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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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温泉の日常

少し時間が遡ってます。ネブンが事件を起こす少し前のお話です。


 ちょっと前に、この村に領主がやって来た。

 毎年避暑で来ているらしいが、引き籠もっていたわたしは、よく知らなかった。

 なのに、温泉の受付なんか引き受けてしまっていたから、領主の相手をするハメになってしまった……おのれボグダンめ……腹が痛くなりそうな日を過ごしてしまった。

 そのあとも殆ど毎日、領主は温泉にやって来てるようだが、あの日以来相手することは要求されていない。

 侍女がいつも一緒にやって来て、世話をしているようだ。受付も侍女がしていく。

 あたしがへまをして、領主を怒らせてしまいそうだから、本当にその方が良いと思う。


 そして、それ以外はいつも通り。

 温泉には村人が日々の疲れを癒しにやってくる。


「アレックスさんとダビドさんっと。ゆっくりしていってください」


 あたしは下手くそな字で、記録帳へ時刻と2人の名前を記入した。

 そして、なぜかくたくたな様子の衛士2人を、手を振って見送った。

 時刻はボグダンが用意した『時計』という魔法具を見て確認している。空中に光で不思議な情景を描き出してくれる、見ていて飽きない魔法具だ。

 記録帳には、帰るときにも時刻を記録するようになっている。

 ボグダンの話では、安全のためだとか。

 あいつが「安全のため」とか言うのにあたしはまだ慣れないでいるが、言うことはもっともだったので従っている。

 しかし、まだ利用するのがほぼ村人だけだから、記録する人数も少なく、受付は暇な時間が多い。

 一度、村の者じゃない偉そうなヤツも来たが、昔のボグダンを思い出してイラッとしたから、帰ってもらった。


「ダマリス、最近ボーグとお喋り出来ないケ〜 何でケ〜!」


 超絶お姫様なキシラが駄々をこねていやがる。

 こいつは何を言ってるんだ。


「最近って、まだ1日か2日ぐらいだろ! そんなちょっと会わないぐらいで何言ってんだよ!」


 ついつい叫び返しちまった。

 危ない危ない……

 この温泉の受付では、さっきみたいに外面良く振る舞うように言われてたんだ。

 つっても、利用者はこの村のヤツらばかりだから、今さら取り繕ったところで意味ねぇと思うがな……

 けど、村長はキャラバンの面々や領主一行──外から来たヤツらには必ず利用させるつもりらしい。

 だから、ボロが出ないように、普段から気を付けておかないといけないわけだ。

 今ではあたしも顔は良くなったが、性格が不細工なのは変わってないからな。

 そんなヤツに受付されても嬉しくないだろう。

 せっかく湯に浸かって気持ち良くなれる施設だってのに、気分を悪くしちゃ勿体ない。

 それぐらいはあたしにも分かる。

 だから、受付に立っているときは、気を付けて取り繕っているわけだ。


 だというのに、ちょっと会わねぇぐらいでガタガタ言われたら、少しはイラッとするもんだ。

 うちのマリウスは村長の用事で走り回ってるし、あたしもなんでか領主の相手とかさせられたから、会っていない日もあるぐらいだ。


 まあ、キシラはどう見てもわがままなお子様だし、言っても仕方ねぇかも知れないけどな。


「毎日遊びに来てたのに、なんだか偉そうな人の相手で、ここに来てても遊べないケ!」


「分かった分かった。あれはホントに面倒だから仕方ねぇんだよ……」


 ボグダンは最近、魔法を使うのに忙しそうだったし、今日も領主に会いに来たところを見ると、やっぱり領主達に振り回されているのだろう。


「退屈ケ〜」


 受付の後ろの水槽でキシラがくるくると回っている。

 んなこと言われてもあたしも暇だ。

 引き籠もっていたときは本当に何もせずに過ごしていたのに、顔が変わって仕事が出来た程度で現金なものだ。


「よう? 入りたいから水着を貸してくれ」


 そんなところに現れたのは、シシイと呼ばれる女傭兵だった。

 手には愛剣と……樽?

