2-018 この世界には魔族もいるようで
シシイと会って騒がしい夜を過ごした次の日、僕たちは美味しい朝食を食べながら、この後どうするか考えあぐねていた。
「まず、王様に会うにはお城に入る必要があると思うんだけど、どうやって入るかから考えようか」
残された日数は後5日。
このわずかな日数で、教会にバレずに王様に会って、第三王子の治療をしないといけない。
なかなかの難題だ。
出来れば現実的に実現可能な案が出せれば良いんだけど……
「王子様に求婚されるという案だから、まずは王子様を見付けないと」
出来ればその案から離れて欲しいんだけどー
それが現実的なのか怪しいからね。
第一、王子様も多分お城にいて、王子様に会えるなら王様にも会えるんだから、求婚される必要はないでしょう?
断じて必要ない。
「ん? なんだ? この国の王子に会いたいのか?」
気になる単語を聞いたからか、シシイが僕たちの会話に寄ってきた。
「そうなんですシシイさん。わたしたちは第三王子様に会いたいと思って王都までやって来たのです」
すぐにスヴェトラーナがシシイへ答えた。
第三王子様って、なんか変な響きなんだけど……?
「へー まあ確かに、一番会いやすい王子は、第三王子だな」
訳知り顔のシシイがうんうんと頷いている。
その口振りからすると、シシイは会ったことがあるのかな?
「第三王子は商いの才能があるらしくてな、王室が懇意にしている商会に良く出入りしているらしい。というか、その商会が扱ってる武器が気になって見に行ったときに、それらしい人物を見かけたんだ」
さすが王都通のシシイさん、王子の居所まで知ってるとは……というか、王室のセキュリティそんなに甘々で良いの?
「その商会はめちゃくちゃ格式が高くてな、客の出入りが少ないし、身元がしっかりしてるヤツしか入れてもらえないんだ。だから、王子が行っても危険は無いみたいだな」
よくご存知で。ってそんなお店に行けるシシイって、思った以上に王都では有名人なのか!
「いや、あまり歓迎はされなかったぞ? ただ、武器は傭兵の相棒だからな。命を預ける上で、性能が高いに越したことはないから、良いものが売っているというなら是非とも見たい。だから、金をチラつかせて入れてもらった。ま、もちろん、貴族みたいにいくらでも払うわけではないから、結局嫌がられたけどな」
シシイがそう説明して、ニヒヒと意地悪そうな笑みをこぼした。
イタズラをして悪びれていない子供のようだ。
後ろでイノが、擦り寄りたそうにウズウズしているぞ?
「そしてこれが、その商会で手に入れた魔法剣だ!」
ドヤァという効果音が聞こえそうなぐらい、得意気に武器を見せびらかすシシイ。
シシイらしく両刃の大剣で、置いた机が少し悲鳴を上げた。
でも、シシイ。
そんな、新しいおもちゃを手に入れたみたいな態度をしたら……
「カワイイィィ〜!!」
やっぱりイノが堪えきれなくなって、シシイは抱え上げられてしまった。
シシイの叫び声と重い音が朝の食堂に響く。
他の客がいないので迷惑にはならないけど、朝から元気なことだね。
それはそうと……
「魔法剣!? それって王都でも限られた店しか扱ってないんですよね?」
関所で会った商人のカントさんに教えてもらった話だと、魔法剣はその商会がほぼ独占していると聞いた。
名前は覚えていないけど……
「ブリンダージ商会って名前だ。行くならついて行くぞ?」
シシイが行って欲しそうな目でこちらを見ている。
イノに抱えられながらだけどね。
まだまだ魔法武具が見に行きたいようだ。
そして、ミレルとスヴェトラーナも、何となく行って欲しそうな目で見てきているような……
2人とも魔法武具に関心あったっけ?
少なくとも僕はあるけど。
「王子様がいるなら是非ともボーグに行ってもらいたいなーって……」
ミレルさん、段々腐ってきてません? 気のせいですかそうですか。
唯一の方法と考えるなら、それは是が非でも会いに行くしか無いんだけど……
何が悲しくて、こんなにカワイイ嫁さんもいるというのに、男に取り入らねばならないのかと、思ったりしないでもない。
はい喜んで!って行けるわけはないよ!
