2-064 安全装置が危険に見えるようで
船を降りるとすぐ前に侍従さんが待っていた。
既に息は整えられていて、降りる僕にお辞儀をして迎えてくれる。
いや、飛行機から降りる偉い人の出迎え、みたいになってるけど、僕は偉くないからね。
あ、違った、これ僕じゃない。
クタレの出迎えだ。
今は第三王子の代わりしてるし、出迎えないとダメだよね。
「ボグコリーナ様、陛下がお見えです」
やっぱり僕に用事だったー
って、陛下なの!?
レバンテ様じゃなくて??
わざわざ出向く人じゃないよ、普通。
今朝会ったところだけど何しに来たの?
なんにせよ、僕に用事なら待たせるわけにはいかないし、すぐに出迎えに行かないと。
「いえ、陛下は船をご覧になりたいそうなので、ボグコリーナ様はこちらでお待ちください」
あー……陛下には事前に船で飛んで帰ると話しておいたけど、やっぱり心配だったのかな。
未知の乗り物なんだから、家族を乗せる前に安全確認はしておきたいよね。
陛下の命を僕は一度は救ったかもしれないけど、陛下ほどになれば命を狙われ慣れてるだろうし、一度救ったぐらいでそんな簡単に信用できるわけないよね。
もしかしたら、事件は信用させるための罠の可能性を疑っていて、まさに今こいつは陛下の大事な家族を人質として迎えようとしている、と疑われているかもしれないし。
そもそも、魔法使いが少ない世界なんだから、魔法使いを名乗るということは同時に詐欺師かもと疑われて、その魔法を信頼してもらうには何度も信頼できる魔法であることを証明し続けるしかないよね。
陛下の心情を推察していると、お屋敷の方から大人数の近付いてくる気配がしてきた。
偉い人の出迎え方とかあんまり知らないけど……
来ることを知ってるのにボーッと立ってるのって失礼だよね?
やっぱり跪いた方が良いよね?
なんて悩んでる間に人影が見えてきた。
僕は慌てて膝を折ろうとして──見えた人影が僕の動きを制するように手を動かした。
ん?
跪かない方が良いの?
陛下が止めるなら、止めた方が良いのかな……?
困惑しながら侍従さんに視線を送っても、困惑した表情で見返された。
侍従さんにしても普段とは少し勝手が違うようだ。
ちなみに、こういうことに一番興味を持ちそうな第二王子は来ていないみたい。
「なに、連絡もなしに興味本位で突然来てしまったのだ、気にすることはない。それに、わたしはお願いを叶えてもらっている立場だからな」
はははと陛下は快活に笑う。
やっぱり僕たちの帰り方が気になったんだ、それならしっかり陛下にも船を見てもらわないと。
もしかして、船を作った時点で呼んばないといけなかったのかな??
それを、気遣いできていない僕をフォローして、レバンテ様はその役を買って出てくれたのか。
王都の滞在も世話してもらってたわけだし、しっかりお礼を言っておかないと。
何なら追加のダイヤも……
僕がレバンテ様に目配せを送っている間に、陛下は船を見上げている。
「ほほぅ! これが其方の魔法で創った船か! 見事な物だな!!」
陛下は目に見えてテンションが上がっている。
もしかして船好きなのかな?
だから、見に来たかったとか?
