1-013 貴族というのは面倒なもので
その日の夕方に差し掛かった頃に、シエナ村が属するプラホヴァ領の領主が、この村を避暑の為にご訪問された。
相手は領主という、この村に住む誰よりも立場が上な為、村長が出迎えるのが当然らしく、僕もミレルも一緒に正装して領主を迎えることに。
村長の経験上、プラホヴァ領領主は、村の上役を引き連れたり村人総出で出迎えるより、シエナ家と近しい人だけで迎えた方が領主の受けが良いとか。
ということで、出迎えてる人数は10人もいない。
折角避暑に来たんだし、貴族も休みたいのかも知れないね。
ということで、普段見ない貴族然とした服装の村長の、これまた普段聞いたことない敬語を聞きつつ、領主一行と一緒に温泉の特別室へとついて行く事となった。
正直、偉い人の接待なんて苦手だからやりたくない……
その上今回は、温泉の良さを知ってもらうために、領主を満足させるための対応をしなければならない。
要するに、領主が要求されるものをすぐに魔法で準備しろって話だ。
全く魔法ってヤツは便利なことで何よりですね……たまには対応する身にもなって欲しい。
そんな考えが顔に出たのか、ミレルが心配そうにこっちを見ていた。
よし! 後で彼女によしよししてもらうために頑張ろう!
「ボグダン、お前にはいつも通りネブン様のお相手もしてもらう」
そう言われたけど……村長の視線を追う限り、ネブン様とは領主の息子のことらしい。
「まあ、お前とネブン様はどこか気が合うようだし、毎年お供に連れられていた仲だから問題ないとは思うが」
どうやら僕には、魔法を使えなくとも、ネブン様の相手をする役目が有ったらしい。
『こいつ』と気が合う人物なんて、イヤな予感しかしない……『こいつ』を演じることが出来ない以上、波乱は避けられないだろう。
気が重い……とても気が重い。
美人村の宣伝も一緒にするためか、ミレルはダマリスと合流して領主と夫人の身の回りの世話をするらしい。
村長とその夫人が世話するのもおかしいし、仕方がない。
領主や夫人の要望を、村長がミレルやダマリスに伝えて、彼女らが走り回るという構図になるようだ。
元国営企業や元財閥の重役接待を思い出す……美人なお姉ちゃんは必須みたいだし。
そして、どうにも、ネブン様にはミレルやダマリスを近付けたくない雰囲気がするところが、またきな臭い……
2人には護身用の魔石を渡しているから、問題は起きないと思うけど。
「では、まずはお着替えを」
村長がそう言って、男女に分かれて更衣室へと促した。
特別室用の更衣室もあるんだけど、狭いと言うことで、通常の更衣室を人払いして使うことになった。
僕らは領主夫人の女性陣が入っていくのを見送ってから、更衣室へ向かった。
そして、当然のように、領主やネブン様についている侍女達も男性更衣室へ入っていく。
貴族にしたら普通なんだろうけど、一般人にしては異様な光景だろう。
これは特別室の更衣室を大きくして、男女分けておかないとな。
ここで村長は、僕が用意した特別仕様の水着を侍女達に手渡す。
それを見た領主が目を見開いて驚いた。
「こ、これは下着なのか?」
誰の物より豪華に見えるように、という仕様を提示されたので、これでもかっていうぐらいに高級な素材を使って作った、眩しく輝くサーフパンツタイプの水着だ。
地球でも古来より宝石や貴金属は高価だったから、それらを使えば豪華さに間違いは無いだろうと思って、高価な物をふんだんに使った。
イリーナとデザインして、お揃いのラッシュガードやパーカーも作ったけど……こんな派手なの、僕は絶対着たくないと思う見た目になった。
領主が着るので、ポイントに入れた模様は、この領の紋章を描いた。
宝石やハンマーっぽいシンボルを書いたものの、どんな意味があるのか良く分かっていない。
後で聞いておこう。
