2-015 咄嗟にやってしまうこともあるようで
役人に連行された先は、大人10人ぐらいが寝れそうな、それなりに広い部屋だった。
入口は1カ所。
部屋の真ん中に、背もたれのない大きめの椅子が数個置かれているだけで、他には家具類が一切置かれていない、不思議な部屋だ。
北の関所とは違って、ここは役人も兵士も人数が多い。
詰め所も大きくなるので、これぐらい大きな部屋があってもおかしくはない。
それでも、変だと思える部屋だった。
僕たちは、真ん中の椅子に座らされ、そして、役人と兵士が僕たちを囲むように立った。
尋問と検査の為の部屋のようだ。
審査対象に不審なところがないか、全周監視しながら詰問するのだろう。
関所ならではの部屋だね。
もちろん武器や荷物は、部屋に入る段階で没収されている。
「そうだな、まずは一応質問からだな」
さっきとは違って、ニヤニヤ笑いを浮かべた役人が、そう言った。
一応と言うところが、既に変装してるって確信してるっぽくてヤバそうだけど、まずは潔白を証明せねば。
大体、身分証の提示もしてないからね。
おかげで、僕の身分証の名前を、魔法で書き換える時間はできたんだけどね。
そして審査は始まった。
まずは役人から名前と身分を聞かれて、僕たちの荷物から勝手に身分証が取り出されて、照合された。
「ふん、一致はするようだな。まあ、この程度のこと、覚えて嘘ぐらいつけるか」
すでに偽名も疑われているのか!?
そこまでおかしな態度ではなかったと思いたいんだけも……ミレルとスヴェトラーナもフォローしてくれたし。
もしかして、最初から僕の女装を見抜いき、それ故に偽称も見ぬいてしまうぐらい、ここの役人達は優秀なのか?
「まず、そんな格好をしているのに、馬車も無いことが怪しい。理由は?」
そう、それを聞いてくれれば、しっかりと理由を答えられるんだよ。
そして、身の潔白を証明できるんだよ。
「実はここに来る途中、近くの森に寄り道をしてしまい、そこにあった泉の近くで昼食を食べていたところ、スライムに襲われ馬と馬車、それと護衛の方のほとんどがやれてしまいました……」
そう、泉で会ったあの不思議なスライム君が全部食べちゃったから、歩かざるを得ないし護衛も少ない、という完璧な理由なのだ!
スライムは凶悪な魔物だから、並の護衛だと対処できなくて、命からがら数名だけ生き延びたということだね。
「ボグコリーナお姉様、ごめんなさい! わたしがあんなところで、水浴びがしたいなんて言ってしまったばっかりに……」
役割に完全に入った、ミレルの情のこもった演技が炸裂する。
「わ、わたし達がもっとしっかりしていれば、馬車ぐらいは守れましたのに、申し訳ございません!」
スヴェトラーナも、ミレルの発言に合わせて、心底申し訳なさそうに演じる。
この2人の演技には、全然違和感が無い。
「良いんだよ、2人とも。亡くなった護衛の方達には申し訳がないけど、2人が生き残れただけでも、わたしは嬉しいよ」
そう言って2人の肩を抱き寄せる僕。
女性らしい言葉遣いを出来ていない僕が、演者としては一番大根だ。
こんな時ぐらい演じきれば良いのに、かと言って演じすぎて変なところでボロが出るのも怖い……
僕が一番中途半端で、怪しまれるとしたら僕の発言なんだけど……
「そうか……そんなことがあったのか……」
「あの東の森に数年前から住みついたスライムか……それなら、確かに仕方がない」
「まだ討伐されていないのか……厄介な魔物だからな」
どうやら、そんな演技も怪しまれていないようで、信じてくれるらしい。
森にスライムが住み着いていることも知っていて、貴族の護衛程度ではスライムが討伐できないことも正しいようだ。
彼らの知識と照合して、僕たちの話の辻褄は合っている。
だから、彼らからは、知らずにバカなことをしたなと、哀れみに似た雰囲気が読み取れるんだと思う。
確かに、世間知らずの貴族のお嬢様が、興味本位で危険な森に入り、無防備に水浴びまでしたんだから、バカだと思われても仕方がないこと。
いや、むしろ、そう思われるような筋書きにしたんだ。
有り得そうだと思って貰えるように。
だから、彼らはこの話を信じたんだと思う。
「なるほど、だから、その女の他に護衛がいないんだな?」
だからこその質問。
ただ、今の話を聞いて、なぜか変わらない笑顔のまま、役人がもう一度確認してきた。
あれ?
