2-063 遠回りした方が得るものが多いようで
僕はタムールから魔法武具を受け取るに当たって、荷物の積載方法について考えていた。
なんせ、この世界にない空飛ぶ船だ。
誰もノウハウを持っていないはず。
まずは、ガラキが引っ張ってきた荷車とどう違うかから考えよう。
この船の場合、空を飛んでいる時の荷物に掛かる「力」は、荷車で道を進むのに比べて少ないだろう。
色んな魔法の効果で、まず、本来は一番力が掛かる離着陸時の慣性力も、感じないほどに低く抑えられる。
そして、本来は飛んでるときも気流やエンジンによって振動が起きるけど、この船にはエンジンがないし、気流の影響も受けないように魔法が使われる。
そう考えると、殆ど力が掛からないから適当に積んでも大丈夫なような……
しかしながら、万が一を考えたい。
もし船が傾いたりして、魔法武具が滑ってきた場合、人に当たれば怪我は免れられない。
最悪、死ぬと思う。
僕やミレルやスヴェトラーナは防御魔法で大丈夫だけど、死なれたら非常にまずい王族が一緒に乗っているわけで、万が一が起こると僕が困る。
仮にも医者を名乗ってるのに、みすみす怪我をさせるわけにはいかないし。
誰も怪我をしないように、自分が納得する程度は、安全な方法を考えておきたい。
リスクマネジメントってやつだ。
せめて、普通に海をいく船程度の安全策はとっておきたい。
荷車は四辺に側板が付いていて、積み降ろしは面倒だけど積んだ荷物がこぼれ落ちないようなタイプだった。
荷車の中を見れば、基本的に武具を袋に入れて縛ってあるだけで、中でごろごろ転がるのは自由にさせているようだ。
荷車だと、普段はガタガタ揺れるぐらいで、載せられた荷物は、揺れる度に音を鳴らしながら少しずつ移動していくだけだろう。
強い力で牽引するにしても馬が引く程度だから、急発進でも荷物が放り出されるほどの力は掛からない。
斜面を上り下りするときに、多少は滑って移動するだろうけど、側板があるから荷物が飛び出すことはない。
荷車が引っくり返れば、荷物は投げ出されて地面に散乱することになるだろうけど、そんな事態が発生する時は、地震や爆発だったりするだろうから、むしろその原因の方が危険だと思う。
今回みたいに台車の上に布が被せられていれば、多少転がっても荷物が飛び出すような危険は無いだろう。
荷車としては充分な安全策だと思う。
さて、荷車のこの安全策を、このまま帆船に適用して上手くいくかというと、揺れや力の掛かり方が違うから上手くいかない。
もう少し固定しておかないと、波が大きくなったら飛んでいくものも出てくるだろう。
船なら、箱や樽に入れてがっちり固定しておくものだと思う。
うん、荷車のことは考えても仕方なかったね。
最初から帆船の荷物を想像すれば良かった。
なら、樽や箱に入れるとして、どんな入れ物にするかだけど……
どうせなら、一品一品別々に入ってる方が、荷物同士が擦れて傷が付くこともないから良いと思う。
というか、魔法武具は高級品なのに、なぜ箱に入ってないの?
廃棄処分される予定だから?
「要望があればお造りしておりましたが、基本的に武具を箱に入れておくことは恥とされておりますので、箱を要望される方はほぼいませんでした。傷も同様で、使い込んで傷が付いているほど誉れなのです。もちろん、手入れをしていないとか刃こぼれなども恥ですが」
営業スマイルでタムールが説明してくれるけど、ガラキは訝しげな視線を送っている。
ガラキはこの国の人ではないから、レムス王国以外では違うのかも知れない。
そうしておいた方が手間が少なく、傷が付いていても文句を言われないから、商人の方からそういう文化を作り上げたのかもしれないね。
でも、出兵する時に武具を持っていくとしたら、箱がいりそうだけど……この国では長距離を移動する戦争がなく、持ち運ぶ必要もなかったのかも?
