2-023 ツェツィのお使い
プラホヴァ領主様のお屋敷でのお使いを済ませたので、次は教会です。
お屋敷に行った時と同じように、シシイさんに連れられて王都を歩いています。
王都の大きな通りを歩いています。
シエナ村の教会は、少し村から外れた場所に建てられていたと思うんですが、ここでは違うみたいです。
なぜそう思うのかというと、ここから教会が既に見えているからです。
大通りに面して、大きな尖った屋根の建物が見えています。
似ているけど違う建物でしょうか?
「見えてるから気付いていると思うが、あそこが教会だ」
シシイさんが指さして教えてくれます。
やっぱり、教会でした。
教えてくれたシシイさんの顔が、いつになく緊張しているように見えます。
教会が苦手なんでしょうか?
でもその理由は、教会に着いたらすぐに分かりました。
「まあ、シシイさん。ようこそ、いらっしゃいました」
入口を通ったら近くのシスターに声を掛けられたかと思うと──
「あ! シシイだ!!」
「ガクランだっ!!」
「違うだろ! アクランだろ!!」
「厄嵐だからな!!」
シシイさんは、すぐに子供たちに取り囲まれて、子供たちと同じ調子で話し始めました。
ついでですけど、背格好も同じぐらいでした。
はぅ……シシイさんに睨まれた気がします……
気のせいですよね?
シシイさんはわたしに目配せして、今の間に用事を終わらせるように伝えてきてるようでした。
睨まれたのは気のせいでした。
わたしは近くのシスターに声を掛けました。
「シエナ村の教会のアレシアさんから、言伝を頼まれました」
「ああはいはい、アレシアね。ごくたまにここに来るから知ってるわ。どうしたのかしら?」
シスターはすぐに理解してくれました。
意外にアレシアさんは顔が広いみたいです。
「イオン司教からの手紙が返ってこなくなったけど、何かトラブルがあったのか聞いてきて欲しい、と言われました」
「まあまあそうなの? イオン司教は、今ここには居ないのよ。夏が始まった頃にここに来られて、大司教と何日もお話をされていましたけど、結局、枢機卿とお話をしないといけないということになって、中央教会まで船で行くことになったのよ。いつ帰ってこれるのか分からないって仰ってたわ」
片手を頬に当てながら、シスターが答えてくれました。
枢機卿って誰でしょう……
わざわざ船で行くということは……王都でいっぱい問題が起こっているから、怖くなって家族に会いに行ったんでしょうか?
嘘です。
中央教会に行くっていうことは、偉い人に会いに行ったってことですね。
ということは……これ以上はわたしには良く分かりません。
だいたい、ボグダンさんを悪魔だと言ってる教会のことが、わたしには良く分からないんです。
悪魔はあの時見たネブンみたいなヤツのことで、それを倒したボグダンさんは決して悪魔じゃないと思うのに。
でも、そうだと思って教会の人達は、何かしようとしてるんですよね?
「それは大変ですね」
「そうなのよ。イオン司教は優秀な方で、今回の悪魔騒動もいち早く気付かれて、ここに相談に来られたのに、大司教があんな人だからいっぱい揉めてたみたい。だから、わざわざ中央まで行かないといけなくなったのよ」
大きく悩ましげな溜息をシスターが吐き出しました。
恋の悩みでしょうか?
嘘です。
大司教の事が嫌いみたいです。
イオン司教が相談に来て、でもダメだったからもっとすごいところに行ったということは、たぶんここの一番偉い人ですよね?
そんな人なのに、決められないことなのかな?
「違うのよ。イオン司教と意見が分かれちゃったみたいなのよ。大司教って過激だから、チャンスだって思ったんじゃないかな? この国ってまだアルバトレ教が浸透してないじゃない? 大司教は何度も、国王陛下に国教化のお願いをしてるみたいだけど、進んでないみたい。だから、ここで悪魔騒動を自分たちだけで上手く解決できれば、国王陛下も国民も意見が変わるって思ったんじゃないかな。イオン司教は温厚だから、それをお止めになったんじゃないかなって思うのよ。だいたい、大司教って良く出掛けてるけど、何してるのか分からないのよね。しかも、帰ってきたと思ったら孤児達を変な目で見てたりするから、普段からなんだか危ないのよね」
シスターが聞いてないことまで、いっぱい話してくれます。
やっぱり、大嫌いみたいです。
大司教の変な目ってどんなのでしょうか?
子供たちを見ると、シシイさんと無邪気に遊んでいます。
というか、シシイさんが男の子たちに乗っかられてます。
でも、シシイさんの目はとても優しそうに見えます。
大司教はこんな子供達を見て、何を考えてるんでしょう……
奴隷として売ろうとしてるのでしょうか?