怪しい。
僕は、何か思い違いをしているような……
とはいえ、答えは変えられない。
「はい、確認はしていませんが、全てスライムに食べられてしまったのだと思います……誰か確認に向かって貰えれば、馬車の残骸ぐらいは残っていると思いますが……」
僕は悲痛な表情を作ってそう答えた。
そのために森で準備をしてきたんだから。
調べられても問題無いように。
まあ、スライムが食べたのは、僕が精製した人工肉だけど。
でも、でも──
僕の答えを聞いた役人の笑顔が、更に濃くなった気がする!
何か答えを間違えたか……?
全て嘘だという確証が、彼らにはあるのか?
「そうかそうか、それは都合が良いな」
他の役人や兵士も、笑っている!
ミレルとスヴェトラーナも、異様に思っているようで、不安そうに周りを見回している。
「ふふふ……怯えて……これは楽しめそうだな」
ああ……そうか。
ようやく理解した。
僕の女装が疑われていたわけでもなければ、女3人徒歩の旅を怪しまれていたわけでもなかったのか。
最初から、抵抗の出来なさそうな女3人が、良い鴨だと思ってこの部屋に連れて来たのだ!
一番最初に僕をじっくり見てきたのは、そう言う意味だったのか?!
背筋がぞわぞわする。
要するに、卑猥なことを想像して、涎を拭ってたわけだ。
そんな対象になるって程に、僕は完璧に変装してるって事?!
想像すると色々と恐ろしい……ああ、恐ろしい……
「おお、可哀相に。置かれた立場を理解して、身を震わせているぞ……ふはは……そそるねえ」
いや、うん、確かに、ブルッとしたよ。
おぞましくて身を震わせたから、言ってることは間違ってない気がするけど、全然違うからね!
「気の強そうな目だな。その顔が歪む姿を早く見たいなぁ!」
完全に僕を女だと思ってて、嗜虐心を刺激されまくってる。
ダメだ……
鼻息荒い男どもの手が僕たちに伸びてくる!
ああ、ダメだ!!
さすがに気持ちが悪いぃぃーー!!
僕は耐えられずに立ち上がって、襲ってくる男の手をいなしてしまった。
いや、いなしてしまっただけなら、良かったんだけど……
伸ばしてきた手を引っ張って、重心を崩したら足を掛けて頭から地面に落としてしまった。
魔法のお陰で、相手の動きが手に取るように分かるので、投げ飛ばしてしまったのだ。
それを見て、強硬手段に出た次の男の拳を、払いながら掴んで上に流し、その場でターンしながら背中に乗せて投げる。
投げながら、腕を引っ張って、これまた頭から地面に落とす。
剣やナイフを手に持って襲いかかってきても、末路は全員同じ。
最後の一番遠かった兵士1人だけ、槍を持っていたので、少し対処が違ったけど、結果は最終的には同じ。
突き出してきた槍を避けて踏みつけ、更に槍を引っ張ってたたらを踏ませたところで、そのまま槍を使って投げ飛ばした。
早く武器を手放さないから……
夢中で投げた。
みんな投げた。
本当に近寄って欲しくないので投げた。
そして、みんな固い地面に沈んでしまった。
そして、部屋の中に静寂が訪れた。
はあー、怖かった!
おぞましかった!!
無数の虫がウゾウゾしてるのを見たときと同じ感覚!
なんかもう、とにかく消してしまいたいというか、燃やしてしまいたいというか……
ミレルとスヴェトラーナを見ると、口を開いて驚きの表情で固まっている。
やっちゃったなって気はするけど、いや、うん、でも、2人に被害が及ばなくて良かったよ。
怖いものはいなくなったし。
えっと……審査する役人が残ってないけど……
関所通れるかな?
「かぁっこいいぃぃぃ〜〜です!! お姉様ぁぁぁ!!」
我に返ったミレルが、突然抱き付いてきた!
ちょっと泣くほどのこと?
