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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-028 のんびりとした日々は魔法の研究が捗るようで


 そういえば、ネブンのことで対応に追われていて忘れていたけど……色んな人に魔法のことをバラしてしまっている気がする。

 かと言って、使わないという選択肢は僕にはなかったから仕方がない。

 調子に乗って、余計なことまで色々したような気もするけど。

 一応、領主には、面倒事に巻き込まれたくないから、吹聴しないで欲しいと話しておいたけど、


「ははは、人の口に戸は立てられないよ。勝手に厄介事はやって来るさ。でも、それだけの力があるなら、簡単に解決できるものさ」


 と、言われてしまった。

 噂が広まるとしても、領主達が領都に帰ってからだろう。

 もっとも、僕の魔法の話をしても、信じる人がいるかどうか……

 考えても仕方がないことは置いておいて、しばらくのんびりしよう。


 ネブン事件の方は、ビータ夫人の精神状態も落ち着いてるようだし、見に行ったときには楽しそうに領主(旦那さん)の話をしてくれた。

 ネブンは相変わらず寝たままだし、お屋敷で他の問題も起きていないようだ。

 ようやく、本当に領主の結論を待つだけになったから、ミレルに色んな話も出来た。


 転生のこと、転生の管理者様のこと、魔法の力をもらったこと、ユタキさんのこと、他の転生者のこと……


 僕の話を聞いたミレルは、荒唐無稽な話し過ぎたからか、驚くでも感心するでもなく──


「神様の遣いってこと?」


 って平坦な口調で質問を返されてしまった。

 なんだか寂しい……もっと驚いてくれても良いのに。

 いや、でも、大体こういう場合は、後から僕の居ないところで驚いくものだ。

 うん、そう信じよう。

 話している間、彼女は機械的な感じに何度も首を縦に振っていたし、まだ飲み込めていないだけだろう。

 話をしたら部屋に戻っていったから、気持ちの整理を待つのが良さそうだ。


 もちろん、神様の遣いというのは否定した。

 ユタキさん達は神様じゃないらしいし、僕は神様の知り合いの知り合いになったぐらいでしかない。

 とても遠い縁だ。

 だいたい、神様から何かの指示を受けているわけじゃない。

 僕らしく振る舞ってれば、勝手に人の可能性というものが拡がるっぽいんだから、それは指示とは呼べない。


 あるとしたら、白鶴(他の転生者)を探すぐらいかな?

 会ったら伝言を伝えれば良いだけで、探して欲しいと言われたわけじゃないけど……

 でも、伝えたからって、白鶴が『にのかみ』に会えるのかな……?

 これも気にしても仕方がないことか。


 それよりも、魔法のことの方が大事。

 教えてもらった魔法を調べたけど……

 確かに時間を操る魔法は有った。

 属性は『真言術』。統術に含まれない、「大型アップデート後の追加魔法」って書かれていた。

 オンゲーでマンネリ化したから投入された、みたいな説明で脱力してしまった。

 他にも転移系の魔法がこの属性として書かれていたけど……属性の説明の意味が全く分からない!

 「いわゆる『4つの力』も操れる最上位の魔法」ってなんなの!?

 ゲームの設定的に「この世は『4つの力』が支配していて……」って言われるならまだ分かるんだけど、科学的に『4つの力』が定義されてるってのが、より一層混乱させてくれる。

 4つの剣をモチーフにしたゲームなら知ってるけど……

 辞書さんサーチディクショナリーには勉強用の資料が無いから、どんな力のことなのかさっぱり分からない!

