つづき
そんなこんなな日常を繰り広げていたところ、これもまた日常のように先生がやってきた。
「こらこら、いけないよー。バボズもリッキーも!」
この先生はバリーたちのことをあだ名で呼ぶ先生だ。だから、バリーもあだ名で呼ぶ。と思ったら大間違いなのだ。バリーは大人には弱いのである。
「あっばれた!すいません!」
「先生、口が悪すぎるんやい!教育的指導が必須ですぜ!」
「そんなことはこれっぽっちもないのですよ、力道産くん。」
先生はとっくのとうに見透かしている。相手にもせず、二人の首根っこを掴んで引きずりながら教室へ向かうのであった。
2バリーボンズ、始まる
先生が首根っこを掴んで教室に護送している間に、ひとつバリーのプライバシーを侵害しておこう。
バリーは恋をしている。その子は現在三名学校に通っている内の一人、現状紅一点の女の子、九織七春ちゃんなのだ。彼女はバリーと同じ小学三年生だ。とても整った顔立ちで、とても男子うけのいいお顔である。彼女は勉強ができない。かといって運動もできない。だが、時に鋭く、近づくことをためらうような慎重な顔をするときがある。そのミステリアスさもまたバリーを魅了しているかもしれない。おっと、ここまでのようだ。
「おし、着いた。」
先生は隙間の空いた教室の扉を片足で開け、首根っこをもった二人を教室に放り投げた。
「うえー」
「ウェッホ、ウェッホ!」
二人とも首が苦しかったのか咳き込んだ。
すると、教室にお行儀良く座っている九織ちゃんが一言。
「なんだかんだで間に合うのね-。」
彼女が言っているのは、登校時間内に間に合ったということだろう。
彼女もほぼ毎日この光景を目にして、テンプレートな言葉を掛けるルールを設けたのかもしれない。
「あ、九織さん、おはよう」
「おはようー」
「キューちゃんございます」
二人も挨拶を交わしながら席に着いた。
ちなみに席は横並びにバリー、九織ちゃん、力道産である。
「さぁ、挨拶もそこそこに朝の会を始めるぞ!はいじゃみんな顔こっちに向けて。」
パスっと携帯のカメラ音が教室に響く。
「君たちは無事到着しましたと、親御さんにLINEだかツイッターだかでお知らせしとく。」
これも大してプライバシーのない田舎学校でできたルールであった。
「じゃあ30分読書の時間だ。そのあと、社会の時間だから。」
「はーい」
三人とも同じ返答だった。
ところで三人が読んでいる本だが、バリーは探偵ものの推理小説を読んでいる。理由はこれが基本だからだといっている。力道産は、彼らしく料理本を読んでいる。理由は食いたいからだそうだ。九織ちゃんはクイズの本を読んでいる。理由はクイズで勝ってマウントを取りたいからだそうだ。
力道産も読書の時間は静かに料理本を読む。バリーをからかうのも、一旦朝で飽きているのかも知れない。
そして、社会、理科の授業が終わり、昼食となった。恋心抱く九織ちゃんに近づける機会は学校では意外と少ない。授業がメインであるため、自由時間が当然少ししかないが、昼食と自由時間を合わせたこの午後の一時こそバリーが九織ちゃんに近づくチャンスなのだ。
「うーーっ、うっうっ。やっと昼かぁ。」
「全く、学校の勉強なんて何の役に立つのかしら?そう思わない、リッキー!」
勉強きらいの九織ちゃんらしくヘイトを吐いているようだ。
「え?あぁあん。」
「なんだ、寝てたのリッキー!」
「理科がぁ・・・難し・・・くて」
「ねぇリッキーさぁ、六年生なのになんで三年の私たちと同じ授業受けてるの?」
「ほぇ、だって・・・小三レベル・・・だもん」
「えーー!やだーー!私もリッキーみたいな六年生になりたくないー!」
九織ちゃんは頭を抱えている。それを見たバリーは可愛さの余り、悶絶していた。
「まぁまぁ、九織さん、お昼ご飯食べようよ!」
バリーはそそくさと机を九織ちゃんの机にくっつけていた。
「ほぁ!昼!」
はっとしたように力道産が眼を冷ました。
「俺は先生とラーメン食いに行く予定だったんだ!」