 全身汗だくで、激しい運動をしてきた後だということが一目で分かった。

 汗を掻いたからさっぱりしに来たのだろう。


「まだ、村長にこの村に住む話をしてねぇ……ないんだよな……ですよね?」


 この女とあたしは何となく気が合うみたいで、会って数日しか経っていないのに、この女が来るとあたしの気が緩んじまう。

 だから、この女と話すると、いつもの話し方に戻ってしまう。

 話し方や性格が、似ているからかもしれない。


「住むと決めたわけじゃないしな。あと、わたし相手に無理すんな……」


「うるせぇな。これでも受付として努力してんだ! とにかく、この村の者じゃないなら有料だ。銅貨1枚」


「わたしが言うのもなんだけど……毎回思うが安すぎねぇか?」


 シシイが牙を剥き出しながらあたしに言ってくる。

 文句を言うのになんて最適な顔なんだろうか?

 こんな顔で言われたら、普通の女だったら腰抜かしてるかも知れねぇぞ?

 つっても、シシイの身体を見たら小さい女の子だから、無理すんなってこっちが言いたくなるけど、言ってる内容も心配してるみたいだし。


「仕方ねぇだろ、村長とボグダンが決めたんだ。利益より宣伝優先とか言ってたぞ」


「安い分には、わたしは助かるから良いけどな」


 そんな適当な会話をしながら受付の仕事をこなし、シシイに貸水着を手渡す。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 すました顔で見送ろうとすると、


「ぷっ! 無理すんなって!」


 片手を口元に当てながら、もう一方の手で肩を叩かれた。


「笑うな!」


 そう言いながら、シシイの腹に向けて拳を出せば、ひらりと避けられる。

 シシイは、避けた勢いでくるりと身体を回転させ、こちらに背中を向けると、そのまま背中越しに手を振って更衣室へ入っていった。


「くそっ、またからかわれた」


 悪態をつきながらも、勝手に笑顔になってしまう顔を両手で挟んで引き締める。


 嬉しくなんかない!


 そう、自分に言い聞かせながらも、こんな気軽に話せる相手はマリウス以来かと考えてしまった。

 頭を左右に振って余計な思考を追い出すと、いつの間にかカウンターに置かれた大きな剣が目に入った。

 危険物の持ち込みは禁止、というボグダンが決めたルール上、武器は持ち込み禁止でここで預かっている。

 そのルールに則って、シシイが自分で置いていったみたいだ。

 ということは、樽の方は持ち込んだのか?

 中身が気になるところだけど、危険物を自分で置いていくようなヤツだから、他人に迷惑のかかる物ではないんだろう。


 何とも得体の知れない女だが、嫌いではない。

 そう、嫌いではないだけだ。



◆◆◆◆



 暇なのだ……


 わたしはダマリスの後ろの水槽に移動して、水面から顔を出して話し掛けた。


 ボーグが来ないって言ったら、怒られた。

 ボーグは毎日わたしに『検査』とか言う魔法を掛けに来てるから、毎日お喋りしてたのに、昨日は来なかったのだ……


 しゅーん……


 温泉にずっといるのはダマリスだけだから、毎日お喋りして仲良くなった。

 よく怒るけど、時々一緒に水中で遊んでくれたり、魚を焼いてくれたりする。

 好き。

 でも、普通に好き。

 やっぱりボーグが良いのだ!

 最近は知らない人が来ていたから、その人達とお喋りするのも楽しかったけど……

 今はボーグとお喋りしたいのだ!

 ふにゃふにゃはにゃーんってなりたいのだ〜

 あの美味しい水を飲んだ時みたいに。

 あ、美味しい水も飲みたいのだ〜


 代わりにならないけど、シシイが来た!

 シシイは今から温泉に入るみたい。


 手に持ってるのは何だろう?

