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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
第一章 こうして僕は領主に認められた
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1-006 人魚は尾ヒレの形や鱗の色が気になるようで



 わしは息子の成長に驚きと喜びを隠せないでいる。

 少しずつ村の不安が無くなくなっていき、発展していくのは望ましいことだが、その前に一人の親として息子の成長っぷりを嬉しく思う。

 家宝に認められ、魔法という希少な力を使えるようになったこともそうだが、それよりも息子の精神的な成長が大きいことが嬉しい。

 バカ息子だと思っておったときは話するのも馬鹿馬鹿しく、相手にしておらんかったが……今は話を持ってくるのを心待ちにしておる。

 どんな突拍子のないことをしてくれるのかと。


 今回もそうだ。

 温泉の話が出たと思ったらたったの3日で造ってしまいよって……村の者総出で造っても3年はかかるであろう施設をだ。

 これだけ早く出来上がったのだ、嵐の中でも作業をしていたのではなかろうか? だとすれば、あまり危険なことはしないように言っておかねばならないな。

 魔法が凄いことは分かるが、使用者が無理して怪我でもすれば使えなくなってしまう。

 しかし、息子の判断力や決断力、それに行動力には頭が下がる。それに加えて根気もだな。

 たった3日であれほどまでに巨大な温泉施設を造り上げるには、それら無しには成し得ないだろうからな。


 それに必要な者を引き寄せる力もだ。

 まさか、人魚を連れて来るとは……人魚と会話が出来たのも魔法の力だという。いやまだ言語だけならともかく、その舌を唸らせる食べ物など知ってる人間などおらんのではないか? 長命なエルフぐらいなら知ってるかも知れんが……それを考慮した上で温泉を造るなど、もはや人には不可能ではないかと思えてくるが……

 人魚を加えた施設の提案もそうだ。

 間違いなくあいつは、わしが人魚──キシラと言ったか──を温泉の管理者にすることを予測しておった。その上で、ダマリスを受付にするという最良の提案をしてきおった。

 これ以上無い人選だ。


 人魚の肉を喰えば若返るという噂を聞いたことがある。それが嘘が本当かは分からんが、こんな田舎にも聞こえてくる話だ、それなりに信じられている話だろう。

 その人魚が管理している温泉──いや、その人魚が浸かっている温泉というのは、何か効果があるような気がするのではないか? そもそも人魚が美しいのだから、それだけでも思うところが出てくるだろう。

 その上で、今や村一番の美女となったダマリスが受付をしている。

 これは人魚温泉の効果の信憑性が増すというもの。

 そしてその温泉を村人が毎日利用すれば、美男美女の多い理由にも信憑性が出てくるわけだ。

 全くもって、村の若い衆を美男美女にすることから、温泉造りまで1本に繋がっている。

 なんとも計画的だ。素晴らしい。


 魔法が使えるようになってから、何か別の物が見えているのではないかと思うほどに、洞察力や先見性が上がっておる。

 それも全て村の為にやっているのだと思うと、早く村長を座を譲った方が良いのでは無いかと思えてくるな……

 いやしかし、あいつは(みな)に好かれていないからな。

 それも過去のあいつがしたことが原因だが……今のあいつを見てると、過去に起こしたことも何か考えがあって、今やっていることに繋がっているのでは無いかと思えてきてしまう。

