2-066 多くの人がそれを望むようで
ナーヴフェルマーサ号は、風も気温変化も感じることもなくシエナ村まで5分程度で到着して、一定の高度を維持したまま完全に空中停止していた。
今は雪化粧をし始めた山脈からシエナ村を見下ろしている。
たった2週間足らず離れていただけなのに、麦畑や温泉になんだか妙な懐かしさを感じる。
みんな元気にしているかな?
僕は出発前と変わらず、陛下とレバンテ様のお話相手だ。
他のメンバーはミレルとスヴェトラーナに、シエナ村の案内をしてもらっている。
シエナ村の案内は、村長からの信頼も厚く仕事熱心なミレル以上に適任はいないだろう。
「これは……恐ろしいな……」
周りの景色を見回していた陛下が呟いた。
陛下に高所恐怖症の素振りはなかったので、やっぱり速度のことかな。
音速を超えるのに比べれば遅い設定にしたけど、それでもこの世界では速かったよね。
ちなみに、流れる景色をずっと眺めていたレバンテ様は目を回していて、侍女さんに介抱されている。
「フェルール殿下を乗せて飛ぶときは、もっとゆっくりと飛ぶ方がよろしいでしょうか? 一晩掛けて飛べば早馬程度の速さになると思います」
「いや、しっかりと言い含めておくから、今のまま変える必要はない」
言い含める?
この場合は言い聞かすのような……
気にするほどのことじゃないんだけど、妙に強く聞こえた。
きっと言葉の綾だろう。
「では今夜、晩餐が終わった後に出発致しましょうか?」
「ああ、それが良い」
そうなると、夜中に着くから歓待は明日で良いかもしれないけど、どこに泊まってもらおうかな?
温泉の特別室が一番豪華でキレイだよね?
領主様のお屋敷という手もあるけど。
「殿下方の暫くの滞在場所は、あちらの温泉にある特別室にしようと思いますが如何でしょうか? 後日、新しくお屋敷を建てますので、完成すれば移っていただきます」
「温泉? あれが温泉?! 温泉とは池のようなものではないのか?? 滝まであるではないか!?」
リゾート温泉だから派手に作ったけど、逆に温泉だと信じてもらえないらしい。
湯気を上げるお湯が流れているのが見えたら、僕はすぐに温泉かなって思ってしまうんだけど……
「父である村長の要望を受けて、僕の魔法を隠す目的で建造致しました。今となっては、魔法を使えることが陛下にも知られていますし、当初の目的は意味が無くなっていますが……」
「建造……いや、今さらだな。しかし魔法を隠すというのはどういうことだ?」
「魔法を使ってしたことに、村民の治療があったのですが……健康以上なってしまったので、村外の人が押し寄せても困ると思って隠すことにしたのです」
顎に手を当てて唸る陛下。
何か思い当たるところがあるようだ。
「確かにな……死にかけていたわたしが、治療した瞬間から元気に動けるようになった。こんなものが知られたら、治療を望む者が後を絶えぬだろう。それだけであればな」
陛下も同じ認識をもってくれたということは、最初にカモフラージュしたのは間違いじゃなかったんだね。
それならば、一応村民がどうなったのかも教えておいた方が良いかな。
僕は魔法を使って双眼鏡を2個精製した。
1つは僕が、もう1つを陛下に渡す。
自分で使いながら、陛下に使い方を説明して村の方を見てもらった。
「村民の容姿を何人か見てみて下さい。見ただけでも治療した結果が想像できると思います」
「わたしの目を試しているのか? ふふ、良いだろう見てみよう」
確かに陛下に対して失礼な言い方だったね……そこは反省。
でも、陛下は気にせず乗ってくれたので、そのまま見てもらうことにした。
ついでに、ちょうど復活してきたレバンテ様が、双眼鏡をキラキラした目で見てくるので、僕の使っていた双眼鏡を渡して陛下と一緒に見てもらうことにした。
「なんだ……? 意外に若い者が多いのだな? 年寄りに見えるが腰も曲がっていない……農業が主な村では珍しいな……?」
「おお! あの娘は美人ですな! 化粧していないのにあれだけ整っているとは。おお、あの娘も美人ですな! あの娘も……」
色んな村民を見ている陛下に対して、女性ばかり追いかけているレバンテ様。
陛下は顔を顰めて弟を見ている。
いや、素直で良いと思うよ、レバンテ様の奥さんって見てないから、嫁さん探ししててもおかしくないし。
でも、伝えたいことは2人共に伝わったようだ。
「健康以上というのはこういうことか。確かに治療以上に受けたい者が多そうだな」
そう言って陛下が遠い目をしてるところを見ると、身近に受けたいと言いそうな人に心当たりがあるんだろう。
「この事実だけ知っていたかった……」
レバンテ様はなぜか悔しそうに顔を背けてしまった。
シエナ村に美男美女が居るという事実だけ知りたくて、魔法でキレイになったということは知りたくなかったってこと?