 ユタキさんの言ってた、紐理論や量子論を勉強しておかないと、時間操作や空間操作魔法は、欠片も使えそうにない。

 原子力に関わる極術の理解すら出来なさそうなこの世界で、それより更に進化させた理論なんて、誰も理解していないだろう……真言術を使うためには、ユタキさんに教えてもらうぐらいしか、解決策が思い付かない。

 会おうと思って会える人ではないから、実質的には不可能だし、聞いたところで理解できるかも怪しい。


 その代わりと言っては何だけど、極術に、材料を必要としない物質精製の魔法を見つけた。

 高ランクの極術師でないと使えないみたいだけど、その点、化学系オタクの僕は全然問題無く使えた。

 酸素や水みたいな単純な物質はもちろんのこと、人工太陽まで精製できてしまうようだ。

 材料を必要とする物質変化系の析術の方が種類が多いようなので、そっちはそっちでまだまだ利用できそう。

 それで、析術と極術を合わせて使えば、本当に何も無いところから、何でも創れてしまうみたい……誰もが夢見た、無から有を創造する錬金術がここに。


 全く、チートも良いところだよ。


 後は、シシイに使った『真正液体歯磨(デンターナノケア)』で気になっていたこと──ナノマシンのことだ。

 歯磨きにナノマシンが含まれてるって事は、他の用途のナノマシンも作ることが出来るんじゃ無いか?と思って検索してみれば、これまた物凄い量の魔法が抽出された。

 ナノマシンだけを作るものから、何か製品になっているものまで。

 ナノマシンが作れると言うことは、自律して動く擬似生物みたいなものが、魔法で作れるということ。

 簡単なものでは、『鉱物人形ゴーレムクリエイション』というものが見つかった。

 難しいものでは、自律型ロボットもあったけど……統術ランクが足りなくて使えそうに無かった。


 しかし本当に、この世界の魔法って、どれだけの種類があるのか上限が見えてこない。

 ゲームだったら千種類もあれば多過ぎる方だけど……工業製品が好き勝手に登録されているのを見る限り、万は軽く超えている気がする。

 何というか、端的に言ってやりすぎだと思う。

 探すのは大変だけど、便利すぎる。


 と言っても、インフラなんてのは、使ってる内にその凄さは分からなくなるもの……蛇口を捻れば水が出ることも、プラグをコンセントに挿せば電気が使えることも、電話でどこか遠くの人と会話が出来ることも、最初は魔法のようなものだったはずだ。

 電話で言えば、有線電話の1対1しか会話出来なかったのが、複数人に対応して、無線でどこでも話せるようになって、最終的にスマホなら、電話だけでなく、情報がどこでも引き出せるようになった。

 こんな感じに便利さを突き詰めていけば、いずれ人間は魔法に辿り着いて、無から有を生み出しているかのような、奇跡を手に入れられるようになるのだろう。

 そのインフラを整えたのが、人間なのか神様なのかは分からないけど、その便利なシステムを使わせてもらっていることに、とりあえず感謝しておかないとね。


 しばらく、僕はこの新しく見付けた魔法達の所為で、睡眠時間が削られてしまった。

 もちろん、自分が好きでやってるんだけど。

 おかげで地下室が、どんどん拡がっていってしまって、色んな設備も出来上がって、今ではまるで迷宮のようになってしまっている。

 人の欲望──この場合は探究欲とでも言うのかな──は尽きないね。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 領主の回答を待っている間、魔法研究以外でも色々あった。

 中でも一番大きかったのはシシイのことだ。


「落ち着いたなら、相談に乗って欲しい」


 ある朝、神妙な顔付きのシシイが、医院の方にやって来て、そんなことを言った。

 どうも言いにくそうにしてることから、深刻な悩み事らしい。

 この村の宿に住むようになって問題でも起きたのだろうか?

 あ……


「路銀が尽きたとか?」


「違うわ! 二つ名持ちの傭兵は、そんなに貧乏じゃねえよ!」


 失礼だけど意外だ。

 そんなお金を、どこに隠し持っているのかは謎だけど。

 さて、お金の相談じゃないなら、何だろう?

