2-068-1 罰ゲームは掛けた側も驚くようで
陛下が密談をするから特別室を出た僕たちは、一般浴場に向かいながら侍女さん達と話をしていた。
「僕たちはタムールやガラキと話をしてきますけど、侍女さん達はどうされますか?」
「フェルール殿下に付ける一人を除いて、私たちは今のうちに身をキレイにして、帰り支度を整えておきます。こちらの方が早く終われば、侍女の一人を連絡に向かわせます」
侍女さんは仕事熱心なので、クタレを一人に出来ないらしい。
彼女たちはここにいるのが第三王子ではなく、クタレだって知ってるのかな?
知っててもおくびにも出さないのが出来る侍女なのかもしれない。
いずれにしても、この温泉で問題が起きれば僕の責任だし、僕が引き取っておくのが良い気がする。
タムール達と合流すれば僕の侍女(嘘)であるスヴェトラーナがいるし、体裁は保てるんじゃないかな?
「フェルール殿下には僕と侍女のスヴェトラーナが付きますので、みなさんはゆっくりしてきて下さい」
「しかし……! ボグコリーナ様にお手間を取らせるなと、陛下からもキツく言われていますので」
何言いつけてるの陛下は?
侍女さんって貴族の令嬢も多いんでしょ?
確か礼儀作法とコネを作るために、王族の侍女は人気なんだっけ?
この世界もそうなのか知らないけど。
となると、ほとんどが僕より身分が上だと思うんだけど?
僕の手間より、侍女さんの手間を減らす方がいいのでは?
と言ったところで、押し問答になりそうなのは容易に想像がつく。
こういうときは、今の立場が上なのを利用して、彼女らを抑えるのが正解って、ラノベで学んでる。
「フェルール殿下の希望を聞きましょう。殿下は侍女さんと一緒がいいですか? 僕と一緒がいいですか?」
「それはもちろん、ボグコリーナ様とどこまでも共に歩んでいきたいと思います!!」
クタレは元気いっぱいに僕を選んでくれた。
なんか微妙に論点のズレた回答に聞こえたけど、気のせいということにしておこう。
「ということで、決まりです。ここで無用な問答をすることが僕にとって手間ですので、僕がフェルール殿下を連れて行きますね」
侍女さんはぐっと息を詰まらせた。
そこへミレルが耳打ちをする。
すると侍女さんは苦笑を浮かべて頷いた。
「承知しました。では殿下をお願いいたします」
素晴らしいフォローですミレルさん。
何を言ったのか聞かなかったけど……悪く言われていたとしても、結果が望んだ方に転がれば全然問題ないよ。
じゃあ侍女さん達に、一般浴場の女性専用エリアを案内しておこう。
僕じゃなくてミレルがね。
「ミレル、彼女たちを案内してあげて。僕が行くわけにはいかないから」
侍女さん達が不思議そうに首を傾げているけど。
一般浴場は他のお客さんもいるのだから、女性の裸を見る可能性がある場所に仕事以外で踏み入るわけにはいかないよ。
確かに、女体化したらムフフ展開というのは良くあるけど、同時にだいたい良くないオチも待ってるから。
あ、いや、実は女湯を覗きたいとか、そういう意味じゃないよ、決して。
「分かったわ」
ミレルも首を傾げながら了承してくれた。
いや、首を傾げているのはカワイイけど、今疑問に思うところはなかったからね。
僕はクタレを連れて行くんだし、納得することしかなかったでしょ。
◇◆
侍女さん達をミレルに任せて、僕とクタレは共用エリアに降りてきた。
正直、人に見せるのは恥ずかしい格好だ。
でも、村長に見られる以上に恥ずかしいことはないだろう。
それに比べれば、シシイの反応が楽しみなぐらいだ。
この時間、村のみんなは畑仕事真っ最中なので、一般浴場は殆ど人がいない。
そして、受付嬢であるダマリスの退店確認が楽になるように、そのエリアにお客さんがいるかがすぐに分かるシステムを構築してある。
だからシシイ達を見付けるのは簡単だった。
共用エリアの中では一番高い位置にある露天風呂で、シエナ湖を眺めながらのんびりお湯に浸かっていた。
「みなさん、楽しんでいますか?」
僕が背後から近寄って声を掛けると、みんな振り返って驚きの声を上げた。
スヴェトラーナとタムールの反応は、概ね特別室と同じだった。
ガラキとイノは、若干異種族の感性が入っていたけど、褒めてくれているのは分かった。
問題はシシイで……
「いや、マジで着るとは思わなかったぜ……」
シシイが着ろって言ったんじゃーん!
「あ、いや、悪い……わたしはこの村で歯を治してもらったし、お前をそれなりに信頼してたんだ。でも、王都で正体を隠したまま接されてたのが、信頼されてないのかなって思ってちょっと寂しくて……というか、全然気付けなかったのが悔しかった方が強いかも? だから、ちょっと意地悪したくなったというか……」
シシイは正直で、やっぱり良いヤツだな。
ただちょっと、その対応が子供じみてるところがあるから──
「カワイイーっ!!」
だからイノが抱き付いてくるんだと思うよ?
