2-010 誰もが助けが欲しいわけじゃないようで
僕たちはアジトの中へ入り、寝ている見張り2人の横を通って、ゆっくりと階段を下りて行った。
地下へと続く階段は静かなもので、僕たちの足音が響くばかり。
うまく地下の人たちにも、魔法が効いてくれたようだ。
これなら、暫定誘拐犯達に手を出さない限り、安全に救出できるだろう。
階段は、暗く湿度の高い小さな部屋へと繋がっていた。
小さな部屋に所狭しと人が眠っている。
これだと踏んでしまいそうだ。
『物体浮上』で天上スレスレを飛んで、誰にも触れることなく部屋の一番奥へと着地した。
部屋の一番奥には、粗い造りの木箱に、破れた服を着ている髪の長い女の子が横たわっていた。
服を着ていると言うことは、どうやら最悪の事態は免れたってことみたいだ。
恐らく、破かれ始めた時に、『失せ物探し』が発動して、保護されたのだと思う。
良かった、魔法を使った甲斐があったね。
ミレルが、女の子の状態を詳しく確認している。
するとすぐに僕の方を向いて、コクリと頷いてくれた。
どうやら、問題無さそうだ。
楽器も荷物も、近くに投げ捨ててあったものをスヴェトラーナが回収してくれた。
荷物から考えて、酒場に居た楽師なのは間違いなさそうだ。
そして、『失せ物探し』の効果から考えて、宿から攫われたのも間違いない。
なら、ここに居ても良いことはないだろうから、さっさと引き上げることにしよう。
一応、本人の意思は確認する必要があるとは思うけど。
『物体浮上』で連れて行くにしても、魔法の対象にした時点で起きるので、女の子を一旦起こすしかない。
ミレルに起こして貰うのが、相手も安心かな?
僕がお願いすると、ミレルは女の子の頭を少し撫でてから声を掛けた。
「あなた、大丈夫?」
すると、女の子はすぐに目を覚まして、焦点をミレルへ合わせた。
魔法効果による睡眠が解除された場合、目覚めはかなり良いようだ。
女の子は身体を起こして、自分の身体を確かめるように、全身を手で触れていく。
「ええ……問題無いわ。キミたちは?」
落ち着いた中性的な声だ。
「僕たちは同じ宿に泊まっていた者だよ。君と同じように鍵の掛からない部屋をあてがわれたね」
女の子は首を傾げながら僕を見た後、目を大きく開いた。
「キミのそれ! ああ……そういうことね……」
一人で驚いて一人で納得した女の子は、嬉しくなさそうに軽く溜息を吐いてから続けた。
「キミ、転生者だね?」
早い。
僕を見て、そんな簡単に気付くなんて。
転生者オーラとか出てるのかな……?
「違うわ。その手首に巻いてるアーティファクト、それに見覚えがあるのよ」
ああ、そういうことか。
そういえば、これを手に入れたときに、誰かが仕込んだと思ったんだった。
やっぱり、他の転生者が仕込んだというのは合ってて、その転生者が彼女だったってことかな?
「君は転生者なのかな?」
「そうね……キミとは違うけど、転生者ね」
どこか達観したような表情で、彼女は答えた。
僕とは違う……それを分かってるってことは、自分と他の転生者の違いを理解しているってこと。
ユタキさんの言ってた白鶴で間違いなさそうだ。
それなら、伝えないといけないことがあるんだけど──
「お喋りは一旦止めて外に出ましょう? ここは座り心地が悪いわ」
肩をすくめて白鶴が提案した。
確かに、まずは脱出することが先決だったね。
僕は白鶴の了承を得てから、『物体浮上』を使って犯人たち誰一人起こすことなく、安全にアジトを脱出した。
そのまま街の外れまで飛んで、人気のないところに着陸した。
「一応、礼を言うのが筋かな? ありがとう」
歯切れ悪く礼を伝えてくる白鶴。
まるで、助けて欲しくなかったかのようだ。
自力で何とか出来たって言うことかな?
それなら、もっと早い段階で逃げるような……
「うーん……キミの思っていることとは、ちょっと違うんと思うんだよ。わたしにとって、自分がどんな目に遭おうが関係なかっただけなんだ」
自暴自棄な言葉にも聞こえるけど……少し違うようだ。
諦めた顔をしているわけでも、陰があるわけでもない。
どちらかというと、本当に無関係だと思っているような……
まるで聖職者みたいに悟っているような、そんな雰囲気を感じる。
「ただちょっと、痛みを感じる方が実感できるって思いはあるかも。ボクもまだまだだね」
そう言って小さく唸る白鶴。
もしかして、助けなかった方が良かったのかな……?
「別に理解して欲しいわけでもないんだけど、その人にはその人なりに判断基準があるんだよ? キミから見たら、ボクは犯罪に巻き込まれた少女で、それを救ったように見えると思うし、それは間違いじゃないよ。普通の旅人なら、助かったって思うんじゃないかな。でも、ボクから見たら、一つの結果でしかないんだよ。今回はこういう結果だったのかって、それだけの思いしかないんだよ」
白鶴は口早に言い切ると、一息ついてから更に続けた。
「そして、キミが現れたと言うことは、ボクは次から別の世界線に行かないといけない。ボクはボクの信じることを続けるために。キミはキミの信じることを続けたら良いよ」
まるで、会話をする意味が無いと言わんばかりに、隔たりを感じる言葉。
まるで、考え方が違うと、拒絶してるかのよう。
でも、なぜだろう?
前に似たような話を聞いた気がする。
全然言い方は違って、僕の考えを尊重するような言い方だったような。
良かったのか悪かったのか、それは全て自分の価値基準で判断すれば良くて、それを続けていけば良いんだと──ユタキさんの話に似ているのか。
だったら、白鶴は……
「君は神様の使い──になる人なのかな?」
「はぁ??」
間髪入れずに呆れ声が返ってきた。
ちょっと思い付いたことが、口をついて出ただけなんだ。
それだけの突拍子もない言葉。
普通なら、何を言ってるんだと、呆れられて終わるような言葉だと思う。
でも、白鶴は、何か気に触ったのか、鋭い視線で僕に挑むように問い掛けてきた。
「キミは神様がいて、何かしてくれると思っているの?」
白鶴は神様を恨むような経験がある人なのかな?
あるいは、そういう宗教色を感じる人が嫌いなのか。
もしくは、他力本願と思われているのかも。
いずれにしても、本人の好き嫌いに関わらず、神様自体は存在しているらしいし、しかもその神様は彼女を探しているという。
僕はその事実を伝えないといけない。
「神様はいるんだよ。僕は神様の使いに会って、君への伝言を頼まれたんだ」
白鶴は目を丸くして驚いて、僕に掴みかかってきて、その手が空を切った。
「なっ……! いや、今は魔法のことはどうでも良い! それより、神様がいるってどういうことだよ!! しかも干渉してきてるのか!?」
どうにも、彼女の想定している神様と、僕の思う神様は違うらしい。
「僕にも詳しいことは分からないんだけど……神様のお仕事をしているユタキさんって人が、『にのかみが会いたがってる』って伝えて欲しいって」
確かにそう伝えるように言われた。
だから、伝えた。
それでどうにかなるとも思っていなかったし、別に害があるわけでも無いと思ったから。
でも、ユタキさんのことを考えれば予想は出来たはずだった。
「呼んだ?」
そう言いながら、目の前に突然現れた白い影を見て、僕はそう思ったのだった。




