1-031 終わりはやっぱりハレの日で
ネブンとストワードさんの入れ替わりは、何の問題も発生することなく、無事に完了した。
ストワードさんのカフスボタンは、腕にぴったりフィットする腕輪に造り替えて、『気分安定空間』の魔石を埋め込んだ。
この魔法は、心療内科の待合室で常時使われてそうな効果で、その名前の通り、気持ちを安定させる空間を作ることが出来るようだ。
魔法は副作用とか、投与禁止対象とか気にしなくて良いから、薬と違って本当に楽だと思う。
腕輪は服に隠れて見えないところに付けられるし、もし見えても大丈夫なように、豪華にしてある。
もちろん、カフスボタン部分には何も手を加えていない。腕輪のチャームとしてそのまま取り付けた。
ストワードさんは、思い出と一緒に大切にする、と言ってくれた。
ストワードさんとなったネブンの身体は、結局僕が引き取ることになった。それなら整形する必要が無かった気がするんだけど……引き取るまでの間に、他の使用人達が、お屋敷で眠っている姿を見ているだろうから、必要だったと思うことにしておいた。
領主とストワードさんからは、何かの役に立ててくれたら良い、と言われてしまったけど、体の良い厄介払いでは?とは思ったのは内緒だ。
彼らは彼らなりに、僕が使った方が良いと考えたんだろう。
それに、仕事を引き受けた以上は最後まで面倒見ないとね。
でも、死んでいるようなものと診断されていても、最後の火を消す覚悟が僕にはまだ無いので、一旦、地下室の奥深くに安置している。
万が一地下室に入られても、見付けられないように、安置する場所までの道は迷路のように複雑にした。おかげで、また地下室の迷宮化が進んでしまった……
ネブンは元々それなりに肥っていたけど、長い間眠っていたことを理由に、スリムな体型にしておいた。
ストワードさんが、執事服のよく似合う体型だったし、その方が格好いいからね。
ただ、その理由を使う以上は、筋力も落とす必要があったので、新しい『ネブンさん』には少し苦労してもらうこととなった。
いわゆるリハビリだね。
といっても、関節が固まるところまで再現はしていないので、ただの筋トレだけなんだけど。
少し衰えていた筋肉を戻す程度なので、それほど時間をかける必要もなく、自然治癒を上げる回復魔法の『治癒』でアシストしたので、10日もすれば元通りとなっていた。
対外的には、今回の事件で悪魔が祓われたことから、まともなネブンさんになったと説明された。
以前が異常だったことを認めた形になるが、全部悪魔の所為にしてしまえるので、貴族家としても困らないようだ。
リハビリも終わって、ネブンさんが今まで通り動けるようになってから、彼の快気祝いが、村人も巻き込んで盛大に行われた。
領主から振る舞われたという名目の食事やお酒で、祭りは大いに盛り上がった。
もちろん僕は、その料理やお酒の準備、会場の設営とかを、お屋敷の使用人達と一緒にしてたんだけどね!!
大々的にネブンさんのことを広めるために、領民や使用人達と分け隔てなく会話できる場があった方が良いかと思って、僕が提案したんだけど……
彼の行く道を、少しでも明るくする活動の一環だ。
今のネブンさんは、真摯な態度で領政に取り組むことを話していたので、すぐに理解は得られるだろう。
「ネブン様はとても穏やかで真面目そうだな。噂とは大違いだ」
「近くに居ると、不思議とわたしまで穏やかな気持ちになるのよ」
「ネブン様ってお相手いらっしゃるのかしら?」
村人達の反応は概ね良好で、既に人気が高まってきているようだ。
元々、避暑の間という短い期間に、ネブンさんを見掛けていただけだから、それほど前評価は無かったのかもしれない。本質を知っていたのは、村長家だけだったのかもね。
使用人達は様子見を決め込んでいるようで、良しも悪しも意見は出ていない。
元々、仕える相手を評価するなんて、失礼に当たるのだから、公の場ではどうこう言うことはないのだろう。
また今度、手土産を持ってこっそり聞きに行こう。
祭りはこの後も、ランプ工房の老人達がお手製の楽器を持ってきて音楽を奏で始めると、周りの人達は歌ったり踊ったりし始め、別の場所では力自慢の男たちは腕比べや飲み比べが始めたりと、騒ぎに騒いで大いに盛り上がっていった。
料理もお酒の減りも遅くなり、祭りも落ち着きを見せ始めた頃、裏方も落ち着いてきたので僕も表に出て行ったら、
「今回の悪魔事件解決の功労者で、この祭りの主催者でもある、ボグダンさ……殿にも挨拶をもらおう!」
なんてネブンさんが言い出した。
僕の敬称は殿に落ち着けるつもりのようだ。
それは良いんだけど……
なんでそんな恥ずかしい行為に引っ張り出すの!! 嫌がらせなの!?
