2-070-5 情報共有は大事なようで⑤
僕が侍従さんに使おうとしているのは『診察記録』だけだ。
掛けられた人には何も起こらない魔法だから安心して欲しい。
ということで、魔法を使う雰囲気動作として侍従さんに片手をかざした。
そしていつも通り、様々な情報がAR表示されて、欲しい情報とそうでない情報が見えてきた。
「最近、膝が痛いことがありませんか?」
「っ!? バレないようにしているつもりでしたのに……」
まあ、この世界だとチートと言われても仕方がない魔法だからね。
僕も侍従さんが痛そうにしているところなんて一切見ていないけど、どうやらガマンしていたらしい。
主やお客様に醜態は見せられないって?
仕事熱心なのは良いけど、身体壊したら続けられなくなるよ。
といっても、たぶんこの世界では治せるような病気じゃないんだけどね。
侍従さんの病気は、まだそれほど進行はしていないけど、変形性膝関節症のようだ。
機械もなければ魔法も一般的でない世界だから、長距離を歩いたり重いものを持ったりするから、この世界ではなりやすい病気なんだと思う。
そんなに高齢でもないんだけど……レバンテ様の右腕として、忙しく働き回っているからだろうね。
これは軟骨が磨り減って起こっている痛みだから、一般的な医療では外科手術で変わりの軟骨を差し込むような手術療法か、今以上に進行しないようにする保存療法のどちらかとなる。
前者は治療になるけど、後者は痛みを出ないようにするだけで、根本治療にはならない。
だから、手術が一般的でないこの世界では、可能なのは後者のみで、魔法以外に治せない病気になってしまっていると思う。
でも、治療魔法が使える人がいれば、たぶん低位の魔法でも、磨り減った軟骨を修復したり、変形した骨を元に戻してくれると思う。
といっても、今僕がしたいのは侍従さんの治療じゃなくて、ただの身体測定だったんだけど……見付けちゃったら治しておきたくなるよね。
「ついでに治しておきますね」
回復魔法を使いながら、侍従さんの身体記録がカルテに記載されていることを確認した。
うん、これだけ詳細なデータがあれば、お礼の品を作ることも出来ると思う。
「はい、終わりました。もう良いですよ、食堂に参りましょう」
身構えていた侍従さんは、何も起こらなかったことに拍子抜けしたようで、動き出すまでやや間があった。
「魔法を使われたのですか?」
「はい。身体を調査する魔法と回復魔法です」
「2つもですか! わざわざありがとうございます」
侍従さんは頭を下げて感謝の念を示してくれた。
たぶんエフェクトを掛けなかったから、身体的には殆ど変化が無いし、使われたのかどうか分からなかったんだろう。
船を作ったり水槽を壊したりするような派手な魔法じゃないからね。
でも、今の治療はついでだから感謝も必要が無いし、そもそも感謝しているのは僕の方なのであまり気にしないでいて欲しいと思う。
さて、食堂に着くまでに作ってしまって、袋にでも入れておこうかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食堂に着くまでの間に、思ったより量が作れてしまったので、ミレルとスヴェトラーナにも紙袋を持ってもらい、両手が塞がっている状態で食堂に到着した。
一瞬で作れるというのは、ある意味手持ち無沙汰になるね。
レバンテ様は僕たちを迎え入れながらも、両手に持ってるものが気になっているようだった。
席に案内されてから、食事をしながらお話ししましょう、と言って先に食事を始めてもらった。
せっかく出来たてが食べられるように案内してくれたのに、冷めてしまったら悪いからね。
食前酒に甘い果実が原料の良い匂いがするお酒が注がれ、前菜の茹で野菜が運ばれてきてテーブルに置かれた。
茹で野菜からは湯気が立ち上り、茹でたてであることが伺える。
頬張れば野菜の甘みとそのほくほくさが、旨味に変換されて身体に流れ込んでいく。
バジルのような香草を使った刺激のあるソースが、更に野菜の旨味を引き立ててくれる。
香辛料や旨味抽出物で、人が美味しいと感じるように調節された食べ物とは違った美味しさが感じられた。
調味料が少ないのに、良くここまで美味しく出来るものだと感心してしまう。
今までレバンテ様のお屋敷で食べたときは、緊張や心配事が多くてしっかり味わえていなかったらしい。
こんなに美味しいなら、今までの分もしっかり味わっておえばよかったと、勿体なさを感じてしまう。
こういう素材の味が活かされている魔法食品も、今度探してみようかな
どうでも良いことだけど、僕が食前酒を飲むときは、酔わないようにこっそり魔法を使っていたりする。
食前酒と前菜を味わったので、レバンテ様とクタレに、とりあえず何を持ってきたのかを話すことにした。