2-026 王都でも人魚は希少なようで
わたしは、この嬢ちゃんが一体何者なのか気になりだした。
護衛のツェツィの案内として、嬢ちゃんの依頼に出かけて、あのボグダンの関係者だということが分かってから。
ツェツィの話を聞いた限り、嬢ちゃんは恐らくボグダンの口利きで、プラホヴァ領主のところに泊まる予定だった。
プラホヴァ家の侍女の対応から、嘘でないことは確かだった。
予想外のことが発生して、国王の弟のこの屋敷に来た、という流れに思えたんだが……
それならなぜ、最初にわたしと一緒に宿へ泊まった?
貴族の嬢ちゃんなら、興味本位って可能性はあるだろうが……
そもそも、嬢ちゃん自身が貴族と名乗ったの聞いた覚えはない。
その世間ずれした言動や物腰から、周りが勝手に貴族だと思っているだけかもしれない。
いや、でも、あんなに簡単に金貨を出してくるし、着ている服も高価なものにしか見えない。
ブリンダージみたいな大店の娘かもしれんが……それなら似たようなものだ。
そんな嬢ちゃんが、プラホヴァ家の屋敷に泊まる予定があったのに、連絡もせずに一日目は宿に泊まった。
予定より早く着きすぎたからか?
それでも、先に屋敷に行きそうなものだが……
それに護衛だ。
ブリンダージ商会では、ボグダンの事を見抜かれた動揺で、つい受けちまったが……
よく考えれば、一番護衛を必要としていないのは嬢ちゃんだ。
ツェツィはわたしの攻撃を捌いていただけで、最後にわたしの本気の一撃を防いだのは嬢ちゃんだ。
最後のあの一撃は、イノだって見えていたか怪しいものだ。
それなのに、嬢ちゃんはわたしの剣戟が見えていて、それを片手で受け止められる。
加えて、わたしの剣を軽々と扱える腕力。
衛兵が倒せる程度の悪魔憑きが出ても、嬢ちゃんが困るとは毛ほども思えない。
いつもののんびりした調子で、軽く首を捻って倒してしまいそうだ。
なのに安くもない護衛を2人も雇った。
どっかの国から命でも狙われてるのか?
傭兵の勘として、依頼主の嘘には鋭いつもりだが、どうにも勘が鈍る。
表情がいまいち読めないからか?
のんびりとした雰囲気の所為か?
ただ……わたしにとって悪いことでは無いような……気はする。
どっちにしても、依頼を受けたのはわたしだ。
判断を誤っていたとしても、自分の責任だ。
嬢ちゃんとの契約に嘘がないなら、契約を全うするだけだ。
そんなことを考えながら、嬢ちゃんの前に立って屋敷の廊下を歩いていると、第三王子と国王の弟に出くわした。
同じく晩飯に呼ばれたのだろう。
晩餐用に昼より豪華な仮面になっていたが、それ以外に変わった様子はない。
その顔を見て、わたしは思い出した。
宿屋の爺さんの伝言があったんだ……
「トビアスって爺さんから伝言だ。どうにも王子様の成長が嬉しいんだと、祝福の言葉を伝言されたぞ?」
第三王子に告げてみたものの、あまり反応がない。
良く分かっていない様子だな。
横で国王の弟の方が驚いているようだが。
「お主のお付きの……覚えてないのか……?」
国王の弟はなんか不安そうだ。
王子と爺さんに何かあったのか?
