014 属性の概念がおかしいようで
魔法について辞書さんで調べる話です。
難しい話や地味な設定が眠くなる方は「◇◇」以降は読み飛ばしてください。
「ミレルさん、こんにちは。こんな時間に珍しいですね」
修道院への長い階段を登っているところで、上から降りてきたシスターにミレルが声を掛けられた。金髪碧眼で紺色の修道服がよく似合っている。柔和な笑顔を浮かべた優しそうな人だ。年齢はミレルより少し上っぽい。
「アレシアさん! 丁度良いところに!」
そう言いながらミレルは僕の方を見る。つられて視線をこちらに向けたアレシアさんと目が合う。
アレシアさんの表情が厳しいものへと変わっていく。
「あなたですか、こんな昼間からミレルさんを連れ出して……分かりました、このバカを追い払えば良いのですね」
ですよねー 教会のシスターが『こいつ』を許せるわけ無いですよねー ミレルの「丁度良いところに」はそういう意味になりますよねー
「いえ、そうじゃないんです! 今日はボグダンの助けた子供を預かってもらうために来たのです」
お説教モードへと突入しそうなアレシアさんを制してミレルが用件を続ける。ミレルの言葉に合わせて背負った子供が見やすいように体勢を変える。
「ボグダンが……虐めただけではないのですか?」
細めた視線が僕を射貫いてくる。
疑り深いですね……この子に怪我はないですよ?
「服がずぶ濡れじゃないですか……怪我は無さそうですね、何があったのですか?」
「湖でこの子が溺れていたのをボグダンが助けたんです」
ミレルの真剣な声に目をパチパチと瞬かせるアレシアさん。
「ミレルさんが助けたのではなく? このバカが?? ミレルさん……脅されてるなら言ってくださいね……」
アレシアさんがミレルの方に手を置きながら神妙な顔で尋ねる。
「違います! 本当なんです! その……わたしは……もうダメだと思って諦めたんです……責められるならわたしの方です。でも、ボグダンはこの子の命を救ったんです!」
アレシアさんが驚くほどの声音でミレルが真剣に返答する。アレシアさんの修道服に縋り付くような勢いだ。普段の彼女からは考えられないような取り乱し方だから、そりゃ驚くよね。僕も何でそんなに真剣なのか良く分からないぐらい。真面目なミレルは人のしたことを自分がしたことのように思われるのがイヤなんだろう。
「分かりました。分かりましたので、ミレルさん落ち着いてください。あなたが嘘をつくような人でないのは分かっています。信じ難いことですがあなたが言うのなら本当なのでしょう……」
この信用の差はいつ見てもすごい。僕が何を言っても狼少年ぐらい信じてもらえなさそうだけど、ミレルなら神の啓示の如く何でも信じてもらえそう。その方が都合が良いのだけど。
「ミレルが頑張っているのを見てね、僕も何かしないとと思ってやっただけなんで。ミレルが先にこの子を助けるために湖へ飛び込もうとしたから、ミレルが怪我をしているので僕が変わりに助けに行っただけです。確かに岸に引き揚げたのは僕ですけど、そのあと蘇生したのは二人で協力したから出来たことです。ミレルも自分のしたことなんだから、自信を持って自分がやったって言えば良いと思うよ?」
最後はミレルに向けて言う。人工呼吸と心臓マッサージを一人で行うのは大変だからね、ミレルの協力無しではあんなに簡単に蘇生しなかったかも知れない。まあ、時間的な問題だと思うけど。
僕の言葉に二人とも口を魚のようにパクパクと動かして驚いている。
いや、うん、分かったから。『こいつ』がそういうキャラじゃないのは分かってるから、話を進めようよ。そんな二人して僕に背を向けて内緒話を始めなくても……
暫くして帰ってきたアレシアさんが態とらしい咳払いをしてから口を開く。
「分かりました。とりあえずその子は目を覚ますまで修道院で預かります。ラズバンさんのところの……お姉ちゃんの方ですよね……?」
ん? この子に関してなんか言葉を濁した……?