「えぇいいなぁ!ナルトみたいじゃん!」
頭を抱えた九織ちゃんは頭を抱えたまま返答した。
「・・・・・」
バリーは、それって俺と九織ちゃん二人きりってことじゃねーか!と心で喋っていたため無言だった。
「そんじゃあよ!ニンニクたっぷり食ってくるのぉ!」
力道産は笑顔で教室を後にした。
そんなやりとりをしている間、バリーは着々と席をセッティングし、しっかり対面になるよう座席を組み終わっていた。
「まぁまぁ、九織さん、お昼ご飯食べようよ!」
力道産に邪魔されたため、やむなく二度目の台詞となった。
頭を抱えた彼女は鋭い顔つきに変わった。例の奴だ。そして、すっと頭から手を離した。
「・・・・・」
彼女は話さない。バリーは動きが止まった。この時の彼女はなんかやばそうなのである。
その顔つきのままゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩き教室を出て行ってしまった。
バリーは胸をなで下ろした。
「(ふー。あれなんなんだ?急に押し黙っちゃってさ。もう、昼飯食うわ。)」
まず、紙パックに入った豆乳を取り出した。ストローを刺し、一息飲む。
「へー。これだね、この味!」
ちなみにこの学校では生徒が少ないあまり、給食は配給されていないのだ。
そしてバリーは弁当箱を広げた。
「おっ」
ご飯部に入っていたのはエビピラフだった。もちろん冷凍のやつ。そしておかず部に入っていたのはなんと!
「ハンバーガーすげぇ!」
ハンバーガーが弁当箱に入りやすいようにカットされていた。これが所謂マック弁である。
きっとバリーの親が朝一でマックから持ち帰りしてくれたのだろう。恐れ入る。
ここで心ない批判があるだろう。なぜそのまま持たせないんだという批判が。だがよく考えてみて欲しい。まず主婦・主夫のプライドだ。あくまでも弁当を作ったという既成事実、これが重要だ。そしてバリーの立場。学校は弁当持参というルールに則り、しかも弁当を開ければ切り刻まれたマックのハンバーガーがミチミチに詰まっているというサプライズ。もはや一石二鳥なのだ。
「くっそ!九織ちゃんが来てからもう一回リアクション取ろう。」
バリーは九織ちゃんが来るまで豆乳で腹を満たす決心を固めた。
それから五分ほど経って九織ちゃんがのこのこと教室に入ってきた。
「いやーごめん、狭間くん!」
どうやら彼女のあのモードは解除されてるようだった。
おそるおそるバリーは訊いてみる。
「さっき、どうしたの?」
「あ、ちょっとね。頻尿っていうか頻便っていうか」
「あ、そうなんだ。まぁいいや」
「尿意を催してから出るまでが早くてさ」
「あぁ、そうなの。わかった。」
「ちょっと厳しくてもれかけてたから」
「まぁまぁ、九織さん、お昼ご飯食べようよ!」
これ以上彼女のイメージを下げたくないバリーの怒りの3回目の誘いである。
「あっそうだね-。タベヨタベヨ!んーそういえば、ハンバーガーの匂いしない?」
「しないしない。」
「教室入ってくるときにした気がしたんだけど-?」
この時点でリアクションするかどうか揺らぐバリーである。
「九織さんの弁当はなんだろうね?」
話をそらすバリーである。
「今日の私の弁当はね・・・海苔の佃煮ごはんとぉ、あれ、唐揚げじゃない!」
「おー、なんかおかず少ないね!」
そう言ってぱかっと弁当箱を開けるとご飯部には炊き込みご飯が仕込まれていた。
「炊き込みごはんじゃーん!あっじゃあ唐揚げじゃなくて味噌汁だ!」
意味の分からないことを言って開けたおかず部にはミチミチに詰まったハンバーガーが仕込まれていた。
「そんなはんばーがーな!」
「ハンバーガーだと!」
まさかの展開に取り乱すバリーだったが、ナイスリアクションだった。ここから、自分もハンバーガーだった運命感じちゃう作戦に方針転換しようと考えた刹那、力道産が廊下を走ってやってきた。
「大変でーい!」
彼は扉がらっと開けず閉まったままの扉の向こうから叫んでいるのは何故なのだろうか。