 いや、考えれば考えるほどに混乱してしまう。もはや凄すぎてあいつの考えを読むことが出来んな。


 いずれ皆に認められるようになるまで、今は好きにさせるのが良いだろう。

 認められれば村長にという声も出てくるだろう。

 そうなればわしも、今のあいつになら任せられるし、楽隠居をさせてもらおう。

 ふふ。その時が楽しみだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さてと、次は治療かな?」


 それを聞いたキシラは、嬉しそうに寝風呂の中でくるりと一回転した。


「わたしはまだしない方が良いと思うの」


 というミレルの発言に、キシラは驚愕の表情を浮かべてミレルを見つめている。裏切り者!って顔に書いてあるね。


「だって、キシラ用の水路造りに連れ回したら、また傷付くかもしれないでしょ? それなら水路が完成して安心して回れるようになってからが良いと思って」


 確かにそうなんだけどね。

 キシラを宙に浮かして連れて行くつもりだったから大丈夫だと思ったんだけど、万が一もあるしその方が良いか。

 キシラもミレルの説明に納得して、表情を緩めてるみたいだし。


「そうだね。じゃあ、先に温泉を改造して回ろう」


 そう答えてから、僕は布団ぐらいの大きさの四角い石板を精製する。

 そしてその板に追加で魔法をかける。

 すると、四角い板がふわりと空中に浮かび上がった。


「ボ、ボーグ、石が浮いてるわ!?」


 ミレルがものすごく驚いてくれた。やっぱり人生には驚きが必要だよね。

 でも、キシラは不思議そうに首を傾げているだけだ。水中で過ごすことの多いキシラには、板が浮くぐらいはありえることなのかもしれない。


 ちなみにこの魔法は、ダマリスを運んだときに必要だと思ったストレッチャーの代わりに探したものだ。

 衝術『物体浮上フライングオブジェクト』というどこかで聞いたような名前だ。

 これなら路面に左右されないので、どんな悪路でも安定して患者さんを運ぶことが出来るようになる。

 その上、何トンというオーダーで運べると思われるので、重い物──例えば午前中に作った金属インゴットもこれで簡単に運ぶことが出来る。


 同じ魔法を発動させて、寝風呂を浮かせて板の上に載せる。


 そのまま寝風呂を運べば良いんじゃ?と言われそうだけど、実験をしたときは形状が単純であればあるほどにコントロールがしやすかったので、乗っている人を安心させるために板に載せて運ぼうと思っている。

 言ってしまえば人を直接魔法で浮かせて運ぶことも出来るけど、それだと安心できないだろうと思ってこの方法にした。

 今回はただの石の板だから、ストレッチャーと言うより浮遊板(フローティンボード)とでも呼んだ方がしっくりくる。


 予想したとおり、寝風呂が浮かんだことに不安そうにしていたキシラも、浮遊板に置いたら安心した表情を見せてくれた。


「外に出るよ?」


「はいケ!」


 僕の言葉にキシラは楽しそうに返事をしたけれど、ミレルは少し羨ましそうにキシラを眺めていた。


「ミレルも乗って大丈夫だよ?」


 そう言いながら、寝風呂を少し浮遊板の端に寄せて、ミレルが座れる場所を確保する。同時に空いたスペースに低反発クッションも精製しておいた。

 するとミレルは嬉しそうに、ちょこんとクッションの上に座った。

 キシラと顔を見合わせて、お互い満足そうに微笑み合っている。

 仲良さそうで何よりだね。


「危ないからしっかり掴まっててね」


 ミレルが寝風呂の端をしっかり掴んだのを見てから、僕は浮遊板を前進させた。

 そのまま外に出ようと思ったら、浮遊板が大きすぎて出入り口が通れなかったので、出入り口を急遽拡げ無ければならなくなるトラブルがあったものの、後は問題もなく温泉を見て回ることが出来た。


 キシラの要望を聞きながら、ミレルも一緒に水路のデザインを考えて、決まった部分からすぐに造っていく。

 各温泉エリアを繋ぎ、全ての温泉にキシラが移動できるように水路が出来上がっていく。こんな大きな水路だと、普通なら流れていく水の量や温泉の温度を制御するのが大変だが、魔法の使えるこの世界ではすぐに解決できる。魔法を込めた魔石を設置することで、水の流れを無理矢理変えたり温度を調整してしまえば良いだけなのだ。

 水路の材質は、異様に汚れが付きにくく、光や熱で劣化しない透明樹脂を採用して、メンテナンスフリーも考慮しておいた。

 こんな広い迷路みたいな水路を掃除するなんて考えたくないからね。

 最後に温泉の中央、水着混浴エリアに巨大な円筒形の水槽を用意して、キシラの意見を全部詰め込んだ人魚の快適居住空間を建造して、今度こそ温泉が完成した。

 後で街道から眺めてみよう。

 温泉の名称は『人魚温泉』とか安直な名前しか思い付かないから、村長(おとうさん)に任せることにした。なのでまだ看板は上がっていない。

 看板上げないと完成した感が薄い……少し残念だ。


 そして、戻ってきた救護室の診察台に、キシラは寝転がって楽しそうに自分の要望を喋っていた。


「まるまる可愛いのが良いケ。それで、きらきらとしたキレイなのが良いケ。すいすい泳げたらもっと良いケ」


 う、うーん? 主観が多いのは難しいな……人の顔かたちや人の体格ならまだ分かるけども、人魚のとなると難しい。

 これは齟齬が出ないようにするべきだよね?