さっきのキシラほどではないけど、イノの巨体が勢い良く動くと、飛沫が飛び散る飛び散る。
シシイ以外、みんな飛沫を払って、これ以上掛からないように少し離れた。
「あ、ちょっと、待て! こんな格好で強く抱き付くな!! 水着が脱げるから!!」
シシイがイノの腕の中で、大人しめにもがいている。
ラッキースケベはシシイの役でしたか。
ほら、こうやって、ムフフな悪戯を仕掛けたら良くないオチが返ってくるもんなんだよ。
「わたしは別にお前の際どい水着姿が見たかったわけじゃねえよ」
それはそうだろうね。
シシイが一番まともなのは知ってた。
流石に、このまま剝かれてしまうのを放っておくのは良心が咎める。
シシイがいつもより大人しいから、イノの興奮状態がこのまま続いたら、たぶんホントにシシイを剝いてしまう。
ネブン事件の時に使った鎮静作用のある魔法で、イノの気持ちを鎮めよう。
魔法を発動すれば、すぐに効果が現れ、イノの腕の力が少しずつ緩んでいく。
同時にイノの興奮も落ち着いて、少し眠たそうな目になっていく。
シシイは緩んだ戒めからすぐに飛び降りて、少し着崩れていた水着を直した。
「助かった、ありがとう。何かしたようには見えなかったが……ボグダン、お前だよな?」
「良く分かったね。興奮状態を鎮める魔法を使ったんだ。手を出そうとしたら効果が切れるから気を付けてね」
シシイは知らなかったんだっけ?
そうか、この魔法はプラホヴァ領主様関係者しか知らないんだった。
「なんだそれは? 思っただけで効果がなくなるのか?」
「思っただけなら大丈夫だよ。でも、思ったことを実現しようとしたら、その時点で効果が切れる。後は掛けられた者に身の危険が迫ったらかな。と言っても、元の興奮状態に戻るわけじゃなくって、落ち着いた状態で意識がしっかりするって感じだよ」
「敵を仕留めるのには使いにくいじゃねえか……変わった魔法だな」
流石傭兵、考え方のベースが闘うことなんだね。
この魔法で仕留められてたら、犯罪を犯し放題だからね。
直接手を下さなかったとしても、事故死させることも簡単だから。
「その代わり、相手が何であれ、どんな興奮状態も必ず鎮めてくれるはず。人以外に試してないけど。あ、今オークに試したね」
「効いて良かったぜ……」
ふぅーと汗を拭うような仕草をするシシイ。
効かなかったら別手段を考えただけだけど。
「こういう手段もあったのですね」
「これも魔法なのですか。見事なものですね」
「嬢ちゃんは、使ったことすら感じさせないように魔法を使えるんでやすね……」
離れていたクタレとタムールとガラキが近付いてきて、イノの様子を見ながら感想をくれた。
この三人はこの村で住むことになるからそれほど問題じゃないけど、一応断っておこう。
「あまり僕の魔法のことを言い触らさない下さいね。お三方は王都を離れられるので、それほど問題にはならないと思いますが」
「ボグコリーナ様の御心のままに」
「承知しておりますし、陛下からも注意を受けております」
「今さら言うんでやすね……商売人の口はその場で塞いでおかないと、金になりそうなら簡単に流れやすよ」
そうなのか……でも、ガラキも最初から黙ってくれてるみたいで良かった。
陛下も口止めしてるというのは初耳だけど……
僕としてもそっちの方が良いから、気にしないでおこう。
さて、シシイへのお披露目も終わったし──
「そろそろ水着変えてもいいかな?」
「わたしは全然構わないさ」
「勿体ない……」
人間の成人男性は続けて欲しそうだけど、異種族からは不満がなさそうなので、多数決で衣装チェンジです!
黒は良いんだけど、とりあえず覆う部位を増やしたい。
ワンピースは脱ぎにくいし、スク水になったら違った意味で困る。
やっぱり、フィットネスで使うような水着かな。
ハーフ丈のパンツに、フロントジッパーの半袖。
後は体型カバー用のスカート付ける?
フィットネスじゃないからいらないね。
はい、着たまま衣装お直し〜
『おおぉーっ!』
「肌を見せることなく衣裳が変わってしまった……」
やっぱり一名残念がっているけど、早着替えショーは歓声を持って迎えてもらえた。
うんうん、みんなも楽しめて、僕も露出が減ってウィンウィンだね。
さて、ここに来た主目的は果たせたから、次の作業に移ろう。
陛下が帰るまでに、サラと魔法武具の移動、それに時間があるなら特別室に宿泊施設の増設をしておかないと。
まずはサラからかな。