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悪夢の森の魔女  作者:
4/8

4話 悪夢の館と迷子たち1

 今日も平和な悪夢の森に、珍しいことに二人の子供が迷い込みました。


「ねえ、お兄ちゃん。本当にこっちでいいの? なんだかここ、木や草がすっごく気持ち悪い色をしてて、進みたくないよ……」


 心細げにそう言ったのは、二人のうちの女の子の方でした。女の子は痩せていて、目ばかりが大きく見えます。


「だ、大丈夫だよグレーテ。汚い色だけど、さっきの森よりはましだよ……多分」


「ええ……そうかなぁ……」


 女の子ーーグレーテを励まそうとして失敗したのは、男の子です。彼はハンスという名ですが、そう呼ぶ者はここにいません。彼らは貧しい木こりの子供で、口減らしのために森に捨てられてしまったのです。


 お兄ちゃんのハンスの機転によって一度は帰宅したものの、両親に再び捨てられてしまいました。今度は道に迷ってしまったので、家に帰れそうにありません。

 そして彼は妹には言っていませんが、自分たちが捨てられたのは、人食いばばあの住処と噂される森だと気づきました。


 そこでハンスは、訝る妹を懸命にかわしつつ、何とかその恐ろしい森から出ようとしたのですが。


「どうしよう。危ないところを避けたはずが、もっとまずそうなところに来ちゃった……?」


 そう。二人が足を踏み入れたここは、悪夢の森。彼らが置き去りにされた人食いばばあの森は、悪夢の森のお隣です。そして人食いばばあとは、森の魔女の師匠に当たる先輩魔女のことなのです。お年を召した方ではありますが、人間は食べません。完全に風評被害です。


 そんなことを知る由もない二人は、紫色をした腹わたのような形状の木々に恐れをなして、既に涙目です。

 しかし、ここで勇気を見せたのは、お兄ちゃんではなく妹のグレーテでした。いざという時に強いのが、この女の子です。


「お兄ちゃん、あっちの木に実が生ってるわ。お腹が空いたから、あれを食べようよ」


 妹の提案に、ハンスは一も二もなく頷きました。これ以上ここに留まると、風景が夢に出てきそうだったからです。

 通常であれば絶対に口にしない、とんでもない色をした木の実ですが、今は非常時です。


「グレーテ。兄ちゃんが先に食べるから、もしぼくに何かあったら……うっ、ごめんなぁ……」


「待ってよお兄ちゃん! なんかヌメヌメしてるし汚い色だけど、これはきっと、リンゴ……だと、いいなあ……」


 遺言を残そうとする兄を止めるつもりが、どんどん勢いがなくなります。グレーテはどんよりとした目で木の実を見つめました。


「でも、どうせもうお家に帰れないもの。なら、いっそこれで……」


 覚悟を決めたグレーテは、兄を差し置いて灰色に緑や紫の混じった実をかじりました。そしてもぐもぐしたと思ったら、がばっと立ち上がります。


「勝ったああ! わたしたち、賭けに勝ったのよおおおお!」


 突然どこかの勝負師のような雄叫びをあげた妹に、ハンスはびくっと肩を震わせました。


「グレーテ! どうしよう、錯乱してる!?」


「ちがうったら! お兄ちゃんも食べてみて、これリンゴよ!!」


 グレーテに言われて、ハンスも恐る恐るリンゴ(仮)を少しかじります。そして、目を丸くして今度は夢中でかぶりつきました。確かに味は、甘酸っぱいあの木の実そのものです。

 更にもいできた実をお腹いっぱい食べた二人は、ようやく落ち着きました。


「ああ、飢え死にするか人食いばばあに食べられて死ぬんだと思ったけど、よかったぁ」


「あらお兄ちゃん、飢えたら食べ物を探せばいいし、ばばあは倒せばいいじゃない!」


 対照的な二人ですが、仲良し兄妹です。

 元気を取り戻した二人は、このまま進むか戻るか迷いました。そして、棒切れ倒しで行き先を決めることにしました。その辺にあった小枝をまっすぐ立てて、ぱっと手を離せば行き先決定のあれです。もはや運試しです。


 ハンスが倒した枝は、このまま進む方角を指しました。すると二人は、今度は迷いのない顔で歩き出します。なかなか度胸のある子供たちです。彼らは気付いていませんが、両親の影響受けているようです。


