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悪夢の森の魔女  作者:
6/8

6話 招かれた客

「魔女様、また人間が来る」


 森の魔女が惰眠を貪っていた午後のことでした。ひっそりと現れたヴィックに起こされて、森の魔女は少し御機嫌斜めです。


「……せっかく気持ちよくまどろんでいたのにぃ。寝床以外のところで眠ると、どうしてこんなに気持ちいいのかしらぁ」


 とろんとした目でうっとりとする主人は、自分で勝手に機嫌を直してくれたようです。番犬ヴィックはほっとしたように尻尾を一振りすると、再び報告を繰り返します。


「少し前にも騒がしい人間が来たわよねぇ。今度は物静かな人がいいわぁ」


 寝ぼけ眼の森の魔女は、やる気が出ません。しかし、続くヴィックの一言で勢いよく立ち上がりました。


「魔女様、その人間が、また来ている」


「まあ! あの、逃げ帰った人ね。ま、まさか、私のことを忘れられず、舞い戻ってきたのかしら」


 この館を訪れた人間のほとんどは逃げ帰っているのですが、賢いヴィックは余計な口を挟みません。瞳をきらきら輝かせる主人を見て、尻尾を巻いて後ずさります。そう、喜ぶ森の魔女からは、今にも魔力が溢れそうになっているのです。


「じゃあ、おめかししてお迎えしないと! うふふ、同じ人がまたここに来るなんて、いつぶりかしらぁ」


「今度は姿を変える魔法薬をよこせなどと、無謀な要求でもするつもりなのでしょう。あなたが期待するような展開には間違ってもなりませんよ魔女様」


 浮かれる主人に息継ぎなしで冷水を浴びせたのは、侍従のセバスチャンです。その頼もしい鎮火ぶりに、ヴィックはつい尻尾を振ってしまいました。


「……そう言うけどね、セバスチャン。今までに、あなたに脅された人間が、この気持ちわーーちょっと怖い森にまた来るなんて、滅多にないことでしょう? きっと、私のことを忘れられず思いを募らせているのよ!」


 言いながら、森の魔女は指を一振りして魔法で着替えます。いつもの腐敗色の上着ではなく、一張羅です。かろうじて臙脂色風のとっておきの上着は、何人の血を吸っているのだろうと思われること請け合いなのですが、彼女は気づいていません。


「ほら、どうかしら? 綺麗に見える?」


「……とても魔女らしくてお似合いの色ですね」


「……お、おいしそう……な、色だ」


 何か含みのあるセバスチャンと、なんとか褒め言葉らしきものをひねり出したヴィックですが、森の魔女はご満悦です。もしも化粧までするつもりならば、全力で止めるつもりだったセバスチャンは、主人の気が済んだのを察して胸をなでおろしました。


 そうしておめかしができたところで、折よく館の正面玄関がギャアアアアア、と激しい音を立てて開きました。お客様の到着です。


「ーーご、ごめんください。……誰か、いますか……? いないなら、やっぱり帰ろうかな……」


 青ざめた顔で早くも帰りそうになっているのは、やはり件の男でした。何があったのか、彼の薮睨みの目には涙が滲んでいます。

 しかし、帰してなるものかとばかりに、森の魔女の魔法によって扉が閉められてしまいました。


「う、うわああ!? 何っ? 誰が閉めたの!?」


「うふふ、わ・た・し・よ!」


「ひいいいいいっ! ごめんなさい! 今日は違うんですううう! 森の魔女様にお願いがあって来たんですうううう! だから殺さないでぇ!」


 ぴょこんと姿を現した森の魔女に、男は命乞いしました。返り血をどれだけ浴びたのか、考えるだに恐ろしい様相の魔女を見て、失神寸前です。屠殺場に送られる家畜の気持ちが分かった男は、哀れな羊のようにただ震えています。


「あらぁ、この私にお願いですって? どんなかわいい願い事があるのか・し・ら?」


 完全に浮かれている森の魔女は、ちょん、と人差し指で男をつつきます。しかし、二人はどう見ても、血みどろの魔女となぶり殺されようとしている生贄です。彼女の満面の笑みは、血生臭い扮装のお陰で陰惨な迫力に満ちていました。