他の案が無いから行くんですけどー
「それで、この魔法剣には、どんな魔法が掛けられているのですか?」
「それがさっぱり分からん」
はい? シシイさん?
命を預ける相棒じゃなかったの……?
「それはそうなんだけどよ……相棒は既にあるから、面白半分で買っただけで……」
言葉が尻すぼみになり、しょんぼりとしていくシシイ。
「いくらしたのですか?」
「金貨10枚」
「じゅうまいっ!?」
誰よりも驚いたのは、イノだった。
恐らく、このメンバーの中で一番、お金を稼ぐのが大変なことを知っているのが彼女だからだろう。
もちろん、スヴェトラーナもミレルも驚いているけど、2人は田舎暮らしだから、これまでにそれほどお金を使ってきていなかったから、イノほどではないようだ。
僕も、驚いてはいるんだよ、性能が分からないものに、プラホヴァ領都なら2年も遊んで暮らせる額を払ったことに。
因みに、カントさんから購入した武器は、3人分で金貨1枚に満たなかった。
装飾多めの儀礼用って言われてたから、多分高い部類に入る武器だと思うんだけど。
あの時は金貨を見せて、それなりの物が買えることをアピールしてたし。
そんな武器3人分より余裕で高いとは。
シエナ村で、シシイから金は持っているって聞いていたけど、二つ名持ちの傭兵ってそんなに稼げるのか。
そんな有能なシシイだけど、皆の視線に晒されて、段々イタズラを咎められている子供の体になってきた……
それを見ているイノは、両手で口元を押さえて涙ぐんでいる。
「おこられてるかねもちようじょとうとい……」
この人転生者じゃないんだよね……?
どこの世界でも特殊な性癖の人はいる、というだけだよね?
ムリとかシンドイとか言ってるイノは、そっとしておいて……
「店員の話では、新しく雇い入れた優秀な魔道具職人が、強いイメージを吹き込んだとか言ってやがったはず。この際魔法は置いておいても、素材は良いからそれなりに高価な物なんだぞ」
誰も責めてはいないんだけど、何となく言い訳じみてくるのは、シシイ自身がムダ遣いしたと思ってるんだろうね。
強いイメージって、抽象的な説明をした店側にも問題があるだろう。
それだけ魔法武具が珍しい物で、まだ店員すらも良く分かってないのかも知れない。
炎が出るとか分かりやすい魔法じゃなくて、強さなんて外観的に変化の無い魔法だったら、余計に分からないだろう。
しかし、高価な素材に強いイメージの良く分からない魔法って、俄然興味が湧いてくるよね!
「触っても?」
「ああ、問題ないぞ」
シシイから許可が出たので、まず刀身に触れてみる。
しっかりと油が馴染ませてあるのか、それとも油が塗られていないのか、触れた指先に不快な感触はなく、つるつるとした良く磨き上げられた金属の手触りだ。
刀身は鉄よりも少し白っぽく、アルミや銀に近い色味で、見た目と同じく冷たい触り心地だった。
持ち上げてみると、見た目通りにずっしりと重く、強度を上げているから軽くしてある、というようなことは無さそうだ。
爪で弾いてみても、当然のことながら振動するような柔な剛性ではなく、コツっと音が鳴っただけだった。
多少強度が分かるかと思ったんだけど……ハンマリング検査をするには、やはり名前の通りハンマーが必要だな。
非破壊検査と言えば、音や各周波数帯の電磁波かな? 閃術にありそうだ。
弾性力や硬度や耐食性って、どのぐらい耐えられたか?で測るから、破壊して調べるしかないんだよね……普通は。
魔法を探せばありそうだけど……
「お前……ホントに人間か……?」
突然シシイがそんなことを言った。
剣しか見ていなかった視線を、シシイに移動させると、そこには驚いた顔があった。
どうかしたのかな?
やっぱり触って欲しくなかったとか??
そんなことを気にするシシイじゃないし。
まだ検査の魔法も使っていないから、そんなに驚くようなことは起こってない筈なんだけど。
「お姉様……剣をそのように扱われては、シシイさんも困惑してしまいます……」
ミレルに注意をされた!
え? 扱いがまずかったかな??
乱暴に扱ってないよ?
ゆっくり丁寧に持ち上げつもりなんだけど……
「そのサイズの剣をそんなに安定してゆっくり動かせるなんて、その細腕にどんな力があるんだ……」
イノが不思議に思っていることを説明してくれた。
……これだから僕というオタクは!
