2-024 道のりが少し見えたようで
推定第三王子の用意した馬車に乗り込んで、王都の中をしばらく進む。
因みに、同じ馬車に乗っているのは、僕とミレルと推定第三王子とその侍従らしき人で、イノは別の馬車に乗っている。
イノは護衛として一緒に乗るべきだと主張してくれたけど、巨漢のイノが一緒に乗るスペースが無いため、仕方なく引き下がっていた。
でも簡単に引き下がるのではなく、僕とミレルが乗る馬車に危険がないか、入念にチェックをしてくれていた。
受けた仕事はしっかり熟してくれるのは、シシイの教えが良いからか、それとも元からそういう性格なのか、いずれにせよ仕事に対する姿勢として好感が持てた。
もちろん、相手からは嫌がられたけど。
でも、素性を明かしていない手前、イノの申し出はあっさり受け入れられていた。
そして今、馬車は王城の方向へ走っていた。
推定第三王子の話に生返事をしながら、僕は外の景色を眺めている。
聞いてないわけじゃないよ。
今の格好を褒められてもアレなだけで。
レムス城は築城の基本に則っているようで、丘の上に建てられていて、王城に近付くにつれ街並みを一望できるようになってきた。
白い壁に赤い屋根で統一された街並みは、整然としていて計画的に造られた様子が見て取れた。
その中にも、幾つか趣の異なる目立った建物がある。
何かの施設のようで、他より大きく、他と違う色も使われていた。
あれは、屈強な人が出入りしているし、傭兵ギルドかな?
こっちの建物は、屋根の上に四角をバツしたようなシンボルが掲げられているので、教会だろう。
シエナ村の教会にもそのシンボルはあった。
お使いに出した2人は、情報を上手く聞き出せてるかな?
そんな風に、しっかり街の景色を堪能できたところで、馬車は止まった。
「お? 着いたようだ」
推定第三王子が言うと同時に、外から馬車が開けられて、馬車に案内してくれた侍従が到着を告げた。
僕も馬車を降りて、周りを見渡し──落胆してしまった。
目の前に建っているのはお屋敷だ。
シエナ村にあるプラホヴァ領主様のお屋敷より遥かに大きい。
でも普通のお屋敷だった。
王城じゃないのかよ……
さっさと王様に会えたら楽だったんだけど。
そうなると、ここはどこだ?
「おお、お帰りなさい。フェルールよ」
「叔父上、ただいま戻りました。遅くなり申し訳ありません」
お屋敷から出て来た恰幅の良いおじさんに、推定第三王子は洗練されたお辞儀で答えた。
育ちが良くても、必ずしも品が良くなるわけじゃないのはネブンで知っているので、僕は彼のお辞儀を見て安心してしまった。
推定第三王子は、しっかり王室の教えを守っているのだろう。
ネブンみたいな問題には巻き込まれなくて良さそうだ。
「よいよい。それで、そちらのお嬢さんは?」
おじさんは遅れた謝罪を軽く受け入れ、こちらを見てニヤニヤしながら推定第三王子に尋ねた。
視線が向いているのは、後ろに立っているイノではなさそうだ。
でも、ミレルに向かないのはなぜだろう……?
いや、向いて欲しいわけではないんだけどね。
予想はしていたけど、まあ、そういう反応になるよね。。
子供が自分の家に知らない女性を連れてきたってなったら、僕でも彼女かな?って思うよ。
日本の一般家庭の息子さんなら、ここは恥ずかしがって友達だとか良いそうだけど……
「商会に来られていた方で、あまりにお美しかったので、これはと思い昼食に誘いました」
「ほほぅ! それは素晴らしい。お前もレオナルド兄さんに似て……いやいや、ここで立ち話もなんだ、中でゆっくり話しをしようじゃないか。さあさあ入って入って」
推定第三王子が叔父上と言うってことは、国王の兄弟ってことだよね?
面倒見の良い親戚のおじさん、って雰囲気だけど。
いつの間にか侍従が扉を開けて待っていたので、僕たちは促されるままにお屋敷の中へ入った。
ここでは、イノは前に出ず、常に僕とミレルの後ろをついてきた。
仕事熱心なことで、頼りになるね。
おじさんの先導でお屋敷の中をしばらく進むと、細長い机と沢山の椅子が並んだ部屋に出た。
豪華な装飾で彩られた長机は、貴族の食卓イメージそのものだった。
この食卓って身分の差を、明確にするための作りなんだろうか……?
