2-069-8 水が合えば新しい環境もすぐに受け入れられるようで⑧
「げほっごふっ……うめぇ……」
人魚に沈められていたガラキを助け上げると、咳き込みながら何か言っています。
大丈夫か尋ねた覚えはありますが、味について感想を聞いた覚えはありません。
何が美味しいのでしょう?
「この湯だよ! なんてうめぇんだ!」
相変わらずわたしに対しては気さくな話し方です。
わたしは人が浸かるお湯を飲もうとは思いませんが、ガラキはガバガバと飲んでいます。
はしたないです。
そんなに美味しいのでしょうか?
汚れなど一切無いように見えるキレイなお湯ですね。
少し飲んでみたくなりますが……
いえいえ、これを飲むわけには参りません。
そんなガラキを見て、ツェツィさんが寄ってきました。
ガラキ、怒られても仕方がないですよ?
「この温泉の水は美味しいので、飲みたくなる気持ちも分かります」
「嬢ちゃん、分かってくれるかぁ! さすが嬢ちゃんの侍女やってるだけあるなぁ!」
なんたることでしょう、意気投合してしまいました。
これでは飲まなかったわたしの方がおかしいみたいではないですか?
「あそこに飲料用が用意してありますので、あちらの方が飲みやすいですよ?」
掬ったところで説明されました。
飲料用があるならそちらを頂きましょう。
案内された先──といっても数歩のところですが──には水を湛えた人の背丈ほどの容器が置かれていました。
「温泉では気付かないうちに喉が渇きますので、いつでも飲んで頂いて結構です。むしろ積極的に飲んでください、とご主人様は仰ってました。同じ物が幾つも設置されています、御自由にお使いください」
ツェツィさんは言いながら、容器の横に付いていた細長い筒から、真っ白のやけに薄いコップを取り出しました。
「こちらのコップで飲んで、飲み終わったコップは横にある箱に捨ててください」
一回だけ使って捨てるのですか!?
なんという贅沢でしょう!
コップを捨てる為の箱は、独特の意匠をしていて、ちょうどコップが入るような丸い穴が開いています。
箱の上の面には、コップを横から見た絵が描かれています。
専用ということでしょう。
回収して再利用するということでしょうか?
わたしもひとつコップを取ってみました。
頼りないです。
力を入れたらグシャリと潰れてしまいそうです。
と思ったら、ツェツィさんが飲み終わったコップを、グシャリと潰して箱に捨てました。
使い捨てるために極限まで材料を削っているのですか。
それでも、貴族でもしないような、とても贅沢な方法です。
自由に使って良いなら、持って帰ることも出来てしまいますし……
「外に持ち出そうとしたら、歩けなくなるぐらいに重くなりますので、捨てて帰って下さいね」
注意されてしまいました。
不思議な魔法効果が付いているようです。
ということは、あの方の仕業でしょう。
想像が追い付かないでしょうから、考えないことにします。
水が入った容器の方には、コップを置くための丸いへこみが2箇所あり、そのへこみの上にそれぞれ取っ手が飛び出しています。
青と赤です。
ツェツィが水を入れているところを見たところ、青の取っての下にコップを置いてから、取っ手を捻っていました。
同じようにわたしも水を入れてみました。
水の見た目は普通です。
しかしながら、コップを持ち上げて驚きました!
コップが冷たいのです!
コップが冷たいということは、中に入っている水がとても冷たいということ。
わたしは唾を飲み込み喉を鳴らしてから、コップに口を付けました。
水が冷たい!
そして美味しい!!
味も美味しいですし、温泉で火照った身体に、その冷たさが美味しさを強調してきます。
何という魔法でしょう……水だけでこの温泉の虜になりそうです。
ガラキは温かいまま飲んでいましたが、この水を飲めばもっと気に入ることでしょう。
「つめてぇ!! うめぇぇぇ!!!!」
叫んでいます。
やはり気に入ったようですね。
ところで、こちらの赤い方の取っ手は何でしょう?
試しに、コップを置いてから捻ってみました。
水の入ったコップに触れてみると……熱い?
火傷するほどではないですが、あまり長く持っていられない程度に熱いです。
飲んでみても普通の白湯のようです。
冷たいもののすぐ近くから、熱いものが出てくるのは不思議ですが、冷たい水ほどの驚きはありません。
「それは、冷たい水を飲み過ぎたときとか、冷たい水と混ぜて自分の好みの冷たさにするために使うらしいです」
なるほど、そんなところまで配慮されているのですか。
至れり尽くせりですね。
この温泉だけで、ここに住みたいと思うのには充分です。
外から来た人も同じように思うのではないでしょうか?
楽園を求めて人が殺到する未来が見えます。
ただ……こんな山奥にある、見た目が要塞の村に、どれだけの人がやって来るかですが……