レバンテ様はもしかして美容整形否定派かな?
こんな時代であれば、否定的な意見の方が多いだろうね。
だったとしたら、こんな魔法が広まっても受けに来る人が少ないのでは?
「いや、ボグコリーナ嬢の魔法を見ていなければ、魔法によって若く美しくなったと考える者はほぼいないだろう。そんな魔法を聞いたことがないからな。だから、村を訪れた者は、それ以外に理由が何かある、と考えるだろう。その為にあの目立つ温泉なのだ。我々も今からでも遅くは……」
「兄上……忘れるのはさすがに無理があると思います」
兄弟揃って溜息をつく。
2人共に美容整形受けたいけど、年齢的に今さら感があるってこと?
何となく、微妙に僕の分からない会話をしているような気もするけど……国の偉い人達なんだから、僕には想像できないような外部には漏らせない問題も抱えているだろう。
その心労は計り知れないけど、多少でも取り除けたら良いんだけど……
あ、そうだ!
「お二人ともお疲れのご様子ですから、もしお時間が許されるのでしたら、少し温泉に浸かってみられますか? 疲れが癒やされますよ?」
陛下は第三王子方が安心して暮らせるか下見に来たのだから、彼らが入るであろう温泉にも入ってもらうべきで、特別室の中も見てもらうべきだろう。
「王都近郊には温泉地がないため、わたしも直接利用したことはないが、温泉とは療養のために入るものか、療養のためにその湯を飲むかいずれかと聞いている」
温泉の利用方法が僕の思っているのと少し違う。
ただ身体を温めるために入るのは、療養のための利用ではないような……
温泉が少ない地域なら、あまり入ることが出来ないだろうし、医者もおらず魔法使いも貴重なら、温泉もまた貴重な療養スポットなのかもしれない。
だからこそ、温泉の効能もあまり知られていないのかもね。
「温泉とは身体を芯から温め、リラックスさせる効果があります。病気の療養としてではなく、日々の疲れを癒やすために入るという利用方法もあるのですよ」
「其方が言うならそうなのだろう。病気は其方に治してもらったとは言え、最近少し心労が増えた。少し利用させてもらおう」
病気が治ったけど、その間に溜まっていた仕事を熟さなければならない、とかストレスの溜まる状況なんだろうね。
陛下がいなくなれば、王子達は派閥争いするという頭が痛い事態も露呈してしまったし……
そんな陛下には、是非ともうちの温泉で癒していってもらいたい。
陛下ご一行ご案内でーす。
◆◇
さすがに空飛ぶ船が突然頭上に現れたら、村の人達に恐怖を与えてしまうかもしれない。
こんな時のために、温泉の特別室は屋上からも入れるようになっている!
