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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-026 一つでも欠けていたら、今の結果は無いようで


 久しぶりによく寝たと思う。

 なにせ、起きたら昼だったから。

 いつもの倍ぐらい寝てたようだ。

 ミレルはどうだろう?

 規則正しい生活習慣の彼女だから、朝早く目覚めて出掛けてしまっているかもしれない。

 結局、昨日はまだ僕の話をしなかったから、今日は家でゆっくりお話がしたいんだけど……


「ボグダンはいるか!」


 まだ微睡んでいる僕に、目覚ましの言葉が飛んできた。

 珍しく、村長(おとうさん)が直接やって来たようだ。

 いつもはマリウスを遣いに来させて、呼び出すことが多いのに。

 とりあえず、今日もゆっくり出来ないことは確定なようだ。


 寝癖が付いたままの明らかな寝起き姿で、僕はすぐ近くにあるエントランスの扉を開けた。


「なんだ? まだ寝ておったのか? 少し見直したと思ったら……いや、昨日はご苦労だった」


 文句を言うのかと思ったら、逆に労われてしまった。

 おおかた、ネブンの件を聞きいて飛んできたんだろう。

 でも、まだ半日も経っていないのに、どこから情報が伝わったんだ?


「立ち話も何ですから入ってください」


 村長を招き入れて、ダイニングへ案内する。

 昨日もソファで寝たから、リビングが使えないのだ。

 ダイニングは、さすがに応接セットとして不十分なんだけど、そこは魔法で何とか出来る。

 ダイニングの椅子を、ゆったりとした一人掛け用のソファに変形させて、村長に座ってもらった。


「本当に自由自在だな!? 火事の処理で見たときより、変形魔法が上達したんじゃないのか?」


 その名前の魔法を褒められても、喜んで良いのか複雑な気持ちになるけど……


「ありがとうございます。温泉造りや街道の補修で使う機会が多かったので、慣れたもんですよ」


 当たり障りのない言葉で流して、さっさと本題に入ろう。


「それで、昨晩の話ですか?」


「そうだ。家令のコンセルトが朝早く報告に来てくれてな、人払いして詳細を教えてくれた」


 人払いをしたということは、ネブンが死んだことまで話したんだな。

 そうなると、まずは謝るのが吉かな。


「ネブン様を救えず申し訳ありませんでした」


 僕は言葉と共に頭を下げた。


「悪魔憑きだったなら仕方がない……身体をキレイに残し、安らかに眠らせることが出来ただけでも、僥倖だ。いくらお前が魔法の天才だからと言って、何でも出来るわけでは無いのだ。気に病むでない」


 村長から、今までに聞いたことないぐらい、優しく言葉をかけられた。


 それは流石にちょっと動揺してしまうよ。


 僕は隠すように頭を下げた。


「ご心配痛み入ります……魔法が使えるようになったからと、少し自惚れていたようです」


「そうだ。力を持ったところで所詮一人の人間だ。一人では出来ないこともたくさんある。人を救おうとする心は素晴らしいが、この国全ての人を救えるわけでも無いのだ。気負いすぎても疲れるだけだわい。わしも村長として、この村の者を全て救いたいと思っておるが、どうしても救えないことだってある。天災に立ち向かっても、流石に勝てないものだろう? そんなときは、わしは復興に力を入れる。最後に笑えればそれで良いのだ」


 今度は何だか嬉しそうに言葉を掛けてくれた。

 何が琴線に触れたのか分からないけど、こう言ってもらえるのは僕も助かる。

 村長も、この村を統治していて、大変なことがたくさんあったんだろう。

 そんな村長の重みを持った言葉だから、なんとなく説得力があった。

 生きている以上は、これからの方が大事だという考え方。

 そうでも考えていなければ、重責に付く人は潰れてしまうのかも知れない。


「そうですね、ありがとうございます。まだ終わっていませんから、みんなが笑えるように努力したいと思います」


 うんうんと頷く村長。

 やっぱりなにかが嬉しいみたい。

 しかし、なぜコンセルトさんが村長にわさわざ話しに来たのか……寝込んでいるように見えるんだから、死んだことは話す必要がないはずなのに。


「そうだ、ネブン様のことをよろしく頼むぞ」


 ん? まあそうだね、まだ領主の決断を待って、事後処理をしないといけないしね。


「これだけのことをしたのだ。恐らく、伯爵はお前に相談をしにくると思う」


 あれ? 決断を伝えに来るのではなく?