 デボラおばさんの美味しい料理を毎日食べてるらしいから……


「ご飯が美味しすぎて肥ったとか?」


「それもねぇよ! 食べた分動いてるからな! ま、まさか……肥ったように見えるのか……?」


 シシイが不安げに表情を曇らせて、自分のお腹や二の腕の身を摘まんでいる。

 見事な筋肉が付いていて、全く(たる)みはなさそうだ。


「いや、ごめん……女の子の悩みって言ったら、そんなところかと思って……後は恋愛相談ぐらいかな……?」


「それこそあり得ねえよ!!」


 少し頬を染めながら、シシイのツッコミが拳という形で飛んでくる。

 とは言え、拳はいつもの通り、『物理防御フィジカルディフェンス』にやんわり阻まれるのだが。


「ごめん。全然思い付かないから、何の相談なのか教えてくれるかな?」


 シシイはしばらく呼吸を整えてから、真剣な顔で口を開いた。


「わたしをちゃんとしたオークにしてくれ。こんな小っこいオークじゃなくて、デカくて強そうなオークになりたいんだ……」


 シシイはそのまま、ぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。


 彼女はオークの里で生まれた。

 生まれたときは、他のオークの子供と同じ大きさだった。

 でも、時間が経ち、周りの子供達が成長するにつれ、その差が如実に表れてしまった。

 彼女は他のオークと違って、全然大きくならなかった。

 オークは身体的な強さを尊ぶ種族で、いつまで経っても成長しない彼女は、徐々に疎まれるようになっていき、果ては両親にも問題があるのではと、両親も疎まれるようになった。

 里の中で孤立してしまったシシイとその家族は、里から出て行くしかなかった。

 里しか知らない彼女らに行く当てなど無く、放浪することとなった。

 種族的な体格の良さから、彼女の両親は傭兵として生活費を稼ぎながら、どこへ行くとも無く旅を続けた。

 そんな生活に身を置けば、体格など関係なく、シシイも闘いの術は勝手に身に付いていき、いつしか彼女も傭兵を名乗るようになっていた。

 そして、傭兵として、西方の国で起こった戦争に参加したとき、運悪く両親は他界し、彼女は独り身となってしまった。

 彼女は傭兵としての旅暮らししか知らず、今まで色んな国で傭兵をしながら、ずっと旅をしてきたのだった。

 いつしか「厄嵐」と呼ばれるようになるほど、彼女は傭兵として認められるようになっていた。

 それでも、彼女は、悩んむことがあった。

 自分がこの姿でなければ里を追い出されることもなく、平和に暮らせていたのではないかと。

 追い出されることもなければ、両親を死ななくて良かったのではないかと。

 それが自分の運命だと、諦めてはいるけれど、それでも心に引っ掛かっていた。

 そしてたまたま、僕に出会った。

 彼女の行ったどこの国でも聞いたことの無い、「異世界美容整形」という職で、色んな物を望んだ形に変えていく、奇跡のような魔法を目にして、また自分のコンプレックスについて、深く考えるようになってしまったのだとか。

 もしかしたら、僕なら変えられるのかもしれないと。


「別にそれで親が帰ってくるわけでもないし、今となってはそこまで困っちゃいないんだけどな……それでも、気になるんだ」


 コンプレックスとは、そういうものだ。

 それで何も問題が無かったとしても、引け目を感じてしまうもの。

 それが原因で、親と一緒に里を追い出されているなら尚のことだ。

 ただ……


「仮に出来たとして、シシイがオークらしいオークになったら、今までと全然違う生活になると思うけど、それは想像できてる? メリットもデメリットも」


「そうだな……どちらもぼんやりとしか考えられてねえ感じだ。だいたい、出来るなんて思ってなかったからな。望んだ姿になれたら、自分の中で、気持ちに整理が付くかもって程度だ」