「イリーナを呼んでこよう」


 イリーナは、村の女性陣を立て続けに整形したときに活躍してもらった、絵を描くのがとても上手い女の子だ。普段はこの村の民芸品を作っているランプ工房で、ランプのデザインをしている。

 彼女にキシラのイメージを具体化してもらえば、思った通りに出来ると思う。


「わたしが行った方が良い?」


「ミレルの方がキシラの相手をするのに向いてそうだからお願いするよ」


 医院では女性の相談を聞くのはミレルがやってるし、その方が良いだろう。どんな話をしたのか分からないけど、どんどん仲良くなってるみたいだし。

 それに急ぐなら、僕が魔法を使って走って行った方が早いしね。


「じゃあ、行ってくる」


「気を付けてね」


 ミレルの頭を撫でてから僕はランプ工房へと出掛けた。



◇◇



「え? なになに?? これは?! すごくない!?」


「すごい……」


 イリーナを呼びに行ったら姉のアナスタシアも付いてきた。温泉を見た二人が、イリーナはいつも通り元気に、アナスタシアはいつも通り言葉少なく静かに驚きを表現している。

 さすがに3日前には、ここら一帯は林しか無かったんだから驚くよね。

 二人は温泉がどういうものなのか知っていたので、歩きながらどんな種類があるかだけ説明して、救護室へとまっすぐに向かった。

 二人はランプ工房の魔法使いであるラズバン氏に拾われたらしく、出生不明だけど、温泉のある地域から来たのかもしれない。

 イリーナとか年齢的にも性格的にも、こんな施設を見たらはしゃいで探検して回りそうに見えるけど、そんなことは一切無く、素直に救護室へ付いてきてくれた。

 不思議な姉妹だと思う。

 そして──


「な、な、なんで、こんなところに人魚がいるの!?」


「珍しい……」


 また二人とも驚いてキシラの全身に視線を走らせている。意外なことに、二人とも人魚も知っていそうだ。

 そして更に、そんな二人を見たキシラの反応が意外だった。


「こ、この二人は何なのケ? に、人間ケ……?」


 少し怯えたように姉妹を見てミレルに抱き付いている。

 厳しそうな顔付きしてる村長(おとうさん)は大丈夫だったのに、小さな子が苦手なのかな? って言っても、そんなに年齢変わらないような……


「怯えなくても大丈夫よ? アナスタシアとイリーナっていうこの村に住んでる子供達よ」


 ミレルが女神様のような優しい笑顔で、キシラの頭を撫でながら諭している。

 キシラはなぜか信じられないようで、不審な者を見る目つきで姉妹を警戒し続けている。

 それに対して、イリーナが先に表情を変えた。


「ごめんね? 珍しかったからつい睨んじゃったの。わたしはイリーナ、この村に住んで絵を描いてるのよ。よろしくね」


 フレンドリーな笑顔でキシラへと近づき手を差し出すイリーナ。


 イリーナはお近付きの印に絵を描けば仲良くなれると思うので、今のうちに準備をしてしまおう。

 今回は紙と色鉛筆を精製した。色鉛筆は色数が指定出来たので、カラーが重要になりそうだから、細かな色が表現できるように最大の500色を選択した。使わない色もあるだろうけどね。

 色数が多いことで有名なマーカーを精製する魔法も有ったけど、慣れてないだろうから色鉛筆にしておいた。


「今回はカラフルなのね〜」


「何これ……」


 突然現れた机や筆記用具にアナスタシアだけ驚いて、イリーナは早速座ってデッサンを始めた。

 この子は妙に空気が読めるよね。

 イリーナが始めたのを見てアナスタシアもすぐに驚きから帰ってきて、僕が色鉛筆を削っているのを見て、手持ちのナイフで色鉛筆を削り始めた。彼女はハンターをやっているので刃物の扱いに慣れていて、鉛筆削りのような速度でどんどん削っていく。なので準備は任せることにした。

 この子も物分かりが早いと思う。


「わたしケ!? かわいいケ!」


 早速描き上がったデッサンを受け取ってキシラが喜んでいる。警戒心もすでに薄れたようだ。

 じゃあついでに説明してしまおう。


「ということで、イリーナにはキシラがどんな風になりたいのかを絵にしてもらって、キシラのイメージに合った絵が出来上がったら、僕がその通りの姿にするよ。だから、まずはどんな風になりたいかをイリーナに伝えてくれるかな?」