「水に浸かるときに着る『水着』と言うものだそうです。これを着て男女仲良く温泉に入る風習が、どこかの地域にあるとかで、我が村もその風習に倣いました。高級感たっぷりに仕上げさせていますので、どこで着ても気品を疑われないと思いますよ」
にっこり笑顔で説明すると村長。
いやいや、そんな派手な水着、どこで着てもハズカシイでしょ。
「な、何を使っているのだ?」
領主の問いかけに、村長がこちらをちらりと見てきた。
素材の話は特にしてなかったから僕が説明するしか無いか。
領主が少し動揺してる気がするけど、やっぱり派手すぎたからかな? これ着ないといけないの?みたいな。
説明して不服そうなら、大人しいデザインの物を出すことにしよう。
「生地は水着用の樹脂繊維ですが、紋章などの柄には塩水でも変質しない金糸や白金糸を使用しております。ポイントには、ダイヤモンドやルビーをあしらって、煌びやかさを表現しております。裾と腰のラインはオレンジ色の革を使用し、爵位も表現しました」
そうこの国では、爵位を色で表すことが出来る。
この国の貴族は、4地方が1つの国になったときに新しい貴族制度になったらしい。
これまでの各地方の爵位──公侯伯子男の格差を是正し、納得できる形で振り直すために、新しい爵位制度を導入したとか。
王が青、以下をナンバリングの爵位にして、それぞれ色を持たせているみたい。
男爵を第一爵位、公爵が第五爵位とする昇順で、それぞれに茶赤橙黄緑色と決められている。
貴族制度に馴染みのない僕にとっては、数字の方が分かりやすくて助かる。
この色の順番も地球のどこかで見たような……
それは良いとして、貴族は爵位を表す色を身に付けることを許されていて、自分以下の爵位色は使えるらしく、プラホヴァ領主は第三爵でオレンジ色をメインに、第二爵の赤色と第一爵の茶色と、爵位に無い白や紫や金銀色を使うことが出来る。だから、ルビーやアンバーを使うことは出来るけど、エメラルドやアクアマリンは使えない。
ホントに貴族は面倒くさいことが多いね……
でも実は、会社役員の関係を覚えるのと一緒なのかな? あれも相当面倒だし。
なんて余計なことを考えている間も、領主や村長が驚いたまま固まっていた。
どうしたの?
「お前、これは派手なだけじゃなかったのか!?」
なんか村長が半ギレなんだけど?
え? 派手なだけでしょ?? そんなきらきらしたの派手好きしか着ないよ?
「この素材はどうやって手に入れたんだ?!」
領主も驚いて……え? 貴族でも見たことないようなものだったの?
「宝石や貴金属も気になるが、それ以上に、この牛革に似たオレンジ色の革……怒れるミノタウロスの皮ではないのか……?!」
は?? え?? 一番気になるのはそこなの??
確かに牛革っぽいのにしたから、牛のモンスターだと思われるミノタウロスでも、合ってるかもしれないけど……『怒れる』って何?
「オレンジ色の革なぞモンスターの素材しかない!」
断言された……
確かにカラー革を作るなら、普通は染色するんだけど……これは魔法で作ったから、素材自体に色が付いてて普通の革ではないね。
大体、塩水で色落ちするんだから、水着に天然皮革は使わないし。
魔法に、天然皮革の弱点を補った強い人工皮革を精製する魔法『完璧人工皮革』があって、爵位色がアクセントになりそうだったから、カラーレザーを使っただけなんだけど……
「通常のミノタウロスの皮は茶色だ……しかし、怒れるミノタウロスはその身をアダマンタイトより硬くし、オレンジ色に染めると言われている。非常に困難なことではあるが、その怒れる状態のミノタウロスを打ち倒すことが出来れば、その身の色のままの強靱な皮が手に入るとか」
なんかいきなりファンタジー色強くなったね……
というか、それラスダン級のモンスターだよね? 普通のミノタウロスは迷宮の王だけど、きっとそいつは幾つもの迷宮を束ねてるようなヤツだよね?
