285話
夜分です。
ニホリが泣いている。今までも泣くこともあった、だけど涙を流すことはなかった。
性質として泣けないと思っていた。ニホリは人形だから、そもそもが生物ではない。付喪神のように、無機物が心を持った存在だと思っていた。
だけど、そのニホリが泣いている。理屈はわからない。ても、悲しくて泣いている。
「ニホリ」
「う!?・・・う」
ニホリが、こちらを振り返る。俺が近づいてくるのもわからなかったようだ。
急いで涙を拭う。だけど、その前に抱き寄せる。
「ごめんな。気がつかなくって」
「・・・う」
「やだ。こうしてほしいって思ってるから」
「うー」
「そうか?そう聞こえたけど」
心の声が聞こえた。久しぶりに。
「何で悩んでるのかと思ったら」
「うー!」
「あのな。俺がそんなことでお前を捨てるわけないだろ?」
「・・・うー」
「そんなことないよ。ニホリも家族だ。いなくちゃダメなんだよ」
ああでも。今のは少し違うか
「・・・う?」
「いなくちゃダメなんじゃなくて、いてほしいんだよ。俺が」
「・・・うぅぅぅぅ」
ニホリが悩んでたことは、わかれば単純なことだった。
自分の存在価値。これだ。
ニホリは、特に戦闘力を持つわけでもない。戦えないことはないようだが、本人がそれを嫌がっている。
だから俺も無理に戦わせない。誰かしら守る子を一緒にいさせる。
じゃあニホリに役割は何か。
アドバイザーって立場が正しいだろう。俺は自分からニホリにダンジョンについて聞くことはないが、事前に知ってないと危険な場合は、ニホリが教えてくれる。
これフミにも言えることだが、フミは俺たちの切り札。ニホリとは役割がかぶっていない。だからフミが来ても特に問題なかった。
ヨミは、そもそもうちにいないし、ダンジョンに一緒に入ることはない。
ポヨネも、うちの中では戦闘補助に役割があるから、ポヨネもかぶっていなかった。
だから、今までそれで悩むことはなかった。考える必要もなかった。
だけど、俺が気づかせてしまった。
俺がダンジョンの人型にした質問が、ニホリが悩む切っ掛けになった。
50層に行くのを手助けするためにニホリがうちに来たのではないかという質問だった。
来た理由は、何でもいい。今は楽しく、皆といられるのだから。
だが、俺が50層にたどり着いたらどうなる。自分は何が出来るのか。どうやって恭輔の役に立てるのか。
自分は、何をすればいいのかってことを悩み始めた。
最近、家事により熱中するようになったのはそういうことだろう。自分の役割をそこに置くことで自分を保とうとした。
だけど、うちには母さんもいるし、ニホリ程手際よくいかないがフミだって同じことができる。そこには、最初から気がついていたのだろう。
それでも我慢し続けて、ついに、我慢の限界がきた
「いいんだよ。そんなこと考えなくて」
「うー」
「当たり前だろ。家族ってそういうものだろ」
ニホリは、人形だ。
だから、元々他の子とは違う。考え方も、思いの受け取り方も。
俺は、そこに気がついてなかったのだろう。だから、コロちゃん達と同じように扱ってしまった。
ニホリは、俺が想像してるより子供で、成長速度が違う。いや、成長しないのだ。
うちにニホリが来てすぐの時。俺の近くから離れようとしなかった時期がある。あれは、俺に甘えていたのだろう。
すらっぴやバトちゃんも子供だが、彼らはモンスターだ。だから、子供の時期が短い。あるいはないのだろう。
だからうちに来て彼らは成長していっている。大人になる速度は、人間より動物の方が速い。精神も、肉体も。
「もっと、ちゃんと見てやるべきだったな」
「・・・う」(ギュ
俺は、ニホリも大人になったなんて思っていたが、全然違った。
あれは、俺の真似だ。みんなが悪いことをしたら叱る。これを覚えただけだ。
ニホリは、成長できない。
心も体も、子供で止まっている。
それに気がつかず、ニホリが大人になってるなんて思って頼ってしまった。
「当たり前なんておもっちゃだめだよなぁ」
