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悪夢の森の魔女  作者:
1/8

1話 悪夢の森で

軽い気持ちでやってしまいました

 昔々、あるところに生まれた女の子は、魔法の才能に恵まれていました。

 その女の子は長じて立派な魔女になりました。豊かな森を住処とし、その名はいつしか広く知られるようになりました。人々は彼女のことを恐れを込めて「悪夢の森の魔女」と呼びます。




「セバスチャン! セバスチャン、いないの?」


 大声で(しもべ)を呼ぶのは、悪夢の森を支配する魔女です。略して「森の魔女」と、周辺の住人に呼ばせています。大して略されていないと言うなかれ。悪夢の森と呼ばれることは、森の魔女にとって甚だ不本意なのです。


 森の魔女は館の隅々まで僕を探し回り、やがて疲れたのか、歪な形の揺り椅子に腰をおろしました。彼女が座ると、椅子は恐ろしいうめき声のような軋んだ音を立てました。グギイイイという断末魔のような音に揺られて、森の魔女は頭を抱えます。


「この椅子、また音がひどくなったわね……」


 ちっとも癒されない揺り椅子から立ち上がると、森の魔女はしげしげと椅子を眺めます。

 これを手に入れた当初は、細い格子の背もたれと、優雅な曲線が美しい揺り椅子でした。それなのに今は、全てが歪みきった不気味な姿になってしまったのです。


 背もたれの格子はすっかり捻れて、嘆きの表情をした悪霊に見えます。そして肘掛けは、何かの臓物を寄せ集めたような有様です。端的に言って呪われた椅子です。そして、この館にある全ての物が、この椅子のようにおぞましい形なのです。

 森の魔女は、ため息を吐きました。


 彼女が「悪夢」と呼ばれる所以は、この呪われた品々のおかげでした。そう、森の魔女の魔力によって、どんなに美しいものも醜悪な姿に変わってしまうのです。彼女が魔法をかけたものはもちろん、この椅子のように誰かが作ったものも、やがて捩れて魔界の逸品になります。


 この揺り椅子を作ったのは評判の良い家具職人でしたが、自分の力作の変わり果てた姿を見た職人は、泣きながら森の魔女を罵りました。もはや面影もなにもない有様でしたが、腕利きの職人には、それが手塩にかけた木材の成れの果てだと分かったのです。


「テッドさん、また椅子を作ってくれるかしら。あ、彼はもういないからーー今はひ孫だったかしら? ひ孫なら、もう忘れているわよね」


 後日テッドの家具店にのこのこと現れた森の魔女は、ひ孫のナットに叩き出されることになります。末代まで恨んでやるという曽祖父の言葉を、彼は忠実に守っていました。己の目算の甘さを思い知った森の魔女は、また新たな家具店を探すことになるのです。


「ーー魔女様。ただ今帰りました」


「あら、セバスチャン! どこに行っていたの。私、館中を探したのよ」


 声をかけた僕のセバスチャンは、侍従然とした黒服に身を包んだ悪鬼ーーに見えがちな紳士です。しかし元はうさぎなので、被っている山高帽をとれば長い耳が出てきます。口元とその耳だけがうさぎの名残りで、彼はこの館になじむ、とても恐ろしい姿をしています。


 森の魔女と出会った時、彼は茶色い毛並みのかわいいうさぎでした。しかし、森の魔女の魔力にかかれば、たちまち屈強な魔人のできあがりです。

 今は岩石と粘土を乱暴にこね合わせたような体に、申し訳程度に茶色い毛が残っているだけです。そして、見るからに悪逆の限りを尽くしそうな、凶悪な面構えをしています。


「魔女様。ご所望の品を調達するために外出すると、今朝申し上げたでしょう」


 言いながら、セバスチャンはごつごつした手に持った包みを差し出しました。森の魔女は僕の言葉を無視して包みを開くと、見事に育ったヒカゲキノコに喜びます。自然界に喧嘩を売っている鮮やかな桃色をしていますが、煮込むと絶品なのです。


