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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-SP4 スヴェトラーナの仕事1


 これを機に、わたしは丁寧に生きようと思います。

 言葉遣いも日々の行いも。

 つつがなく生きていけることに、感謝しようと思います。


 14歳にして、暗く寒く厳しい故郷の冬のようなわたしの生活にも、ようやく夏が訪れました。

 春で良かったのに、暑いぐらいです。

 嘘です。

 暑いと思うぐらい余裕があることに、とても感謝しています。


 そうです。

 わたしは奴隷から解放されたのです。

 いえ、正確に言うと、ボグダンさんの奴隷になることが決まっただけなのですけどね。

 残念なことに、ネブンの奴隷でいた間に、奴隷というものがどういうものかは充分理解してしまいました。

 でも、あのお優しいボグダンさんなら、快適な暮らしをさせて貰えるのではないかと、期待で胸がいっぱいです。

 小さいからって、期待が少ないわけじゃ無いですよ?

 わたしの胸だと、すぐにいっぱいになって、零れていってるだけです。

 これからは、夢も希望もいっぱい持てそうだから、(むね)も成長して、もっと幸せを満たすことが出来るはずなんです。

 それは今後の期待ということで。

 話は逸れちゃいましたけど、ボグダンさんのところなら、痛みや空腹や寒さに耐えなくても良さそうで、無理な量や理不尽な仕事もないのかもしれないとさえ思えてきます。

 いえ、奴隷の身分ですので、仕事に関しては仕方ないです。日々暮らしていけるだけでも、良い方なのです。

 ボグダンさんなら、夜に呼ばれるのも怖くない気がします。

 いえ、そこも、奴隷の身分ですから、スキに扱われるのでしょうけど……ボグダンさんの『スキ』に扱って貰えるなら嬉しいような気がしてくるのは気のせいですよね……とにかく!

 奴隷になってから、どうなるのか不安だった気持ちが、今はむしろ早くボグダンさんのお屋敷に行きたいと思うほどです。

 そう、きっと、奴隷の割には良好な生活が待っていると思ったのです。

 なのに……


「ぶっちゃけ、スヴェトラーナにやってもらうことはない、って言ったんだよ。僕もミレルは自分の身の回りのことは自分でするし、医院の仕事もあるし、家事も魔法ですぐに済ませちゃうしで、来てもらってたお手伝いのデボラさんも、今はやることがないから宿屋に行ってもらってたぐらいだし」


 仕事が無いってなんですか!?

 え? わたしじゃ役に立たないってことですか……?

 ボグダンさんが何でも出来てしまう大魔法使いなのは分かってますけど、そんなにたくさん理由を並べて、厄介払いされようとしているのですか!?


 こんな素敵な衣装も靴も頂いていて、ネブンから助けてもらって……まだわたしはしてもらった恩に報いることもしていないのに。

 それならば、なぜわたしを引き取ったのか……


 ミレルさんがフォローしてくれるように……わたしは可哀相な子なのでしょうか?


 ボグダンさんが何だか苦そうに「仕事を探してみる」って、困った顔をしているのが証拠なのかな……


「ちょっと考えさせてもらえるかな……? 2、3日中には答えを出すから、その間は休んでてくれたらいいよ。お屋敷での仕事も大変だったろうし」


 お屋敷での仕事が大変だった?

 お仕事って大変なものじゃないの??

 大変だったから休んで良い?

 それでもお仕事しないと生きていけないものじゃないの??

 ご飯もらえるの?


 ボグダンさんって、ちょっと世間とズレてる気がします。

 山奥の村とは言っても、村長の息子さんで貴族だからなのでしょうか?

 その上、魔法も使えるし、ちょっと普通じゃないのかもしれない。


 あ、ミレルさんは分かってるみたい。

 こっちを見て頷いてくれた。


「その間は、わたしがこの家のことを色々教えておくわ」


 ミレルさんも優しいです。

 助けてくれる人が居る。

 わたしには夢のような世界です。


 ボグダンさんは、ミレルさんに任せて外に出て行ってしまいました。

 どこに行くんでしょうか? 少し気になります。


「ボーグはね、あなたの事を見捨てたりしないわ」


「仕事を用意してくれるのですか?」


「んー……」


 ミレルさんが可愛らしく首を傾げます。

 見捨てたりしない、と言ってくれるなら、そこはすぐに頷いてくれるところじゃないのですか?