「うー」
「うん、ごめんな」
「・・・うう」
「そうだよなぁ」
いつからだろうか、ニホリが家事をして褒めなくなったのは。
確かに、俺よりうまくできるようになって、母さんからも認められた。だけど、ニホリをもっと褒めるべきだった。
「うーうー」
「うん、少し休んでいいぞ。俺はちゃんとここにいるから」
「・・・うー・・・zzz」
「・・・ありがとうな、ニホリ」
「寝てもうた?」
「ああ、寝ちゃったよ」
ニホリが、俺の腕の中で眠っている。
すぅーすぅーとかわいらしい音が聞こえる。ぐっすり寝ているみたいだ。
「ここ最近、まともに寝とらんみたいやったしな」
「そうなのか?」
「まぁ、見た目にはでぇへんし、気がつかなくてもしょうがないんやけど」
「お前はよくわかったな」
「いや、一晩中見とっただけやよ」
「・・・俺もそれくらいするべきだったな」
「ん~。それで気がつけるんならそうするべきやったな」
「どうだろうな」
ニホリの悩みは、俺にとってありえないことだ。
俺が、ニホリを捨てるなんてことはありえない。ニホリも家族だ。妹みたいなもので、娘でもある。
「それを、もっとちゃんと伝えるべきだったんだよ」
「まぁ、次からはちゃんといいよ?」
「ああ。もちろん・・・ところで、お前は全部聞いてたのか?」
「全部やないけど、まぁ最初っから検討ついとったし。ありえへんとは思っとったけど」
「なんで」
「ん?恭輔がそんなことするわけないやん」
「・・・そうか」
「お、嬉しかった?」
「割とな」
「・・・・う?」
ごしごしと、目を擦る。
自分は、なんで寝ていたのだろう。確か、洗濯物を畳んでいて、自分が恭輔に捨てられるかもと思ってそれで・・・
「う!?」
恭輔は?恭輔はどこだ?
自分は恭輔に抱きしめられて寝ていたはずだ。
それが、今はソファにタオルケットを掛けられて寝ていた。
魔力の反応は、リビングにある。恭輔はそこだ。そこに向かおうと、飛ぼうとしたその時。
「お、起きたな」
「う!」
「おっと・・・なんだ。いなくなったと思った?」
「うー」(グリグリ
「だからずっといてほしいって言っただろ?てか、家出しようと連れ戻すぞ」
暖かい。恭輔は、こんなにもあったかい。
先ほどまで抱いていた不安がなくなっていく。自分は、恭輔と一緒にいていいのだと実感できる。
「ああ、違う違う」
「う?」
「いていいとか、そういうんじゃない。俺が、ニホリと一緒にいたいんだよ」
「・・・うぅぅぅぅぅ!!!!」
「はは。うんうん。別に今日だけじゃなくてもいいぞ。いつだって泣いていいし、いつだって甘えてきていいぞ」
ずっと、こうするべきだった。自分で考える前に、恭輔に言えばよかった。
不安も悩みも、一緒に共有するのが家族。恭輔の思いが伝わってくる。自分の思いも、恭輔に伝わる。
「・・・う?」
「今日は母さんが作ってくれてるよ。ニホリちゃんの思い出の味を作るってよ」
「う?」
自分の思い出の味?なんだろうか・・・
「お前がうちに来て初めて食べたご飯を作ってくれるってよ。明日は俺の番な?」
「ううーうー?」
「俺が初めて食べさせた料理もあるでしょ。それそれ」
「・・・う?」
「いやわすれとるんかーい」
まだここに来てすぐは恭輔にずっとご飯を作ってもらったから、何が最初だったら良く覚えていない。
でも、全部おいしかった。恭輔は自分の料理を褒めてくれるが、あれに勝てたとは思えたことはない。
「うわ、そこと比べるのか」
「う」
「うん、俺は母ではない」
家族の思い出の味は、母の味っていうんじゃないの?
まぁ、呼び方なんてどうでもいい。自分にとって一番おいしい味は、みんなで囲む食卓にある。
「う!」
「なんでもいい~?一番困るやつじゃんそれ」
「うーうー♪」
「はぁ・・・何にしよ」
家族のために、献立を考える。
自分は、その時間が好きだ。だから、料理を覚えた。
だけど今は、恭輔が自分のために考えてくれている。これも、とっても楽しいしうれしい時間だ。