 二人の家が貧しかったのは、飢饉や戦いのせいではありませんでした。両親が酒浸りで賭博好きという、ろくでなしの見本のような人間だったせいです。そんな親を見て育った二人ですが、賭け事にはちょっと血が騒ぐのです。


 ハンスは手堅く稼ぐ賭け方が好きで、グレーテは一発逆転を狙うのが好きでした。二人を足して二で割るとちょうど良さそうですが、彼らの親はいつも大穴狙いでイカサマにあう駄目っぷりだったので、大した進化だと言えます。


 親を超越した兄妹は、知らないうちに悪夢の森の奥深くに進みます。そしてついに、一軒の異様な館を発見しました。


「な、なんだろう。この森には魔王か何かがいるのかな?」


「ち、違うわよお兄ちゃん。魔王って、とっても大きいんでしょう? きっとこんな建物には入りきらないから、ここにいるのは……人食いばばあ……?」


 自分で言って震える妹を、ハンスは背中にかばいます。しかし彼も、内心は恐怖でいっぱいでした。目の前には、彼が想像していた以上の悪夢があるからです。巨大な腐った腹わたをこねくり回して作った不恰好な何かに、胸が悪くなるような彩色が施されているのです。現実が子供の想像力を軽く超えてきました。


 二人がかろうじて誰かの住処だと判断したのは、所々に玻璃の窓がはめられていたからです。そうでなければ、間違っても建物だとは思いません。

 と、立ちすくむ二人に向かって、ばん、と窓の一つが開け放たれました。


「ちょっとあなたたち! 迷子なのかしら? よかったら、少し休んで行きなさいな」


 明るい声でそう言ったのは、館とそっくりの色の衣を着た女の人でした。その正気を疑う装いは、おぞましい館の主人にはふさわしく見えます。普通の人間のように見せかけていますが、あれが魔物の親玉に違いないと、子供たちは思いました。


「お兄ちゃん……これは罠よ」


 グレーテの言葉に、ハンスも頷きます。


「うん、言うことを聞いちゃダメだよな。若く見えるけど、あれは人食いばばあなのかな……」


「ぜったいそうよ!」


 首をひねるハンスに、グレーテが力強く言い切ります。やはり妹の言う通り、こんな呪われた館に住む者もまた、恐ろしい人食いなのでしょう。

 二人は固く手をつなぐと、断固として首を振りました。


「あ、あら……。久しぶりのお客様だと思って、張り切ってお菓子まで用意しちゃったのだけど……」


 消沈する親玉(仮)を見て、兄妹は顔を見合わせます。グレーテはちょっとかわいそうだと思いましたが、ハンスは違いました。女には気をつけろという彼の父親の教えが、ここにきて初めて役に立ちました。


「ぼくたち道に迷ってしまったので、帰り道を教えてください!」


 思い切って声を張り上げると、親玉(仮)は意外にも快諾しました。素直に喜ぶ妹の横で、兄ハンスは眉を寄せます。間違った道に誘い込み、こちらが弱ったところを捕まえるつもりかと思ったのです。考えだすと、悪い予感しかしません。


「では、地図を書いてあげるから、少し待っててちょうだいね。あ、あとお菓子もあげるから」


「わあ! どうもありがとう!」


「す、すみません……」


 早くも順応し始めたグレーテを、ハンスは複雑な気持ちで見つめます。そしてしばらく待ったところで、親玉(仮)が窓から顔を出して言いました。


「あ、あの……がんばって書いちゃったから、あんまり役に立たないかも知れないの……」


 親玉(仮)は、自信のなさそうな顔で、妙に赤黒い布切れを差し出しました。微妙に恐怖を誘う色合いのそれを、ハンスがそうっと受け取りました。そしてすぐに窓から離れ、布を広げるとーー。


「う、うわあああああああっ!」


「なにこれぇ!? 怖いよおおおおお!」


 布切れを投げ捨てたハンスは、号泣するグレーテを抱きしめました。二人とも全身に鳥肌が立っています。赤黒い血の色に、無数の顔のようなものが浮かんで見えたのです。


 嘆きと苦悶の表情を浮かべる顔たちの、凄まじい阿鼻叫喚の絵図がそこにありました。よく見ると、何となく道筋のような線が描かれているのですが、心に恐怖を刻まれている二人には分かりませんでした。

あの有名なお話の二人です。

人食い魔女よりも、両親の非情さや兄妹の容赦ない逆襲ぶりが光るお話だと思いました。

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