シシイに視線を送ってみたけど、傭兵は性能に関わらない傷なんて気にしねぇよ、と肩をすくめられた。
刃こぼれは不良品に該当すると。
だから、シシイとスヴェトラーナが模擬戦で欠けたことは、性能に関わる初期不良としてクレームに値すると思ったわけだ。
鍔が欠けたんだったら、シシイはクレームに付き合ってくれなかったかもしれないし、タムールもクレームとして受け付けなかっただろう。
宝剣でもないかぎりは、箱なんていらないんだね。
文化的にはその考えに合わせた方が良いんだろうけど……
ここは安全を取りたい。
持ち運びが多くなったら箱文化は定着するらしいし。
しかし、武具のサイズがバラバラだな。
武器は剣だけでも短い物や長い物もあれば、シシイの使うような大きな剣もあるし、槍のような長物もある。
防具は全身鎧こそないものの、大きいのは胸当てや盾、小さい物だと手甲や脛甲がある。
確か、体積や面積や長さがバラバラだと、面積利用率や体積利用率が悪くなって、輸送効率が落ちるんだよね?
かといって、一番大きい物の大きさに箱を合わせると、結局空気ばかり運んで同じことになるんだよね。
定数比で各辺を構成した箱にして、比率違いで数種類の箱を作れば、同じ大きさじゃないけど組み合わせ方でキレイな直方体にすることが出来る。
でも、組み合わせを考えるのが大変だし、いまここにある物がそのパターン合致しないかもしれない。
そうなると……タムールの知ってそうだった、いわゆるインベントリ的な魔法のカバン?
空間系の魔法は僕の扱えない魔法だから作れないよね……
じゃあ、この船と同じ発想で良いんじゃない?
入れたときに変形して、取り出すときに元通りになれば、武具の形状に関係なく同じ箱で済むよね。
これは名案だ。
自画自賛だけど。
問題はそんな魔法が……あるんだね、これが。
本来宇宙船というのは限られたスペースを有効活用しなければならず、空いてる空間なら天井でも使うのがセオリー。
だから、こんなお洒落な宇宙船を個人で勝手に作り出せる時代よりもっと古い時代には、体積を最大限利用するための魔法があるみたい。
統術『自在倉庫』……って、倉庫の大きさが自在に変えられるって意味じゃない?
この名前だと、入れたものの大きさが箱に合わせて自在に変わる、って意味だとは思わないよ……
この魔法は、自在倉庫で指定した入れ物の中に何かを入れるときに、その形状を覚えるらしい。
そして、箱の中にある間は違う形状、場合によっては違う材質にして、体積をフル活用して保管しておくらしい。
取り出すときに覚えておいた材質や形状に戻るって……金属は比較的安定してるから良いけど、ゴムとか革みたいな結合状態が複雑な物も、完全再現できるような情報を覚えておくのかな?
いや、そもそも、魔石ってどんな組成なのか知らないけど、魔法を覚えておける性質から言ってかなり複雑な気がするんだけど……
うん、深いことは気にしてはいけないね。
何か物を入れて取り出してみれば分かることだよ。
因みに、生物は魔法の対象外になってるらしい。
「引っ越しのことを考えると荷車は持って帰ってもらった方がいいですね。僕が箱を作るんで、武具を移し替えましょう」
僕が提案すると、みんなで荷室に移動して作業をすることになった。
ミレルやスヴェトラーナには休んでたら良いよって言ったけど、僕が何をするのか気になるらしくついてきた。
みんな魔法に興味があるって事かな。
さてと、じゃあ適当な箱に『自在倉庫』を登録した魔石を貼り付けて、ミニマリスト垂涎の便利な箱を作ってみよう。
魔法が使える時代のミニマリストは、本当に何も持ってないかもしれないけど。
なんて思っていると、もう形になっている。
ほんと魔法って便利。
出来上がった自在倉庫ならぬ自在箱を、荷室の床にでんっと置いた。
両手でギリ抱えられるサイズだ。
この大きさが全て鉄で埋まったら、持ち上げられなくなると思うけど、それはそれ。
底にはフォークが刺さるように切り欠きを作ってあるので、フォークリフトやハンドリフターがあれば、力がなくても持ち運べるよ?
そんな便利な物あったら、ガラキが荷車を引っ張ってきてないと思うけど。
出来上がった箱には、エンプティーというAR表示が浮かび上がっている。
取説がないので使い方が分からないけど、普通に箱を開けて入れたら良いのかな?