しかも、ファンタジー金属より硬いってどんな革だよ? そこはせめて鉄より硬いぐらいにならなかったの?
僕が魔法で作った革にそんな性能は無いはず……たぶん。
もしあり得ない性能だったとしても問題無いように、ここは曖昧な言葉で誤魔化そう……
「先日この村に来られていたエルフの魔法使い殿に教えて頂いた物で、僕もその革については詳しくないのですが……」
「この村に来るエルフ……? ま、まさか、ディシプリウス・ティートゥス様のことか!?」
『様』!? 領主が様付けで呼ぶの!?
「彼の高名なお方であれば、確かに有り得るかもしれん……」
え? あれがそんなにすごいの??
「昔の話だが、あのお方はこの国が統一される時の戦争──俗に言う統一戦争でプラホヴァと共に戦ってくださった英雄だ」
ちょっと僕の中の認識と齟齬があり過ぎて、ついて行けないんだけど……
「我が領で先祖代々語り継がれている話だ。数百年前の話かもしれんが、我が領の民なら知っておくべき事だぞ?」
「申し訳御座いません、わたしが言って聞かせておきますので!」
間髪入れずに、村長が領主へと頭を下げて謝罪した。
条件反射的な反応速度だったけど──
対して領主も、軽く溜息をついて、頷いている。
良くあることってことかな?
『こいつ』が粗相する度に、村長が代わりに謝ってきたって事か。
そうなると、次はしないぞっていう僕の意思表示もあった方が受けが良いよね?
「申し訳御座いません。わたしの無知の致すところです。次はこのようなことが無いよう、勉学に励みたいと思います」
「なっ!?」
領主や村長ももちろん驚いているが、さっきまで豪華な水着をつまらなさそうに見ていたネブン様が、一番驚きの表情をして僕を見つめている。
そして、我に返ったと思ったら──
「ちっ!」
舌打ちをして離れていってしまった。
侍女達が慌てて後をついて行く。
何だか良く分からないけど、不快だったようだね。
領主はそのネブン様を視線で追いながら、首を軽く左右に振ってから、僕の方を向いた。
「まあ、分かれば良いのだ。そして、良い心がけだ。人間は死んでも、エルフは生き続ける。だからこそ、エルフは憶えているが、人間は忘れてしまっているなんてことになり得る。それで英雄の不興を買うなんていう状況にはしたく無いからな」
ははは、と軽快に笑う領主。
結構フレンドリーな貴族なようだ。
エルフの英雄の扱いか、それは難しい。異世界ならではの事情だね。
人間同士であれば100年も語られれば、本人も居なくなるから、忘れられても大きな問題にはならないだろう。
3世代ほどで済む話だ。
でもエルフ相手だと、20世代ぐらい語り継がなければならないのか……絶対どこかで忘れられるよね。
でも、エルフ師匠自身は魔法のこと意外どうでも良いからって、忘れてしまいそうなんだけど?
それは言わないでおこう……
これで、僕はまた一つ異世界の難しい常識を知ることが出来たし、素材の話も有耶無耶になったので、エルフ師匠には感謝しておこう。
この後も名前を使って幾つか誤魔化させてもらったし……エルフ師匠はまだ村に居るみたいだがら、魔法で作ったお酒でも持って行くことにしよう。
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わたしは今、曇りひとつ無い透明な一枚板の前に立ち、シエナ湖と村を見下ろしている。
確かにこの景色は美しく、ビータは湖を見てはしゃいでいるようだったが、それよりもわたしの視線は透明な板の方に行ってしまった。
割れると危険だからガラスにはしていない、と村長の息子が何でも無い風に説明していた。
ボグダンと言ったか……昨年まではうちのバカ息子と同じように見ていたのだが。
彼への驚きは水着の話から始まった。
水着というものに馴染みがないので分からない部分はあるが、あの装飾を見るに、この国の王でも着られないような代物だと思われた。
しかし、爵位のルールは守られており、着ていても咎められることはないだろう。
嫌みぐらいは言われるだろうが。
金はまだ良い。目にする機会のある貴金属だ。
貴族であれば普通に金貨も使うし、金の装飾品も身につける。
しかし、白金は殆ど見ない。白金貨というものもあるのだが、貴族の間でも使うことは稀だ。
潰しがきかないから金貨の方が好まれる。
使うのは王族が相手の時ぐらいなものだ。
なんと言っても貴金属としての流通量が少ない。
確か近くの産出地は北の国だったはずだが……大きな国なので国内需要──王族に回すだけでだけで手一杯だったはずだ。
こちらには、ほとんど流れて来ることがない。
プラホヴァ家にも一点だけ白金の装飾品があるが、祝い事の時ぐらいしか身に付けないことになっている。
そんなものをどうやって手に入れたのか……入手経路が不明だ。
しかも、それを繊維状にして刺繍に使うなど聞いたことが無い!
