2-017 王都では思わぬ再会もあるようで
ヤミツロ領南の関所を抜けた後、僕たちはその日の夕方までに王都へ移動した。
ヤミツロの関所とは違った厳しさのある門兵達に、少し不思議がられながらも通行を許可されて、日が落ちる前に王都の中へ入ることが出来た。
門の中は、もう日暮れ前だというのに、人が溢れかえり大変な賑わいを見せていて、目眩がしそうなほどだった。
中でも一番騒がしかったのは、本日最後の客を捕まえるための宿屋の客引きのようだ。
安いだとか、料理が美味いだとか、部屋が綺麗だとか、お姉ちゃんが綺麗だとか、それぞれのアピールポイントを口々に叫びながら、王都へと来たキャラバンを呼び込んでいた。
僕たちも勢いのまま一度は声をかけられるものの、暫く僕たち3人を眺めた後、「失礼しました」と言われて相手にされなかった。
人数としては実にショボい、たった3人の徒歩客だからかな?
「どちらかというと、王都にお屋敷があると思われているようなのですが……?」
スヴェトラーナが珍しく、おずおずと大人しめな意見を伝えてきた。
ああ、確かに。
身なりから言ったら貴族だし、この地域の顔立ちをしているわけだから、どこかの領主の娘が気まぐれに遊びに来た程度に思われたのかも知れない。
それは困った。
この格好で、プラホヴァ家のお屋敷に行くわけには行かないし、適当に宿を決めたいんだけど……
僕としては、高級な宿を望んでるわけでもなく、美味しいご飯が出るのが一番ありがたいんだけどな。
そう思って、喧騒から少し離れて人の少ない方向へ移動していると、こちらに近付いてくる人影を幾つか感じた。
たぶん、大人数客の呼び込みに勝算のない、小さな宿の呼び込みだろう。
そう思って振り返れば、営業スマイルで寄ってくる、男の客引きが3人。
「お嬢様方、お宿をお探しですかな?」
「うちなんて如何ですか? 綺麗で安くて、ご飯も美味しいし、ベッドは暖かいですよ?」
「長旅でお疲れでしょう? わたし共の宿は近いですよ?」
三兄弟か?ってぐらいに似たような表情で、僕たちに寄ってくる客引き達。
他の客引きは声を掛けなかったのに、勇気のあることで。
というか、三人とも同じ宿の客引きなのか……
わざわざ、一人に対して一人の客引き?
コスト掛けすぎじゃ無いかな?
そんなムダを感じていると、客引き三人が足並み揃えて徐々に近寄ってくる。
ああ……流石に関所の経験から理解しました。
ヤミツロ領の宿と同じ目的ということか。
こういうのって、異世界転生あるある展開だよね。
可愛い貴族令嬢が絡まれてるところを、転生者が助けるんでしょ?
絡まれてるのがその転生者だけどね!
あれか?
女性の転生あるある的には、ここでオレ様系貴族が助けに入るのか?
あ……違うよ! これフラグじゃないからね!
王子様に助けて欲しいとか全然思ってないんだからね!!
「ちょっと待て、そこの薄汚い客引き共」
そんなタイミングで、どこからともなく飛んでくる声。
きょろきょろと声の主を探す、テンプレな対応の客引き達。
うわー……なんか来ちゃったよ……
「そこの嬢ちゃん達は、お前達に用がないみたいだからとっとと諦めて帰りな」
そんな言葉と共に、現れたのは巨漢の女性。
見るからに傭兵かハンターという筋骨隆々な出で立ちで、巨大な剣を背中に背負っている。
感情の感じられない巌のような顔には、特徴的な牙と小さな尖った耳。
これがオークだ。
そう、これこそがオーク、僕が異種族の知識として持っていたオークだ。
「誰だ!」
「名前なんてどうでも良いが──」
見上げる呼び込みの誰何に、答える声はあるものの……その女性オークの口は動いていなかった。
僕たちも含めて、不思議に思っていると、女性オークが身をかがめて、ひょいと何かを拾い上げた。
「わっ! バカ! やめろって!!」
拾い上げられた者が、女性オークの両手の間で講義の声を上げている。
先ほどから聞こえてきていたのは、この声だ。
その人物を良く見ると──
「シシイ!!」
意外な人物に、ついつい大声を上げて、ミレルと顔を見合わせてしまった。
小さな体躯に凶悪な牙、間違いなくロリオークのシシイだ。
理想のオークを連れてくると言って、シエナ村から一時的に旅立ったはず。
今はこんなところに居たのか……
「ん? わたしの名前を知っているのか?」
抱え上げられたまま、シシイが僕の顔を凝視してくる。
いや、初対面です、この格好では。
流石に誤魔化した方が良いよね……
「噂に聞いています。小さなオークで『厄嵐のシシイ』という凄腕の傭兵がいるとか……」
「小さいは余計だ!」
女性オークに抱えられた格好で言われても、説得力無いよ、シシイ?