「分かったケー!」


 キシラの抽象的な説明に、イリーナは直感で予想図を描く。それを見てまたキシラが要望を加える。

 よくあの説明からそこまで描けるなと感心するけど、さすがに少々時間が掛かりそうだ。

 このままイリーナにキシラの話を聞いてもらおう。音を上げなければ良いけど……


 僕は暇な内に、いくつかトラブルが発生したとき用の魔石を作っておこう。

 人が集まると問題が起きるのは世の常だからね。

 喧嘩、窃盗、覗き……色々と犯罪防止して利用客もスタッフも守らないと。


 ミレルが興味深そうに僕の作業を見学しているけど、他の3人は予定通りキシラのデザインを進めてくれている。

 なので、僕はミレルと魔石の効果を確認しながら防犯装置を仕上げていくことにした。


 辞書さんサーチディクショナリーで魔法は見付けられるけど、種類が多過ぎてしかも似たような魔法が無数にある。

 だから、実際に使ったらどうなるのか試しておかないと、見付けてすぐに使うのが恐かったりする。

 効果の強弱や耐久性、範囲や継続時間など、確認しておかなければならない項目は多い。

 試作品を幾つか作って実験した後、思った通りの物が出来上がった。



 ダマリスやキシラに渡す予定の護身用の魔石は、ミレルにも持っておいてもらいたいから、ネックレスにしてプレゼントしてみた。

 折角嫁さんに上げるプレゼントなので、魔石以外は全て貴金属にした特別デザインだ。

 僕としては魔法が使えるようになって路傍の石と同じぐらい簡単に手に入る物になってしまったけど、やっぱり一番キレイな金属だから価値はあると思う。チェーン部分は細い繊維状にした貴金属を撚り合わせて糸にし、更にそれを編んで紐状にしておいた。華奢な印象とは裏腹に、麻の紐より遥かに丈夫な紐なので切れることもないだろう。

 こんなことが出来るのも魔法のお陰だね。

 魔法があることを考えたら、ファンタジー素材の方が良かったかな……また、考えよう。


「お気に召さなかった?」


 ミレルが固まったままだったので心配になって声を掛けてみた。

 イヤだった訳では無さそうだけど……


「ボ、ボーグぅ……わたしこんな……」


 何で涙目になってんの!?


「あの……凄く嬉しいけど……こんな高価な物を身に付けられないわ……」


 え? あれ……? 着飾るものじゃないの?

 いや、まあ、確かに高価な物──例えば大きなダイヤモンドのネックレスを普段使いしてるOLさんとか見たこと無かったけど……村娘が貴金属というか、金属のアクセサリーを身に付けてるってのがあり得ないのか……仕方がない、強度を上げられる金属と合金にして、綿に()り混んで特殊な繊維にしてしまおう。見た目がほぼ黒色の綿紐なら問題ないだろう。ちなみに洗濯も可能だ。


「ありがとう! ボーグにはもらってばっかりね」


 今度は問題なく受け取ってもらえたけど、プレゼントなんて初めてしたような気がするんだけど……?

 ミレルはにこにこしながら、色んな角度から嬉しそうにネックレスを眺めている。

 喜んでもらえたなら良いか。

 ついでに姿見を作って着けた姿も確認してもらった。


「ボーグお兄ちゃん、出来たよ〜!」


 僕が嬉しそうなミレルをにまにましながら眺めていたら、後ろから元気な声を掛けられた。

 『こいつ』に妹は居ないはずなんだけど……


 振り返ればイリーナが手を振って呼んでいた。


「これは、また……豪華だな」


 出来上がったイラストを見せてもらうと、CGかと思わせるぐらいの緻密に、様々な角度からキシラが描かれていた。


 角度でそれぞれ鱗が違う色をしてるけど……?

 今は銀一色の鮭らしい色してるけど、イメージ図は虹のようなカラフルさがある。


「それはきらきらと輝くイメージなのケ」


 尾ヒレの形も今のキシラと違う気がするけど?

 今の尾ヒレは間違いなく鮭のそれで台形に近い形だけど、イメージ図は少しV字形になっている。


「それはすいすい早く泳げるイメージなのケ」


 そして極め付けは着ているワンピースが豪華なドレスになってるけど?