「ねえセバスチャン、早く料理しちゃいましょう。これはすぐに食べるべきよ!」


「魔女様、まだ朝食を食べてから時が経っておりません。肥えてしまいますよ」


「肥え……主人に対して……。もっと柔らかい表現はないのかしらセバスチャン」


 近頃の彼女は、森の恵みをいただきすぎていました。だから僕のセバスチャンに容赦はありません。ひきつった顔の主人に、ございませんと切れ味鋭く返しました。しかし、食い意地の張った森の魔女は諦めません。


「で、でも。早くしないと、キノコが悪魔の卵みたいな姿になっちゃうでしょう……。食欲がなくなるから、少しでもまともな形のうちに食べたいじゃない」


「味は変わらないのですから、問題ございません」


 ぴしゃりと言うと、セバスチャンはキノコを包み直します。そして、嘆く主人を置いて、さっさと厨房に持ち去ってしまいました。これで今日の夕食は、呪われたキノコ煮込みに決定です。


 しかし森の魔女は、転んでもただでは起きません。セバスチャンの気配が消えた途端に、素早く戸棚を開けました。地獄の門のような気持ち悪い棚ですが、目当てのものはちゃんとありました。変わり果てた姿で。


「ふふふ、こんなこともあろうかと、残しておいてよかったわ。見た目は最悪だけど」


 言いながら、森の魔女秘蔵の焼き菓子をかじります。ザクッと歯ごたえのある、森の木の実を混ぜ込んだ菓子は絶品です。ただし、その色は淀んだ沼のような、絶妙に汚い緑色でした。香草と木の実を入れた素朴な菓子が、一晩で食欲の失せる姿になったのです。


 森の魔女の魔力は彼女の体から少しずつ漏れ出し、空気のように存在しています。そしてその魔力は命の有無を問わず、何もかもを醜く恐ろしい姿に変えました。だから人々は、この現象を魔女の呪いと呼んで恐れています。


 森の魔女が魔法に目覚めてから、ずっとそうでした。彼女がどんなに努力をしても、変わりませんでした。

 かつての彼女の家族達は、いち早くこの呪いのような力に気づき、幼い彼女を教会に押し付けました。そして司祭も、彼女が住まう教会が日に日に悪魔の住処のように変貌する様を見て恐れをなし、彼女を捨てました。


 幼かった森の魔女ですが、どうして自分が捨てられたのか理解していました。だから魔力を使わないようにがんばりましたが、ついに流れ着いた貧民街からも追い出されてしまいました。彼女の近くにいた人なつこい野良犬が、真っ先に魔物のような姿になったからでした。


 醜い野良犬を連れた彼女は、途方に暮れました。そして、恐ろしい人食い魔女が住むという森に行くことにしました。その魔女に、自分の魔力を消す方法を教えてもらおうと考えたのです。それが、彼女がやがて森の魔女と呼ばれる始まりでした。


「魔女様、食べ過ぎはよくない」


 唸るような低い声でたしなめられて、森の魔女は驚きました。危うく菓子が喉に詰まるところでした。


「ヴィック、驚かせないで」


 足元にいるもうひとりの僕を睨むと、炎のように赤い目をしたヴィックは、鋭い牙の生えた口を開けて謝りました。どう見てもお前を食い殺すという顔をしていますが、彼は心優しい犬です。そう、ヴィックは森の魔女が貧民街で出会ったあの野良犬でした。


「魔女様、また人間が来る」


 館の周囲の見張り役のヴィックは、早速報告します。地獄からの使者のような姿ですが、その気性はごく穏やかです。だから侵入者を問答無用で殺すようなことはありません。大抵の侵入者は、勝手に彼に怯えて逃げ帰ってくれるので、優れた番人ぶりです。


「まあ。また? なんだか近頃多いわねえ」


「人間、自分が醜いのは魔女様のせいだと言っている。追い出すか?」


 ヴィックの言葉に、森の魔女は眉をひそめます。人間が彼女に会いに来る時は、決まって「誰それを呪ってくれ」だの、「憎っくき恋敵を醜くしてくれ」だの、ろくでもない依頼を携えているのです。しかし、この度はなんだか更に穏やかではありません。

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