第百十九話 長所は人それぞれな件
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「スリーアウト、チェンジ!」
守は三回表もランナーを置くも、なんとか無失点で切り抜けていた。
しかし彼女の額からは、現在のイニング数からは想定できない量の汗が流れていた。
「大丈夫か、千河」
不破はドリンクを飲む守の隣に立ち、打席に向かう準備をしていた。
「大丈夫、大丈夫。カットボールをうまく混ぜれば、五回までは持つと思うよ」
三回からカットボールを解禁した明来バッテリー。
初実践のボールの連投による疲労。そしてまるでクローザーの様な細心の注意を払い、そして全力投球を続けるメンタル。
厳しい冬トレを経て、守はたしかに成長している。だがこんな投球をフルイニング続けることの困難さを、捕手の不破が一番理解している。
――ズパァァァ……!
ブルペンでは東雲がアップを行なっていた。球を受けている氷室のグラブから爆音が鳴り響いていた。
「あー悪くねぇ、悪くねーわ! 千河ァ! いつでもギブアップしていいぞ!」
「アイツの元気はどこから来るんだよ……」
守はコップのドリンクを飲み干した。
「あれが東雲の長所だよ。どれだけ消耗の大きいプレーをしても無尽蔵のスタミナで、高いパフォーマンスを維持できるところ」
不破はそう言い残し、ネクストバッターサークルへ向かっていった。
「長所……ねぇ」
守は内心、東雲は疲れを感じないだけのバカだと思っていた。人前で自分の名前を叫ぶ事を控えてくれたら素直に尊敬できる……かもしれないと思いながら。
――キィンッ!!
快音が聞こえ、守はグラウンドへ意識を戻した。兵藤の打球はピッチャーの足元を抜け、センター前ヒットとなった。
「ナイスバッティング!!」
千河はベンチから声を出した。
「カウントを取りに来た変化球を狙い撃ち。さすが、兵藤君はピッチャーのクセを盗むのが上手い」
突然隣で上杉監督が喋り始めたので、守は一歩引いてしまった。
「え……兵藤、もう相手ピッチャーのクセを掴んだんですか!?」
「ええ。彼の武器は足だけではなく、むしろ観察力が最大の長所ですよ」
「でも、それならベンチのみんなにも共有してくれれば良いのに……」
守は内心、チームメイトなのに信頼られていないのかなと考えてしまった。
「それは、共有しないのではなく出来ないんですよ。彼の気が付いた恐らくクセはほんの僅か。普通は見分けもつかないのでしょう」
「え、そんな微妙なクセが見分けられるんですか!?」
「ええ。彼なら朝飯前でしょう。なんたって彼は――」
上杉監督は途中で言葉を止め、サインを送った。
「監督、今言っていた話ですけど」
「あれ、なんか言いましたっけ? ほら声出しして下さい」
上杉監督にすっとぼけを食らった感じがしたが、守は諦めて声援を送った。
ピッチャーの投球が始まる僅か前、兵藤はスタートを切った。
絶妙な走り出しだった。キャッチャーは二塁転送を諦めていた。兵藤は楽々盗塁を決めていた。
思えば以前から兵藤の素性は不明だった。あまり口数は多くないが、試合中にでる一言一言から、彼が自信に満ち溢れているのは感じていた。
「兵藤……」
守は二塁ベース上の兵藤から目が離せないでいた。
三回裏 途中
轟大学 ゼロ対ゼロ 明来
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