 剣は置いたけど、もう一つのは温泉に持って入るみたい……

 あれは確か水とか果物が中に入ってる入れ物で──タルだ!

 中身は美味しい水かも??


 追いかけるのだ〜


 シシイが水着という服に着替えて、更衣室から出てきた。

 シシイと同じ方向に、水路を泳いでついていく。

 全然こっちを見ないから気付いていないみたい。

 これはこっそりついていって驚かせるのが楽しそう。


 シシイは入ってすぐに、水を浴びて汗を流した後、女用エリアの湖がよく見える場所でお湯に浸かった。

 背中を淵にもたれさせて、足を伸ばして寛ぎ始めた。


「ふぅ〜……」


 ひとしきり身体を伸ばし終えると、横に置いていたタルを開けた。


「ん-! 良い香りだな。ボグダンのヤツ、こんな高そうな物をタダで渡すとは……いや、人の考え方を変える方法を聞きたかったといってたか……」


 シシイは一人で喋りながら、タルの中身をコップに掬って口に当てた。


「くあぁ〜! これは良い! 果実のように甘くて強い!!」


 水の中にいるから匂いは分からないけど、何か美味しい物みたいなのだ!

 美味しい水なら飲みたいのだ!!


 わたしはシシイの気がコップへ逸れている内に、タルの中身を味見する為に、水の中から一気にタルへと近づいた!

 水の中で、わたしの速さについてこれる人なんていないんだから!


 と思ったのに、気付いたときにはシシイの手が目の前にあって、わたしは顔からシシイの手にぶつかった……

 痛いの……


「キシラ、傭兵の意表を突きたいなら、もっと気配を消さないとな。気配が感知できないほどわたしは弱くないぞ? この村にはボグダンとかイリーナとか化け物が多いから、強さってのが分からなくなるが……」


 しゅーん……怒られた。


 わたしは額を手で押さえながら、水面から顔を出した。

 美味しい水が飲みたかったのだ……


「ボグダンが来ないから寂しさを紛らせたいだけだろ……ちゃんと言えば(おいしいみず)を飲ませてやるから」


 シシイがそう言いながら、コップでタルの水を掬って渡してきた。


 やったー!

 美味しい水なのだ〜


 コップを受け取って美味しい水を一口もらった。


 違うのだー……

 何なのだこれはー!

 全然美味しくない水なのだ!!

 味が濃すぎるし、舌がびりびりするのだー

 果物の味がする水なら、ボーグが作ってくれる『レモン水』で充分濃いのだ!


 けど、飲みこむのだ〜


「お、おい、そんなに一気にいったら……」


 コップ一杯飲み干したら──


 ふわっとしたのだ。

 ふわっふわっ!

 美味しい水!!

 でも美味しくないのだ……

 これはきっと、美味しくない美味しい水なのだ!

 楽しい気分になったからくるくる回るのだ〜


「おい、大丈夫か!?」


 大丈夫なのだ〜

 楽しくなったら回るのだ〜

 シシイがいつものことなのに心配そうに見てる。


 今ならいけるのだ!


 だから、わたしはタルに飛びついた。


「あ、お前!!」


 シシイがビックリしてるのだ〜

 さっきは止められたけど、水の中を逃げるわたしには追い付けないのだ〜


「待て! 折角の酒に水があぁぁぁ」


 シシイが叫んでるのだ?

 わたしの横にあれば、タルに水が入らないように出来るのだ!

 知らないのだ?

 酒ってなんなのだ?

 知らないのだ。

 でも、ふわっふわっは楽しいのだ!


 水路を通って隣のエリアに移動する。

 すぐに水から顔とタルを出して、もう一回飲んでみる。


 美味しくないのだー

 でも、ふわっふわっなのだ〜


 また楽しくなってクルリと回ると、何かに当たってしまった。


 人なのだ!

