不気味な館
ここはカップケーキで有名な店、カップ・ポップ・ピーター。
俺はコーヒーを飲みながら、依頼主を待つ。
今回の依頼主の名はスティーブ・ブラック。
彼は有名な研究者だ。
研究者。サイエンティスト。
俺はあのマッドサイエンティスト、Dr.スクエアのことを考えていた。
果たして、時空転送装置で何を企んでいたのか。
俺がその装置を盗んできた時点でこの話は終わったも同然なのだが、どうも引っかかることがある。
前回の依頼主のフルー・ロールによると、俺が奪った装置はまだ実用レベルではないらしい。
装置に充電するエネルギーが膨大で、1回使うごとに充電しなければならないそうだ。
まだ開発途中だったのだろうか。それともまだ何かあるのだろうか。
そんなことを考えていると、向こうからスティーブ氏の姿が見えた。
「遅くなってすまない。仕事があったものだからね。」
そういった彼は、少し疲れているように見えた。
「いえ、私が早く来ただけのことですから。時間通りです。」
と俺は答えた。スティーブ氏はカップケーキとコーヒーを注文すると、さっそく本題に入った。
「私の研究所から資料が盗まれてね。魔法と科学の両立を示した資料なのだが」
魔法と科学の両立。スティーブ氏の研究テーマであり、その研究はかなり進んでいるらしい。
研究者なら誰でも欲しがりそうではある。
スティーブ氏は続ける。
「犯人の場所は特定したのだが、我々では手に負えなくてね」
「どういうことですか?」
「相手はおそらく魔法使い。奴の館に近づこうとしても、近づけないんだ」
なるほど。おそらくは結界というわけか。
「様々な知識と道具を持っている君になら突破できるかと思ってね」
スティーブ氏がそう言ったタイミングで、カップケーキが運ばれてきた。
「よろしく頼むよ」
魔法の結界。
はたしてどういったものかは現地に行って確認そなければわからないが、今言えることはただ一つ。
俺にはその結界を突破することはできない。
ここはおとなしく、専門家を連れて行った方がよさそうだ。
ということで魔法使いのリデル・クイーンの家を訪ねた。
「魔法の結界ねぇ・・・」
難しい顔をして、しばし考え込むリデル。
「どうだ、なんとかなりそうか?」
「うーん・・・うん、なんとかなりそう」
突破方法を思いついたようだ。
「ちょっと準備するから待ってて」
リデルはそう言うと、奥の部屋に行って準備を始めた。
それから5時間後、俺たちは問題の場所にやってきた。
スティーブ氏の資料を盗んだ奴が潜伏している場所の近くだ。
目の前には森が広がっていた。
「それじゃあ、とりあえず入ってみよう」
リデルはそう言うと、ためらいもなく森に入っていった。
魔法の結界があるっていうのに、のんきな奴だ。
まあ、魔法の専門家であるリデルが堂々と入っていくのだから、さしたる危険はないのだろう。
俺もリデルに続いた。
30分くらい経った頃だろう、俺は違和感に気づいた。
いや、俺でなくとも気づく。
俺たちはまっすぐ進んだはずなのに、森の入り口に戻ってきてしまっていた。
「これが魔法の結界というわけか」
と俺がつぶやくと、
「そういうこと」
とリデルが答えた。
「魔法にはいくつか種類があって、火や水などといった属性魔法の他に、情報を操る魔法があるの」
情報を操る魔法。
俺が前回の任務で、時空間転送装置が置いてある部屋を開けるのに使った装置も、その魔法によるものだった。
「情報といっても、様々よ。機械の情報から、人間の脳の情報まで」
今回はその脳に作用する情報を操る魔法を使われている森というわけか。
俺は一人で納得しながら、リデルに尋ねた。
「それで、どうやってこの森を突破するつもりだ」
「森を燃やすの」
それを聞いて、俺はさすがに絶句した。
俺が絶句しているうちに、彼女は森に火をつけた。
なんてことをしているんだ。
そう思ったのも束の間、目の前の森が消えた。
放火によって消えたのではなく、まるで森が瞬間移動したみたいにパッと消えたのだ。
「今放った火は本物の火じゃなくてね」
リデルが解説を始める。
「今の火も脳の情報を操ったものよ。要は幻覚ね。幻覚の火で幻覚の森を消したのよ」
なるほど、幻覚同士にも相性があるわけか。
これは属性魔法しか使えない銃士の俺にはできない芸当だ、などと感心していると
「置いてっちゃうよー」
とリデルが先に急ぐ。せっかちな性格だ。
幻覚の森を突破した俺たちを次に待っていたのは、不気味な館だった。
どうやら、この館は幻覚ではないらしい。
館には鍵がかかっていた。
今回はコンピュータのロックではなく、錠による鍵だ。
しかも、古い形式の鍵なので、ピッキングが可能だ。
俺はピッキングをして、鍵を開けた。
扉を開けて、俺たちの目の前に広がっていた風景。
それは火の海だった。
俺は思わずその場から離れた。
「これも幻覚よ。魔法使い以外はこれが幻覚だっていうことをわからないように仕組まれているみたいね」
そうか、そうだった。さっきの森も幻覚だった。
目の前の風景も幻覚に決まっている。
そうやって俺が目の前の現象に整理をつけている間に・・・
リデルは幻覚の水を撒いて、この幻覚の火を鎮火した。
火が消え、館内の様子がよく見えるようになった。
とはいっても。館内は薄暗い。
俺とリデルは懐中電灯を持って、探索を始めた。
出てくるものは研究資料ばかりだが、そこには盗まれた資料はなかった。
