2-065 発進に名前は付きもののようで
「お待たせしてしまい申し訳ございません。まだ離着陸実験しか終わってませんので、この後は飛行実験として近くの町や村の上空まで飛びたいと思います」
「他の町や村か……あまり時間が掛かるようなら遠慮したいが……時間が掛からないなら見てみたいものだ」
そりゃ陛下も暇じゃないもんね。
じゃあ、とりあえずオートパイロットで場所指定して到着予想時間を聞いてみよう。
どうやら魔法でマッピングしてたデータと連動できるらしいので、一回シエナ村を設定してみようかな?
船の制御システムに、関連アプリとして僕の脳内マップを関連付ける。
そして、オートパイロット機能を起動すると、目の前に立体の地図がAR表示された。
おー、細かい!
特に僕が行った場所は細かく建物が描かれている。
拡大してみると、困ったことにお城の内部が丸見えだ。
こんな地図が出回ってしまったら、防衛上よろしくないね。
とりあえず、陛下は気付いてないのでスルーしてしまおう。
現在地はレバンテ様のお屋敷、ピンチアウトして広域地図を表示してから、ドラッグさせて北西の方角に移動させる。
ヤミツロの関所を通りプラホヴァ領へ、こうやって見るとプラホヴァ領領都と王都の大きさがあまり変わらないことが分かる。
それだけプラホヴァ領が栄えてるってことだね。
そしてもう少し北へ移動すると、山の中にシエナ村が見えてくる。
こうやって立体地図で見ると、標高の高いところにあるのが分かる。
あれ? この地図リアルタイム同期なのか……?
シエナ村の近くがうっすら雪化粧してる。
もう山の高いところでは降り始めているんだ。
ここに来たのは春過ぎだったと思うけど、もうすぐ冬なのか。
季節が進むのは早いね。
感慨に浸っていると、陛下を待たせてしまうので、シエナ村をロングタップして行き先設定した。
「シエナ村を行き先に設定しました。ルートを選択してください」
僕の声でガイダンスメッセージが聞こえる。
日本で暮らしていたときは、車のナビやスマホのAIの声を女声に設定していたので違和感が無い。
今だけ、自分を女性にしていることを良かったと思う。
今だけね!
立体地図に船の飛行ルートが、薄い黄色ので線が引かれている。
地表を進むルートや山なりに進むルート、何が違うのか少し蛇行するルートが幾つか……気流の影響とかで到達時間が違うのかな?
各ルートには所要時間が吹き出しで表示されているけど、書かれている数字はそんなに変わらず、全て1未満の小数点以下表示になっている。
時間の単位は?
山なりのルートに触れると、触れたルートだけ明るい黄色にハイライトされた。
「ルートが選択されました。所要時間は約1分です。出発しますか?」
「ノー!」
僕は即座にキャンセルした。
危ない危ない……ルート検索の条件を決めないと色々まずそうだ。
そうだよね、一般的なルート検索って所要時間を分単位で出すよね。
「どうしたのだ? 珍しく慌てているようだが。所要時間が1分とはどの程度の時間なのだ? 長くないならわたしは構わないが」
長くないです、全然長くないです。
でもだから危険なのです。
せめて制限速度を音速以下に設定してから飛びたいです。
地上からクレームが来ます。
ところで、時計がないから時分秒が伝わらないんだね。
短い時間を伝えるのは難しい……同じように乗り物の所要時間で話した方が良いよね?
馬車だとだいたい──
「馬車でレバンテ様のお屋敷から出発して、門に着くまでの時間程度です」
もしかしたら出れないかもしれないけど、馬車で考えたらそのぐらい短い時間だ。
「それはレバンテの屋敷を出たとは言わないのでは……いや、シエナ村は山奥ではないのか?!」
「馬車では急いでも5日ほど掛かる距離ですな」
レバンテ様が冷静に、驚く陛下へ補足してくれた。
どうでも良いけど、二人並ぶとやっぱり似てるものだね。
王子達はみんな母が違うようだけど、陛下達は同腹なのかな?
「それを門を出るまでに移動するのか! どうやって!?」
驚くのも無理はないよ。
僕もこんな結果を返されるとは思ってなかったし。
「この時間ではあまりにも早く移動するので、危険を伴うかもしれません。ですから、もう少し安全な設定で再検索をかけます」
地上に迷惑を掛けない程度に……
設定を開けば、ずらりと項目が並んでいる。
安全機能的なものがタグわけして書かれているけど、なんとか抑制とか、なんとか制御とか、なんとか低減とか……何のことを言ってるのかさっぱり分からない。
一般的な未来人はこれを全て理解して選択してたって事……?