 驚いてるのだ。

 見たことあるけど知らない人だ。


 当たってしまったので、この美味しくない水を上げるのだ〜

 御免なさいなのだ〜


「な、何これ! なんて美味しいお酒なの!!」


 人が驚いたのだ!

 美味しいの?

 お酒なの?

 水じゃないの?

 良く分からないけど、お姉さんもふわふわしてる〜

 一緒にふわふわするのだ〜

 いっぱい飲むのだ〜


「キシラ! 見付けたぞ!!」


 もうシシイが登ってきたのだ〜

 シシイは飲んでもふわふわしないのだ?


「ちょっと、そんなに人に飲ませて……その人、ふらふらじゃないか」


 ふわふわじゃなくてふらふらなの?

 ん? この人が身体を押し付けてくるのだ?


「倒れかけてるんだ」


 倒れるの?

 倒れると水に浸かるだけ……じゃないの、人は水の中では死んでしまうってお婆ちゃんが言ってたのだ……

 でも、ボーグもミレルもダマリスも、いつも一緒に水の中にいるけど。


「それはあいつの非常識な魔法のお陰だ。普通の人は水の中に倒れたら溺れ死ぬから。水の中で生きる生物以外は死ぬからな? わたしだって死ぬんだぞ?」


 そうなんだ。

 シシイでも死ぬのか。


「キシラはその人をしっかり支えとけ、ダマリスを呼んでくる」


 分かったのだ。

 抱え上げて水に浸からないようにするのだ!

 この人完全に寝てるのだ。

 ふわふわしてるけど大丈夫なのだ。

 ちょっと尾ヒレがぷるぷるするぐらいなのだ。


「おいおい、危険物は持ち込むなよー?」


「ただの酒だし、自分用だったんだ。オークはタル一個ぐらいじゃ潰れんからな……」


 ダマリスとシシイがすぐに帰ってきた。


「まあ、起こってしまったことは仕方ねぇ。救護室に運ぶよ」


「お前、運べるのか?」


「ん? ああ、こういうときのために、ボグダンから力が上がる魔石も渡されたから、1人や2人は簡単に……よっと」


 ダマリスがわたしから人を受け取って、肩に担ぎ上げた。


「あいつは、そんな魔法まで使えるのか……なんでもありだな」


 ボーグが褒められてるのだ。

 なんか嬉しいのだ〜


「キシラは後でお説教な」


 嬉しくないのだー

 しゅーん……

 でも、ふわふわしたからってシシイのタルを取ったのはダメだったのだ。


「タルを返してくれて、次からしないって言うなら、わたしは良いんだが」


「しゃあねぇな、キシラはお子様だからな〜」


 お子様じゃないもん!


「いや、キシラは成人してるぞ? というか人魚の里以外で見かける人魚は成人済しかいないぞ?」


 そうだぞ!

 大人のお姉さんだぞ?


「え!? あ? そうだったのか? いや、なんかスマン……っていうか、それなら子供みたいなイタズラするなよ!!」


 またダマリスが怒ってるのだ〜

 タルを置いて逃げるのだ〜


「くそっ! 逃げやがった!」


「人魚は(おか)より縛りのない水中で生活をしてるからな。多少、自由奔放なもんだ。それに陸での生活をほとんど知らないしな、良く分からないことも多いだろう」


「そういうもんか? あー……知らないところで知らない人と生活するのが、不安だってのは分かるし……気持ちを紛らわせたいのかもな。もうちょっと構ってやった方が良いのかな……」


「ダマリスお姉さんは優しいな」


「あっ!! 今バカにしたな!」


 逃げる振りをして水中から見ていると、2人は楽しそうに喋りながら建物に入って行ってしまったのだ。

 静かになった水中でボコボコと泡を吹き出す。


 ダマリスは優しい?

 温泉に来る他の人達は、わたしを眺めて声を掛けるだけだけど、ダマリスは構ってくれるのだ。

 うん、優しい。

 だからスキなのだ。


 後で謝りに行くのだ〜

 そして美味しい魚を焼いてもらうのだ!


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