パカリと箱を開けて、タムールから小さめの魔法剣を1つ受け取り、魔法剣に『身体精密検査』をかけてから、箱にそっと置いた。
置いただけでは何も変化は無い。
箱を閉めると魔石が点滅して、AR表示がエンプティーからパーセント表示に変わった。
といっても、まだ1パーセントに満たない値だけど。
じゃあ、開けて取り出してみよう……と思ったけど、箱が開けられない!?
中に物を入れたら開けられなくなるの??
どうやったら開けられるのかと思って表面を触っていると、アイコンがひとつAR表示されているのに気が付いた。
アイコンというより、中に入れた物の写真のような気がするけど……
アイコンにはIDが書かれていて「1」が割り振られている。
1個目に入れたものってことかな?
そしてIDの横には「小さめの魔法剣」と、さっき僕が入れるときに思った言葉がそのまま書かれている。
識別名称には、入れる人がその物に対して持つ印象がそのまま付くのか……
命名方法に微妙な気持ちになっていると、アイコンの上に更に情報が追加された。
ジーッと見るのは、スマホでロングタップする感覚と同じっぽい。
追加情報は、『身体精密検査』で見た情報と同じだった。
なるほど、たくさん入ってたらこうやって見分けるんだね。
探すのが難しそうだ。
思考と視線でこれだけ動かせるって事は、取り出す方法も考えれば良いだけかな?
と思ってみたけれど、魔法剣は出てこない。
勝手に飛び出されても困るから、安全策かな?
じゃあ、アイコンを触れば──アイコンには触れたはずなのに、物理的に何かに触れた感触がある。
アイコンを握るようにすると、いつの間にか魔法剣の柄が手の中にあり、引っ張ると魔法剣がついて出て来た。
『おおーっ!!』
みんなの歓声が聞こえたけど、僕も同じ気分だ。
魔法すげー!
でも、インターフェースの使い勝手がスマホに似てることから考えて、確かに僕の良く知ってる地球で生まれた技術のようだ。
向こうで途中リタイアしていなかったとしても、生きてる内に実現した技術とは到底思えないほどに、どうなってるのかメカニズムが分からない。
世の中に魔法が生まれるのは、僕の生きていた頃から何百年も先の話なんだろうね。
箱を開けずに物が取り出せるということは、箱を開けずに物を入れることが出来るということ。
試しに今取り出した魔法剣を魔石に触れさせてみると、溶けて吸い込まれるようにシュルリと入っていった。
『おおぉっ!!』
「消えました!?」
さっきより歓声が強い。
ゲームのインベントリ感がすごい!
無限インベントリは中の空間自体を変えるけど、有限インベントリはこうやって入れる物の物質を変換させて、容量ギリギリまで詰めるのかもしれない。
となると、質量は保存されるので、物理的に持ち歩ける量は限られてくるだろうね。
いや、でも、『物体浮上』の魔法を併用すれば、重さも気にしなくて良い!
後は大きさだけが問題かな……
じゃあ次は、複数個保管した場合どうなるかを見てみたい。
タムールに似たような魔法剣を幾つかピックアップしてもらって、順番に自在箱へと放り込んだ。
入れた数だけアイコンが増えて、順番にIDも名前もつけられた。
名前はやっぱり僕の感性の影響で、魔法剣1みたいにナンバリングされてしまった。
名称が分かりにくいから、やっぱり目的の物が取り出しにくいような?
似たような物だからどれでも良いといえば良いけど……例えば、この中で一番切れ味が良い物を出したいとか。
なんて、思ったら、アイコンの順番が並べ変わって色が付いた。
うん、知ってた。
魔法って人の思考を読んで、勝手に結果を返すよね。
一番条件に適合してるのが赤なのかな?
適合度合いで色が薄くなるような……
じゃあ、一番最初に入れた物を取り出したい。
と思えば、アイコンが一つだけ赤になって、他は灰色になった。
確かに、ナンバー検索したら、適合する物って一つしかないもんね。
これなら、見た目で差がわからなくても使いやすいか。
いやむしろ、見た目で分からない情報も、勝手に比較して適合度を出してくれるんだから、普通に箱に入れるより分かりやすくなったんじゃない?!