「あああああどうしよう生贄の儀式の最中に飛び込んじまったのか俺は……」


 男の土気色の顔には死相が出ています。


「魔女様、一体何をしているのですか。貴様もさっさと要件を言え、鬱陶しい」


 両者を容赦なくぶった切ったのは、セバスチャンです。しかし男は、驚いたことにセバスチャンにすがりつきました。これには鉄面皮というか邪悪顔の侍従も、戸惑いを隠せません。


「ああ良かった、この魔女に血祭りにあげられるとこだったんですぅ! 俺、あんたに言われて心を入れ替えましたぁ! そんで、俺のこの顔を何とかする方法を考えたんだけど、やっぱ魔法しかねえって思ったから、ここに来たんだよぉ! だから殺さないでぇ!」


「……結局他力本願なままにしか聞こえんが、貴様の心のどの辺りが入れ替わったのか見せてみろ」


 言いながら、セバスチャンは男の頭を鷲づかみます。彼の片方の手は、正確に心臓に狙いをつけていて、哀れな男は今にも命を取られそうな有様です。


「ちょっとセバスチャン! 私の花婿に何をするのよ!」


「……は?」


「魔女様、何か不穏な言葉が聞こえましたが私の気のせいですね」


 呆然とする男と、不快そうに顔を歪めた侍従を前にして、森の魔女はふくれっ面になりました。


「もう、しらばっくれちゃって! 分かってるんですからね。あんな家財道具一式を持って押しかけてくるなんて、どう考えても私のお婿さんになるためでしょう?」


 そう言って森の魔女は、ついと外を指さしました。すると、主人の意を受けて開いた扉の外には、確かに家財らしき品々が積まれた荷車があります。目ざとい森の魔女は、最初にそれを見つけていたのです。しかし、得意げな彼女の言葉を、当の男が真っ向から否定しました。


「違います違います! 俺はただ、魔女様の弟子にしていただこうと思って来ただけなんです!」


「だったら、あの大荷物はなあに?」


「いや、だって。魔女様の近くにいると化け物になるって言うから……お屋敷の外にでも住処を作って、そこで暮らそうかなって思ったんです」


 男は森の魔女から顔を背けようと必死です。しかし、セバスチャンがその手に力を込めると彼は静かになりました。


「貴様は、自分が何を言っているのか分かっているのか? この方の下で学べるものがあるとでも思っているのか、愚か者め」


「あ、あれ? セバスチャン、あなた私のことを守ろうとしているのよね?」


 侍従の辛辣な一言を受けた森の魔女は、ヴィックに救いを求めます。嫌がるヴィックを抱き寄せる主人を、セバスチャンは恐ろしい形相で見下ろしました。


「もちろんですよ、魔女様。どこの馬の骨とも知れぬ輩を、この私の視界に入れるわけには参りませんからね」


「そ、そこは嘘でも主人のためって言ってほしかった!」


 がくりとうなだれる森の魔女を見て、弟子志願の男の顔に不安がよぎります。彼女の魔力の強さ、すなわち魔女としての実力を見込んでの志願でしたが、肝心の魔女は、全く頼れそうにないのです。男は頭をつかまれたまま、セバスチャンに問いかけます。


「あ、あの。やっぱり俺、帰ってもいいですか?」


「な、なによ、みんなしてひどいわあああああ!」


 ついにヴィックにまで逃げられた森の魔女は、床に突っ伏して泣き出しました。おいおいと声を上げるその姿に、魔女としての威厳はかけらもありません。

 と、弟子志願の男をつかんでいたセバスチャンが、ぼそりとつぶやきました。


「……まずいな」


「えっ何? 何がまずい……のおおおおお!?」


 男の問いは、途中で悲鳴に変わりました。セバスチャンが懐からそっと差し出した鏡に、男の変わり果てた姿が映っていたのです。その声で我に返った森の魔女が、むくりと起き上がりました。そして、男を指差して「あっ」と小さく声をあげます。


「しゅ、シュレッ――いえ、ピッコ……ロ……?」


 漏れ出た魔力によって肌が緑色に変色した男は、もう村に帰れないと泣きに泣きました。そうして彼は、晴れて魔女の弟子となったのでした。


「魔女様、先ほどは何を呟かれていたのですか?」


「私もよく分からないけれど……あの彼の名前のような気がして……」


 弟子となった男は、ロビンという名でした。

ロビン氏は後に自力で小屋を建てますが、三日でお化け屋敷になりました。呪われたビフォーアフター。

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