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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-027 それぞれの捉え方


 ビータに「一人にさせて欲しい」と言われてしまった。

 昨晩のこともあるから、なるべく傍に居ようと思ったのだが……嫁に素気なくされるとは。

 まだ、息子が死んだことは伝えられていない。

 あの眠っている姿を見て、死んだと伝えても信じられないだろうし、今の状態のビータに伝えるのは正直酷だと思ってしまう。

 領主としては彼女に伝えて、領民の顔としてしっかりして欲しいと思うが、あまり苦労をさせたくないという夫としての思いが、決断に二の足を踏ませる。

 年齢から言っても、次の子を産むには少々厳しいだろう……若い側室を迎える必要があるかもしれない……それもあまり気が進まないが。

 自分も領主としてしっかりせねばならぬのに、情けないことだ。

 息子があんなことになってしまって、参ってる部分があるようだ。

 わたしも一人になって、気持ちを整えた方が良いのかもしれない。


 侍女の一人をつかまえて、ビータのことを念入りに頼んでから、わたしは温泉に出掛けた。

 あの静かでとても落ち着ける場所なら、いつもの調子に戻れるかもしれないと思ってだ。



 今後のことをどうするべきか……温泉に来ても、考えは堂々巡りをしていた。

 うちの優秀な家令(コンセルト)も、流石に今回ばかりは妙案が浮かばないのか、まだアイデアを出してきていない。

 今回の事件は、あまりにも突拍子がないことだったから……いや、想像は出来ていたはずだ。

 息子のあの性格は、悪魔が原因だったと考えれば納得できてしまう。

 ここに来て正体を現したのも、聖女ミレルの影響か、それとも村長(ダニエル)の息子の影響かどちらかだろう。

 なんにせよ、被害が大きくなる前に止めて貰えたのは助かった。

 ボグダン君には感謝だな。

 それ以外にも色々としてもらった──特に腰痛が治ったようだし、一度礼を言っておかねば。


 そんなことを考えていると、丁度、ダニエルが申し訳なさそうにやってきた。

 バカ息子を持つ者同士、いつも息子の話題で盛り上がっていたから、自分の所だけ更正出来たことを後ろめたく思っているようだ。


 わたしはそんな狭量な男ではないぞ。


 少し叱ってやった。

 友として心配してくれていることは分かっているので、その気持ちはしっかり受け取っておいたが。

 息子自慢が始まるなら、本当に怒る必要があるかもしれない、と考えていたら、その本人(ボグダン君)まで温泉に来てしまった。

 昨年までと違い、本当に腰の低い青年となった彼は、ダニエル以上に申し訳なさそうに、わたしにお願いがあると言ってきた。


 今回の大いに活躍してくれた彼のお願いなら、聞くことはやぶさかではないのだが、腰の低さを評価したところで報酬を要求してくるのかと思うと、自分勝手ながら幻滅してしまいそうになる。


 わたしはそんなに懐の狭い男ではないのだが……


 そう思って彼のお願いを聞くと、あろう事かビータの話であった!

 あれだけの事件を解決しておいて、まだ要求するものが我々を考えてのこととは……本当に彼は変わったものだ。


 彼が言うには、ビータに優しくしろ、とのことだった。

 もちろん、していないつもりはない。

 だが、少し違うのだとか。

 お互いに立場というのが無意識下に存在するから、壁を作っているのだとか。

 無意識下である以上は、当事者達は絶対に気付けないので、申し入れに来たと。

 何をすれば良いのか?と聞けば、ただ話を聞けば良いという。

 我慢しないで良いんだよって優しく言ってから、ビータが話したことを全て聞けば良いのだとか。

 その時に腹が立つようなことがあっても、今日だけは受け入れるようにして欲しいと。


 わたしはそんな器量の狭い男ではないのだ!


 その程度、己妻(おのづま)の事ぐらい全て受け入れられて当然であろう。

 と言ったのだが、念の為にと、赤い紐の付いた魔石を渡された。

 怒りが少しでも湧いてきたら使って下さい、だと。

 自分が思っている以上に疲れているから、感情の制御が出来ない可能性が出てくるかもしれない、などと言われてしまった。


 今日温泉(ここ)に来たときのことを考えると、彼の言ってることは、全て正しいのではないかと思えてくる。

 確かに、疲れているから、わたしはここに来ようと思ったわけだ。

 思っている以上に、息子のことに衝撃を受けているのかも知れんな。


 素直に使わせてもらう、と言って魔石を受け取った。


 全て解決したら、彼にはしっかりと報酬を払わねばならんな。

 少しダニエルと彼の話をしてから、わたしは屋敷へと戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミレルちゃんは本当に良い子だと思う。

 帰る間際まで、必死に話題が尽きないように、色んな話をしてくれた。

 主に彼女の旦那さんの話だったけど。


 どうしても時間が空いたら、息子(ネブン)のことを考えてしまう。


 どうしてこんなことになってしまったのか?

 これからどうなってしまうのか?