 出来るかもという可能性を見ただけで、実際に出来るかは分からないのだから、今はまだその程度かもしれない。


「分かった。じゃあ、先に出来るかどうか調べてみよう。本当にどうするかは、分かってからもう一度考えれば良いよ」


 僕はシシイを検査室へと連れていった。

 彼女も一度、歯の検査で入っているから、何をするかすぐに理解してくれた。

 検査台に寝たシシイへ、いつもの『身体精密検査(カラダスキャン)』を発動する。

 今までと同様に、前回見たシシイのデータから変化があった。

 今回特に大きく変化したのは種族情報だった。

 幾つかの項目と、その項目のパーセンテージや分担情報が事細かく表示された。

 この魔法、もしかしたら、掛けられた側が見てもらいたいと思った箇所が、細かく表示されるのかも知れない。

 使用する側の要求で、知られたくないことを覗き見られるのもイヤだろうから、プライバシー保護として制限が掛かっているのかな。

 もちろん、命や健康状態に関わる情報は、見ることが出来るんだろうけど。


 そしていつもの通り、詳細が表示されればされるほどに、謎が深まっていく。


 今回事細かく表示されたのは、多分、種族情報と言いながらも、正しく遺伝子情報だと思う……そこまでは予想できるんだけど、やっぱり単語の意味は分からない。

 人間を表す部分はまだ分かるんだけど、他の種族に関わる部分が何を示しているのか……

 キシラの時は、1種類しかなかったからすぐに分かったんだけど。

 人間以外の要素を抽出して、割合を表示すれば何か分かるかも……って思ったら表示が変化してくれた。

 1つの項目が99パーセントを占めていて、残り1パーセントを他の多数の項目が分け合ってる感じになっているようだ。

 99パーセントの項目が……エスサルバニウス。

 それって何よ? 無理やりカタカナで表示されてるから、逆に分かりにくくなってるパターンな気がする。

 1パーセント以下には、ビーベイビィルサとかピーラルバトゥスとかがあるけど……僕の持ってる知識に当てはめると、何となく薬品の名前に思えてきた。違うんだろうけどね。


 これはダメだ。遺伝子的な問題だったとしても、何をどう変えたらシシイの望む姿になるのか、全く予想できない。

 逆に望まない姿や、最悪死亡してしまっては元も子もないから……

 それなら、整形する魔法で、身長や肉付きを変えてしまった方が、望む姿に近付けることは出来ると思う。


 でも、シシイが望むのは、望んだオークになること。

 それは多分、『偽物』ではなく『本物』になりたいということ。

 だとすると、形を変えるだけじゃダメだと思う。


「ごめん、シシイ。今の僕には君の悩みを解決できそうにないよ。君が望む姿のオークを連れて来てくれたら、出来るような気はするんだけど」


「いや、勝手に期待して悪かった……でも、まだ希望はあるんだな?」


 シシイの問いに、僕は少し考え込んだ。

 どう答えるべきか……


 異世界美容整形医院を始めて、美容整形に関係しそうな魔法を調べたときに、見付けた魔法がある。

 析術『種族変更(シフトライブ)』というそのままの名前で、最高ランクの析術師でないと使えない魔法だ。

 でも間違いなく、この魔法は、シシイの望む結果を返してくれるだろう。

 彼女が望む姿の遺伝子情報が分かれば。


「心当たりはある。シシイが他の子を連れて来るまでには使えるようになっておくよ」


「本当なのか……!?」


 なぜかシシイが目を見開いて驚いている。

 聞いておいて驚かなくても……


「ただ、たぶん急激な変化を与えると、命に関わる可能性があるから、長い間掛けて変えていくことになると思うけど」


「そうか……本当に出来るのか……」


 信じられないという表情で、僕を見上げてくるシシイ。


「その前に、本当にシシイがそれを望むのか、理想のオークを見付けて相談してみたら良いんじゃないかな? さすがに僕も、オークがどんなことに生き難さを感じるのかは、人間だから分からないしね」


 今度はマジマジと僕の顔を見つめてくる。


 今、僕、何かおかしな事言った?

 とてもまともなことを言ったと思うんだけど?


 あ、そうだった、シシイがオークを探しに旅に出るなら、これは言っておいた方が良いだろう。


「僕の魔法のことは外で喋らないでね? 何でも出来るって勘違いした人が、いっぱい来ても困るからね」


 次はシシイが呆れた顔になってしまった。


 なんなの? どこにおかしな点が有るの?

 平和を望むって普通の思考だと思うんだけど……


「あ、ああ、分かった。お前に魔法を使ってもらえなくなったら困るから、お前のことは言わないようにする」


 微妙にズレているような気がするけど、噂が立たないならそれで良いか。


 僕と約束をして、シシイは帰って行った。

 あの様子だとすぐに出発するのかも知れない。



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