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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-016 奴隷問題は簡単ではなくて



 嫁さんの膝枕効果で、昨日の精神的な疲れが嘘のように、気持ちがスッキリしている。

 こんな嫁さんいたら、毎日頑張って仕事に行けると言うものだね。

 ミレルさん、サイコーです。

 起きたときにミレルの膝の上とか、もう更に朝からテンションが上がるってね。

 ただ、彼女はソファに座って寝ることになってしまったみたいなので、ソファに寝かせてもう一度寝てもらうことにした。

 彼女は起きようとしていたから、頭を撫でて優しく言い聞かせながら、析術『睡眠導入(スリープインデュース)』をかけて自然な眠りに誘っておいた。

 ぶっちゃけ、この魔法は強制的に眠らせることも出来るんだけど、眠たくなって寝たって感じた方が、起きたときにスッキリするからね。


 で、予想通り、残念なことに、朝一からネブンに呼び出されたわけだ。

 山の上に見える館に行けば良いことは分かるけど……僕は一度も行ったことないんだよね。

 たいていこういうときはミレルに案内を頼むんだけど、ネブンのところにミレルを連れていくわけにも行かない。

 それに、ミレルは村長(おとうさん)に用事があるとか言ってたし、そのまま寝かせておいた。


 と言うわけで、見えてるんだし大丈夫だろうと思って、山を登ってみたんだけど……

 見事に迷ったよ!


 こんなことなら、先にこの村全体をマッピングしておくんだった……

 ネブンに会いたくない思いが、無意識にそうさせてるのかもしれないけど。

 マッピングされていない側に登っていけば辿り着くと思うんだけど……たぶん馬車も通るような行きやすい道があったはずだよね? なのになんでここには獣道しかないの?


 なんてブツブツ言いながら山を歩いていると、ようやく領主の館が見えてきた。

 出たところは館の裏側。

 厩舎や寮みたいな建物──従者の寝泊まりするところかな?──が近くに見える。

 いつの間にか行きすぎていたようだ。

 宿舎なら、ネブンがどこに居るか分かる人もいるだろう。


 誰か話が聞ける人を探して、しばらく宿舎を見回っていると、微かに声が聞こえてきた。

 声のする方へと足を進める。


 泣き声……?

 誰か居るのかな?

 すぐ近くの部屋な気がする。


 近くの部屋の窓を、外から覗き込んでみる。

 でも、部屋の中に、人の姿を見付けることは出来ない。


 いない……?

 もう少し上の方から聞こえるような?

 1階建ての宿舎だけど……?


 これ以上は外からじゃ分からない……でも、他の物音もしないし……

 朝もすでに遅い時間だから、みんな屋敷で仕事をしてるんだろうね。

 今は、泣き声の主を探し出して、聞いてみるしか無いかな。

 建物内の隠れた人間を探すと言えば……赤外線カメラだよね?


 ということで、ここは青猫ロボットの秘密道具並に便利な魔法を使うことに。

 閃術『赤外線診断(サーモグラフィ)』と言う、病気の診断に使う魔法なんだけど……発動するレベルによっては、木造の建物ぐらいは通して見られるから、普通に熱源探知に使えるし、光学迷彩をしたドレッドヘア殺人異星人の気分も味わえる。

 ちなみに医療用なので、温度の確認だけでなく、炎症の有無が付加表示されたりする。


 魔法を発動して少し上を見上げてみると、三角座りしているような人影が見つかった。

 それ以外に起きていそうな人は見付からず、奥の方の部屋で寝ている人影が幾つかあった。

 夜勤明けで寝てるかもしれないので、起こしては可哀相だ。

 少し静かに上がってみよう。


 僕は追加で閃術『静音化(サイレンス)』を発動させ、足音を消して宿舎に入った。


◇◇


 何でこんなことになったの……?


 痛い……苦しい……ツラい……


 なぜわたしは村を追い出されたの?

 なぜわたしは奴隷商人に捕まったの?

 なぜわたしはあんな貴族に買われたの?