「あんなに居たのに一瞬でしたよ!! スゴいですよ、スゴすぎますよ!!!!」
スヴェトラーナも興奮気味に迫ってくる。
分かった分かった、2人とも言いたいことは分かった。
僕の窮鼠アタックが、2人の危機を回避できたのは確かだよ。
無事でいられたことを喜んでいるんだね。
でも、それよりね、元々あった問題がね……関所越えが出来ないんだけど……
そこで、僕はようやく気が付いた。
部屋の入口に、一人の役人が立っていて、部屋の惨状に驚いていることに。
あ、これ、ヤバいヤツ……?
「お前達! 何をやっている!!」
役人はそう叫びながら、部屋に駆け込んできた!
いや、その、これは、違うんです!!
僕たちは何もやってないんです、じゃなくて被害者なんです!!
なんて思っている間に、駆け込んできた役人は、伸びている役人の一人を激しく揺さぶった。
あれ?
僕たちが何か言われる側じゃないの?
揺さぶられた役人は、呻きながらも意識を取り戻して、身体を起こした。
そしてもう一度、同じ質問をされて顔を青ざめさせる。
後から入ってきた人の方が立場が上なのかな?
確かに服装がちょっと良いような……
「早馬の情報は伝えたよな?」
「すいません! つい……」
上官の詰問に、謝る役人。
どういう状況?
しかしながら、状況の説明がされる訳では無く。
役人同士で幾つか状況確認がされた後、上官の方が僕たちに寄ってきた。
「失礼しました、お嬢様方。問題無いことは確認できていますので、通って頂いて結構です。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
紳士的な態度で上官が僕たちを誘導する。
なんで掌が返されたのか、理由が知りたい……
でも長居して嘘がバレるのも困る。
少しだけ逡巡した後、余計な詮索はせずについていくことにした。
◇◆
「過ぎるほどにお綺麗なお嬢様方を見て、仕事詰めの彼らの欲求が爆発してしまったのでしょう。こんな場所では発散することも出来ませんから」
事も無げに、上官らしき役人はそう説明した。
そうは言っても、あれはどう見ても……
「彼らは慣れている感じがしましたけど?」
「本当に不審な者は、往々にして簡単に尻尾を出さないものです。そういった類には、別室で尋問することもあります。多少、数で脅したり、権力を笠にして、口を割らせる必要性も出て来ます。我々がオドオドしていては、不審な者はつけあがるものです。そういった理由で、慣れている必要はあるのです」
それが必要な場面も無いとは言えないか。
確かに、犯罪者の方が周到に用意して、十重二十重に逃げ道を用意するというもの。
本当に犯罪者を割り出すなら、犯罪者の上を行く必要があると。
だからといって……
「彼らが罪を犯してはダメなのでは?」
「彼らには厳しく言い聞かせておきますので、目を瞑って頂ければ」
申し訳なさそうな声音で頭を下げてくる役人。
僕が目を瞑れば済む話なのか?
なんかこの人は、汗を垂らして必死に弁明しているようだけど……
僕が貴族令嬢に変装しているので、失礼な行為があったとバレてしまうと……それこそ国王の耳にでも入れば、最悪ヤミツロ領ごと裁かれるかもしれないってことかな?
僕は最下級の貴族のはずなんだけど。
そんな貴族の言うことを、上の貴族や国王が聞くものかな?
仮にもヤミツロ領を任せている貴族が居るんだから、そっちの力の方が圧倒的に強いのでは?
そう思っているからこそ、彼らも僕たちの身分を知った上で、事に及んだわけだろうし。
解放するから大人しく領を去れってことかな……
役人の言っていることに、釈然としない気持ちが溢れてくる。
とはいえ、言っても仕方がないこと、揉み消されることっていうのは、何処の世界にもあるものだから……
「他の者がこの関所に送られてくるだけ、か……」
腐っているなら根本を断たないと、彼らと同じような役人が代わりに就くだけで、変わらないって話だろうな。
僕の言葉に、役人がビクリと身体を震わせた。
何か身に覚えがあるのかも知れない。
この役人は、言ってることを素直に受け取れば、部下をコントロールしようとしてるように、一応聞こえるし。
そんな部下を領主に告発して変えてもらったけど、同じようなヤツらが来てしまった過去があるのかも知れない。
板挟みで大変なのかな……
「確かに代わりはききますが、やはり最初は加減が分からないものですから……」
役人から遅れて解答があった。
加減って、尋問の話かな?
