2-070-2 情報共有は大事なようで②
特別室の中にいる陛下に、声を掛けようと思ったものの、人払いされているところに入っていくのは問題な気もする。
外から声を掛けようにも、防音性能を高めに設定してある特別室には届きにくい。
ビジネスマナーとして、会議中の人を呼ぶ場合は、入口で呼ぶかメモなどを渡すのが一般的だ。
だったら、ビジネスマナーと同じように、メモを渡して陛下から声を掛けてもらうようにしよう。
幸い、キシラが入って来られるぐらい、特別室もシエナ湖側はオープンにしてある。
安全面では後々考え直さないといけないけど、矢文を放ち入れるぐらいは出来そうだ。
脳内に直接語りかけるような魔法がないわけじゃないけど、事前に言っておかないと、驚かせることになるだろう。
突然手紙が投げ入れられても、驚くことには変わりないか……
そういえば、プラホヴァ領主様が王都と情報のやり取りをしたのは、鳩だったという話だ。
それなら、鳩を造って手紙を持たせれば良いか。
その方が、陛下やレバンテ様も馴染みがあるから驚かないだろう。
本来は鳩の帰巣本能を利用した郵便なので、巣に変える方向にしか使えないけど、魔法で作ればその限りではないだろう。
魔法を検索してみよう。
魔法が盛んだった時代は、魔法による通信で情報を伝達するのが一般的だったようだ。
メールアプリのような魔法は沢山あるけど、物理的に手紙を送るような方法はかなり少ない。
それもたぶん当たり前で、宇宙を渡って何光年も先に手紙を物理的に届けようと思ったら、待つ時間が計り知れない。
それでも手紙をやりとりする魔法があるのは、懐古主義的な考えからか、それとも学生が授業中に密談したかったからだろう。
半分は冗談にしても、懐古主義的には鳩通信は外せないらしく、鳩を造り出して情報を送る『鳩通信』という魔法があった。
石を叩いたら出来上がる喋る鳩ではなくて、僕の研究室とは名ばかりの地下の畑で働いてもらっているゴーレムに近いみたいで喋らないようだ。
ただ……鳩は食べられますと書いてあるのがなんか怖いんだけど……
少し侍女さんから離れてから……
内容は「そろそろ帰らんで大丈夫か?」という意味合いで、重要度は緊急で、伝達後は帰還するに設定して、魔法を使ってみた。
自分の温泉だから材料は幾らでもあるし、壁も床も天井も白っぽいものにしているから、そのまま使われてもおかしな色になることはないだろう、と思ったんだけど……
「お嬢様、その鳥はなんですか!?」
「目に痛い鮮やかな赤ですね!」
そう、スヴェトラーナとクタレが驚くのも無理はない。
出来上がった鳩の色は真っ赤で、しかも少し光ってる!!
重要度の設定が緊急だからなの?!
あり得ない色なのに、毛繕いとかたまにする感じでリアルな動きだし……
これは、ピジョンブラッドならぬブラッドピジョン略してブラピだね!!
…………現実逃避してる場合ではない。
2人が驚いたことで、侍女さん達もこちらを注目している。
送るべきか送らざるべきか……
とりあえず、魔法の説明だけはしておこう。
「これ以上なく、ボグコリーナ様からのご連絡だと分かりますね」
自然さの欠片もないということは分かりました。
だから、相手を驚かせそうで、どうしようか悩んでるんですよー
「ボグコリーナ様専用鳩とお呼びしましょう! それなら誰もが御理解いただけます」
何その3倍速そうなの。
いや、実際、魔法だからあり得そう……
なんでみんな、この不自然さの塊を受け入れる方向で話が進むの?
「貴族の方々は皆、突飛なことをしたがるものです。ブリンダージ商会で売られていた魔法武具など良い例では御座いませんか?」
目新しく性能も優れていて高価なものに飛び付くし、なんなら自分でそれを開発したかったとか思ってそうだね。
誰も持っていないものを、誰よりも早く手に入れて自慢したい。
そういう心理は分からなくもないけど……そんなに競争しなくても。
僕は平穏を望みたいよ。
ただ単に、僕は自慢するような相手がいないから分からないだけか。
それに、積極的に何か新しい物を造り出す気持ちがなければ、産業の発展はしないから必要な側面もあるのだけど。
でも、自分が使うために作るだけなら、自慢をする必要はないよね……
うーん……新しい物を作り出せる優秀な人に、次の物を作る資本が集まるなら、こぞって手に入れてもらうのも良いだろうけど、世の中中抜きする人の方が儲けるからな。
結局、集中することはあんまり大事ではないか。
つまり、貴族はベンチャーに投資すべきってことだね。
そして、産業寄与度で自慢し合えば良いよ。
自慢したいかどうかの話じゃなかった……
この赤く輝く鳩で、警戒されたり、陛下が倒れたりしないかってことが大事なんだよ。
それだと、使わない方向で行きたいんだけど……
「陛下も突飛な事態に慣れていらっしゃいますよ。そうでなければ、国王など務まるものでは御座いません」
そりゃそうか。
新しい物を献上されたりする立場だし、見たことない物に触れるのも慣れてるか。
それなら、陛下宛に使うなら別に問題無いかな。
じゃあ行ってくると良いよ。
腕を掲げると、赤い鳩は飛び立っていった。