その意図もこの子の素性も僕は良く分からないのでミレルの方へ答えを求める。
「ええ、そうです。アナスタシアちゃんです。いつも元気なので印象が違いますけど……」
「分かりました。丁度出掛けるところでしたから、ラズバンさんにもわたしが話しておきます」
後のことはアレシアさんが全て請け負ってくれるらしい。有難いことだ。
アリシアさんは階段を駆け上がり修道院に向けて大声を上げる。
「クラウチ! この子をベッドに運んで頂戴!」
「は、はい! すぐに!」
扉の開いていた修道院から慌てた返事と共に少年が駆け出てくる。
少年の見た目は日本基準だと高校生成り立てぐらい。黒に近い青瞳が僕を見つけた瞬間に細められ、切り裂くような鋭さを纏っていく。
これは相当嫌われてるね。理由は良く分かる。若い内から聖職者をしてるってことは、倫理観に厳しいんだろうから、『こいつ』は赦されざる者って感じだろうね。
「その子を渡せ」
命令口調で手を差し出してくるクラウチ君。
もちろん渡すつもりだけども、相変わらずひどい扱いだ……
そんな青年の頭にアリシアさんが無言で拳骨を落とした。
「クラウチ、その態度は何ですか! 確かにあれはボグダンですけど、その子を助けたんです、聖職者らしく御礼ぐらい言いなさい!」
薄ら涙目のクラウチ君も僕を見て驚いてくる。
いや、彼はこれまでのやり取りを聞いてないから仕方がないんじゃ……ってか、アリシアさんもその言い方酷いです。
クラウチ君はひとしきり驚いた後、素直に頭を下げてからもう一度僕に手を差し出す。
「この子のことをよろしく頼む」
女の子──アナスタシアを背中から降ろしてクラウチ君に渡す。やっぱり僕の言葉に驚きながらもしっかりとアナスタシアを担ぎ上げるクラウチ君。
ジッと僕の顔を見た後、アナスタシアを修道院へと運んでいった。
この行動で多少評価がマシになると良いなぁ……前途多難な気がするけど。
アリシアさんもお礼を言ってから修道院に入っていったので、僕らは帰ることにした。
◇◇
家に戻ったのは感覚的に午後3時頃、いわゆるおやつの時間だった。デボラおばさんは掃除を終えたところで、休憩にお茶を飲んでいた。
僕もミレルも濡れた服を着替えてから、僕らもお茶を頂くことにした。
何が入っているのか良く分からないけど、どうやらハーブティーのようだ。ミレルも普通に飲んでいることからよく飲まれているお茶なのかな? ミレルと二人きりになったときにでも確認しよう。
「ちょっと出掛けてきます」
お茶を飲み終わった頃にミレルがそう言って出掛けていった。怪我に塗る軟膏をもらいに行くのだとか。やっぱり怪我がまだ酷いっぽいし、寝た頃に回復魔法で癒しておこう。使えるようになったんだから手の届く範囲ぐらいは何とかしたい。世界を救いに行くとか絶対しないけど。絶対だよ?
デボラおばさんも夕飯の準備に入って一人の時間が出来たので、お待ちかねの辞書さんタイム。ソファで眠るような姿勢で魔法辞書検索を起動する。調べたことをどこかにメモできたら良いんだけど……無いものは仕方がない。これでも医者を目指してたんだから興味のある事への記憶力は良い方だ。今後また調べることがあったら考えよう。
まず知りたいのは、魔法が存在する割にあまり使われていない理由。
この世界の人たちはあまり魔法が得意で無さそうだけど、便利すぎるほどに便利ならもっと使っていても良い気がする。それ程までにこの世界の魔法は難解なのだろうか……
そのために調べる単語は『魔法』そのもの。
調べるには覚悟がいるぐらいに情報量が多そうな単語。避けては通れないだろうし、早めに済ませておこう。
大きく深呼吸してから、気合いを入れて検索を開始する。
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ふうぅぅ〜〜〜〜…………
晩御飯までに終わらないかと思った……
「た、ただいま……」
丁度、控えめな声を掛けながらミレルが帰ってきた。
ほらやっぱり、自分家感が少ないところに帰宅の挨拶をするのは気が引けるでしょ。
「お帰り」
挨拶を軽く返しておく。それ以上は得た情報を整理することに手一杯で余裕がなかった。
口数少ないまま晩御飯もさっさと終えた。
デボラおばさんが「お口に合いましたか?」とか聞いてきていたので「美味しいですよ」と答えはしたけど、実際良く憶えていない。
記憶に残ったのは今日は魚だったというぐらいだ。
もう一度辞書さんに追加でいくつか確認して、情報を確かなものにしたい。
デボラおばさんが片付けをして帰って行ったのですぐに魔法研究の時間を取ることが出来た。
夜中に一人で出歩くのは危険だと思ったけど、ミレルがデボラおばさんの家はすぐ近くだと教えてくれたので余計なことを聞かずに済んだ。
ミレルも今日はいろいろあって疲れたみたいなので、すぐに寝ることになった。たぶん湖での一件が原因だろう。
調査の時間が増えるのはありがたいことだ。
・・・・・・・
とりあえず魔法については分かった。いや、詳しく分かったってほどじゃないけど、なぜこの世界の人が魔法を上手く使えないのか想像できる程度には分かった。
なぜなら、魔法の論理が科学的だったから。
この世界の魔法システムは、エネルギーをベースにした考え方らしい。これを理解するために科学的知識が必要になり、理解していなければランクの高い魔法は使えない。
そのエネルギーは分かった範囲で6種類に分類されている。閃術、烈術、操術、衝術、析術、極術と言って、これを6属性と言うらしい。属性って……
その中身がこれまた難しい。
閃術が、太陽光に代表される電磁気的なエネルギー……波のエネルギーも含まれるらしい。光が波ってこの世界の人分かるのかな……
烈術が熱エネルギー、これはこの世界でもなじみ深いから使える人が多そうだ。
操術が電気エネルギー、この世界では発電がされてないから雷ぐらいかな……でもまだイメージできるか。
今までまだ僕がお目に掛かっていない衝術は運動エネルギー……これは捉えにくいと思う。でも物が動くことに対して何か力が働いていると感じるのは『エーテル』の時代から出来てたことだから、まだ使える方かも知れない。
極め付けに難しいのが、僕は脳内メッセージで良く耳にした析術で、これは化学エネルギーを元にしているらしい……化学系の僕でも捉えにくいよ? 化学変化は確かにそのエネルギーによるものだけど、熱エネルギーとか電気エネルギーに集約されるんじゃないの? 不思議な作用で物質が変化する『錬金術』って考えたら使えるのかな?