「げっ! 厄嵐かよ!!」
「こんなの相手してられねぇ!」
慌てて逃げ出していく客引き達。
シシイが王都で有名なのは確かだったのか。
疑ってたわけじゃないけど、こういうのを見ると実感する。
なんか知り合いが有名で、ちょっと嬉しい気分になるやつだ。
「ふん! わたしに挑む度胸もないなら、そんな商売辞めちまえ!」
まだ抱えられたまま、逃げる客引き達に怒声を浴びせるシシイ。
やっぱり、何とも様にならない姿だ。
そんな姿のシシイを支える腕が、すすいーっと引き寄せられて、女性オークがシシイに頬擦りを始めた。
「ああーっ!! カワイイカワイイカワイイカワイイィィィィーーーー!!!!」
「それをやめろっつってんだろ!」
容赦ないシシイの拳が、女性オークの顔に叩き込まれる。
バシィッという音と共に、シシイの拳を顔面で受け止める女性オーク。
痛くないのか表情には全く変化が無く──いや、ただ不満げに眉が顰められはしたようだ。
「可愛いのに……」
「お前がどう思おうがそれは勝手だが、許可なく人に顔を擦り寄せるんじゃねえ。お前の場合はもはや暴力だ」
暴力って……殴ったシシイが言う事なのか……?
確かに牙のある厳つい顔がぶつかってきたら、普通の人間は痛いでは済まないだろうけど。
しかし、意外に女性オークの声は可愛らしい。
もしかしたら、若いオークなのかも知れない。
静かに地面に降ろされたシシイが、僕たちに寄ってくる。
「危なかったな。あいつらは悪徳宿の客引きだ。ついていってたら嬢ちゃん達は……金品巻き上げられて、最悪奴隷として売られていただろうな」
おおー なんとシシイは優しいことか。
女性たちがみすみす被害に遭わないように、助けてくれたというんだね。
一人は男なんだけどね……
何にしても、こんなことが出来るって言うのは、傭兵として名を上げてきた、地位や名誉のある人だから出来ることなんだろうな。
「わたしはああいうヤツらが嫌いなだけだ」
照れちゃって可愛い──って思っただけで、視線が鋭くなったような。
シシイは相変わらずだなぁ。
「シシイさん、助けて下さってありがとうございます」
僕が感慨に浸っているので、代わりにミレルがお礼を言ってくれた。
はい……すいません、お礼を言うのが先でしたね。
フォローの出来る優秀な嫁で助かります。
「いや、良いんだよ。どことなく知り合いに似てる気がして……」
おぉぅ……勘が良いなシシイは。
これが傭兵の勘ってやつなのかな?
「気のせいだったみたいだがな。ま、別に用事があったわけじゃないから、迎えの馬車でも呼んで屋敷に行くと良いさ」
流石に魔法のメイクを見破られることはなく、シシイは気付かず去って行こうとする。
シシイも、僕たちが屋敷のある貴族だと勘違いしているみたいだ。
だと言うのに、謝礼を要求することもないなんて、シシイはなんてイケメンなんだろう。
物語の主人公って、シシイみたいな人なんだろうな……他意はないよ?
そんなシシイに、頼ってばかりなのは申し訳ないんだけど……折角、王都に詳しくて信頼できる人が声を掛けてきてくれたんだ、このチャンス逃す手は無い。
「待ってください。わたしたち、宿を探していまして……助けて貰って図々しいことは承知してますが、シシイさんの行きつけの宿などご紹介していただけると助かるのですが……」
シシイが驚いたように、目を瞬かせながら僕たちを見つめる。
シシイは、そっと後ろから静かに伸ばされた女性オークの手をしっかり叩いてから、頭をぽりぽりと掻いた。
「いや、別に構わねぇけど……嬢ちゃん達が満足するような、豪華な宿じゃねぇぞ? 飯の旨さは保証するが」
流石シシイ!
僕の要望に完全にマッチしている!