 不安ばかり募ってしまう。

 彼女の旦那さんは、それを見越してキレイな魔石を置いて行ってくれた。


 青い魔石を握って念を込めると、それだけで魔法が発動するらしいのだけど、今まで見てきた魔道具とはちょっと違うので不安だわ。

 そう思いながらも握ってみると、見た目には何も起きないのだけど、でも、これを握っていると、なんだか心が落ち着いてきた。


 ロザリオやアミュレットみたいなものかしらね?

 だったらこれは、魔法というより、わたしが彼を信頼しているから起こることなのかしら?


 わたしもあまり魔法とは馴染みがないから、良く分からないけれど、きっと信じていた方が効果は強いと思うのよね。

 ミレルちゃんの旦那さんなんだから、信頼できると思うわ。

 ミレルちゃんも、彼に悪魔から救ってもらったって言ってたし、きっと大丈夫よね。

 希望があるかどうかは分からないけれど、息子のことをしばらく見守ってて欲しいと言われたから、この魔石で落ち着くのなら縋っていても良いかも知れないわ。


 でも、今朝みたいに……いえ、考えてしまうと余計に不安になるわ。

 止めておきましょう。


 ちょうど考えを中断したとき、ノックの音が聞こえてきた。


 わたしの旦那様が帰ってきたみたいね、より一層見苦しいところを見せるわけにはいかないわ。

 領主の伴侶としてしっかりしなくては。



 一緒に晩御飯を頂いて、今日ミレルちゃんから聞いたことを、お話ししたわ。

 だから、どうしても、ボグダンさんの話になってしまう。

 それは旦那様も一緒で、会話の中心はボグダンさんになってしまった。

 凄い人ね。



 晩御飯が終わったら、珍しく旦那様の部屋に呼ばれたわ……なんだかいつもと様子が違うから、不安になってきてしまう。

 こんなんじゃダメね。

 でも、旦那様もなんだか緊張してるみたいで、わたしと同じように、赤い紐の魔石を握ってる。


 ふふっ……二人ともボグダンさんのお世話になっているのね。


 わたしがそんなことを思ってるとは、旦那様は気にも留めてないでしょうね。

 なんだか必至そうだもの。


 見守っていると、旦那様が変なことを聞いてきたのよ。


「何か我慢していることはないか?」


 変なの。

 我慢してないと言えば嘘にはなるけど、庶民として暮らしていた頃に比べたら、随分と(らく)して生きているとは思うわ。

 首を横に振ったら、何だか困ったような顔になるの。

 我慢してることが無い方が困るって、おかしくない?


「楽させてもらってるわ」


「そうではないのだ。何か言いたいことを言ってないようなことは無いか?」


 言いたいこと……それも無いと言えば嘘になるわ。

 でも、言っても仕方ないことが、世の中にはたくさんあることぐらい分かってるつもりよ。

 そんな詰まらないことを言ったら、あなたは気分を悪くするじゃないの。

 だから、言うつもりはないのだけど……


「何でも良いんだ」


 何だか、焦ってるみたい。

 ホントに変な人ね。

 そこまで言うなら、少しチクリと言ってみようかしら?


「あなた、この村に来るの、あまりスキじゃなかったでしょ?」


 本当にどうでも良くて、とても下らなくて、今のこの村を知ってしまってからは、簡単に意見も変わるようなこと。

 本当に昔のことをほじくり返して、ただ旦那様をイラつかせるだけの質問だと思うわ。


 ほらやっぱり、ちょっとムスッとしたでしょ?

 この後、言葉がトゲトゲするはずよ。


 そう思ったのに、わたしの旦那様は優しく他は無いかと聞いてくる。

 ちょっと、わたしもムキになってしまうじゃない。

 そうしてわたしは、チクリチクリと日々のどうでも良いことを、少しずつ吐き出していった。


 本当にどうでも良いのだけど、少しだけ気になるようなことから始まって、領主としてどうすることも出来ないことまで、エスカレートするように、どこかにわだかまっていた不満をぶつけていった。

 それでも旦那様は、優しく微笑んで聞いてくれてるの。

 どうしちゃったのかしら?

 だから、今なら言ってしまえる、とか勘違いしちゃう。

 こうなったら、全部言いたいことを言うまで、わたしは止まらないわ。


 息子に対する不安や不満を、過去も現在もごちゃ混ぜに、とにかくぶつけちゃった。

 いつの間にか、わたしは泣きながら訴えてみたい。

 いつの間にか、優しく抱き締められて頭を撫でられてた。

 優しくって安心して、だから、やっぱり、わたしは旦那様のことがスキみたい。

 甘えるように擦り寄って、キスしてもらって、段々どうでも良くなってきちゃった。

 全部聞いてくれて嬉しくって、最後には、もう、旦那様のことスキって気持ちでいっぱいになってた。

 こんな気持ちになれたら、今からでも子供もう一人ぐらい、大丈夫なんじゃないかと思ってしまうわ。

 なんてね、ウフフ。

 そしてそのまま、わたしは旦那様のベッドで寝てしまったの。

 お陰で、ボグダンさんのもう一つの魔石には、お世話にならずに済んだわ。

 でも、大スキな人をもっと大スキになれるなら、ボグタンさんにはいつでもお世話になりたいわね。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 家令の仕事というのは多岐にわたり、非常に大変なものだ。