 分からない……分かりたくない……思い出したくない……全て忘れたい……


 全て仕方がなかったとしても……なぜわたしが苦しまないといけないの?

 悪いのはわたしなの?

 わたしは普通に暮らしてたんじゃないの?

 満足な食料はなかったけど、生きていけたんじゃないの……?


 暑い……寒い……お腹減った……痛い……


 何も感じなければ良いのに……

 せめて痛くなければ良いのに……


 わたしは曲げた膝の間に顔を埋めて背中を丸めた。


 うぅ……痛い……痛いよ……


 膝に当たる頬が痛い……

 頬が当たる膝も痛い……

 膝を抱える腕も痛い……


 わたしが健康じゃなかったから……


 違う……何も考えたくない……


「ちょっと良いかな?」


「!?!???」


 突然掛けられた声に、わたしはビクリと身体を強張らせた。

 足音が聞こえなかった……

 ここは屋根裏なのに……粗末なハシゴの先にある屋根裏なのに……一段一段踏みしめる度に音の鳴るハシゴなのに……

 でも、人が来たと言うことは連れて行かれるということ。


 だからわたしは、より背中を丸め、キツく足を閉じ目を閉じた。



◇◇



 ハシゴを登った先の屋根裏に、一人の女の子がうずくまっていた。

 声を掛けても反応が返ってこない。

 先ほどまで泣き声が聞こえていたと思ったんだけど。


 『赤外線診断(サーモグラフィ)』には、少女の身体の様々な場所に炎症が出来ていることを示していた。


 またか……


 この世界に来てから、こういう症状の女の子に良く会う。

 ミレルしかり、他の治療した面々もしかり。


 固く三角座りを保持する手足は、細く痩せている。

 着ている服もあまりキレイとは言い難い。

 そして細い首に似合わぬごつい首輪。


 んー……? これは、いわゆる奴隷というやつかな?

 地球でも戦争の起こっている地域には非合法だけど居たわけだし、生活が安定しない世界にはいるものなんだろうね。決して良いとは思わないけど。

 戦争、災害、貧困、飢餓……原因は色々あるからね……


 酷い怪我だし……人というのは無抵抗の人間を傷つけて……虐めてみたら楽しくなるのかな?


 僕は動かない少女の首輪に触れた。


 少女はビクリと身を震わせて、更に身体を小さくしていく。

 残念ながら全く楽しくない反応だ。

 首輪から手を離してもう一度声を掛ける。


「顔を見せてくれないかな?」


 僕が言葉を発すれば、また身を強張らせる。

 それでも、逆らえば非道い目に遭うと思っているのか、恐る恐る顔を上げてくる少女。

 その表情は、非道く怯えていて、今にも震え出しそうだった。

 僕が少し姿勢を変えただけで、首をすくめて目を瞑ってしまう。


 嗜虐心というのが世の中にはあるよね。

 性的であろうがなかろうが、サディズムって言えば倒錯としては馴染みのある部類だよね?

 あれは一度勘違いしたら、加速的に倒錯していくものだから……自分はノーマルだと思ってるけど、気付いてないだけって可能性もある。


 大体、相手が恐怖を感じたり怯えたりする姿を見て、笑うヤツはそうだろうから──


 僕は考えるために下げていた視線を、もう一度少女に向ける。

 それだけで彼女は身体を震わせる。


 もう怖い顔じゃないはずなんだけどな……もう少し優しい顔に変えようかな……


 ただ、こんなおどおどびくびくしている少女を見ていると、僕もクるものがある。

 こんなの見たら、抱き締めてよしよししたくなるでしょ普通!