やっぱり、レバンテ様と兄弟だね。
さて、趣味だったとしても、視察だったとしても、一番知りたいのは飛ぶところだろう。
せっかくなので飛行実験もしてしまおう。
「お褒めに与り光栄です。中もご案内致します。せっかく陛下が来られたのですから、飛行実験も行います。体験してみたい方はご一緒にどうぞ」
周りに視線を巡らせれば、ここに残るのはレバンテ様の侍従さんぐらいだ。
陛下が侍女さんを数人連れて来ていたけど、彼女らは一緒に乗るようだ。
空飛ぶ乗り物なんてこの国にはないようだけど、みんな勇気があるんだね。
幾ら科学技術が飛べることを証明している地球でも、飛行機が怖いという人も結構いたのに。
あっと、忘れるところだった。
地上に残る人に言っておかないとまずいことがあったんだった。
「この船は飛ぶと地上から見えなくなります。これは、空を飛ぶ船を見て地上の方々が驚かないように付けてある機能で、消えて無くなるわけではありませんのでご安心ください」
言葉を向けた侍従さんは、不思議そうに首を傾げているけど、すぐに了解の意をお辞儀で返してくれた。
訳の分からないことを言ってるだろうに丁寧な対応ありがとうございます。
心臓に悪い思いはしてもらいたくないので、ほんの数秒飛んだらすぐに戻ってきて、どのぐらい見えなくなったか確認するからね。
「では、ご搭乗される方はこちらへどうぞ」
人数が多いけど陛下がいるので、荷物の積み降ろし用ではなく、ちゃんと乗船口を出して案内することにした。
あ……さっきは一人用の階段だったのに、今は3人ぐらい通れそうな幅になって階段が降りてきた。
人数変動に対応してくれるのね。
それなら船内の通路も変形してくれたら良いような……いや、余計な機能は付けないで良いです。
作った後に機能が追加されたら、みんながついて来れないから。
船内の案内はレバンテ様とクタレが陛下に説明してくれて、問題も起こることなく、ゆっくりと進んでいった。
陛下は終始驚きっぱなしで、先に乗ってもらっていた人魚を見ても驚いていた。
お屋敷の方で見たことがあるでしょうに……いや、人魚薬の出所に思い当たらなかったことから考えると、あまり人魚のことを重要視していなくて忘れていたのかもね。
陛下も一通り見終わったので、次は飛行実験をしよう。
船だから操縦席に行って舵を握る、なんてのも必要なく、どこからでも好きなように運転できてしまうのが魔法の凄いところ。
とはいえ、宇宙船の機能として飛行するのは初めてだから、安全に配慮していつでも予備の魔法が使えるようにスタンバイしておいて、更にみんなには念のため室内に入っておいてもらおう。
安全が確認できるまでは、船尾にある全周透明金属で覆われた展望デッキで、ここから景色を見てもらうことにしよう。
「みなさん、これより飛行実験を始めます。お近く座席にお座りいただき、手すりにお掴まり下さい」
展望デッキの中央に立ってアナウンスすると、みんな素直に従って素早く座席に着いてくれた。
因みに、イノは身体が大きいので、特別製の座席に取り替えてある。
ところで、空を飛ぶイメージって、この時代ではどんなものなのだろう?
やっぱり身近な鳥をイメージするのかな?
だったとしたら、飛行系の魔法は軒並み知識不足で使えなくなるような……
でも変態エルフのディティさんは、風の吹かない僕の浮上板を見て驚いていたことから、風を使った飛行魔法を使っているのだろう。
日本にも、屋内でスカイダイビングを楽しむための施設があったけど、暴力的な強さの風を吹かせてようやく宙に浮ける程度。
風によって体温が奪われるし、音もうるさい。
風で飛行しようと思うとそんな風を常時当て続けて、しかも当たる場所のコントロールして方向を変えないといけない。
風で飛ぶのは、繊細な操作が要求されるかなり難易度の高い方法だと思う。
エルフは魔法に関してはストイックだから、100年ぐらいかけて失敗し続けて徐々にコントロールできるようになった、と言われても納得してしまいそう。
たぶん人間の魔法使いには難しいと思う……
もしそんな魔法をみんなが想像してるとしたら、あまりに呆気なく、この船は飛んでしまうことだろう。
シエナ村で一度乗ったことのあるメンバー以外は、ポカンと口を開けて眼下を見下ろしている。
いや、やっぱりタムールは笑顔のままだ。
眼下にはレバンテ様のお屋敷の屋根が見えている。
先程までは訓練棟に遮られていて、見えていなかったお屋敷だ。
思った以上にスムーズに、音も慣性も感じることなく飛んでしまった。
軽く高度を上げれば、先程までは陛下がいたお城も見えるようになった。
そういえば、昔のRPGの乗り物って、キー入力すればロスもタイムラグもなしに移動してくれるのが多かったよね。
そんなことを思い出してしまうほどに、動かしたいだけ素直に動いてくれる。
飛び回るのは後にして、一旦着陸しよう。
飛び回って帰ってきたものの、降りれないなんてなったら困るからね。
着陸させるべく高度を下げていくと、地表が近付くにつれて減速していき、訓練棟の屋根ぐらいまで降りてきて停止した。
『着陸予定位置に人を確認しました。退避勧告を流しますか?』
おっと、突然のアナウンス!