「それは、決断を出す前にと言うことですか?」


「そうだ。人を落ち着かせるための魔法など聞かれたり、死者蘇生という無茶なことは仰らないと思うが、それに近い魔法の相談はされるかもしれん。例えば、少しの間だけ生きているように見せかけるとか……」


 なぜ、領主がそんなことを要求するのか……

 そして、なぜ村長がそんなことを思うのか。


「コンセルトさんに何か言われましたか……?」


「ああ……伯爵夫人が少し取り乱しているようでな……」


 なるほど。

 既にビータ夫人には、目に見える症状が出ているのか。

 きっと夫人は、現実と夢の境にいるんだと思う。

 僕とネブンのやり取りを聞いてしまったから、強烈に印象に残ってしまった信じたくない現実と、それを夢だったと思い込みたい理想との狭間に。

 ネブンが元気に復活することを夢見ながらも、目を覚ましたネブンがまた悪魔の所業を行うことも、同時に想像してしまうのかもしれない。

 夫人には、精神安定系の魔法を込めた魔石を、早急に渡さないといけなさそうだ。


「そうですか……それでしたら、この後、僕は少しお屋敷の様子を見てきます」


「ああ、そうしてくれ。ミレルちゃんも連れて行くんだぞ。わしは温泉の方を見に行っておくよ」


 村長も少し気に掛かるのだろう。

 村長と領主とは重責を負う者同士で、バカ息子という共通の悩みを持つ者同士だったから、愚痴を言い合う仲みたいだからね。

 それに、村長の息子である『こいつ』は、僕という転生者が入って上手くいったけど、領主の息子であるネブンは死んでしまった。

 領主へ『こいつ』と同じように、もしかしたら上手くいくかもしれないと提案した手前、思うところもあるだろう。


「分かりました」


「それと、分かっているとは思うが、ネブン様のことを誰にも話すんじゃ無いぞ」


 村長は言いたいことは言ったようで、すぐに帰って行った。

 やっぱりコンセルトさんは優秀みたいだね。

 村長に伝えることで、情報が漏れることも防いで、僕が協力的に動くようにもするなんて。

 直接言ってくれても良いんだけど……でも、お陰で僕として村長に隠し事をする必要も無くなったわけだ。

 元から、僕が人に情報を漏らさないだろうと分かってて、村長に話を持っていったのかもしれないね。


 さて、僕もご飯を食べて出掛けることにしよう。

 一緒に行くなら、ミレルも探さないとな。


 村長の座っていた椅子を、魔法で元に戻してから、リビングのソファに戻ると、寝室の扉が少し開いているのに気が付いた。

 ミレルがこっそりとこちらを見ているみたい。


「あっ……」


 ミレルも、僕が気付いたことに気が付いたみたいで、扉を閉じられてしまった。


 ふふふ。

 可愛いね。


 今日は珍しく、ミレルも昼まで寝ていたのか。

 昨日は疲れただろうし、休んでてくれても良いんだけど。

 閉じられた扉をノックをして、ミレルにお昼ご飯を準備する旨を告げる。


「ふわぁ〜い……すぐいきますぅ……」


 という眠そうで気の抜けた声が返ってきた。

 タイミング悪かったかな……?

 でも、寝惚けてるミレルは見たかったな。



◆◆



 昼ご飯を食べて支度をしたら、ミレルを連れてすぐに領主のお屋敷に向かった。

 雲一つない快晴の元、村の中を普通に歩いていると、流石に少し汗ばんでくる。

 僕がここに来た時より、日差しが強くなっているみたい。

 夏真っ盛りって感じかな?

 やっぱり湿度が低いからか、日本に比べたらかなり過ごしやすいけど。

 この感じからすると、夏は短いのかも知れない。

 もちろん、僕は魔法が使えるんだから、真夏の日差しに何の抵抗もしていないわけじゃない。

 自分とミレルに降り注ぐ日差しは、『夏日傘(パラソル)』という魔法でフィルターを形成して、赤外線と紫外線を弱めてある。

 日差しの明るさだけは夏っぽいけど、日焼けもしないし、体温を上げる効果も殆どなくなっている。

 LED光に照らされてるような状態だね。

 ミレルが不思議そうに空を見上げていたから、魔法を説明してあげたら、より一層不思議そうに首を傾げていた。

 その仕草が可愛かったので頭を撫でておいた。


 そんな夏の快適な散歩を楽しんでいると、すぐにお屋敷に着いてしまった。

 ミレルと二人で来るなら、もっと遠くても良いのにね。


 門に近付くと、門兵さんが片手を挙げて挨拶してくれた。

 ネブンとビータ夫人に会いに来た旨を告げると、屋敷の中に取り次ぎに行こうとするので、自分で行くと説得した。

 どうにも、僕を賓客として扱おうとするように、方針転換されているらしい。

 誰が言いだしたのか知らないけど……半日で浸透させてるって事は、コンセルトさんかな?