「ちょっと来て」
リデルはそう言うと、壁の方に歩いて行った。
「これを見て欲しいんだけど」
リデルが指さした方を見ると、一目ではわかりにくいが、どうやら扉のようだった。
しかも、今度は電子ロックが付いているようだった。
電子ロックなら、情報収集機を使えば・・・
しかし、情報収集機は反応しなかった。
「どうやら、魔法の力でその機械の効力を無効にしてるのね」
リデルがそう解説する。
「壊すしかないか?」
と俺が尋ねると、
「そうね」
と答えが返ってきた。ここは俺の出番だろう。
今回持ってきた弾の中で一番硬いのは、ランドドラゴン退治に使ったドラゴンの素材弾と地属性の魔法弾の混成弾だ。
俺は扉から距離を取り、銃を構える。
そして、扉の鍵の部分に向かって撃つ。
バアァーン、と激しい音がした。どうやらうまくいったようだ。
鍵が壊れた扉を開いてみると・・・
今度は霧が立ち込めていた。
また幻覚か。
あれ?今度は幻覚を幻覚と認識できたぞ。
どういうことかリデルに尋ねてみると、
「これはただの魔法の幻覚じゃないわ。機械の力も混ぜているから認識できたのよ」
と答えてくれた。しかしこれは良い状況ではないようで、
「魔法の幻覚なら解けるけど、機械まで使われたら解くのが難しいわ」
と彼女は言った。これも魔法と科学の両立というわけか。
ということは、この幻覚の中で魔法による幻覚を解くのと同時に機械による幻覚を解かなければならない。
俺は電気を発するものが見える、すなわち機械の位置を確認できるゴーグルをかぶり、
「俺が機械を壊すから、同時に魔法の幻覚を解いてくれ」
とリデルに指示した。リデルは
「オッケー」
と言い、魔法の準備を始めた。
そして、俺は準備の合図を始める。
「3、2、1・・・・ゴー!」
俺は普通の弾で機械を壊し、リデルは幻覚の風で霧を吹き飛ばした。
部屋の中の霧が晴れた。
この部屋にここまで幻覚を仕込んでいるということは、この先に敵がいるのだろう。
俺たちは注意深く進み始めた。
俺たちが次に来た部屋は、監獄のようだった。
牢屋がいくつも連なっており、中は空だった。
おそらく、モンスターを捕まえて研究していたのだろう。
もしかしたら、人も。
それを示唆するように、牢屋の中の壁には「SLIME」と書かれていた。
SLIME。スライム。
普通に考えてモンスターのスライムのことだろうが、なぜそんなことを壁に書く必要があるのだろうか。
今は考えても仕方がない。
館の構造的に、次が最後の部屋だろう。
俺たちは最後の部屋に続く階段を降りていった。
扉の前に立って、耳をすまして中の様子を窺う。
扉を開けなくてもわかるくらい、扉の向こうは明るいようだった。
この中に資料を盗んだ奴がいる。
俺はリデルに指示を送り、3、2、1で突入することを伝えた。
「3、2、1・・・・」
バンっと勢いよく扉を開き、俺たちは攻撃準備をした。
その中にいた人物は、有名な人物だった。
エイロン・グリーン。
依頼者のスティーブ・ブラックの部下の研究者で彼もまた有名だ。
「おやおや物騒な。ノックくらいしたらどうかな」
エイロンは慌てる様子もなく、話し続ける。
「この資料を取り返しにきたといったところだろう。この資料は実に研究に役立った」
役立ったという口ぶりから察するに、すでに何らかの研究が終わったということだろう。
「その研究はどんなものですか」
と俺は尋ねる。答えが返ってくるとは思わなかったが、エイロンは答えてくれた。
聞きたくなかった言葉だったが。
「世界征服に関するものさ」
俺はこの場が丸く収まるとは思えなかったので、先制攻撃を仕掛ける。
雷属性の魔法弾。通称、雷弾。
当たれば相手は気絶する弾だ。
俺は雷弾をエイロンに向けて撃った。
撃ったものの、弾は受け止められてしまった。
弾を受け止めたのはエイロン本人ではなく、スライムだ。
「なるほど、そういうことね」
そうリデルは納得した。俺は理解できていなかったので、どういういことかリデルに尋ねた。
「どういうことだ?」
「おそらく、魔法と科学の力を、モンスターであるあのスライムに注入したってこと」
「そうするとどうなる?」
「私の魔法やあなたの銃は通用しないと思うわ」
雷弾が通用しなかったのはそういうわけか。
さて、どうするか。
魔法と科学の力を持つモンスター。
ランドドラゴンの時のように、弾を混成して相手の土俵に立つこともできなさそうだ。
もしできたとしても、通用するかわからない。
となると、ここで新たなる力を発掘せねばならない。
そんなことを考えていると、エイロンはスライムに指示をした。
「そいつらを捕まえろ!」
俺とリデルは攻撃をかわしながら、迎撃する。
それが通用しないとわかっていても、時間稼ぎのためにはそうするしかなかった。
リデルは火属性の魔法でスライムを蒸発させようと試みる。
しかし、スライムは火を飲み込んで、何事もなかったように攻撃してくる。
今度は俺がドラゴンと地属性の混成弾を撃ち込む。
やはり、スライムには効かないようだ。
逃げるというのも一つの手だが、ここで逃げたらこのスライムを使って世界征服されてしまうかもしれない。
そう考えると、ここで始末するしかないようだ。
さっきの話に戻ろう。魔法、科学、モンスターを凌ぐ新たな力を考えなければ。
魔法。魔法使い。科学。科学者。サイエンティスト。マッドサイエンティスト。
そうだ!あったぞ、新たなる力が!