「あ、ああ……すいません。この傷を受けた頃の記憶は曖昧で……」
頭を軽く押さえながら、王子は国王の弟へ答えた。
「そうなのか……それは悪いことをしたな」
なんだ……古傷が痛むような記憶だったのか……
しかしこれは、爺さんになんて伝えるか悩むな……
国王の弟の言葉からすると、爺さんは王子のかなり近しい従者だったように思う。
辞めたとは言え、そんな相手に忘れられていたと知ったら、ツラいだろう。
しばらくはここに厄介になりそうだから、他に分かることもあるかもしれないし、嬢ちゃんのことと一緒に考えておこう。
なんだか、いらぬ悩みが増えていくな……
わたしは誰にも分からぬよう、小さく溜息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シシイと第三王子のやり取りを見て、僕が思うことは一つ。
今回の治療依頼にはどこまで含まれるのかと。
第三王子の傷は、思ったより根が深そうだ。
いや、当然と言えば当然か。
あれだけの傷を負っているのだから、事件の前後の記憶が思い出せなくなる解離性健忘になっていてもおかしくない。
傷が治っても記憶はたぶん戻らない。
近しい人の記憶が戻らないのは、お互いにツラい思いをするだろうから、なんとか出来れば良いんだけど。
心的ストレスを和らげられれば、思い出せるのだろうか……
何かそんな魔法はあったかな? 後で調べ直しておこう。
シシイと第三王子の些細なやり取りがあったものの、僕たちの訪問を歓迎する形で、晩餐は和やかに執り行われた。
と言っても、やはり歓待を受けるのは僕達3人だけで、シシイ達は別席となった。
なぜスヴェトラーナが、同じ卓に着かせてもらえたのかは謎だけど……僕たちの侍女と認識されてたら、多分後ろで控えておくことになっただろうに。
もしかしたら、ドレスコードに合った服を着ていたから、同じ身分と認識されたのかもしれない。
僕は、晩餐がフォーマルな食事と思ったので、コンセルトさんに教わった通りの衣装を3人分用意した。
シシイ達の服を持っているのは不自然と思われそうなので、用意をしなかった。
その差なのかもしれない。
因みに、テーブルマナーも工夫して問題にならない程度にした。
地球での知識でほぼ補えた僕が、コンセルトさんの教えを覚えていたので、2人には魔法アシストを使うことで僕の動きを予測してもらって、僕の所作をコピーしてもらった。
魔法も使いようだなあ……
そんなわけで、好みを聞いたり聞かれたり、取り留めのない会話をしながら、滞りなく晩餐は終了した。
やっぱり王族、他で食べた御飯より素材は良かったよ。
ただ、ミレルとスヴェトラーナは、畏まった食事に緊張したようで、良く分からなかったって。
緊張した状態での食事は消化に悪いから、部屋に戻ったら胃薬入りの飲み物でも出すようにしよう。
湯浴みを進められて焦ったりしたものの、それ以外に問題らしい問題は起こらず、その日は休むことが出来た。
◇◆
そして次の日。
予定通り、朝早くから第三王子も出掛けてしまったので、僕たちは朝食をのんびり食べていると、王弟陛下が気を利かせて誘ってくれた。
うん、だいぶん気を遣われてると思う。
身分的に考えたら、この国の2番目とか3番目の人なのだから、普通は甥が気に入っただけの妖しげな女と一緒にいるとは思えない。
もしかしたら、まるで知人のように扱うことで、既に第三王子の婚約者として扱ってるアピールなのかもしれないけど。
それもあってか、王弟陛下からはあまり硬い呼び方は避け欲しいと言われた。
なので、名前呼びでレバンテ様と呼ぶようにした。
呼んだら呼んだで照れていた気がするけど……
中学生かよ。
レバンテ様も午後から出掛けてしまうので、この広いお屋敷の中を連れて回ってもらうことになった。
どうやら、お屋敷に来てもらった人には、大抵見てもらってる自慢の一品があるとか。
それが何かというと……って思わせ振りに、その部屋に招かれたら、確かに珍しい光景が広がっていた。
部屋の中央には大きな水槽。
恐らく硝子だろう。
この世界で、まだあまりガラスが見ていない。
ということは、これは非常に価値の高いものだと思う。
そして、その中には色鮮やかな人魚が一人。
水の中を静かに、どことなく優雅にたゆたっている。
シエナ村に、お酒のような水を求めて迷い込んだキシラとは違って、大人しく清楚な雰囲気だ。
鱗がところどころ剥がれているのは、この水槽が狭いからだろうか?
更に、水槽の前にはもう一つ人影が。
いや、人と言うには語弊があるかもしれない。
なぜなら、それは全身毛皮に覆われた異種族だったから。
薄い青色のような美しい色をした体毛。
夏の細いタヌキを、二足歩行にしたような見た目だ。
狸獣人と言えば良いのかな……?