「ボーグはたぶん、あなたに仕事とか何かをさせるために引き取ってきたわけじゃないと思うの。あの人は……」


 ミレルさんは、そこで言葉を切ってわたしをジッと見つめてきました。

 何を言おうとしたのか続きが気になります。


「これは誰にも言ってはいけない事で、ボーグ以外にはわたししか知らないことなのだけど、あなたがこの家で暮らしていくなら知っておいた方が良いことなの。秘密に出来るかしら?」


 なんだか神妙な話になってきました。

 そんな大事な秘密を、わたしなんかに話をして良いのでしょうか?

 もちろん秘密にしないという意味ではありません。わたしは秘密を守ります。

 ボグダンさんはわたしの恩人ですから、当然です。


「良かった。とりあえず、一番大事なことを言うわね」


 わたしは頷きました。

 これから告げられることは、ボグダンさんの秘密です。

 ボグダンさんが秘密にしたい、人には言えない恥ずかしい内容かも知れませんし、悪いことかも知れません。

 優しいボグダンさんが悪いことをしているとは思いたくないですけど、わたしは奴隷ですので受け入れるしか有りませんし──今色々想像して、受け止める覚悟もしました。

 はい、何を言われても大丈夫です。


「ボーグはね、神様の使いなの。あの人は否定するけど、他の神様の使いに言われて別の世界からやって来たらしいの」


 ごめんなさい、覚悟が足りませんでした。


 あの、ミレルさん、何を仰ってるのですか? ほんわかした優しい雰囲気のお姉さんだと思っていたのですけど、旦那様を天使って言うなんて、ちょっと意味が分からないですね。


 わたしの困惑した雰囲気が伝わったのか、ミレルさんも困った笑顔を浮かべました。


「突然言われても信じられないわよね……でも、そうでないと説明が付かないことがいっぱいあってね」


 そこから、ミレルさんの長い話が始まりました。

 簡単にまとめると、ただの旦那様自慢という惚気(のろけ)話です。

 嘘です、とても大事なことです。

 わたしがボグダンさんを知らず全く興味がなければ「殴っても死ななかったし毒を盛っても死ななかった」って話をされた時点で、盛ってるのはその話だよねって、ミレルさんの話を全部聞き流したところです。

 でも、わたしはもちろん興味がありましたから、しっかりとその話を聞きました。


 人を生き返らせた話、人をキレイにする話、美味しい食べ物を作る話、悪魔を退治してミレルさんを救う話、2日で温泉を作った話、人以外でも簡単に救っちゃう話、空を飛びながら道を作る話、そして……最後はネブンの話になりました。

 流石に、わたしもこの話はよく知っています。


 ボグダンさんは色々と手段を調べて、ネブンを救う努力をしていたのだとか。

 ネブンを寝かせてからも、寝かせるしかなかったことを気に病んでいたとか。

 あんなどうしようもない人間のクズを救おうとするなんて、媚や恩を売って領主に取り入ろうとするズルい人だけだと思います。

 でも、そういうズルい人たちは、そこまで努力をしません。

 そこまでして人を救おうとするなんて、よほどの聖人か天使以外にあり得ません。


「ボーグもね、今のボーグになる前は、ネブン様みたいに傍若無人だったのよ。信じられる?」


 全く信じられません。

 わたしの知ってるボグダンさんは、誰に対しても優しく接していましたし、ミレルさんとお似合いのほんわかした雰囲気のお兄さんです。

 ネブンの性格は真逆なので、別人にでもならない限りあり得ないことです。


「昔のボーグの代わりに、神様の使い様が入ってる状態なんだと思うの。だから、別の世界から来たって言われたんだと思うわ」


 にわかに信じるのは難しいですけど、ボグダンさんがあれだけすごい魔法使いの理由も、それなら納得できます。


「それで、ネブン様もボーグが神様の力で別人に生まれ変わらせたから、突然真面目な人になったんだと思うの」


 ネブンの変わり様はそれが理由でしたか。

 てっきり、分が悪くなったから真面目ぶってるだけだと思ってました。


「人の道を外しても正してくれるぐらいだからね、あなたのことを見捨てたりはしないの。そして、何かを強要することもないと思うわ。ボーグにとっては、みんな自分の子供みたいなもので、幸せになって欲しいんだと思う。飢えに苦しんで欲しくないし、寒さに震えて欲しくないし、痛みでツラい思いをして欲しくないし、恐いものに怯えて欲しくないし、大切な物を無くして欲しくない、って願ってると思うの」