 知らないおっさんが高校生ぐらいの女の子に、いきなりそんなことしたら通報事案なのでしないけど。

 まあ通報する人もいないけどね。


 しかし、こんな状態ではまともに話が出来ないような……

 怪我を治すぐらいは良いよね? こんな状態、僕には見て見ぬ振りも出来なさそうだし。


「とりあえず、怪我を治すね」


 体力も無さそうだから『復元(レストアレーション)』の方をチョイスした。ランクの低い回復魔法は体力を奪うからね。

 怪我を治す素材は屋根裏だし、その辺にある要らなさそうなものを少し頂くことにした。

 魔法を発動すると、少女の遺伝子情報に基づいて、一瞬で正常な状態へと回復した。

 でも、一瞬過ぎて何が起こったか分からない彼女は、自分の状態変化にも気付かず、まだ目を閉じたまま身体を強張らせている。


「どこか痛いところは無い?」


 僕の言葉に、少女は恐る恐る目を開けて僕を見上げる。

 目を瞬かせたと思ったら、自分の手足から身体中をぺたぺたと触って確認をし始めた。

 少女は念入りに、自分の身体を確認した後、軽く息を吐いてようやく力を抜いた。


 とりあえず、大丈夫そうだ。


「それで、聞きたいことがあるんだけど──」


 喋ろうと思ったら、「くぅ」と音が聞こえた。


「すいません!すいません!すいません!」


 少女は今にも泣きそうな顔をして、全力で謝ってきた。


 いや、お腹が鳴ったからって、そんな謝ることじゃないでしょうに……折角話が出来そうだったのに……


 いつもの栄養調整食品(カロリーバー)とレモン水と食器を精製して、少女に手渡す。

 少女は困惑したような表情を浮かべながら、僕をみあげた。


「食べると良いよ」


 こういうときは、食欲のそそる匂いがする食べ物が良さそうだけど……持ち合わせがない。

 おどおどしながらも少女は手を付け、一口食べて驚きを露わにした後、一心不乱に食べ始めた。


 よほどお腹が減ってたみたいだね……

 奴隷に食事を満足に与えないって、労働力として使い物にならなくなるから、普通はしないような気がするんだけど?

 意図があるのか、ただの虐待か。

 とにかく、決してまともな理由があるとは思えない。


 それが少女ではなく、見窄(みすぼ)らしい男だったらどうするのか?と聞かれそうだけど……今の僕は魔法で何でも作れちゃうから助けただろうね。

 つまり自分に痛手がないから。

 痛手がないから見返りも必要としない。

 善意と言うものですらない。

 持てる者の義務(ノブレスオブリージュ)とは違うし、良い人ってわけでもなくて、ただ切り捨てるのが怖いだけだと思う……人が殺せないって話しと同じ。

 ただ、悪意のある人間を助けるか?と言われると、さすがにその時にならないと分からない。

 僕は聖人君子じゃないからね。


 こういう場面に出くわすと、色々考えさせられるな……



 少女は用意する傍からカロリーバーを掻き込み、レモン水で胃へ流し込む。

 そんなことを20本近く続けたとき、階下からばたばたと急ぐ足音が聞こえてきた。

 誰かがここに登ってくるらしい。


 隠れた方が良いのかな?