そんなわけないよね。
僕の使っていたアプリの中にも、全ての設定を理解しないで使っているものもあったし、車の設定なんてそもそも一部しか使っていなかった。
ということは……
分かる範囲で使うしか無いか。
速度制限の項目で、惑星内の制限速度決めることが出来た。
上限時速800キロメートルに設定し直して、これで再検索。
すると、さっきと違ったルート候補が表示された。
山なりのルートと地表を進むルートは同じなんだけど、ひとつ上空に飛び出たルートが新たに表示されている。
これ最短時間の候補だ……惑星外に出たら速度上限に引っ掛からないから、一番距離は遠くなるけど一番早くなるのね……
さて、おかしなルートは無視して、再計算の結果は──
「ルートが選択されました。所要時間は約10分です。出発しますか?」
「うーん……出発待機で」
「承知しました」
一旦手動運転で動きを見てから、オートパイロットにすべきだと思う。
なので、いつでもオートパイロット出来るように、入力待ちで止めておこう。
「今度はどのぐらいなのだ?」
「そうですね……レバンテ様のお屋敷から出発して、お城に到着するまでの半分ぐらいの時間です」
「わたしが城に戻るまでに、シエナ村に着くというのか!? 先ほどより遅くはなったが、それでも信じられん早さだ! 鳩でも一日は掛かるというのに」
移動手段が徒歩と馬車なら、想像を絶する早さだろうね。
鳩で一日なら、ドラゴンとか幻想的な生き物に乗って移動するなら、ワンチャンあるのでは?
どんな原理か全然分からないけど、ドラゴンなら音速越えそうだし。
あれ? 空を飛ぶ種族なら、遺伝子付加魔法で飛行魔法が付加されてるだろうから、音速を超えるのでは……?
その場合、轟音を発する迷惑な種族って言われてそう。
そんな種族が存在するのか気になるなー
それは今はどうでも良くて。
「とりあえず軽く、ヤミツロ領の関所ぐらいまで飛んでみましょう。すぐ近くですから1分ぐらいだと思います」
「そ、そうだな。そんなに早く隣領に行けるなら……」
「いや、とにかく楽しみだ! 早く、飛んでみてください!」
陛下が何か言おうとしたのを、レバンテ様が遮って止めた……?
兄弟でも陛下の言葉を遮るなんて……でも、陛下もレバンテ様に対して頷いている。
僕に話するような内容じゃないのに、うっかり陛下が話してしまいそうになった?
ふふふ、陛下も抜けてるところがあるんだね、
「では、発進します!」
「いや、待て。その掛け声が少ししっくりこないと思わんか? この船に名前はないのか?」
そんな許可を得たのに待てと言われても、すぐに止めたものの少し動いちゃったよ……
でも陛下の言いたいことは何となく分かる。
僕自身も締まらない発進の合図だと思ったので……
船の名前を入れて発進宣言するのが、確かに妥当か。
最低でも「xxxx、行きまーす!」ぐらいは必要だよね?
とはいえ、さっき出来たばかりの船に名前は付けていない。
「名前はまだありません。あまり良い名前ではないですが、種別や型から考えますと『ソーラーヨット1号』ぐらいでしょう」
「その名前の意味が良く分からんが、其方のネーミングセンスが壊滅的なことは分かった……」
はぅ!? 陛下にダメ出しされた!!
確かにね、ヤミツロ領で咄嗟に偽名を考えたときも『ボグコ』だったよ?
うん、ダメだねこれは。
僕の名前では折角の船も浮かばれないよ。
空飛ぶ船なのに。
「ナーヴフェルマーサというのはどうだろうか? わが国の古い言葉で『美しき船』という意味だ」
なんて素敵なネーミングセンスなんだろう。
これはもう陛下の船で良いのでは?
折角良い名前付けてもらったのに、あんまり使わないようなことになったら悪いもんね。
この世界にない技術や魔法だとしても、もう使っちゃったし見せちゃったんだから、隠してもケチっても仕方がない。
そもそも、僕には北への交渉へ向かう予定が入ってるのだから、その間置物になるのも勿体ない。
僕は使いたければすぐにどこででも作れるし、陛下にあげちゃっても良いのでは?