興味のあることに集中すると、すぐに周りが見えなくなる。
高価な魔法剣を興味本位で買ったシシイのことを、全く揶揄えないね。
僕は、剣の素材と込められた魔法に、全ての感心を持って行かれてたから、筋力強化魔法のおかげでこんな大剣を軽々と扱えることが他人からどう見えるのか、気が回っていなかった!!
ヤミツロ領のスライムがいた泉で、お嬢様らしく見えるように少し細身に体型を変えたんだよ……
本当に普通のお嬢様なら、こんな大剣を持ち上げることは難しいだろうに。
シシイは子供のような体型で、スヴェトラーナと比べても細いぐらいだけど、オークという種族上、重い物が扱えても不思議に思われない。
オークは、遺伝子に筋力強化系の魔法が埋め込まれているからね。
異世界だから魔法で何でもオッケー、とかそういう楽なことにならないの?
この世界だと厳しそうだよね……
先に魔法というものがあるから科学研究の進展が遅く、科学研究の進展が遅いから科学知識が広まらず、魔法を使える人は一向に増えない。
何とも、現代からの転生者がチート無双しやすいことで。
オークと同じで、僕にも筋力強化系の魔法が遺伝子に組み込まれているってことにはならないかな……?
「すいません、昔から力が異常に強くて……」
と言ってみると、すぐにミレルがフォローを入れてくれる。
「そうなの、お姉様は生まれたときから力が強かったみたいで……それで男勝りに育っちゃったってお父様が言ってました……」
なるほど、僕が男っぽい行動を取るところに繋げてくれたか。
ホントにミレルは出来る嫁だね。
「なんだ……魔族だったのか……」
ぽそりとシシイが呟いた。
魔族??
そういう種族がこの世界には居るのか?
初めて聞いたよ。
「知らないのか? 姿形は人間そのものなんだが、生まれたときから強い能力を持った者のことだ。たいてい同じ人間から恐れられて、その、なんだ……良くない人生を辿ると聞く……」
シシイが真面目な顔で答えてくれた。
いや、歯切れが悪いことから考えて、少し苦い表情と言った方が良いのかな?
自分の人生経験を思い出してしまっているのかもしれない。
周りと違うということは迫害されることだって。
シシイにイヤなことを思い出させてしまったとしたら、本当に申し訳ない。
せめてシシイの思いはちゃんと受け取った、と意思表示しておかないと。
「つい夢中になってしまってお見苦しいところをお見せしました。魔族というのは知りませんでしたけど、あまり人に見られて良い思いをしないのは知っています。ご忠告痛み入ります」
「ああ、なら良いんだ。見た感じ、そんなに不幸な思いはして無さそうだし、わたしの思い過ごしだったらその方が良いからな」
僕の格好を上から下まで眺めてから、シシイがホッとしたようにそんなことを言った。
痛みを知るからこそ出来る気遣いかな。
シシイさんマジパネェ、だね〜
しかし、魔族か。
そんな分類の人種もいるんだ。
やっぱり、魔法を遺伝子に組み込まれている人間がいるんだね。
もしかしたら、この世界の人間は、ある程度魔法遺伝子が入り込んでいて、覚醒遺伝的に使えることがあるのかも知れない……
それって……より一層、魔法と科学の仕組みを理解出来なくしてるよね?
どこまでも、魔法が定着しないように、仕組まれていると感じてしまうのは、にのかみという存在を知ったからかな……
「ところで……お前強いのか?」
シシイの言葉に思考を中断してみれば、どこかの戦闘民族みたいにワクワク顔のシシイがこちらを向いていた。
もしかして、もっと強いヤツと戦いたいとか言うの?
「いや、そんな大剣を振り回せるなら、手合わせしたいなと思ってな」
言うんだ。
でも、後ろでイノが猛烈にアピールしてるよ!
傭兵同士模擬戦でもすれば良いと思うんだけど……
僕を魔族と認識して、似たもの同士だと思って、親近感が湧いたのかな?
「残念ながら、剣を振るったことはありません。ただ力があって振り回せるだけなので、シシイさんのお相手にはなれないと思います」
「そっか……」
残念そうなシシイにつられて、イノも残念そうにしている。
雰囲気を悪くするつもりは無かったんだよ?