それは時空間転送装置。時間と空間が新たなる力というわけだ。
問題は、それをどうやってここに持ってくるかだ。
フルーに頼んで持ってきてもらうには、距離が遠すぎる。
装置自体を時空間転送したとしても、ここに着いた途端、エネルギー切れを起こすだろう。
エネルギーを充填できればいいのだが・・・。
そうだ!俺たちの力でエネルギーを充填すればいいんだ!
俺はさっそくフルーに連絡する。
「今すぐ時空間転送装置をここに送ってくれ!場所はQY-29371だ」
そう言うやいなや、連絡していた端末をスライムに破壊されてしまった。
フルーに届いていればいいのだが。
またスライムが攻撃してくる。
俺たちは攻撃をかわした。その次の瞬間、丸い物体が目の前に現れた。時空間転送装置だ。
このままではこの装置は使えない。エネルギーを充填しなくては。
俺はリデルに、
「この装置にありったけの雷属性の魔法を撃ってくれ」
と頼んだ。リデルはうなずくと、雷魔法を撃ち始めた。
俺も、持っている限りの雷弾をこの装置に打ち込み始めた。
「何をしている!」
エイロンの怒号が聞こえた。エイロンはこの装置がどんなものか知らないらしい。
それはこちらにとって好都合だ。
エネルギー充填完了。一回だけ時空間移動ができるようになった。
どこに飛ばすかが重要だ。が、それはもう考えてある。
俺は装置を操作して、スライムだけ時空間移動するように設定した。
あとは、この装置をスライムに当てるだけだ。
しかし、エイロンはこの装置に触れてはいけないことに気づいていて、
「その装置に触れるな!」
とスライムに指示した。スライムは高速で動き始めた。
これでは装置を当てることができない。
なんとかして動きを止めなければ。俺は粘着弾をスライムに向けて放った。
スライムが高速で動いているとはいえ、銃を使えば俺は当てることができる。
だが、粘着弾はスライムに吸収されてしまった。
くそ、動きを止める方法はないのか。
そこで俺はまたもやひらめいた。魔法を弾に充填するのと同じ様に、時空間転送装置のエネルギーを弾に充填すればいいのだ。
俺はリデルに
「この装置のエネルギーを弾に充填してくれ!」
と頼み、弾と装置を渡した。リデルは受け取ると、さっそく充填するための儀式を始めた。
そこをスライムが襲いかかる。
俺は必死にスライムに攻撃するが、全然効いていないようだ。
リデルが危ない!
スライムはリデルに襲いかかった。
が、リデルはぎりぎりで攻撃をかわした。
リデルは儀式をしているように見せかけていて、実際は儀式を行っていなかったのだ。
「このチャンスを待っていたのよ」
スライムとリデルの距離は1メートルもない。リデルは時空間転送装置をスライムに投げ込んだ。
スライムに装置が当たった。
スライムは時空間移動をし、目の前から消え去った。
その後、エイロンは俺たちと自分の力量差がわかったのだろう、変に抵抗はしなかった。
エイロンは危険人物ということで逮捕された。
奪われた資料はスティーブ氏のもとに返された。
これで一件落着。
「それで、スライムはどこに行ったの?」
とリデルが尋ねてきた。
「宇宙だ」
リデルは驚いた表情をしていた。俺は続ける。
「フルーの監視衛星によると、あのスライムは宇宙では生きられなかったようだ」
「そう、それならよかったわ」
そう言って俺たちは、リデルの願望で打ち上げにカップケーキ店のカップ・ポップ・ピーターに向かった。