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異世界で美容整形医はじめました  作者: ハツセノアキラ
こうして僕は国王に認められた
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2-068-3 ふいに思い出すことがあるようで


 僕はスヴェトラーナとクタレと一緒に、ナーヴフェルマーサ号に戻ってきた。

 スヴェトラーナとクタレが一緒なのは、自分で侍女さんに提案したことは守るためだ。

 一度特別室の様子を耳だけで(うかが)ったけど、まだまだお話は続きそうだった。


 まずサラの最初にすべき事は、翻訳用の魔石を身に付けることだ。

 キシラと一緒に温泉で生活するには、必ず必要になる。

 サラの性格だと、引きこもって出て来ない可能性もあるし、そもそもあの賑やかなキシラと一緒にいられるのだろうか……

 ちょっと不安。


 サラがいるのは荷室近くのスタッフルームだ。

 なぜなら、船内の狭い通路では水槽が大きすぎるので客室まで運べなかったから。

 客室に比べるとスタッフルームは殺風景だけど……元々サラは水槽から出られないので、どこにいてもあんまり変わらないらしい。

 そういえば、えら呼吸じゃないし、乾燥して困るわけでもないし、空気中で日光を浴びたら火傷するわけでもないのだから、別に水槽に入れておかないといけないわけではなかったね。

 キシラは良く飛び跳ねてるし、最初合ったときは水辺で倒れてたし。

 移動時ぐらいは水から出して運べば良かったんだよね、失敗失敗。

 次からは気を付けよう。


 サラは、いつも通りぽこぽこと泡を少しずつ吐き出しながら、水槽の中をふよふよと漂っていた。

 僕たちが入ってきたのを見たけど、チラリと視線を送ってきただけで、それ以上の反応はなかった。

 サラにとって楽しいことって何かあるのかな……

 サラの性格上、不憫に思うのも僕の勝手なんだけど、そんなことを考えてうーんと唸りながらサラを見つめてしまう。

 そして僕は端と気が付いた。

 サラが服を着ていないことに。


 そういえば、誰も服を着ていないことを疑問に思わないんだよね。

 水から浮力を受けた形の良い胸が丸出しなのに……

 違う物に見えてるのかな?

 林檎を食べていないのかな?

 キシラと比べると、大きくって柔らかそうなんだけどな。

 他意はないよ、生体として気になるだけで。

 キシラは泳ぐのに胸が邪魔だって言ってたけど、サラは積極的に泳いでいるところを見ないから、胸が大きくても邪魔にならないから良いって事なのかな?

 うーん……


 はっ!

 視線を感じると思えば、スヴェトラーナとクタレという年少組に見られていた!

 と言っても、スヴェトラーナは成人済だけど。

 こ、これは良くないね!


「あ、いえ、これは、その、違うんです……」


 言い訳にもならない言葉が口から漏れてしまう。

 こういう場合、否定した方が怪しまれるのに!


「ボグダンさんは人以外の方がお好きですか?」


「ボグコリーナ様は、こちらの人魚にも衣装を考えているのですか?」


 スヴェトラーナの言葉はどう受け取って良いか微妙だけど、クタレはナイスフォローだ!

 さすが周りの空気読んで王子やってただけのことはある!


「はい、そうです。キシラは尾部のヒレが簡単な形をしていたから豪華にしましたけど、サラのヒレは複雑なので衣裳はシンプルにまとめた方がバランスが良いかと思いまして」


 スヴェトラーナの言葉はスルーして、キシラに答えた。


「サラ??」


 クタレが仮面の顔を傾けて問いかけてきた。

 誰にも言ってないから知らないよね、人魚の名前がサラだって。

 今全然関係ないけど、仮面着けたまま温泉に長い間いたけど大丈夫なのかな?

 お湯に浸かっている時間は短かったけど、蒸し暑いから思ったより水分不足してるんじゃないかな?

 彼は着け慣れているから耐性が高いとか?