『アナグマ?』
ミレルとスヴェトラーナがそんな単語を発した。
僕はアナグマを知らないけど……2人共がそう言うなら、アナグマ獣人なのだろうか?
いや、でも、どう見ても狸だし。
じゃなくって、恐らく、レバンテ様が見せたかったのは、人魚の方だろう。
確かに人魚は珍しく、そして美しい。
でも、僕たちはキシラを見慣れているから、人魚だけだったらそれほど驚かなかっただろう。
狸獣人が居てくれて、良かった。
素直に驚きの声を上げられる。
「まあ、なんと美しい」
僕の反応に気を良くしたレバンテ様。
軽い足取りで狸獣人の方へ歩み寄っていった。
「調査は進んだか?」
レバンテ様は小声で狸獣人に問い掛けた。
聞かれたくない話なのだろうか?
「これはこれは王弟陛下様、ご機嫌麗しゅう」
狸獣人は大仰に挨拶をする。
その態度にレバンテ様は少し苛立ちながら、先の質問の答えを催促した。
「恐れながら、稀少な人魚の病気を治す薬など、早々簡単に出来上がる物では御座いません。石の上に座すようにお待ちください」
なるほど、人魚は病気なのか。
自慢の一品として見せているのに、病気ということは伏せておきたいだろう。
しかし、狸獣人、その言い様は成果出す気あるのか……?
それとも、人の感情を逆撫でしたいだけなのか?
そこに何を期待しているのか、狸獣人の表情は読めない。
案の定、レバンテ様は苛立ちを強めている様子。
あまり、ホストが苛立ってる状態で案内されても嬉しくないし……
「レバンテ様、こちらはご友人ですか? 神秘的な見た目をしていらっしゃいますが」
薄い青色の体毛とか自然発生するの?
アルビノなの?
あ、良く見ると更に薄いところが……
年齢は分からないけど、ちょっと禿げてるのかな……?
「あ、いや、こちらはガラキという、色は珍しいが見ての通り穴熊獣人の商人だ」
見ての通りって……僕はそんな種族知らないんだけど?
ミレルとスヴェトラーナは、納得顔だってことは知ってたのか。
色が珍しかっただけで。
「これは人間のお嬢さん、お見知り置きを」
そう言って手を差し出してくるガラキ。
狸っぽい手で握手を求めてくるって、何だか不思議だね。
僕は、差し出された手を取って挨拶を返した。
もふもふしててちょっと気持ちが良い。
「はい、よろしくお願いします」
レバンテ様はちょっと驚いてから、ガラキへ早く用事を済ますように急かした。
どうやらレバンテ様は、あまりガラキと一緒には居たくないようだ。
ガラキはすぐに了承すると、人魚に向き直り口を開いた。
《管理者設定により自動でプリセット閃術『翻訳』レベル3を発動します》
あれ?
なんか発動レベル下がったような……
「マダワカラナイ、モウスコシウロコガヒツヨウダ」
えっ!? ちょっと!?
1レベル下がったら、そんなに落ちるの?!
これじゃあスムーズに会話できないレベルだよ??
「……そうキ……あまり期待してない……このままでもわたしは良いけどキ……」
ポコポコと泡を出しながら、ガラキの要求に人魚が答えた。
良かった……ガラキが人魚を苦手なだけか……
なんか不安だから、翻訳魔法も魔石に登録しておこうかな。
「アイツハソウオモッテナイ。コノママダトステラレルゾ?」
「……死んでも良いのだけど……わかったキ……」
人魚は渋々、自分の鱗を数枚ムシってガラキへと投げる。
ガラキは飛び上がって、難なく鱗をキャッチした。
チラリと鱗を盗み見ると、キシラの鱗のようにキラキラ輝く事が無く、艶を消した白色をしていた。
鱗が白化する病気なのかな?
「さあ、用が済んだなら帰るんだ」
レバンテ様が、厄介払いふるようにガラキを外へと追い出し、僕たちを水槽の真ん中へと導いた。
対面し、見上げるとすぐに人魚と目が合った。
「また人間キ……」
その感情のこもらない瞳に見下ろされ、不覚にも、死んだ魚のような目だ、なんて思ってしまった。
レバンテ様が居ないときに、彼女の話を少し聞いた方が良いのかもしれない。




