2-062 思考短縮
ボクを苦しみから解放して下さったボグコリーナ様が、シエナ村にお帰りになるとレバンテ様のお屋敷にご挨拶に来られました。
ボクはまだこのレバンテ様のお屋敷で、フェルール殿下の代わりを務めています。
それも、ボグコリーナ様についてシエナ村に行くまでの間です。
残された時間はもう少しです。
半生をフェルール殿下として生きてきたので、名残惜しいのか寂寥感を抱いてしまいます。
同時に、フェルール殿下でなくなってしまう不安感もあります。
重荷が取れたことから救われた思いはあり、「解放」と表現したものの、気持ちは複雑です。
ボグコリーナ様との旅程は、気持ちの整理を行う日々となるでしょう。
シエナ村まででしたら、急げば5日ぐらい、のんびり行って10日ぐらいでしょうか?
なんて、気軽に考えていました……ボグコリーナ様の魔法を見るまでは。
神の奇跡を目の当たりにしているようです。
ツヴァイ大司教は悪魔と仰いましたが、ボクから見るとその魔法は、造物主のお力のように見えました。
全てのものを創造し、また無に帰する力、そう感じさせるに充分な魔法をわたしは見ました。
教会の教えには、様々な天使や聖女が出て来ますが、これほどまでのお力をお持ちなのは、造物主である神以外に出て来ませんでした。
いま先ほど、短い時間で見た魔法だけでも2つ。
人魚の入った水槽を解体した魔法と、丘に船を創り上げた魔法です。
そしてその上、この船で飛んで帰ると仰るのです。
あまり目にする機会のない魔法ですが、それでもどの魔法も類を見ないほどに高度で洗練されている魔法です。
たぶんそうです……いえ絶対。
これほどの魔法を使えるのは、ボグコリーナ様以外にいないと思います。
ボクは見たことがありませんが、創造された船は海を渡って遠くの国へ行く為の船に似ているようです。
ただ、乗り降りの仕方が全く異なるようです。
ひとりでに変形して人が乗れるようになるなんて、船に意志でもあるのでしょうか?
ボグコリーナ様が創られたのだからあるのかもしれません。
そして、船内の装飾も、華美ではなく落ち着いた雰囲気でしたが、どれも上質な品であることが伺われる装いでした。
それは至る処に現れる「美しさ」から分かりました。
それはそれは微に入り細を穿って創られていたのです。
例えばドアノブひとつとっても、その形状の美しさ、その装飾の細やかさ、その表面の滑らかさ、その捻ったときの操作感など、ただ扉を開くだけただ扉をくぐるだけで、そこに今まで感じたことない満足感を得たのです。
王宮にもこのような物はありませんでした。
この国は数世代前まで戦争をしていましたから、王宮はそこまで立派ではないらしいです。
それでもここ十数年で拡張されて、流行や技術を詰め込んだ部屋も新しく作られました。
魔法による灯り、魔法による暖炉、魔法による音楽が聴けたりと、魔石を使った魔法技術が幾つも取り入れられていますし、交易で遠方から取り寄せられた珍しい品や、職人が技を凝らした家具など、今この国で作れる最高級の物達を集めた部屋です。
それでも、このボグコリーナ様の創り出した物には、全く及ばない物でした。
更にボグコリーナ様は、様々な飲み物や食べ物をどこからか取り出し、皆に配っては感想を聞いていました。
きっとこれも、魔法で創られた物に違いありません。
甘みのバランスが絶妙なお菓子だったり、不思議と元気の出てくる水だったり、王宮でも食べたことがないものばかりでした。
ボグコリーナ様の創る物は、この国にない知識やセンスによって創られているとしか思えません。
それは神の領域なのではないでしょうか……
さて、そんなボグコリーナ様の魔法のおかげで、シエナ村には半日も掛からずに着いてしまうというのですから、ボクがこれからのことで悩む時間はなくなりました。
今日中に気持ちの整理をしなければなりません。