そして、最後の属性の極術。日本というか地球ではなじみ深いけど、でもこの世界ではほぼ理解できないだろう、核エネルギーだった。原子やその中身の話なんて、科学が発展しないと発見すら難しいでしょ……
そして、これを統べるのが統術。これら全てに精通していないと使えない。
つまり、この世界の人は核エネルギーである極術が理解できないから、どうしても全てに精通することが出来ず、統術を使えないという事になる。使えたとしても感覚的に理解できるかも知れないランク1か2なんじゃないかな……
こんなの使えるのって……それこそ転生者ぐらいでしょ!
誰だよこの魔法システム考えたの! この世界に住む人に使わせる気が全くない。
これはラズバン氏が「光属性」とか「火属性」「水属性」と言ってたことから、属性の概念が根本的に間違っているところからも容易に想像できる。
師匠に教えを請うたというラズバン氏でそうなら、他の人も推して知るべしだろう……属性の概念が目に見える現象と全く違うんじゃ、魔法研究の壁が高すぎるよ。どこかに魔法研究の進んだ国があるのだろうか……
ということで、この近辺で統術が使えるのは僕だけと言うことになり、昼に作った規格外のランプは珍しい物なんていうのも生易しい、魔法を研鑽している者なら誰もが調査したい物ぐらいの希少価値が出て来てしまったわけだ……面倒事に巻き込まれたく無いから、師匠が現れないことを祈ろう。
これで僕にランクの高い魔法が使えることが分かった。でも、同時にレア過ぎるスキルであることも分かってしまった。どうしたものか……
『こいつ』のしでかしたことに対するツケは払うつもりだけど……『こいつ』のした1番大きいツケは、この村の将来に対する不安だ。このツケは膨れ上がって将来村を潰すことになる。昔の失敗で苦しんでた日本みたいなものだ。
最初に村長に聞いたとおり、既に婚期の遅れが始まってる。そこから特定世代への負担が大きくなると、少子高齢化への流れは出来始めてしまう。不況が要素にないことは救いかも知れないけど、この村においては発展も同時に無さそうだから、ひとつ躓いた時点で取り返すのが厳しいだろう。農業メインだから天候不順ひとつで簡単に不況に陥るし、村長も頭が痛いだろうな……自分の息子の所為だから、自分が悪いと思って頑張っているんだろうけど。
このツケをはらうには、きっと魔法に頼ることになるだろう。だから嫌でも目立つよね。それ以外の労働で何とかなるなら良いけど、事業をしたことのない僕にそんな才があるとは思えない。
便利な魔法。
便利すぎる故に毒に薬にもなる。匙加減が難しすぎる。薬剤師を目指した身としては匙加減をミスれ無いな……
ほとんど来ないならとりあえずこのシエナ村限定であれば何とかなるか。見られたら殺す、とかイヤだよ……?
日本基準で考えるとこの世界は不便なことも多い。だから、そういう部分は生活を楽にしたいし、安定した生活も送りたい。
魔法のことを知ったが故に、気軽に使えないという問題が増えてしまった気がする。いや、知らずに大規模な魔法を使ってたら余計にまずかったんだけど。
とは言え、出来ることはしていかないと。まずはミレルの治療からだね。
部屋の外からでも充分届くっぽいから、ここから治療を弱めにかけておこう。
せっかくチートさが分かったのにちょっと暗い雰囲気になってしまいました……次の話はミレル視点で1話挟んでから、明るい話になっていく予定です。
起承転結の転ですからね〜 ここで半分、折り返し地点です〜
まとめ
1.修道院でも嫌われ者の『こいつ』
2.魔法属性の分かれ方がエネルギー基準で、この世界の人には難解
3.主人公は『こいつ』の尻拭いとして村の将来を明るくしたい
4.晩御飯は魚だった
登場魔法
1.統術『魔法辞書検索』
2.析術『治療』