 今はとてもシンプルな飾りのないワンピースなのに、イメージ図はスカート丈の短いウェディングドレス並みに、金糸や銀糸を使った刺繍や幾重にもドレープの重なりが見えるレースが付いている。


「それはかわいいイメージなのケ」


 どう考えても最後のは泳ぐのに邪魔だけど?


「なんとかして欲しいケ! それが良いのケ!」


 ただをこねられても……ってなんでイリーナがにこにこしてるの?


「ボーグお兄ちゃんは何でも出来るから大丈夫だよ! この前も村の女の子を、みんなみーんなわたしの描いたとおりにキレイにしたんだよ!」


 おぉぃ! 何を子供らしい純粋な笑顔で、手振り身振りを加えながらハードル説明してんの!

 ドレスは厳しいと思ったのに……

 ほらキシラがきらきらした眼で見てるじゃ無いか!


「分かった分かった……できる限りやってみるから。とりあえず身体からなんとかするよ」


 みっともなく溜息をつきながら答えても──


「やったー!! ありがとうケ〜! ボーグはイリーナの言ってたとおり凄い人なのケ!!」


 ミレルもそうだったけど、僕が見てない間にみんなキシラに余計なこと言ってない?


 イリーナに視線を送ると、ミレルと違って視線を逸らすこともなく屈託のない笑顔で頷いてきた。


 子供ってズルいです……


「イリーナはそういう子。諦めるの……」


 アナスタシアに慰められてしまった。お姉ちゃんは苦労してるのかな?


 さて、気を取り直して、手術を開始しますか。



◇◇



 上半身はあまり要望が無いらしく、顔を少しだけ大人っぽくなるようにした程度ですぐに終わった。

 顔はもともと可愛かったし良いんだろうけど……胸とか気にならないのかな?と思ったら──


「人間みたいに胸が大きかったら泳ぐのに邪魔なだけケ。今が丁度良いのケ」


 と言われてしまった。

 ええ、そうですね、突起物は邪魔ですね。ってドレスはどうなんだよ!


「水の流れを邪魔しないようにするケ」


 えっと、それはつまり僕が? 聞くまでもないですよねー

 ドレスの端に宝石っぽくした魔石でも埋め込んで何とかするか……


 ……諦めて手術を続けよう。


◇◇


 どうやら僕は異種族に対しても問題なく整形魔法が使えるようだ。

 鱗も尾ヒレの形も、人の見た目を変える魔法と同じように、ゲームのアバター製作みたいに細かく設定が出来る魔法があった。

 元となったゲームには種族も色々あったのかな?


 鱗に一片の形や色、その重なりや配置、更には形や大きさのランダムさまで設定が出来た。

 形は丸い方が好きらしいので、鮭の鱗はもともと丸いけどより丸くして、ランダムさが全くないと作り物めいてしまうので、均一さを損なわない程度に少しだけランダムにしておいた。


 尾ヒレの形も、ベースとなる形──台形や菱形、V字形や三日月形などから選べたし、縦横の向きも選ぶことが出来た。

 大まかな形を変えてから、いつものAR表示に微調整を加えることで、理想の形に出来るようだ。

 金魚みたいにひらひらしたのも作れそうだけど──


「それは泳ぐのが遅そうケ」


 お気に召さないらしく、可愛いなら服が可愛い方が良いらしい。こだわりがあるんだね。


 色の調整は、豊富過ぎるぐらいに決めることが出来るようだった。

 単色や多色のグラデーションに、ホログラムやフォイルやラメと言った微細なチップを入れてキラキラ感を出したり、薄膜による構造色などで変化を出すことも出来るみたい。

 これは実際に姿見で見てもらって、どれが良いのか決めてもらうのが良さそうだ。


「これがキレイになのケ〜!」


 キシラは構造色の細かな色変化が気に入ったようだ。

 モルフォチョウの羽根の色変化と思ってもらったら良いけど、青だけでなく赤まで変化するようにしたいらしい。

 魔法だから出来るけど……実際にこの構造を加工しろって言われたら、どうなってるのか構造が全く想像できないから再現できないだろうな……

 次から自前でこの鱗が生えてきてくれることを祈るよ。


 キシラは満足のいく仕上がりだったのか、手術台の上で尾ヒレを振っていた。

 ぶつけるとまた傷が付いちゃうよ?


