だから少女は赤を嫌う
『 なあ、お前さんの目は綺麗な赤だよな 』
『 お前ほどの“赤”は夕日くらいだろうなぁ 』
師匠は強面な、しかし人好きのする笑みでレイリの頭をクシャリと撫でる。
レイリの強固な剛毛はすぐに形が直ってしまうけれど、何でかそれが酷く悲しい気がした。
夕べの、帰り道。
『暁』を冠する陽の王国で燃えるような暮れる日を眺め、師匠と手を繋いで帰る。
王国にいたのは僅かな間だった筈だが、どうしてかあの日だけは覚えていて。
確かレイリが『白銀』への昇格したその日のことだった。
対戦式の試験だった昇格試験の際、そうとは知らずにレイリは貴族の子弟をボコボコにしてしまったのだ。結局その親に手を回されていた試験官に理不尽に試験に落とされたのだが、それに憤ったのはレイリよりも師匠の方だった。
その後何がどうなってか師匠と試験官が決闘をすることになって(勿論師匠が余裕で勝った)、レイリは再試験を許され、無事………とは言いがたい物の『白銀』へと昇格を果たした。
まあそれで王国での居心地が悪くなり、逃げるように商国の方へ逃げたのはご愛嬌だが。
あぁ、でも、対戦相手は割合最後は礼儀正しかったかな。見送りまで来てくれたし。
試験当日は傲慢な態度をとっていたその青年は、何でかレイリがお気に召したらしい。
とは言えもう七年は会っていないのだ、記憶力の優れたレイリも忘れていたようなこと、覚えてはいないだろうか。
べったりと汗の付いた赤茶の髪の下から青色の瞳で睨みつけ、ギリギリと歯軋りをしながら尻をついていた負けず嫌いな記憶の少年は、今はどんな男になっているのだろう。
懐かしい日に浸りつつ微睡む時間を手放すのは惜しいが、もう鐘はとうになっている。流石に起きるべきだろう。
布団に未練を残しながら起き上がり、レイリは手元においたタオルを水の入った桶に浸した。
顔や脇、腰など寝汗をかいた部分を拭っていく。
最近、陽期のこの時期は夜まで暑い。年々僅かながらも異変が起きている気候の原因と思しき物のいくつかに想いを馳せつつ、レイリは首の筋を伸ばした。
それからゆっくりと腰の筋を伸ばす柔軟運動。ペタリと腿と胸がくっつき、程よい筋肉の伸縮を感じる。
無心に腕の運動を行いつつ、やはりどうしても、先程の回想の続きを思い出してしまう。
『ああ、そう言えば。
十四英雄の中にも夕日が好きな奴がいたんだ』
『戦鬼』と呼ばれた『神金』冒険者。
その血筋はどうも、西がドワーフの流れを汲むらしい。
陰なる神が『代柱』なんて面倒を師から貰い受け、何も言わずに弟子に押しつけた自分勝手な人。
『“赤”に焦がれて、死んじまった馬鹿が、な』
何でそんな目で私を見るの。
違う、私はあんたの師匠なんかじゃない。
『なあ、レイリ。こまっしゃくれた美人さんよ』
違う。違うったら違う。
あんたは私の先生だ。
私は、あんたに金貨と引き替えに買われた小汚い傭兵の娘だ。
『もし、いつか。
お前の“赤”を求める奴が来たら───────』
ガタンッ!
不意に音がした。
何事かと気配を探ればなんてことはない、隣人が酒場から朝帰りしただけだった。いつも通り、彼の奥さんの怒鳴り声が響く。
いつまで呑んでんのよ、なんて。
どこにいたの、なんて。
朝帰りしようが娼館に通おうが、私は師匠に何も言わなかった。
それを後悔するつもりは無いけれど。
けれど、寂しい気がするのは何故だろうか。