なーんて、屋上はシエナ湖がよく見えるので展望用に作っただけで……温泉浸かりながらでもシエナ湖は見えるから、ほぼ使うことはないスペースになってたんだけど。
こんな形で役に立ってくれるなら、作っておいて良かったと思う。
着陸してもステルスモードを解除しないように設定してから、特別室の屋上にナーヴフェルマーサを着陸させた。
「先にダマリスさんに話してきます!」
スヴェトラーナが宣言したかと思うと、船首からピョンと飛び降りて、シュタタタッと屋上の入口へと走って行った。
僕の侍女として、自分の役割を良く分かっているけど、普通の人間はこの高さから落ちると骨折ぐらいするんだ……
侍女さん達が心配そうに覗き込んでるじゃん。
ちなみにダマリスは温泉の受付嬢だ。
「あいつだけでは心配だから、わたしも先行ってる。久しぶりにダマリスを揶揄かいたいしな」
シシイもニカッと笑って飛び降りていった。
うん、オークなら大丈夫だからみんな驚かない。
シシイは毎日温泉を利用してたみたいだし、いつの間にかダマリスと仲良くなっていたらしい。
と、この流れだと……
「お姉さま! でしたらわたしも──」
僕はミレルの腕をハシリと掴んで、飛び降りようとするのを止めた。
「ミレルはメイク落としてからじゃないと、村のみんなは誰か分からないから」
「そうでした……」
恥ずかしそうにおずおずと戻ってくるミレル。
うん、やっぱり嫁さんが可愛い。
久し振りに嫁さんのカワイイ反応が見れてほんわかします。
さて、残ったみんなに飛び降りてもらうわけにはいかないので、レバンテ様のお屋敷の時と同様にタラップを出現させた。
そして順番に降りていってもらったわけだけど、なぜか降りている途中で、みんな一度叫び声を上げている。
何事かと思いながら自分も降りてみると、タラップを半分降りたところで、突然船体が見えなくなった。
ステルス効果が現れるということは、船体から離れたと認識されたのかな?
うん、これは驚くね。
屋上を歩くルートによっては、見えない船体に頭をぶつけそうだ。
危険範囲を示すガイド光を出して、気にせず歩けるようにしておこう。
船体が見えないので空間から降り注ぐ光が、危険範囲の床を赤く染めていく。
これで分かりやすくなったから、船体に引っ掛かることもないだろう。
でも、みんな何事かと光を見つめるので、説明しながら先頭を歩いて入口へと誘導した
◆◇
特別室の1階に降りると、スヴェトラーナとダマリスが跪いて迎えてくれた。
迎えられているのは僕じゃなくて陛下だけど。
スヴェトラーナの後ろにはワゴンがあって、沢山の袋が積まれていた。
貸し出し用の水着だ。
うん、ちゃんと必要なものを準備してくれてるね。
跪いているダマリスの手がぷるぷるしているので、めっちゃ緊張してるのが伝わってくる。
安心させるためにシシイが行ってくれたんじゃないの?
シシイはどこに行ったの?
視線を少し彷徨わせたら、フロントに続く扉の方からシシイが歩いてくるのが見えた。
「2人が準備し忘れてた物があったからな、くくく」
シシイはにやにや笑いながら、ワゴンの傍にしゃがんでワゴン下段に持っていた袋を2つ置いて、2つは自分で持ったまま立ち上がった。
なんか怪しい……
でも、聞いても答えくれなさそうだし、スルーしておこう。
さてと、ここからは役割を分けよう。
僕とミレルが陛下とレバンテ様、それにクタレを特別室に案内して、スヴェトラーナとダマリスにはタムールとガラキを一般浴室に案内してもらおうかな。
イノはシシイが案内するようだ。
振り分けをスヴェトラーナとダマリスに説明して、ワゴンを僕が受け取った。
スヴェトラーナとダマリスは、ワゴンの上段から必要な分だけ袋を抜き取って手に持った。
「こちらは特別室となっておりますので、陛下と殿下とレバンテ様とお付きの方々に使用していただきます。残りの方は一般室へと移動して下さい」
「一般室はわたしが引き受けますので、タムール様とガラキ様はわたしについてきて下さい」
僕の説明にスヴェトラーナが補足して、彼女とダマリスは2人を連れて特別室を出て行った。
「さてと、わたしらも行くか。イノ、ついてこい」
イノが頷いたのを確認してから、シシイが袋を持って特別室を出て行った。
あの2つはシシイとイノの水着か。
じゃあワゴンにおいた袋もたぶん水着だよね?
ぐぬぬ……気になる。
「では、更衣室にご案内致します」
余計なことを気にしている間に、ミレルが陛下達の案内を始めてくれた。
勝手知ったる我が村、さすがだね。