視線が集中してるじゃん!!
僕としても、そろそろアレのために、周知する必要があったんだけど……ネタが無くなったからってだしに使ったんでしょ?
あれよあれよという間に、広場に置かれた豪華な演説台に引っ張り上げられる僕。
こんな恥ずかしい場所に立つのかよ!?
領主やネブンさんが使うからと、豪華にしたのが裏目に出た。
一緒に横に立つネブンさんから、僕が悪魔事件で何をしたかが語られ、みんなの注目は更に集まった。
半分以上嘘なんだけどね……
そんな中で、僕にバトンが渡される。
あー……もう! なるようになりやがれ……
「みなさぁーーん!! 楽しんでますかーー??」
完全にライブのノリで叫んでみた。
その反応は、割れんばかりの歓声!
一つ一つの言葉は分からないけれど、みんな大いに楽しんでくれているのは伝わってきた。
ちょっと嬉しい。
そして、ちょっと楽しい。
二階の人も見えてるからね〜とは言わないけど。
「楽しんでもらえてて僕も嬉しいです」
飛んでくる質問やネブンさんの振りに答えながら、事件のことを少しずつ説明していると、徐々に内容は、次期領主と次期村長の話に。
領主と村長が微笑ましそうに、こちらを見てるんだけど!?
当たり障りのない内容で、新しい時代のリーダーになるべく、親から学んでいるところだと答えれば、なんだか感心の声が聞こえてくる。
こういうのは、仕事の飲み会とかで言わされるのと同じだ。
なので、締めはやっぱり、若輩者だけどこれから頑張っていくよ!っていう内容で、僕のスピーチは終わっておいた。
そんな拙い僕の言葉に、拍手喝采でみんな答えてくれるし、村長はちょっと涙目になっている。
この村のみんなにも村長にもしっかり認めてもらえて、みんなが明るく笑っていられるようになって、僕も感慨深い。
少し胸が熱くなった。
祭りを回すのは大変だったけど、提案して良かったかなって思えてくるね。
泣いてないよ?
そして、領主と村長が呼ばれ、一旦祭りが締めくくられた。
でも!
夏祭りはこれで終わりじゃないよ!!
夏の終わりの祭りがこれで終わっては、元日本人たる僕には物足りない!!
僕が壇上から降りないのを見て、領主も村長も不思議そうにしている。
僕はそんな2人とネブンさんに、にっこりと微笑んでから、
「さて、ネブン様の新たな門出を祝って、花火で祭りを締め括りたいと思います!」
広場にざわめきが広がった。
花火? 花火って何? という声がそこかしこから聞こえてくる。
この世界に花火ってないのかな? 『花光』は魔法ランクが低いから、使える人もいそうなのに。
「空をご覧下さい!」
天に向けて僕が指を突き立てる。
そして、全員が空を見上げた頃合いを見計らって、まず一つ、夜空に螺旋を打ち上げた。
ドーンという重い爆発音と共に、パッと光の華が広がる。
みんな驚いた顔で、夜空をポカンと見上げている中、領主と村長はさすがに肝が据わっていて、
「祝砲みたいなものか……?」
「王宮の儀仗兵が炎を空に打ち上げるという、あの魔法ですか?」
とかなんとか言っていた。
でも、そんな2人も、また一つ、また一つと、加速的に数を増やし、空を染めていく花火に、徐々に呆れるような表情に変わっていく。
そして、子供がきゃいきゃい喜びの声を上げて騒ぎ出すと、大人達も花火を楽しむようになっていった。
魔法の花火は、好きなように音も色も形も決められるので、日本で見ていた時は崩れてしまっていたキャラクターやマークも、綺麗な形で空に浮き上がってくれる。
村長と夫人や領主とビータ夫人のデフォルメした似顔絵、プラホヴァ領の紋章など打ち上げた時は、ひときわ大きな歓声が上がった。
領主もネブンさんも、夜空に描き出された紋章を見て、感動に打ち震えているようだった。
打ち上げた甲斐があるというものだね。
かく言う僕も、いつの間にか隣に来ていたミレルと一緒に、光と音の調べを楽しんでいた。
折角だから、浴衣でも作って着てもらえば良かったかな? なんて欲張りなことを思ってしまった。
綺麗で可愛い嫁さんが横にいてくれることだけでも、日本にいるときは叶わなかったことなのだから、満足しておけば良いのにね。
人間とは欲深い生き物で、一つ叶えば次を望んでしまう。
ただでさえ、弩を超えた魔法を手にしてるのだから、余計なものを望まないでおきたいものだ。
楽しそうに空を見上げ、はしゃいで声を掛けてくる嫁さんを見て、僕は笑みを深くした。
そして、素早く簪を精製して、嫁さんの髪の毛をアップにまとめる。
嫁さんは少し驚いていたけど、手鏡を見せると、とても嬉しそうに笑顔を浮かべて、僕の袖をギュッと握ってきた。
嫁さん可愛いです。尊いです。
僕に出来る範囲で、可愛い嫁さんをもっと可愛くすることぐらいは、許されている気がした。
◇◇
祭りが終わって次の日。
二日酔いに苦しむ領主に呼ばれて、村長と一緒に、お屋敷の領主の部屋へ来ていた。
『毒物中和』でアセトアルデヒドを分解してあげたら、領主の二日酔いはすぐに治った。
毒物って知ってるからこっちの魔法を選んだけど、これってもしかして『治癒』だと治らなかったのかな……? 酵素も自然治癒力の一部なのかな?