 折角、以前に比べてお屋敷の使用人達とも仲良くなれたのに、一線を引かれてしまっては残念だ。

 現状の方が話も聞きやすいし、このままにして欲しいところ。


「その威張らない態度が、また好感を生むんですよ」


 とは門兵さんの談。

 謙遜じゃなくて、利益優先なんだけどな。


 中に入って、出会った使用人達と挨拶を交わしながら、まずはネブンの所に向かった。


 ベッドに寝ているネブンに対して、『身体精密検査(カラダスキャン)』を発動して状態を確かめる。

 魔法の判定では、脳死状態で安定したらしい。

 生命維持を掛けている状態も一緒に表示されている。

 でも、脳に直接的なダメージがあったわけじゃないのに、この判定には疑問が残るんだけど……きっと僕の知ってる判定基準と違うんだろう。

 あと、この表示だと、戻る可能性があるということだろうか?

 なんて思ったら『回復の可能性0%』と表示が追加された。


 前々から感じてたけど、表示項目が変化するのが謎だ……今のは僕が見たいと思ったから増えたんだろうけど。

 0%と言い切るシステムが凄いね。

 ユタキさんが、僕に罪悪感を持たせないために、表示させたんじゃないだろうか?とか疑ってしまう。

 そんなことをユタキさんがする必要性がないから、僕が疑い過ぎてるだけだろうけど。


 ここまで表示されたら、ある意味安心だ。

 ネブンについては、本当に領主の判断を待つだけで良いからね。

 複雑な表情で、ミレルがネブンを見つめていたので、また頭を撫でておいた。



◆◆



「お加減どうですか?」


 僕たちはビータ夫人の部屋を訪れ、そう会話を切り出した。


「わたし? わたしは怪我もしていないし、何ともないわ」


 そう答える夫人だけど、僕たちが入室しても、話し掛けるまではどこか遠くを見つめていたので、何ともないわけがない。

 それに、村長の聞いた話では、取り乱したと言ってたわけだし。

 とはいえ、ありがちな症状で、いわゆる災害などによるPTSDの発症とも言えるし、喪失体験──失恋や家族の死別──後の鬱発症とも言える。

 人が生きていれば体験するようなことだから、この場合は、薬ではなく対話で治療すべき事だろう。

 医師でなくとも、周りの人がケア出来れば充分落ち着くとは思う。

 ただ、対象がネブンだから……使用人達には喪失感が無いだろうね。

 夫人と一番近しい感情が持てるとしたら、領主しかいないけど、領主は立場上、自立心が強いので周りにもそれを要求してしまうかもしれない。

 そうなったら、夫人は突き放されて孤立してしまうだろう。

 それは最悪のパターンだ。

 有らざる希望で一旦落ち着かせることは出来るかも知れないけど……生き返らないのにそれは酷というもの。


 うーん……これだから、精神障害系は難しい。

 薬でぱぱっと治せてしまえるなら、魔法でも同じことが出来るから楽だ。

 もしかしたら、僕が解決策を見いだせないから、魔法を検索するワードが悪くて、最適な魔法が引っかかられないだけかもしれないけど。


「まあ、そうなんですの? それは凄いですわね」


 夫人の驚いた声で、僕は思考の海から帰ってきた。

 僕が考え事をしている間に、ミレルが夫人と話をしてくれていたようだ。

 僕の抜けてるところを、何も言わずにカバーしてくれるなんて、素晴らしい嫁さんだ。


「ですので、しばらく見守っていてもらえれば」


 ん? 何の話をしていたのだ?