 嬉しそうなので水は差さないけど。


 今回の手術で一番苦労したのは鱗の色で、他は結構あっさりと終わった。

 懸念していたドレスも、拡げたときの形や模様をイリーナに描いてもらったりしながら、服を仕立てると言うよりは3Dプリンタで出力するような感覚で、楽に製作できた。

 と言うのも、素材が布だと重くなって泳ぎにくいし、肌に張り付いて形が崩れやすいから、樹脂素材で作ったので、布を縫い合わせると言うよりは成形することにしたからだ。

 シンプルなデザインで世界展開している衣料品メーカーが出している、シームレスインナーみたいなものだね。


 樹脂を精製する魔法みたいに工業製品を作る系の魔法は、しっかりと使う素材の用途が客観的に説明されてて、少し読めば最適な素材を選ぶことが出来る。

 製造業の人が作った魔法なのかな?


 だから、水中で形の映える樹脂を簡単に選ぶことが出来て──


「キレイ……人魚の王女様みたい……」


 ドレスを着て水槽に入ったキシラを、ミレルがぽーっと熱に浮かされたように魅入っている。

 後ろでイリーナとアナスタシアが内緒話をしているけど、女の子同士の会話に入り込むのは不粋だろうからそちらはそっとしておく。

 キシラ本人も水に浮かびながら、水槽の中に用意した姿見に映った自分を凝視している。


 白とピンクを基調に金とプラチナの刺繍を入れたドレスは、キシラの新しい鱗の色と良く合っていてとても可憐に映り、水中で拡がるドレスと髪が神秘さを醸し出していた。

 ドレスの端々に取り付けられた宝石のような魔石と、ミレルの鱗がきらきらと輝いていて神々しさすら感じてしまう。


「そうだね、とってもキレイだ」


 僕の言葉に、ミレルが僕の方を向く。


 あ、これは自分も人魚になった方が良いか聞いてくるヤツか?


「ボーグの感性はホントに凄いわね……キレイな人は想像できるけど、こんなにキレイな人魚なんて想像できないわよ……」


 感動からか少し涙目になりながらミレルが僕を褒めてくれた。

 ほとんどはイリーナのイメージ力のお陰だと思うんだけど……


 パシャっ水槽で水の跳ねた音がした。

 水槽の縁からキシラが僕を見下ろしていた。


「ボーグっ!! とってもキレイにしてくれてありがとうケ!! とっても気に入ったケ!! ボーグが人魚だったら故郷の湖に連れて行ってたケ〜」


 同族だったら結婚してた、ってきっと最高の褒め言葉なんだろうけど、この単純娘に言われてもな……悪い人に捕まらないようにしろよ、と返したくなってしまう。


「そうか、喜んでもらえて僕も嬉しいよ」


「ボーグは人間だから、わたしは一生ここで暮らすケ〜」


 え? 何ソレ? 素敵な男子(マーマン)は??


「美味しい魚をくれてキレイにしてくれるボーグが居たら、男子はどうでも良いケ〜 この村に来たら考えるケ〜」


 バシャっと大きな水音をさせてキシラが水槽に潜っていった。


 なんか余計なことをして好かれてしまったような……

 ほら、ミレルさんがほっぺたをぷくーって膨らませて不満を訴えているじゃないですか!

 その顔は反則的に可愛いよ……


「ボ、ボーグ! わたしもやっぱり人魚になった方が良いですかっ!?」


 そんな食い気味に来られても。


「いや、違うよ! ミレルはほっぺたを膨らませてるのだって可愛いんだから、そのままが良いんだって」


 僕の必死の良いわけに、ミレルの顔が徐々に赤くなっていく。

 ぷしゅっと頭から何かが抜けるようにへたり込み、僕からかおを逸らして、水槽へと頭をぶつけた。


「痛い……でも冷たくて気持ちいいの……」


 納得してくれたみたいで良かった。

 照れてるミレルはやっぱり可愛いな。


 そんなミレルを見てると、水槽に何かが盛大にぶつかる音がした。


「痛いケ〜!!」


 何やってんだキシラは……

 ざばぁっと水槽の上に上半身を出して、涙目をこちらに向けてきた。


「泳ぐのが早くなり過ぎて止まれなく頭をぶつけたケ〜!」


 うん、やっぱり、この子はアホの子だ。

 とりあえず、ドレスも邪魔になってないようで何よりだね。

 それは慣れるしかないね。

 いやー、一件落着だわー、これはー


「ボーグ! 何とかしてケ〜!」


 まだ利用客の居ない温泉にキシラの声が木霊していた。




登場魔法

1.衝術『物体浮上フローティングオブジェクト

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