 ミレルさんがとても優しい笑顔でわたしに笑いかけてくれます。

 その笑顔は確かに、噂される聖女のようで、ボグダンさんは聖女を奥さんにしているんだから、天使か神様のどちらかですね。


「でも、仕事が無いというのは困ります」


 天使か神様なら尚のこと、庇護して貰うお返ししないといけません。

 (ばち)が当たっちゃいます。

 ボグダンさんなら見逃しそうな優しさがありますけど……丁寧に生きると決めたのだから、生活にも丁寧さが必要です。


「あなたがしたいことを探せば良いのよ。わたしはボーグの手伝いをしたいと思ってるから、ボーグの傍に居ようとしてるの。もちろん、スキだからってのもあるけどね」


 少し顔を赤くしながら、奥さんはいたずらっぽく笑うのでした。

 やっぱり、ただの惚気(のろけ)話でしたね。


 わたしもボグダンさんのことスキですよ?

 天使と奴隷なんて身分が違い過ぎるので、懐いているというだけで他に意味はありませんけど……ありませんよ?


「ボーグがしていることを見て、出来ることを探してみれば良いと思うわ」


 そう言うことなら、ボグダンさんのお役に立てるように、必要としてそうなところを探してみます。


「見捨てられたんじゃないことが分かって、俄然やる気が出てきました!」


 ついでに、ボグダンさんのスキなことも、参考として探してみることにします。


 わたしの答えに深く頷いたミレルさんは、早速、わたしに色々教えてくれました。


 まずは、お屋敷と『医院』と呼ばれる別棟の設備の説明をしてもらいました。

 一回で覚えないと、って思って必死で聞いていたのですが……至る処に魔法具が置いてあるので、さっぱり覚えられませんでした。

 ミレルさんが実際に使って説明してくれているのを、泣きそうになりながら聞いていると、ミレルさんは頭を撫でてくれました。


「いっぱい有って大変でしょう? 一回で覚えなくて良いからね」


 優しさが身に染みます。

 両親にも、こんなに優しく声を掛けてもらった覚えがありません。

 しっかりしないと生きていけない、と叱られることは多かったですが。

 でも、この優しさに慣れてしまっては、やっぱり捨てられたときに厳しい現実に立ち向かえませんから、わたしは必至にならないといけないのです。

 ミレルさんの行為に感謝するということは、きっとそういうことです。


 勝手に使って良いと言われたので、使って覚えることにしようと思います。

 思いましたけど、無理でした。

 一度試させてもらったけど、わたしが使うと、魔法が発動してくれませんでした。

 ミレルさんは、ボグダンさんに原因を聞いてみると言ってくれましたけど……わたしの気合いが足りないのでしょうか?


 そして、次の日に村の中を案内してくれました。


 領主様のお屋敷に居たときは、温泉と呼ばれるお湯の池にだけは連れて行かれましたが、それ以外、外に出たことがありませんでしたので、村の中を見るのは初めてです。

 故郷の村に負けないくらい、とても長閑(のどか)な村でした。

 大きな麦畑、他のお野菜の畑、静かに流れる川と湖、大きな修道院、そして、村を囲む見上げるような山々。

 これだけ見ると、普通の山奥の村です。

 なのに、そんな村の入口には、洗練された様式の巨大な温泉があるのです。

 そして、長閑な村なのに、街道がしっかり整備されていて、そこだけ都会の雰囲気でした。

 ちょっと不思議な村です。

 その不思議さはボグダンさんが作り出しているらしいので、ますますわたしはボグダンさんの世間ズレっぷりが、人間でないところから来てるように思いました。


 村を隅から隅まで案内してもらって、それなりに遅く帰ってきました。

 すぐに夕御飯が支度されて、美味しい美味しい料理を一緒に頂いてしまいました。

 これが最後の晩餐で、明日追い出されるのかも知れません。

 嘘です。

 お優しい2人が約束を(たが)えるとは思えません。

 美味しそうに食べるミレルさんと、それを嬉しそうに眺めるボグダンさんを見ていると、これがこの家の日常なのだと思えました。


 そして、事件が起きるのです。


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