そうなると、最近交代があって、彼らが代わりに来た役人達だったのかな。
まだ教育中だから、大目に見てくれってことなのか。
そもそも、貴族とは言え、わざわざ一通行人の僕らに、そんな殊勝な態度を取る必要も無いし、この役人は正そうとしている側なのかも知れない。
風土が既に腐ってたら、こういう人はとにかく苦労するだろうな……
こういう人が、心労で倒れなければ良いけど。
こういうときは疲労回復出来ると噂の、クエン酸レモン水入り水筒〜
と心の中で高らかに宣言しながら、カバンから水筒を取り出す。
「ほどほどにしておいて下さい」
役人に水筒を差し出すと、役人はホッとした表情で、水筒を受け取った。
「お聞き入れ頂き、感謝いたします」
なんでそんなに感謝しているのか気になったけど、ただの通行人から労いの品を貰うことなんてないから、存外に喜んでいるだけなんだろうね。
税金を徴収する役人というのは、被徴収者に喜ばれるようなことは無いだろうしね。
彼の喜びは、もしかしたら仕事への活力になるかも知れない。
理想だけでなく、こういうことでもモチベーションを保てたら、彼は関所の現状を変えていけるかもね。
なるほど、領主まで含めて、人を入れ替えても、美味しいものに目がくらんだら、同じように腐っていく可能性はあるわけで、トップを変えたからといって上手く行かないかも知れない。
地球に居た頃でも、不祥事が発覚して会社のトップが変わっても、結局会社の風土は変わらなかったり、独裁政権が妥当されて改革のリーダーが国のトップに立っても、結局一般人の生活は何も改善されなかったり、という話は良く聞いた。
それより、一番下っ端の今の仕事が喜ばれるようになり、感謝されるようになれば、ストレスためずにモチベーションも保てて、正しい業務が出来るようになっていくという考え方もあると思う。
それを実現するには彼のような存在は必須だと思う。
上を打倒するために改革をするのではなく、利用者に喜ばれ、今とは違った形で自分たちが満足できるように改革を進める。
上から続く搾取の連鎖を断ち切るには、並々ならぬ忍耐力が必要となるだろうけど、そうなってくれたら、利用しやすくなると思うよ。
農業が主産業で発展の難しい領なのであれば、外部から流入するお金で潤すのは手段として間違っていないと思う。
だからこそ、長期的には、継続できる手段を取る必要があって、それが正しく運用されなければ、安定した収入とはならない。
国を豊かにする為の改革は、やっぱりみんなが変わることなのかと、彼がお辞儀姿で見送ってくれたのを見てそう思った。
進む先を見れば、遥か遠くに大きな街が。
プラホヴァのお城と城下町も大きかったけど、やはり王都は更に大きい。
「王都って、どんなところなんでしょうね、お姉様」
そう言って僕を見上げてくるミレル。
「王都にはきっと美味しいものも沢山あるんでしょうね!」
意気込んで王都を見つめるスヴェトラーナ。
一応仕事で行くんだよ?
僕も忘れそうになるけど。
教会のことや花火の誤解など、抱える課題は多くあるけれど、やっぱり僕も王都へ行くのは楽しみである。
既に課題だらけなのだから、問題が起こらないことはないだろうけど、あまり大事にならなければ良いな。
僕は第三王子をパパッと治療して、問題の事なんて忘れてゆっくり王都観光をして帰るんだ。
なんて頭を過った夢物語が、フラグじゃないことを祈りながら、不安を断ち切るように、僕は王都へ向けて一歩踏み出した。
◇◆◇◆◇◆
数日経って、僕はやはりフラグだったことを知る。
「それで、ボグコリーナ殿は、どなたを選ばれるのですか? 武のヴィクトール様、知のジェラール様、そして商のフェルール様か」
「きっと王子様方も心待ちにしておられますよ」
「ボグコリーナ殿はお美しいですから、どなたでもお喜びになると思いますよ」
王城で侍女達に取り巻かれて、彼女たちは口々に質問をし始めた。
3人の王子の内、誰かを選ばないといけないの?!
どうしてこうなった!?