端と端に座ったら、会話できないぐらいに遠いんだけど。
こんな場所での食事は、異世界に来てからも初めてだ。
プラホヴァ領主様のお城で2日ほど厄介になったけど、あそこの人達はフレンドリーで、机も丸テーブルだったから気にならなかった。
少し緊張してしまうな。
僕の横にいるミレルも、緊張しているのかとても表情が硬い。
柔らかい雰囲気が魅力的なのに……
ビータ夫人に使った魔法で、少し不安を除いておこうかな。
別にミレルの魅力を彼らに伝えたいわけではないけど、いらぬ緊張をしていると失敗を招くからね。
外観的に変わらないから、誰も気付かないし、もしかしたら、本人も気付かないかも。
って考えたんだけど、ミレルの表情が和らいだと思ったら、彼女はこっちを向いて嬉しそうに微笑みかけてきた。
さすがにミレルにはバレちゃったみたい。
でも、これで2人とも緊張は解れた。
そして、入口から遠い側の端に推定第三王子が座り、その右隣に僕が、左隣にミレルが座るように促された。
因みに、おじさんは僕の右隣に座り、イノは僕の後ろ側の壁に立っていることになった。
ちょっと思ってた位置関係と違うけど、会話できないよりは遥かに良いだろう。
「まずは僕の招待を快諾してくれたことに感謝を」
そんな推定第三王子のお礼の言葉と共に、飲み物が注がれて会食が始まった。
王子は飲み物で舌を湿らせた後、またすぐに口を開いた。
「僕の名前はフェルール・レムス。現国王の三男──つまり第三王子です。城下に出るときは、余計な面倒事を起こさないために、あまり名乗らないようにしているのです」
予想通り、これでようやく推定が消せるようになった。
でも、王子は名乗って正体を明かしたものの、仮面を外す気はないようだ。
見られるのがイヤなのか? それとも……
「仮面は外して下さらないのですか?」
僕が考えている間に、ミレルがストレートに聞いくれた。
会食の場で、仮面を被ったままというのは失礼だろうから、第三王子も応えるしかないだろう。
「酷い怪我を負ってまして、気分を害されては気の毒ですから……」
確かに、普通は酷い怪我など、あまり見たいものでもないだろう。
でも僕は、どのみち治療するときに見なければならない。
先に見ておいた方が、治療の方法も考えやすい。
それに、この後の話ってアレだよね?
顔を知らないまま、そんな話しを続けるのは、変な気がする……
「それでも、知っておきたいことなのです」
「……分かりました。確かに、誠実さに欠けますね」
しばらく逡巡した後、王子は仮面を外した。
そこには、左眼が見えているか疑いたくなるほどの、大きな火傷痕や切創があった。
切創といっても、鋭利な刃物による傷ではなさそうで、比較的断面の太いもので出来た傷跡に見えた。
傷自体は古いもので、話に聞いていたとおり、子どもの頃に受けた傷のようだった。
たぶん事故によるものだと思うけど……
「も、もう良いか?」
王子が引き気味に聞いてきた。
治療する前提で、じっくりと傷口を眺めてしまった。
人に見られたくないものだろうし、悪いことをしてしまったね。
「申し訳ありません。これからの事を考えて、どうしても見ておきたかったもので」
相手と真剣に向き合う、と言う意味では、隠し事があってはいけないからね。
「この傷を見て、目を逸らさなかった女性は、貴女が初めてです」
仮面を付け直しながら、どこか感心した風に言う王子。
ああ、うん、女性ではね……
「男性ではどうですか?」
「男性でも、貴女ほど傷を見てくる人は──僕の治療をしようする者ぐらいしかいませんよ」
ええ、バッチリその人です。
もうこのやり取りだけで、正体がバレてるようなもんじゃないか。
まあ、この人にはいずれバラさないといけないのだから、バレても問題ないんだけど。
「貴女が魔法使いや魔女には見えませんけどね」
そう言って、にっこりと微笑んでくる王子。
全然、バレてないみたいだね。
「さて……」
タイミングを見計らっていたのか、会話の途切れた時に、料理が運ばれてきた。
後の話は、美味しい料理を食べながら、楽しく行われた。
簡単にまとめると、やっぱり求婚の話しで、婚約関係になりたいということだった。
しかし、第三王子の婚約者となる者が、素性不明で良いのだろうか?