 主である領主のサポートには、境界も無ければ絶対の正解も無い。

 身近な仕事で言えば、例えば使用人達に命令を出すことだ。指示を出し動かすことは、仕事の相性や人間関係で成果が大きく変わってくる。最適な分配を考える、というのも難儀なものだ。

 遠い仕事で言えば、例えば領地の情報収集がそうだ。各地に知り合いを作り、虚実折り混ざった情報から、欲しい情報を抽出して、現状を把握せねばならない。それがなければ、上手く領地を運営することなど出来ないのだ。

 これらの多くの仕事を(こな)し、主へ結果をお見せする。

 こういった難しいことが求められていると、わたしはそう考えている。


 ただ、今回のことで、『異世界整形医院』の仕事に比べたら楽なものなのではないかと、バカバカしくも思ってしまった。


 わたしは、負傷者を見つければ、応急処置の出来る者を呼び、負傷者の数や治療の進捗をまとめはするが、直接治療したりはしない。

 しかも、彼はわたしの知っている魔法使いを、10人束ねても出来ないぐらい、完璧な治療だった。持病まで治してしまうなど、どれだけ良い魔女薬を使っても不可能なことなのに。

 そして、女性男性は別として、確実に重傷者から治療を行っていた。数や重要度の把握も一瞬でしていたのではないだろうか。


 わたしは、屋敷を改造するために、職人を呼んで要求内容を伝え、作業の工程管理を行うことはあるが、自分で大工仕事を行ったりはしない。

 これも、わたしの知っている城大工を、10人束ねても勝てないぐらい、完璧な仕事だった。直した椅子は以前より遥かに座り心地が良くなっていたし。

 そして、作業工程などどうでも良くなるぐらい、すぐに終わってしまったようだ。


 わたしは、服の発注はするが、自分で服を作ったりはしない!

 あれは、なんだ? 何でも無い風に彼がホイホイと魔法を使うから、悪ノリして自分が思う最高の物を要求してしまった。

 あのセンスはどこから来るのだ? 一級の仕立屋がデザインしても、あれほど職務に相応しい衣裳にはならんだろうに……

 何気なく作っていたが、気品があり豪華さもある。

 どの衣裳をとっても、領主が着ていても恥ずかしくないような、そんな完璧な出来映えだった。

 しかし……厩舎の世話係にそんな豪華なお仕着せを渡すなど、国王付でもするとは思えん!

 金の有り余っている北の国ならやりかねんが、あそこは自分たち以外に金を使うことをしないからな。

 後で調べておかねば、使用人達が悪目立ちしてしまいそうだ。


 そして、わたしはそもそも、悪魔退治などしない。

 そんな危険なことをしていては、命が幾つあっても足りないだろう。


 魔法というものがいかに凄いか、如実に現す事件であったと思う。

 一人でやれば年単位で掛かるような仕事を、一晩で(こな)してしまう……

 才能ある者がエルフ様から直々に魔法を教わったら、あんな風になってしまうのか……空恐ろしいものだ。


 その有り余る能力を遺憾なく発揮するために、聞いたことの無い『美容整形医』という仕事を考えたのだろうか……確かに彼の能力だと、どんな職業についても、規格外過ぎて持て余すことだろうから、正しいのかもしれない。



 一日経って朝になってみれば、昨日はあった主と奥方のギクシャクした空気まで、無くなっているではないか!

 美容整形医とは、人の心も整えるものなのだろうか……本当に底が見えない。

 彼と敵対するようなことがあっては不味い。

 彼を利用しようなどと考えることも不味い。

 もし今の能力を持ったまま、昔の性格に戻ってしまっては……悪魔を退治するのではなく、逆に悪魔を植え付けてきそうだ。

 恐ろしい! 全くもっておぞましい!


 不興を買わないように、ただ明らかに態度を変えるのも怪しまれてしまう。

 今まで通り、何気なく、協力を仰いでいく必要がある。

 まだ課題は残っているからな。

 一番大きな課題が。


 それを解決するためには、多少突拍子のないことでも、彼の協力を得て実行する必要がある。

 奥方も若く見えるが、さすがにいい歳だ。

 体力的に厳しいだろう。

 主も側室など作りそうにない。


 そうなるとあの手しか無い。

 少し変化があっても誰も疑問に感じないだろう、避暑でこの地を訪れている間に、決着を付けねばならない。

 早急に領都へ戻って準備せねば!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 珍しくコンセルトが、避暑の途中で領都へ戻ると言い出した。

 しかも、帰ってくるまでネブンのことは待って欲しいと。

 わたしと領のことを、一番考えてくれている彼のことだ。

 何か良い案があるのだろう。

 ボグダン君も別に急ぐわけではないと言っていたし、ずっと眠り続けるネブンを見ていれば、ビータも覚悟が定まるかもしれん。


 わたしは、よしと頷いて、コンセルトに帰る許可を出した。


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