魔法ってすげー!
じゃあじゃあ次は、明らかに入らなさそうな長物にトライ。
魔法の実験って楽しくなってきちゃうよね。
自在箱に槍を差し入れると──どんどん飲み込んでいく!
明らかにもう突き抜けてても良いだろうに、石突きまで飲み込んで、アイコンがポンっと追加された。
『うわぁ!?』
「穂先はどこに行ったんでやすか!?」
良い反応を返してくれたのはガラキだ。
今までの物も大概だったと思うけど、長物が消えるのは格別だったようだ。
中身がどんな状態になってるのかとても気になってきた。
見る方法はないのかな?
魔石をジッと見つめてみると、メニューっぽいものが出てきた。
ステータスとかプロパティみたいな項目があるかと思ったけど、あるのは設定ぐらいだった。
表示形式をパーセントからバー表示に変えられたり、検索時の結果表示の色を変えられたり、アイコンの大きさや表示する情報の種類が変えられたり……まんまアプリだね。
そうそう他にも、データの種類を限定的に出来たり、データの圧縮方法を変えられたり……圧縮方法? 圧縮率? 可逆設定? エグジフ設定?
って、画像ファイルじゃないんだから?!
物質すらも魔法にかかるとデータ扱いなのね……
圧縮方法は全然分からない名前が並んでるけど、何となくどんな物質に変換して保管するかを設定するような……?
温泉作ったときに僕がやった、土砂をプラチナにして圧縮した、みたいに変換後の材質が変えられそう。
圧縮率は、最大圧縮率を変えられるみたいだ。
これ、低い値に設定したら、材質は変えないって事かな?
可逆設定は、可逆か非可逆を選ぶだけ。
非可逆にするとたぶん圧縮率を上げられるんだろうけど……取り出したときにどうなるのか……
あれだよね?
滑らかだったエッジがガタガタになるとかだよね?
それって刃物だと切れ味落ちるじゃん……
うん、やっぱり可逆設定だよね。
神絵が劣化するなんて絶えられない。
エグジフはインターネットに投稿するわけでもないから、とりあえず今のまま有効にしておこう。
だから、画像ファイルじゃないんだって!
何となく、この魔法が何をして空間を有効利用してるのか分かってきた気がする。
中の状態は知らない方がたぶん幸せだね。
中のことは気にせず、最後まで片付けてしまおう。
ということで、圧縮率をできる限り上げて──あら不思議、山のようにあった魔法武具が、絶対入りそうに無い大きさの箱に、キレイに収まりました!
「農具とか仕舞っておくのに便利そうね!」
村娘らしい発言が出ましたねミレルさん。
「わたしは何もすることなくキレイに片付いちゃいましたね」
スヴェトラーナは手伝いたかったのかな?
「これなら好きなだけ投げ物を持てるじゃねえか」
シシイの言葉にイノも頷いてるけど、それが出来るのは異種族限定だと思うよ?
「はー、魔法ってこんな便利なもんなんでやすなぁ」
異種族は日常的に魔法使ってるだろうに、驚くことなの?
「なるほど、この魔法をお使いだったんですね……」
と最後にタムールが呟いたけど、たぶんそれ勘違いだと思う。
でも、否定はしない。
真実はシエナ村に来たときに教えるよ。
この自在箱で輸送するなら、ヤミツロ領の関税も回避できたかもね。
動かすのが大変な重さだけど。
さて後は、自在箱を荷室に固定すれば完了。
これは船に備え付けの機能を起動すれば、貼り付いたように動かなくなる。
そりゃ宇宙船なんだから、無重力状態でも荷物が宙を漂わないようにする機能があるよね。
……この機能使ったら、バラバラのままでも、全く動かなかったかもね……
無駄な遠回りをしたような気がするけど、自在倉庫という便利な魔法が使えるようになったから良しとしよう!
「ボグコリーナさまぁ〜!!」
ひと仕事終えたところで、外から声が掛かった。
あれ?
レバンテ様の侍従さんの声だね。
慌てた感じで呼び出すってことは、レバンテ様が帰ってきたのかな?