんだ」
「いや流石にありえねぇだろ……」
東雲は信じられないといった表情を浮かべた。
「だが実際に、記録に残っている試合で三振したのはこの一試合だけだ。映像も見てもらって分かっただろうが良いバッターだぜ」
「ちっ……初三振は明日俺が取ってやるよ」
――マウンド上の東雲はロジンパックを手に取り、不破のサインを覗き込んでいた。
二回裏 途中 ノーアウトランナーなし
明来 一対ゼロ 蛭逗
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