2-008 異世界の商売にも色々あるようで
僕たちはガタゴトと馬車に揺られながら、ゆっくりとヤミツロ領を南下していた。
秋の陽射しが心地良い、そんな旅行二日目のお昼前。
「申し遅れました、わたしはカントと申します。見ての通り小さなキャラバンで、王都とその周辺の領という小さな範囲で商売をやっております」
馬車の中でそんなカントさんの自己紹介から始まって、話は尽きることなく、カントさんの通っている領や王都の話を色々と聞かせてくれた。
ヤミツロ領は聞いていたとおり、領内の安全があまり確保されておらず、街道は整備されているものの、街道沿いでも獣や魔物を良く見かけるらしい。
プラホヴァ領では全然見なかったのに……と思ったけど、僕たちは基本的に空を飛んでいたので見なかっただけかも知れない。
カントさんの話では、他の近くの領に比べてヤミツロ領は危険度が高く、場合によっては街道沿いでも野盗に襲われるとか。
それでも、安全なプラホヴァ領から王都までの最短距離だからと、利用するキャラバンは多いらしい。
「プラホヴァ領は裕福ですし、その富を領民へ暮らしやすさという形で返しておられます。ですから、武器も護衛も無しに旅できる部分もあります。しかし、このヤミツロ領で同じことをすれば、魔物のエサになるか野盗のカモになってしまいますよ」
柔らかな調子でカントさんが忠告してくれた。
絶対に必要だと言ってる感じがしないのは、僕が魔法を使えると聞いて、何とかなると思っているのかも知れない。
攻撃魔法とか実は一般的なのかな?
そんなことを言ってる傍から、獣が飛び出してきて、馬車の前を通り過ぎていった。
馬車にぶつかれば、馬車が損傷しかねない勢いだ。
日本でも自動車と獣の接触は良く聞いたからね。
獣や魔物を倒せる力より、事前に察知できる能力の方が重要かもね。
ところで、獣と魔物の違いって何だろうね?
「魔物は、獣と似た姿だけど、圧倒的に強い動物のことよ? 獣だけじゃなくて魚とかにもいるのよ? シエナ湖に住んでるって言われてるわ」
とミレルが教えてくれた。
そう言えば、アナスタシアを湖で助けたときに、やけに大きなウツボみたいな生物を追い払ったけど、あれがそうなのか。
あれは大きかったから、まだ何となく分かるけど、見た目がほとんど変わらないとしたら……遺伝子に魔法が埋め込まれた動物ってことかな?
異種族という遺伝子を改造した人間がいるのなら、動物に対してってのも充分ありそうだ。
「さて、そう言ったことを踏まえて、標的にされない方法として、見た目が大事なのです。一番有効なのは数です。だからこそ、移動に際してキャラバンを組むわけです。そして、武装があれば抑止力になります。全周にバリスタが設置された馬車があったとしたら、近付こうと思いますか?」
何やら話の内容が講義めいてきたけど、武器を売る商人としてこれまでに培ったきた勘や商談の技術が、こういう話をさせるのだろう。
こうやって必要性と有用性を説くんだと思う。
思わず買いたくなるように。
因みに、バリスタはコーヒーとは関係なく、設置型の機械弓のことらしい。
そしてもうしばらく、カントさんの武器の話を聞いてから、武器を見繕ってもらった。
「これから国王陛下に謁見されるなら、儀礼用の意味合いも込めて、装飾の凝った物が良いかも知れません」
国の最重要人物に武器を持ったまま謁見するの?
「抜き身でなければ問題ありませんよ。謁見の際は常に騎士が警戒していますし」
そう言うものなのか。
説明しながらもカントさんは、馬車に積んだ武器の中から、適当な物を見繕って渡してくれた。
僕には、一般的な両刃の片手剣。
ミレルには、細身のレイピア。
スヴェトラーナには、小さめの弓が渡された。
身長や体格に合わせて選んでくれているのかな?
どれも良く見ると、細かい装飾がされているのが分かる。
手渡されたので、とりあえず手に持ってみるけど……
重い。
とにかく重い。
こんなので斬り掛かられたら、肉が切れなくても骨は折れるんじゃないかな?
片手剣でこんなに重いんだ。
よっぽど鍛えないとこんなの振れないよ?
僕は魔法で筋力強化できるから振ることは出来るけど……それと使いこなせることは別問題だし。
更に言えば、本当にこれを使えるようになるために鍛錬している人達とは、身体の使い方が根本的に違うだろうし、闘いに臨む姿勢から違う気がする。
その時点で、武器を持ったところで負けてる気がする。
こんなの、素人が腰に提げてて意味あるの?