「ボグダン君には、何から何まで世話になった。何か褒美を出そうと思うのだが……」
領主の言葉に、僕の余計な考察は中断された。
領主の横ではネブンさんが大きく頷いている。
確かに僕は今回の事件を、僕にしか出来ない方法で解決した。
でも、僕がいなくても、なるようになったというか……『こいつ』のままだったら、今回の事件は起こらなかった気がするんだよね。
つまり、僕は僕がこの世界に来た責任として、この事件を関係者が望んだ方向に決着させただけだ。
多少悩んだりもしたけれど、多くの人を笑顔に出来たので、今は満足している。
だから、褒美と言われても、何かもらうのは申し訳ないし……今の僕は、大抵のものを魔法で作ってしまえるから、何も必要としていないし。
やりがいのある仕事もしてるし、可愛い嫁さんもいるし……この世界に来てやりたいことがあるとしたら、観光ぐらいだから、領主に褒美としてもらうものでもない。
僕は答えあぐねて村長を見ると、厳しい顔付きで頷いた。
「わしは何もしとらん。お前の自由にしろ」
いや、自由にしろって言われても……
えーっと……確か、領主に温泉をあれだけアピールした理由があったよね?
この村の安全のために、兵力を増強したいって話か。
「それなら、最近増えてきている狼に対処するため、衛士の数を増やしたいのですが、この村には人が集まりません。宛てがありましたら紹介していただきたいと思うのですが……」
妥当なところかな。
余ってる騎士がいるならそれでも良いし、騎士見習いでも村で育てれば良い。
って、日本の中小企業の人手不足事情と似てるね。
とにかく、人が来てくれさえすれば何とかなるなんて、それだけでは決して上手くいかないんだけど。
うちの場合は、アレックスさん達がシシイに訓練されて成長したらしいし、大丈夫だろう。
村長の方を見ると、なんだか嬉しそうに笑っていた。
「人が集まらんか……それも今までの話でしかないように思うが。それを望むと言うのなら、何とかしよう。ネブン、復帰後の初仕事とするか?」
領主がネブンさんに視線を送り、確認をする。
領主のその言葉に、恭しく礼を返すネブンさん。
「承知しました」
2人の関係は、それで合ってるのかな?
貴族の親子関係というのは、堅苦しいところがあるイメージだから、問題無いのか……
それはいいとして、後は、村の強化の許可をもらうことだったかな?
「外敵の侵入が防げるように、外壁を築いて要塞化したいのですがよろしいでしょうか?」
「そうだな。狼だけでなく、北の情勢が良くないと聞く。外敵が入れないように、少し高い壁で囲むと良いだろう。そちらも人手が必要か?」
僕は村長へ目配せをして判断を仰ぐ。
すると、村長は首を左右に振った。
「人手はこちらで何とかします」
と言ったものの、さすがに領主親子にはバレバレで、苦笑いされてしまった。
予想されてるとおり、僕の魔法で何とかするんですよ……
「折角こんなにも良い温泉が出来たのだ、外敵に荒らされて無くなるのは惜しい。わたしも毎日利用したいぐらいだ。だから、しっかり守りを固めてくれ」
こうして、この村の重要性は領主に認められ、領主の命として、村の防備強化が言い渡された。
これから、この村も徐々に人が増えて行くかもしれない。
僕のやることはまだまだ増えそうだ。