「あなたがそう言うなら……なんだか少し安心したわ」


 いつの間にか、夫人が笑顔になっている。

 折角良い雰囲気なんだから、僕が余計なことを言って悪くしてしまっては、ミレルの努力を無駄にしてしまう。

 何の話をしたかは後でミレルに聞くとして、今は依存性のない薬を出しておこう。

 といっても、抗不安薬と睡眠導入薬の代わりとなる魔法を込めた、魔石なんだけど。

 分かりやすいように、色違いの組み紐を付けておこう。


「少し元気になられたようで何よりです。もしもの時のために、これをお渡ししておきます」


「まあ、綺麗なブレスレットね。これは?」


「魔石です。青い方が不安になったときに使ってください。緑色の方は眠りにくいときに使ってください」


 僕がそう説明すると、夫人とミレルが顔を見合わせて、無言の会話を交わしたと思ったら、二人とも笑っている。


 え? なんなの?


 そういえば、夫人が温泉を利用しているときから、ミレルが話し相手をしていたんだった。

 その時から仲良くなってたから、通じる物があるのかもしれない。


「分かったわ、ありがたく使わせてもらうわね」


 夫人は疑うことなく受け取ってくれた。

 これもミレル効果と思えば、助手としてこれ以上ない人材だね。

 これを思って村長が、ミレルを連れて行くように提言したなら、村長も凄いと思う。


 僕に出来ることはこのぐらいしか無いけど、ここ数日が一番危険だろうから、あまり間を空けずに様子を見に来た方が良いだろう。


「では、これで失礼致します。3日後にまた来ます」


 後は家族のケアが重要なので、少し領主にも話をしに行こう。


「ボーグ、わたしはもう少しお話ししていくわ」


 さすがミレル、気が利くね。

 気が紛れるだろうから、話し相手はいた方が良い。


「お願いするね」


 僕はミレルへ短く答えてから、頭を下げて退室した。

 村長が温泉に行ったということは、領主は温泉にいるのだろう。


 早速温泉に行こうと、お屋敷を出口に向かって歩いていると、出会う使用人達から声を掛けられた。

 服のお礼だったり、怪我を治したお礼だったり、ネブンの事だったり。

 そういえば、コリーナさんとスヴェトラーナをまだ見ていない。

 特にスヴェトラーナは、ネブンと直接やり合ったんだから、相当疲れてるだろう。

 折角来たんだから、美味しいものでも差し入れてから、温泉に行くとしよう。


 そう思って、使用人達の宿舎へ向かうと、入ったところで一人の若い──日本ならまだ成人していない年齢に見える──男性使用人に声を掛けられた。


「お前がボグダンか……お前が余計なことをするから」


 そんな風に絡まれてしまった。


 ちょっと驚いた。

 さっきまですれ違う人みんなに、感謝の言葉をもらっていたから、心の準備をしていなかった。

 この世界に来てすぐは、責められるような言葉しか受けてこなかったのに、変わったものだね。

 ということは、昔の『こいつ』を知ってる人かな?


「お前が中途半端なことをしなければ、あいつは俺が殺すはずだったんだ……」


 ネブンの話か。

 でも、何を責めているのだろう? ネブンが寝ているという情報しか公開されていないから、ネブンを殺さなかったことに対して批判されているのだろうか?


「魔法で眠らされているからチャンスだと思ったのに……なんでしっかり眠らせておかなかったんだ!」


 んー? 彼が言っているのは、昨晩のネブンに対する対応の話じゃ無い気がする。

 昨日まで、コリーナさんやスヴェトラーナの協力で、ネブンは魔法によって眠らせていたのは確かだけど……

 「しっかり」って言い方をするってことは、起きてしまうことを知ってる人だ。


 あー!

 つまり、今回の騒動の引き金を引いた人か!


 なんで昨日に限ってネブンが起きたのかと思えば、この人が寝てるネブンを起こしてしまったのか。


「魔法というのは万能ではないんですよ。わたしの使った眠らせる魔法は、危害を加えようと思ったら起きてしまうのです」


 なんでも作ってしまえるので、割と魔法に万能感を感じてる僕が言うことじゃない気もするけど……人に掛ける魔法は制限が多いのも確か。


「それならちゃんと言っとけよ!」


 逆ギレしていらっしゃいますね。

 んー……この場合、僕が悪いのかな?


「知ってたら、あんな不用意なやり方はしなかったのによ!」


 知っていれば、確実に殺せる方法をとったということか。

 でもそれなら、魔法で寝てるときじゃなくて、普通に寝込みを襲えば良かったんじゃないの?