「それが良いんです。よろしくお願いします」
「そうか? なら、丁度宿に戻るところだったからついてくると良い」
そう言ってシシイは先頭に立って歩き出した。
見た目は小さい女の子だけど、王都慣れしている垢抜けた姿は、村で見たときよりも格好良く見えた。
傭兵としての活動拠点は王都だったのかな?
「王都は初めてなのか?」
そんな問いかけから始まって、シシイは王都のことを話ながら案内してくれた。
仕事柄、護衛で色んな街について行くからか、この王都と他の街との違いなどを織り交ぜながら、詳しく説明してくれる様は、観光ガイドでもやっていけそうだった。
そんな説明をしばらく聞いた後、大通りから少し外れたところで、目的の宿へと到着した。
こじんまりとした造りで、大人数は泊められそうにない。
「ただいま」
そんな家庭的な挨拶をしながらシシイが中に入り、その流れで宿の主人に僕たちを紹介してくれた。
挨拶からも既に分かるように、シシイと主人は仲が良さそうだった。
白髪の交じった短髪に厳しい目つきの主人に歓迎されて、僕たちはとりあえず一泊だけ泊めてもらうことにした。
明日以降どうなるのか、全く読めないからね……
延長したかったらいつでも受けてくれるらしい。
「ここはいつもガラガラだからな」
「煩いね。客を選んでんだよ。嬢ちゃん達は信頼できそうだから、合格だって言ってんだよ」
確かにシシイと気が合いそうな店主だ。
僕としても、信頼が置けそうな宿で良かったと思う。
ヤミツロの宿みたいなところは遠慮したい。
「腹が空いてるなら、晩飯の準備を始めるが?」
「待ってたぜ! 爺さんの飯は美味いからなー」
「誰が爺さんだ!」
気の置けない会話をしながら、2人は食堂へと移動していく。
そのあとを女性オークが続き、僕たちも後を追った。
そういえば、シシイのことをカワイイと言って以来、女性オークが喋るのを聞いていない。
恥ずかしがり屋さんなのかな?
そんな彼女のことを、ご飯を食べながらシシイは紹介してくれた。
「傭兵のイノという、よろしく」
簡潔な自己紹介で本人の言葉は終わった。
赤い革ジャケットが似合いそうな名前だね。
基本的に言葉少ないようだ。
シシイの話では、彼女はまだ若いオークらしく、世界を見て回るために里を飛び出して傭兵になったらしい。
まだ傭兵としての経験は浅く、この王都に来てから中々仕事が取れないと困っている様だったので、シシイは同種族のよしみで声を掛けたんだとか。
「それが失敗だったんだが……」
「運命だと思った……」
苦い表情のシシイに対して、珍しくイノがそんな言葉を呟いた。
「わたしは、こんなにカワイイオークが居るのかと思って目を疑った……でも確かにそこに存在するこの奇跡!! これは運命以外の何ものでもなくて、わたしはシシイに会うために生まれ来たんだと思った。だって、見てこの愛くるしい姿を──」
シシイについて篤く語り出したイノは止まるところを知らず、息継ぎも忘れていそうなほどの強烈なマシンガントークが始まってしまった。
あー この子オタクだから喋らなかったのかー
そして、そんなイノをシシイが放っておく訳も無くて……またしてもシシイの拳がイノに突き刺さった。
「お前はホントにいい加減にしろ!! 折角、若くてカッコいい見た目の理想の女性オークに出会えたと思ったのに……」
ぶつぶつと文句を言うシシイの言葉を、イノが聞き逃さずに拾う。
「えっ!! 待って!? 今『理想』って言った!? わたしのことを『理想の女性』って言った?! つまり、『理想の奥さん』って言った!!!! 結婚よね?? それしか無いよね?? だってお互い理想ってことだもん?? 契りを交わすしか──」
乙女の妄想が止まらない。
「違ぇよ!! わたしの成りたい見た目の話っつってるだろ!! 話聞けよ!!!!」
飛び交う叫び声とシシイの拳。
でも、2人ともご飯には影響が無いように暴れている。
器用だなー
2人のやり取りは店主の怒号が飛ぶまで続き、一旦落ち着いてからも結局賑やかに食事が進められた。
店主の作る食事はシシイが教えてくれたように美味しく、色んな意味で非常に満足できた晩御飯だった。
とても良い宿を教えてもらった。
持つべきものは患者かな、なんてね。