周りを見回してみると、同じようにみんなキョロキョロしてるので、僕の脳内だけに響いたわけではなさそうだ。
この船の制御をしている、言うなればコントロールAIかな?
「はい、退避勧告をして下さい」
敢えて声に出してアナウンスを促す。
すぐに了解の返答があって、声が流れ始めた。
「これより船が着陸します。ガイドの外側へ退避してください。繰り返します──」
聞き覚えのある声が何処からともなく聞こえてきた。
退避を促すアナウンスだけど、脳内ボイスとはまた違う。
誰の声だ?
と思っていると、僕に展望デッキの視線が集まってくる。
あ、これ、ボグコリーナの声か。
船長がアナウンスを流している風に流してくれるのね。
みんなには首を振って答えておくと、暫くして船が着陸した。
では、侍従さんにステルス性がどの程度あったか聞きにいこう。
船首のデッキは柵しかないオープンデッキなので、地上にいる人と船上から会話が出来る。
周りを見回してみると、指先第一関節ぐらいの大きさに見える距離に侍従さんが立っていた。
やけに離れてるし、少し息が上がってるね……
「ボグコリーナ様、もう近付いても安全でしょうか!?」
遠くから声を張り上げて侍従さんが問い掛けてくる。
「はい、もう着陸しましたので安全です」
僕も少し声を張って答えると、侍従さんはすぐに近付いてきてくれた。
「何か問題がありましたか?」
「はい……いえ、事前に聞いていたとおりに船は消えたのですが、余りにも突然消えてしまったので、わたしも慌ててしまいまして……驚いて近寄ってしまったのです。今そこにあったものが一瞬でなくなることが、こんなに驚くことだとは思いませんでした……」
先に伝えておいてもダメだったか……
それだけステルス性能が高いって事だね。
「すると少しして、ボグコリーナ様のお声が空から突然聞こえて、そしてわたしに赤い光が降り注いだのです!」
空から声!
船が消えてるから何も無い空から声が聞こえたように思えるんだね。
それと赤い光?!
あ、『ガイドの外側』へ退避勧告してたから、地上にはガイドが表示されてたのか。
魔法の光って──
「炎のように赤い光が辺り一帯を染め上げたので、このままここに居たら燃やされてしまうのではないかと思って、光の範囲から逃げ出しました。外側から眺めていても何の変化も起きませんでしたので、わたしの杞憂だったようですが……」
攻撃魔法だったらと思うとゾッとしないか……侍従さんには悪いことをしたね。
ガイド光の色は変えられるだろうから、安全そうな色に変えたら──それだと退避しないから意味ないのか?
光に害はないことを説明して、色は今のままにしておこう。
他は問題なかったかな?
「ええ、後は消えたときと同じように突然船が現れたぐらいです。消えたところを見ていますから、出て来たときはそれほど驚きませんでした」
「ご報告ありがとうございます。外からどんな風に見えるのか分かって大変助かりました。後ほど、レバンテ様を通してお礼をさせて頂きます」
心労も掛けてしまったようなので、何かお礼をしておきたい。
と思って言ってみたけど、侍従さんが勢い良く首を左右に振っている。
「いいえ、滅相も御座いません! ボグコリーナ様がこのお屋敷で快適に過ごせるように補佐せよと主から仰せつかっていますので、ボグコリーナ様からお役に立てたことを伝えて下さっただけで光栄で御座います」
誇らしそうに胸を張る侍従さん。
うん、やっぱりお礼をしよう。
職務を全うする人ほど報酬を得るに値する。
「して、ボグコリーナ嬢はこの後どうするのだ? これで飛行実験とやらは終わりなのか?」
いつの間にか展望デッキから出て来ていた陛下に、この後の予定を聞かれてしまった。
現実に帰ってくるまで暫く時間が掛かるかと思ったけど、退屈させてしまったかな?
期待の視線が投げかけられている気がする。
その期待には答えるつもりだから安心して欲しい。
曲芸飛行をするつもりはないけど、少し辺りを飛んでみようと思う。
全方向への移動可否確認、飛行時の速度と安定性の確認、オートパイロットなんかの機能も確認するつもりだ。
さあ、今度こそ飛行実験を開始しよう!