「それならいつでも出来たんじゃ無いですか?」


「うるせぇ! 一日も寝込んでいるなら、しっかり眠ってるって思うじゃねえか。いつもより起きにくいって思うだろうよ!」


 それは分からなくもない。

 普通は、毎日丸一日も寝ることはないもんね。

 普段なら起きてしまうかも知れないけど今なら、って考えるのは分かる。

 でも結局、用意周到に準備した上で、普通に寝ているときに決行しなかった理由は言ってない。

 要するに、思い付きでやったということだ。


「ネフ、そのぐらいにして下さい。協力してくださった彼を責めるのはお門違いです。わたしが魔法の効果について周知していないのに、お休みを頂いてしまったのが失敗の原因です。責めるならわたしを責めなさい」


 彼の後ろからコリーナさんが現れ、そう言ってくれた。


「でもよ、コリーナ……そのせいでみんな……」


 ははーん、なるほど。

 ネフ君はみんなを救いたくてやったのに、反対に危険にさらしてしまったことを後悔しているのか。

 それでどこか、逃げる先を探していたというわけだね。心を守るには必要な行動だ。

 そして、己のしてしまったことが正しかったのか、それを悩んでいるのなら僕と同じだ。


「僕がこのお屋敷の方々を危険にさらしたのは間違いないです。僕も後悔はしてるんですよ……もっと良い方法があったんじゃないかって」


「しかし、ボグダン様、わたしたちは頂いた魔石で、平穏に暮らす為のチャンスを与えてもらいました。何もしなければ、ネブン様を落ち着いた状態に保つことは出来たでしょう」


 コリーナさんがちらりと彼の方に視線を向ける。

 向けられた彼は、居心地が悪いのか視線を逸らしてしまった。


「待ってください、続きがあります。僕は、ある人に言われたんですよ。結果と未来を見たら良いって。簡単には割り切れないと思いますけど……でも、だからこそ、聞きたいと思います。昨日までのことは一旦置いておいて、現状に問題がありますか? これから楽しく暮らしていけそうですか?」


 僕はコリーナさんとネフ君、両方に問いかける。

 ネフ君は「は?」って感じの間の抜けた顔をしたけど、コリーナさんはすぐに答えてくれた。


「怪我は全て跡も残らず治して頂きましたし、むしろ昔から抱えていた持病が治ったと言ってる者もいます。そして、こんなにも素晴らしい衣服を与えて頂きました。ネブン様も当分起きてこないと聞いています。何の問題もありません! これまでに比べて、明日も明るいと思います。ありがとうございます」


 そう言って頭を下げるコリーナさん。

 少なくとも、この決着に文句がなく、むしろ満足している気持ちが伝わってきた。

 救われるね。


「俺は……ネブンの野郎がどうなるのか次第だ……結局、また起きてきて悪さをするなら、意味ねえからな」


 絞り出すように答えたら、すぐにそっぽを向くネフ君。

 まあ、そりゃそうだよね。ネブンが死んだって聞いてないなら、そう思うよね。

 でも、この感じなら、ネブンさえ何とかなれば、ネフ君の憂いも晴れそうだ。

 それなら、この結果も悪くは無いのかな。


「そう、それなら良かった」


 ネフ君は若いし、彼がネブンを殺してしまったら、先の長い未来を無くしてしまう可能性もあったんだから。

 ああ、そうか。

 ネブンが暴れたからこそ、悪魔事件として領主も取り扱ってくれて、誰も咎められていないんだ。

 だから、ネフ君がネブンを起こしてくれたことは、結果的には良かったということだ。

 それが、正解だったんだ。

 欠けては今の結果にはならなかった。


「ありがとう」


 ネフ君の肩に手を置いて礼を言っておく。

 彼は、僕が何を言ってるのか理解できない、って眉をひそめているけど。

 たぶん、そのうち理解してくれるから大丈夫だと思う。


「ボグダン様はお優しいですね」


 そんな僕たちのやり取りを、コリーナさんが微笑を浮かべて見つめていた。

 優しいわけじゃないんだけど……説明できないから、その微笑を受け取っておこう。


「変なヤツだな……」


 ネフ君は僕の手を払いのけて、宿舎の奥へ去って行った。


 僕はまた一つ理解できたと思う。

 僕のしたことを受け入れられたと思う。

 最善だったのかも知れない、と思えるようになってきた。


 気持ちも軽く、やけに懐いてくるスヴェトラーナに挨拶をしてから、僕は次の目的地に向かった。


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