しかし、輝きを見る限り銀や白銅ではないように思えた……
そして、無造作に貼り付けられたダイヤモンドだ。
これも同じく北の国から少量流れてくる程度の貴重な物。
装飾品の一番目立つところに使うのが一般的な使い方だと思っていたのだが……
美しく輝くようにカットがされたダイヤモンドを、こんな風に衣裳に直接、しかもバラバラと散らばらせるなど、初めて見たぞ!
しかしながら、実にバランスの良い仕上がりで、どの方向から見ても素晴らしい衣裳であることが分かるようになっていた。
このような貴金属や宝石の新しい使い方も、悪くは無いと思えてくるのだから不思議だ。
そしてもっとも驚いたのは、怒れるミノタウロスの皮だ。
ハンターの間では怒牛王と呼ばれていたか。
あの鮮やかなオレンジ色は、染色した革には無い色だった。
鮮やかな塗料を塗ったとしたら、皮の質感は失われる。
あれは本来の皮の色として、元からオレンジ色だと断言できる物だった。
それが端皮だとしても、怒牛王の皮なら使い道はいくらでもある。
手甲や足甲などに丁度良い大きさだと思われる物を……風呂で着るような衣裳に使ってしまうとは。
風呂では武装を持たないから、防御を高める為だと言うことなのか?
そして、水着に関して充分驚いたと思ったら、ビータのそれを見てまだ驚かされた。
彼女の魅力を存分に引き出しているのは確かだし、妻が満足しているようだから、何も言うまい。
特別室に入ってからもまだ驚きは続いた。
今説明されたこの透明な板ひとつとっても、どこでどうやって入手してきた物か分からない。
こんな大きな一枚ガラスを作ることなど、どんな腕の良いガラス職人でも不可能だろう。
ドワーフなら可能なのか?
城で贔屓にしている職人に一度聞いてみたい。
しかし、ガラスではないと言う。
ダイヤモンドやクリスタルでもないなら、これは何だというのか……問えば、聞いたことの無い素材名が返ってきた。
ビータの手前、この男に対して無知を晒すのも憚られたので、曖昧に答えておいたが……実際、何なのか知りたくて堪らない。
これも、一度、贔屓の職人に聞いてみるか……
そして至る処に置かれた彫像。
この美しい石を、彼は大理石だと言っていたか。
美術品としての価値が充分にあり、貴族の館の一番目立つところ──エントランスの中央に飾られるような像だ。
それが幾つも置かれているのだから、価値感覚が麻痺してくる。
洗練された物で溢れるこの広い部屋は、確かに『特別室』と呼ぶに相応しく、どんな貴族──いや、王族を呼んでも満足して帰ることだろう。
それを、この男が一人で考えたという。
全く、物の価値が分かっていないのか……それとも全て把握した上でしているのか……
いずれにしても、この村の変化に、この男が関わっているのは間違いない。
そう思わせるだけの『有り得なさ』がこいつにはあった。
去年より遙かに礼儀正しくなっているし。
なぜ、こんなことになったのか、是非にでも知りたくなってきた。
ダニエルが何か話をしたがっていたから、併せて聞いてみることにするか。
上手く行けば、うちのバカ息子も……