わたしの経験上、それぐらいしか思い付きませんし、人の考えていることは分かりません。
とりあえず、聞かなければならないことは聞けました。
これ以上時間をかけてしまうと、シシイさんが子供たちに潰されてしまいそうなので、帰ることにしましょう。
「ありがとうございました。イオン司教のことは、アレシアさんに心配ないと伝えておきます」
わたしはシスターに頭を下げて、別れを告げました。
シシイさんが帰ることを子供たちが引き止めたりしましたが、シシイさんがまた来るからと言えば、それほどぐずったりはしませんでした。
「シシイさんは本当に人気者ですね」
「見た目がこれだから、親近感が湧くんだろうな。イノを連れてきたときは、見ただけで恐くて泣き出した子もいたんだぜ? 子供にとって、見た目ってのはそれだけ大事なんだろう」
照れを隠すようにそっぽを向いて、シシイさんが答えてくれました。
でも声は嬉しそうです。
照れ屋さんですね。
◇◆◇◆◇◆
日が傾いてきた頃に、シシイさんの案内で宿屋に戻ってきました。
宿屋に入ると、すぐに店主さんが気付いて話し掛けてきました。
「王弟閣下の使いを名乗る輩が来て、伝言を頼まれたんだが、お前ら何かしたのか?」
胡散臭そうにわたしを見てきます。
そうなのです、わたしが王子様を暗殺したから王様の手下に追われているのです。
嘘です。
王弟閣下が誰だか全く分かりません。
「こいつのご主人様が、第三王子だと思うやつに求婚されたんだ」
「ほほぅ!? それはめでたい。嬢ちゃんはべっぴんさんだったからな。ふむ……それで王弟閣下のお屋敷に呼ばれたわけか」
シシイさんの説明に、何だか嬉しそうに納得する店主さんです。
第三王子と王弟閣下に何か関係があるんでしょうか?
シシイさんは何も言わず、ただジッと店主さんを見つめています。
「な、なんだ?」
なぜか店主さんは、オドオドしています。
シシイさんは、睨んでいるわけでもなく見つめているだけなのに。
「いや……『閣下』って呼ぶんだなと思ってな。それって、普通なら『陛下』って呼ぶんじゃないか?」
「おかしいか? おかしくはないだろう? 陛下もおかしくはないと思うが」
何でしょう?
わたしにはその呼び方の違いが分かりませんけど、何かシシイさんには違和感があったみたいです。
「そうだな、おかしくはないな。その相手に仕えているヤツは、そういう呼び方をすることもあるな。だが、ただの町人がそんな風には言わないだろう」
シシイさんの目がキラリと鋭く光ります。
その光を受けて、店主さんが固まりました。
まるで竜に睨まれた兎のようです。
嘘です。
お互いに真意を確かめているだけのようです。
少ししてから、先に店主さんの方が口を開きました。
「お前さんに嘘はつきたくないしな。思ってるとおりだ。昔ちょっと王宮勤めをしていた頃があってな。まあ、色々あって首になったがな」
「そうだったのか。人気のない宿が出来てすぐから世話になってるが、道理で、客が居なくてもやっていけるわけだ」
シシイさんが苦笑します。
「人気がないは余計だ。客を選んでるだけだって言ってるだろ」
昨日も見たやり取りで。
でも、昨日より覇気がありません。
代わりに、昨日よりもっと、温かみがありました。
「そんなわけでだ、多少は顔が利くから、少しは力になれるかもしれん」
そう言って、店主さんはわたしの方を見てきます。
これはお礼と、困り事を伝えるべき時です。
「ありがとうございます、助かります。とりあえず……王弟陛下のお屋敷の場所が分からないのですけど……」
「確かにそうだな。普通は知らないな。ちょっと待ってろ」
そう言って、すぐに地図を書いてくれました。
書いてもらっても、王都を知らないわたしには良く分からないのですけど……
少し困ったのでシシイさんを見ると、
「分かってる、わたしも嬢ちゃんの護衛として雇われたんだ。一緒に行くって」
そう言ってくれました。
「さすが王族の屋敷だけあって、城の近くだ。ここからだとちょっと遠い。日は暮れそうだが大丈夫か?」
シシイさんは、わたしの心配をしてくれているみたいです。
日が暮れると暗くなって危険と言うことでしょうか?
わたしには、ボグダンさんからもらった魔石達があります。
「大丈夫です! 真夜中になっても余裕です!」
「そうか。それは心強いな。ということで、出掛けてくる」
最後の言葉は店主さんに向けられました。
そして、店主さんもしっかりと頷きを返してきました。
「第三王子殿下とお話しする機会がもしあったら、トビアスが慶びを申し上げて……いや、いい。忘れてくれ」
「なんだ? 祝いを伝えたいんだろ? 良いじゃねえか。伝えておくよ」
店主さんが照れ臭そうに頭を掻きます。
シシイさんはやっぱり優しいですね。
そして、別れの挨拶をして、わたしたちは王弟閣下のお屋敷に向かいました。
わたしはお使いを終えられた喜びで、足取り軽く疲れも知らずにお屋敷に辿り着きました。
嘘です。
嬉しいのは確かですけど、疲れなかったのはボグダンさんの魔石のお陰なだけです。
良く疲れないものだと、あんなに強いシシイさんに呆れられるぐらいでした。
やっぱりわたしは、ボグダンさんに守られてますね。
安心しました。