ミレルもほどんど同じだ。
彼女には畑仕事で鍛えた筋肉があるから、扱うことは出来ても、闘うことは出来ないだろう。
スヴェトラーナだけ少しマシで、故郷の森で簡易的な弓を使ったことがあるのか、矢を射ることは出来そうだった。
いざ戦闘でスムーズにそれが出来るかは、別問題みたいだけど。
「いざという時に、何も無いよりは、手負いの相手にまぐれで勝てるかも知れない、程度です。ですから、本来は本業の方に護衛を依頼するわけです」
言いながら、カントさんは視線を馬車の外に振る。
視線の先には、屈強な男傭兵が周りを警戒しながら馬に乗っているのが見える。
ああいう専門の人でないと、まともに闘えないってことだよね。
剣が主力の戦争では、頭数合わせのために農民を兵士に仕立ても、実際は物の数にも入らない結果になるとか。
戦闘職じゃない人が、護衛を雇わずに、馬も馬車も無しに歩いているのは、やっぱり常識的ではないのか。
外を歩くなら、最低でも武器は持てってことだね。
魔法で作り出せるから武器を買う必要も無いんだけど、ここまで色々とお話を聞かせて貰った礼も兼ねて、見繕って貰った物を買うことにした。
少しだけ、カントさんと別れた後で、改造することにしよう。
「ボグダン殿は魔法使いも言うことでしたら、魔法剣という選択肢もあるとは思いますよ」
魔法剣?
魔法で作り出す剣のことかな??
「いえいえ、魔法を付与した剣のことです。あれなら軽量で振り回しやすいですが、特殊な能力を発動させる事が出来ますから、扱い易いかもしれません。大変高価な物になりますが」
そこから、魔法の武具に関して説明をしてもらった。
剣に専用の魔石を埋め込むことによって、魔法剣を作り出す技術があるとか。
強度を上げたり、切れ味を高くしたり、炎を纏わせたり……色んな種類があるみたい。
もちろん剣だけでなく、色んな武具が作り出せるらしく、魔法武具用の魔石を作る専門の魔法使いがいるということだった。
俄然興味があるので、見てみたいところなんだけど──
「残念ながら、魔法武具はわたしもほとんど入手できてませんで……王都にある、ブリンダージ商店が扱っています──と言いますか、ほぼ独占状態です」
カントさんのブリンダージ商店に関する説明は、少しやっかみがあるのか、棘の有る言葉が続いた。
曰く、魔法武具を扱ってぼろ儲けして、王室お抱えになって、今では爵位まで貰ったとか。
曰く、プラホヴァ領産の良質な魔石を、裏ルートで安く仕入れてるとか。
曰く、王都で新しく商売をすると、ブリンダージ商店に潰されるとか。
曰く、華美な装いで、金を持っていることを鼻に掛けていて、客と貴族以外は見下す傾向にあるとか。
曰く、内乱という煙たい噂から、武具の需要が上がるなら、更に増長するかもしれないとか。
だから、カントさんは、武具をヤミツロ領で捌いてしまうとか。
武具を王都でも扱いたいカントさんとしては、目の上のたんこぶ的な存在のようだった。
そんな話を色々と話して貰い、日が傾く頃に、ようやくヤミツロ領の領都へ到着した。
情報を貰ったお礼にと、定番になりつつある水筒を渡そうとしたけど、カントさんにやんわりと断られた。
関所でのお礼になったなら嬉しいし、武器を購入して貰った分で充分だということ。
武具の卸先に行くというので、領都に入ってすぐに別れた。
まともな商人に巡り会えて、ラッキーだった気がする。
馬車の長旅に疲れたのか、ミレルとスヴェトラーナは、どことなくぐったりとした様子だった。
カントさんの話が長すぎたわけではないと思いたい。
みんな疲れているし、あまり治安も良くないのなら、ヤミツロ領都の夜の散策はせずに、さっさと宿を取るのが良さそうだ。
そう思って適当な宿屋の扉をくぐったとき、珍しく音楽が耳に飛び込んできた。
この世界に来てから、音楽は祭りの時ぐらいしか聞いていない。
異世界らしく、併設の酒場に吟遊詩人でもいるのかもしれない。
ただ、祭りの時に聞いた音楽とは違い、どことなく耳懐かしい感じがする。
思わず歌い出したくなるような、そんな音楽だった。