 だとしても、温泉に入ってから水分補給していないのは危険だ。

 とりあえず、スポーツドリンクを渡しておこう。


「ここには3人しかいないので、仮面を外して水分を補給してください。水分不足は命に関わりますので」


 クタレは素直に頷き、仮面を外してスポドリをゆっくりと飲んだ。

 彼が飲んでいる間に、翻訳魔法を魔石に登録して、ネックレスを作る。

 それを水槽の中のサラに渡して着けてもらった。

 これで準備万端。


「サラというのは彼女の名前です。サラ、話が出来るようになったから、自己紹介してみて」


 サラは不思議そうにこちらを見てくる。

 僕とは元から話が出来るし、良く分からないよね……

 どうしたものか──


「サラさんというのですか、ボクはクタレです、よろしくお願いします」


 少し照れ気味にクタレが先に自己紹介してくれた。

 空気の読み方が完璧すぎて涙が出そう。

 風読みのクタレとか二つ名を付けたいぐらい。


 クタレの自己紹介を聞いて、珍しくサラが驚いた顔をしている。


「クタレ……? 言葉が分かるキ……」


 そしてサラの言葉を聞いて、今度はクタレが驚く。

 スヴェトラーナはキシラで慣れてるから、驚きはない。

 でも、あの時のミレルと同じく「キ……? ケじゃなくて?」とか言ってるので、やっぱり語尾の違いが気になるようだ。


「ボクにもサラの言葉が分かります!! ボグコリーナ様はこうやってお話しされていたのですね!?」


「そうなのです。魔法で会話が出来るようになるのですよ」


「スゴいです! このすごく美味しい飲み物に魔法が込められていたのですか!?」


「あ……いえ、それはただの補水液です。サラに渡したあのネックレスがそうです」


 なんか紛らわしいことしてごめんね。

 飲み物は全然関係ないんだ。


「あ……そういえば、大司教もネックレスを使って魔法を放ちましたね。同じような物でしょうか……」


 クタレがイヤなことを思い出したようで、しょんぼりしながら呟いた。

 クタレが今まで通り振る舞っているから忘れてたけど、つい先日育ての親に裏切られたばかりだ。

 しかも、気の休まる時間も無く、偽者の王子を続けさせられている。

 それが悲しみなのか憎しみなのか不安なのかは分からないけど、ツラい記憶なのは確かなのだろう。

 その痛みは魔法でも治療することが出来ない。

 記憶を消して忘れさせることは出来るけど、それはクタレの心を歪めてしまう。

 不安薬で軽減させることも出来るけど、それは痛み止めでしかなく、薬が切れればまた痛み出す。

 だから根本治療は魔法で出来ない。

 ツラいことに対処する心は、本人が編み出すしかない。


 目眩がするほど無数にあるこの世界の魔法の中には、心の成長促進剤なんてものもあるかも知れないけど……どんな風に彼が成長することになるのか分からないから怖くて使えない。

 身体の成長促進剤は使いすぎると爆発するって言うし……ああ、怖い。

 何でも出来てしまいそうな魔法だけど、出来ないこともあって、だから僕が魔法を使えたところで、出来ないことは山ほどあるんだろうね。


 でも、魔法が使えなくとも、手を差し伸べることは出来る。

 僕も、僕以外の人達も、気付きさえすれば。

 悲しみが消えなくとも、新しい楽しみを与えることは出来るだろう。

 憎しみを覚えるのなら、愛を与えることは出来るだろう。

 不安が沸いてくるなら、他の安心を与えることは出来るだろう。


 彼は子供の時から過酷な人生を歩んできてるんだから、許さても良いと思う。

 そんなことを許す神様はいないらしいけど、禁止する神様もいないらしい。

 人に出来ることは人に任されている。

 そういうことなのだろう。


「スヴェトラーナ、少し席を外してくれる? サラも反対向いておいて」


 すぐにスヴェトラーナは礼をして扉の外へ、サラは良く分かっていなさそうだけど、ゆっくりと反対を向いてくれた。

 更に魔法を使って水槽を磨りガラスに変えた。


 しょんぼり俯いているクタレに、今の僕でもその下げられた頭に手を置くぐらい簡単に出来る。

 嫌がられるのでなければ、撫でるという行為は癒やしになるはず。

 優しくゆっくりと撫でれば、クタレは嫌がることはなく撫でられてくれた。

 癒やしになってるかは……目を見れば分かった。


「ボグコリーナ様の手は温かいです……やっぱり、不安に思うことなんて何も無かったですね」


 クタレが目を細めて独り言を呟いた。

 少し涙声だ。

 感じていたのは不安だったみたい。

 旧市街にいた頃はもちろん、王子として過ごしていたときは、母親に甘やかされることもなかっただろう。

 そもそも、甘やかされても偽者を演じている以上、気が休まらなかっただろう。

 その上で、僕が急激に環境を変えてしまった。

 だったら、僕の手が温もりになるというのなら、幾らでも差し出そう。


「意外と、気持ちを整理するのに涙というものは役に立つんですよ?」


「そう……なんですか? ふふ……ボグコリーナ様は博識でいらっしゃいますね」


 控えめに笑いながら、クタレが涙を(こぼ)し始めた。

 言ってるほど簡単に気持ちの整理なんて出来るものじゃないけど、これから待ち受ける彼の人生が穏やかであることを願うばかりだ。


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