 でも、人を探していたわけだし、このまま待っていよう。


「もう! 最悪……!」


 悪態をつきながら、一人の女性がはしごから顔を出した。

 そして、奴隷の少女を睨みつけ、横に立っている僕を見て──顔を歪める。


「ちっ……こんな……」


 小声で何か言ったけど、今間違いなく舌打ちしたよね? 僕の顔見て。


「人を探していたら迷い込んでしまいました」


 僕は言い訳をしながら頭を下げる。


「は? あ、いえ……こんなところにいらしたんですね、ボグダン様。ネブン様が待ちくたびれていますよ?」


 そう言って僕に冷たい視線を寄越す。

 対応の仕方からすると、ネブンの侍女かな。

 昨日温泉で見たような気もするし。

 笑顔の裏に怒りが見え隠れしているのは、僕がネブンを待たせたからとばっちりでも受けたのかも知れない……なんかごめん。


「ですので、ボグダン様が来られるまで奴隷()遊ぶと仰っていました」


 その侍女さんの言葉に凍りつく少女。

 また三角座りになり、身体を強くキツく抱きしめて、首を左右に振っている。

 侍女さんは哀れみの視線を向けつつも、少女の手首を掴み強く引っ張る。


「いやっ!」


 少女は抵抗しようとするが、痩せ細った身体で抗えるわけもなく、ずるずると引き摺られていく。


 この嫌がりようにさっきまでの怪我。

 間違いなく少女に暴力を振るったのはネブンだ。

 彼は弱者に暴力を振るって快感を得るタイプだろう。昨日の態度から充分想像が出来る。

 叩かれるのが好きな人へ、同意の下行うなら良いんだけどね。


「嫌がってますよ?」


「は? これはネブン様が買った奴隷ですので、命ですらネブン様の自由に出来ます。止めることは出来ません」


 奴隷契約があるから仕方がないって話なんだろうな……

 それが正しいとは思えないけど、この世界の常識がそうだと言うのかな。

 何だかやるせないし、止めたいね。

 でも、かと言って、人の所有している奴隷を理由も無く解放したってまた捕まるだけだろうし、仮にこの子が救われたとしても次の子が犠牲になるだろうし……本当に解決するには、世界経済の安定や貧富の差を無くすことが必要な規模の大きな話しだ。

 単純にネブンさえ止められれば良いんだけど、あいつを常識的な手段で止めるのはかなり難しそうだ。

 より強い権力で縛ったところで、ルールを守るような人間でも無さそうだし。

 ほんと厄介だな。

 バカは死なないと治らない、ってこういうことを言うのかもしれない。


「ボグダン様が来られるなら、ネブン様()やることは少しマシになるかも知れませんよ?」


 ん? 何だろう……棘がある言葉だな。

 奴隷少女が懇願の眼差しを僕に向けてくる。

 その眼差しを僕が見過ごせるわけもないし、どちらにしてもネブンのところに行かなければならなかったんだし、この子が今引き摺られているのはもしかしたら僕の所為かもしれないわけだし──


「ちょうど良かった。ネブン様のところに行くなら案内してください。どこにいらっしゃるのか分からなかったもので」


 侍女さんから心底呆れた視線が返ってきた。

 分かってますよ、過去に何度も来てるのに何で知らないんだ?って話しですよね。

 知らないんだからしょうが無いじゃん……

 だいたい本当に悪いのは、悪いことをしている人であって、それ以外は全員被害者だと思うんだよね。

 あ、協力者を除いてね。

 ……この人たちにとっては、『こいつ』は協力者だった……

 僕は協力する気は無いし、これはもう全部ネブンの所為にして良いよね?


「ネブン様は気まぐれですから、いつもどこにいらっしゃるか分からないものですから」


 (おど)けてそう言ってみれば、侍女さんはどこか納得した様子で、少女を引っ張る力を少し弱めた。


「分かりました。案内いたします」


 前に立って歩く侍女さんは、それでも少女の手首は離さず、少女も諦めたのか大人しくついて歩き始めた。


 良く見ると少女は素足だったので、宿舎を出る前に靴を履かせる許可をとった。

 また呆れた顔をされたけれど、許可をもらえたんだから問題ない。

 その場で、簡易な靴──木と革のサンダルを精製して、少女に履いてもらった。

 精製魔法にみんな驚くのはいつものこと。

 少女も侍女さんもいきなり現れた靴に驚いて、じっくり検分していた。


 急いでるんじゃなかったっけ?


 少女が履き心地を確かめ、満足そうに頷くと宿舎の外へ出た。

 しかしながら、それも一瞬のこと。

 これから待ち受ける災難に、少女は再び表情を暗くして俯いてしまった。


 うーん、いたたまれない。

 ネブンを動けないようにすれば何とかなりそうなんだけど……癇癪を起こされたらもっと大変なことになりそうだし、領主との間に軋轢を生むのも問題だし……

 解決策を見出すのにはもう少し時間がかかりそうだ。


 そして、屋敷のネブンが居る部屋に通され、僕はなぜ少女がお腹を空かせていたか知ることになった……




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