普通に考えたら、王族とその他貴族の関係性を強めるための政略結婚となりそうなものだけど。
見た目は貴族っぽいかもしれないけど、僕はファミリーネームを名乗っていない。
本当にどこの馬の骨とも分からぬ者と、婚姻関係を結ぶのだろうか?
「こんななりですからね、今まであまり女性と真剣に向き合うこともなくて……家柄で付き合うこともあるけれど、それは形だけの話しさ。繋がりが必要なだけだし、僕自身それ以上は求めていなかったんです」
そうか、王子なんだから、何人も嫁さんがいて良いわけか。
王女は誰か1人にしか嫁がないのに、何だか不公平だね。
血縁関係が欲しいだけの嫁さんが、沢山居るわけだ。
もちろんそれは、王族としても関係を強固にしたい貴族に限るだろうけど。
「でも、貴女とは、そういった王家の繋がりではなく、個人的にとても興味が湧いたので……いえ、正直に一目惚れしたと言いましょう。他国の間者だったとしても、声を掛けないわけにはいきませんでした」
少し恥ずかしそうに告白する王子。
そんなので良いのか王子よ……
「それに、プラホヴァ第三爵に所縁のある方なのですから、それほど素性のおかしな方とは思えません」
さすがに、ブリンダージへ話した内容は知っているか。
そこまで抜かってるわけではないみたい。
そこまでしか知らないとも言えるけど。
「隠し立てはしたくないので話しておきますけど、従者達が調べていますので、問題があれば報告があります。僕はそんなことはないと信じていますが」
なるほど、嘘を吐いても調査との整合が出来るから、今のうちに正直に話しておけという脅しでもあるのか。
プラホヴァの名前を出したから、そちらの線から調査されることになるだろう。
そうなるとプラホヴァ領主様がなんと答えるかで、僕の立場が変わるわけか。
危うくはあるけど、それには数日がかかるだろうし、待ってみても良さそうだ。
「分かりました。ただ、王子様からの突然の申し出で戸惑っておりますので、しばらく考えさせて頂きたいのですが?」
「分かっております。すぐに答えを出して頂きたいわけではありません。兄弟や母上にも会っていただき、色々お話しできれば思っています」
家族と話して人となりを知れば、自然と仲良くなり惹かれていくと?
それとも、家族に報告してしまうことで、逃げにくくするということかな?
どちらにしても、今の言葉の中で、確認しておかないといけないことはある。
「国王陛下にはお目通り願えないのでしょうか?」
こんなこと聞いたら、むしろスパイと疑われそうだけど、一番会いたい人だけ抜けてるのだから、聞くしかない。
「それは……他の家族に会って頂いてからでしたら、可能かもしれません」
王子の表情が少し陰った。
後ろめたいことがあると言うよりは、どこか淋しそうに見える。
王子としては、すぐにでも報告したいのかもしれない。
好きになった相手でも、家族審査を通ってからしか、父親に会わせられないということか……
「承知致しました。では、この後の予定を決めさせてください。商会でお使いを頼んだ連れの者にも話がしたいですし」
「承諾して頂けて嬉しいです。続きは、テラスに移動して、お茶でも飲みながらお話ししましょう」
嬉しそうに王子は近くの侍従を呼んで、次の準備の指示を出していた。
とりあえず、今のところは順調。
まだすぐには王様に会えなさそうだけど、このまま進んでくれれば、なんとか出来そうだ。
順調にいかなくとも、話を伝えてもらう機会ぐらいは出て来るかもしれない。
僕としても、スヴェトラーナの情報を入手した上で、どうするのか決めたい。
教会や内戦の話が緊急を要するのなら、何とか王様に繋いでもらう必要も出てくるだろう。
とりあえず、そのための繋がりは出来た。
そのことに僕は少し安心感を抱いて、お茶の準備が整うのを待つことにした。