ただ、残念そうにされると、宿も紹介して貰って、ブリンダージ商会の情報までもらったのに、心苦しいなって思う……
少しだけなら良いかな?
「では、代わりにわたしがお相手します!」
え? スヴェトラーナ?
やる気満々で手をあげて宣言している。
いや確かに、君は僕たちの護衛という設定だけど、戦闘経験はないよね……?
そんなこと言って良いの?
僕の表情から察したのか、スヴェトラーナが僕に耳打ちしてくる。
「御主人様は、シシイさんにお世話になってばかりで、何かお返ししないとって思ったんですよね? 相手になるか分かりませんけど、ここは護衛のわたしの役目ですよ! シシイさんに楽しんでもらえるように頑張ります!」
と言って、可愛くガッツポーズをキメるスヴェトラーナ。
戦うよりサーブする方が向いている可愛さだね。
相手はプロだぞ?
確かに、魔法でどの程度戦えるのか知りたくはあるけど……
どちらかというと、2人ともに怪我して欲しくない思いの方が強い。
いやまあ、即死じゃなかったら治療できるだろうけど。
「良いのか? 人間ならその年だと、まだ傭兵成り立てだろ? まあ、強いというなら、誰でも手合わせしてみたいものだがな」
やっぱり楽しそうにシシイが笑う。
「確かに成り立てですけど、だからこそシシイさんほどの相手と手合わせしてみたいのです。気持ちは同じじゃないですか?」
え? なんでスヴェトラーナまで楽しそうなの?
この子戦闘狂だったっけ?
ネブンと戦わせてしまったことで、そんな趣味に目覚めさせてしまったんだったら申し訳ない……
「わたしあまり役に立ってませんから、お役に立てそうなことには挑戦したいのです。ダメですか?」
そんな風に言われると断れないよ。
ふーむ……しかし、スヴェトラーナがそんな悩みを抱えているとは知らなかったよ。
使用人として仕えている以上、役に立ちたいって思いなのかな?
確かに僕は、スヴェトラーナを使用人として引き取ったけど、使用人と家族の線引きがあんまり良く分からないので、妹を引き取ったみたいな感覚だったんだけど……
でも、彼女がそれを望むというなら、僕は望みを叶える方が良いんだろう。
「分かった。シシイさん、うちの護衛に手解きをお願い致します」
プロが相手をしてくれるというんだ、お願いするのはこちらだろう。
そう思って僕はシシイに頭を下げた。
「貴族の嬢ちゃんがそんなことで頭を下げるとはな……こんなチンケな場末の宿にも泊まるし、嬢ちゃんは良いやつだな。気に入ったから、強さに関係なく相手をするよ」
今度はにっかりと笑って、シシイが魔法剣を手に取った。
後ろではイノがガックリと頭を落としているし、チンケで場末と言われたことに店主が抗議を言っている。
イノさんは完全に空気だし、店主の言葉どこ吹く風だし、シシイさんスルー力も高いよね。
ってシシイ、その魔法剣使うの!?
スヴェトラーナを斬り伏せてから、試し斬りしてみたかった後悔はしていない、みたいなこと言わないよね?
『物理防御』を張るから、刃が有ろうが無かろうが関係ないけど。
「爺さん、裏庭借りるぞ」
「またか……建物を壊すなよ」
不承不承という顔で許可を出す宿の店主だけど、僕たちが外に出ると後ろをついて来た。
口ではああ言ってたけど、シシイが戦うところを見るのが楽しみなのかも知れない。
ミレルを見ても、不安は無いのか、楽しそうにスヴェトラーナを応援している。
模擬戦というのは、この世界では娯楽なのかも知れない……
それならこっそり、でもそれでいてしっかりサポートして、みんなに楽しんでもらえば良いか。
スヴェトラーナはフルサポートするから、刃が通らないように出来る。
シシイが不思議に思っても、特殊な魔道具の力って誤魔化せる。
でも、シシイの方をサポートしすぎると、すぐにバレちゃうだろう。
なので、シシイができる限り怪我しないように、僕はこっそりと刃のついていないナイフ2本を精製して、スヴェトラーナに渡した。
そして、大剣を構えたシシイと、ナイフを構えたスヴェトラーナが、赤茶けた土剥き出しの裏庭で対峙した。