「そんな素敵なお名前を頂戴しては、もう陛下に献上するしかありませんね?」
うん、これは悪いアイデアではないかもしれない。
第三王子や第三王后のお世話をするのに、今回一緒に移動する人たちだけではつらいだろう。
オートパイロットで定期的に──毎日一便か二便往復させておけば、お互いに楽できるのでは?
僕たちも、第三王子を退屈させたらどうしようとかやきもきしなくて良いし、陛下も彼らの心配をしなくても済む。
なんて考えてる間に、陛下とレバンテ様と侍女さん達が慌てた様子で相談している。
魔法で密談も聴き取れてしまうけど、これは聞かない方が良いだろう。
きっと、この世界にないレアな船だからコレクションにしたいレバンテ様と、国益のために使いたい陛下とで揉めてるんだろう。
レバンテ様は物分かりの良い方だから、陛下が使う方向に進むだろう。
うんうん、予定通りに進むなら問題ない。
「陛下に献上するとしても、飛行実験は行いたいと思います。ご相談は後にして、飛ぶところを見たいとは思いませんか?」
「はい、見たいです!」
クタレが一番に答えてくれた。
うんうん、返事がある方が会話はしやすいね。
説明なら独り言でも全然喋り続けるけど、やっぱり反応は欲しいな。
陛下達もクタレを咎めることなく、こちらを注視してくれた。
結局、船首側の手すりしかないデッキにみんな集まってきてしまった。
今から戻るのも忍びない。
あれだけ揺れも慣性も無いのだから、ゆっくり動かすなら大丈夫だろう。
むしろ、動いていることに気付けないかもしれない。
安全策としては、誰か落ちそうになったら、網でも精製して僕が拾うことにしよう。
そもそも、着陸するのに人が退避するのを待ったぐらいなのだ。
このまま飛ぶのが危険なら、この船が飛ばさせないだろう。
「では念のため、お近くの手すりにお捕まり下さい。では、ナーヴフェルマーサ号発進します!」
みんなが手すりを持つのを確認してから、僕は再び船を離陸させた。
でも、今回は室外で周りの景色がよく見える。
なので、離陸直後──建物や木々が近くにある最初は、誘導運動を少し感じた。
誘導運動とは、周りの景色が動くと自分が動いているように感じる感覚のことで、僕も隣の電車が動いた時ときに良く感じた。
『きゃっ!』
『わっ!』
それぞれに声を上げて手すりを強く握り、しゃがんだり踏ん張ったりしている。
でもその時間も一瞬のこと。
水平方向に見えるものが空ばかりになれば、すぐに落ち着いた。
眼下を見下ろして景色が流れても、遠すぎるから誘導運動は起こらないからね。
みんなが落ち着いたところで、船首を北西に向けてゆっくりと前に進ませた。
あまり高度を上げすぎたら、動いていることが分からなくなってしまうので、人が認識できる程度の高さを維持している。
この世界にはそんな高い建物はないし、背の高い木でも10メートルぐらいだ。
このぐらいの高度なら、船が進んでいるのも分かりやすい。
初めて見る人たちは言葉を無くしていて、久しぶりに見る人たちは楽しそうに歓声を上げている。
中でもスヴェトラーナとシシイが楽しそうだ。
ヤミツロの関所は王都を出てすぐなので、少し動かしたら着いてしまった。
「おーい!」
知り合いが居たのか、シシイが声を掛けて手を振っているけど、相手は気付かない。
光学迷彩だけでなく音も漏れないようにしてくれているのか、ステルス性が高くて助かりるね。
「シシイ、相手からはこちらを認識できないようになってますから、幾ら叫んでも気付いてもらえませんよ?」
「あ……そうだったな……」
ばつが悪そうに手を引っ込めるシシイ。
そういうところが幼女さを引き立たせて──シシイが横からイノに掻っ攫われた。
うん、 平常運転でよろしいですね。
「軽く穀倉地帯を回って、レバンテ様のお屋敷に帰りましょうか?」
「……はっ! いや、一度シエナ村まで飛んでくれ。実に素晴らしい景色なので、どんなものか見てみたくなった」
呆けていた陛下から要望が得られたので、今度こそオートパイロットでサクッとシエナ村まで飛んでみよう。