急なことにあたふたしてしまいます。
ですが、こんなにも凄い、超越者と言って差し支えないボグコリーナ様の村に行くのです。
これからのことを不安に思う必要などないのでしょう。
ボクはご用命のままに、ボクがこの王都で得た知識や技術を、全てフェルール殿下に引き継ぐことに集中すれば良いのです。
フェルール殿下やフェニシア王妃との関係が上手くいくことに、努力すれば良いのでしょう。
そもそもボクは、人前に立って皆を先導するような性格ではないのです。
そんな方を育てる立場として、陰からお役に立てればそれで良いのです。
いえむしろ、そういう役に徹したいのです。
ですので、ボクはボグコリーナ様に出会えて良かったと思います。
あのままフェルール殿下として、隠しごとをしてバレることに怯えて生きていくより、自分らしく生きていくことが出来るでしょう。
そのことに今は感謝をし、シエナ村で待ち受ける生活に臨みたいと思います。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕たちは、タムールとガラキの2人に、一通り船内を案内をした後、目を回してしまったガラキが落ち着くのを待っていた。
2人はお昼ご飯をすでに食べてきているというので、僕たちは今のうちに遅いお昼ご飯を頂くことにした。
船内には調理施設もあるから、料理も作れるんだけど、今日は魔法で作った食事をクタレにも食べてもらうことにした。
そのまま王族に出せるか確認しておきたいからだ。
いつものレモン水やカロリーバー、他にも様々な食べ物飲み物を用意した。
飲食物を作る魔法は、リストアップしたら一日で確認できないぐらい種類があるので、お腹いっぱいになるまで飲み食いしてもらっても、全て出しきることは無い。
クタレの感想は概ね良好で、中には受け付けてくれない物もあったけど、ほとんどの物は美味しく食べてくれた。
いつの間にか、ガラキも復活して食べていたので、タムールも交えて一緒に軽食を食べてもらった。
誰からも不満が出ることなく、皆満足げにしていたので、僕も美味しかったです。
じゃなくて、彼らが持ってきた荷物の話しないと。
皆が落ち着いてから、4人掛けのテーブルに、僕とクタレとタムールとガラキが座って話を始めた。
「単刀直入に言いますと、厄介な物を押し付けに来ました」
タムールのとても正直な言葉だ。
そんな荷物、僕が引き取らないという可能性もあるのではないかな?
でも、それを隠さずに話すというところが、タムールの話術なのだろう。
デメリットを先に言ってから、メリットを持ち掛けた方が、メリットが大きい場合は相手がOKを出しやすいだろうからね。
「あなたがヤミツロを回避してプラホヴァ領に戻られると、陛下から伺いました。陛下から急ぎで御連絡が来たことから、これはシエナ村へ輸送する予定の物で、関税の高い物を一緒にお持ち帰り頂くためと思い、持参致した次第です」
タムールの言葉を受けて、ガラキが荷車に掛かっていた布を取り払った。
「なるほど、これは確かに先に持ち帰った方が良さそうですね」
荷車に積まれているのは魔法武具のようだ。
貴族相手に売っていた物だから、市場価格で見積もられると非常に高い。
非常に高いと言うことは、シエナ村へ帰る途中、ヤミツロで法外な関税がかけられるということ。
だからこそ、節税のために輸送業者やルートを選ぶのは当然のことだ。
僕は輸送業者じゃなくて最終客先だけどね。
魔法武具は、陛下がシエナ村へ持っていくことに許可を出し、その輸送費を持つとまで言った物だ。
ああ、一番安上がりな方法が浮上したから飛びついて、タムールに即提案したということか。
そして、陛下の懐も一切痛まないですね。
やっぱり国王陛下ともなると、強かでないとダメだからね。
良い人なだけだと、人に好かれるだけで、国を潰すだろうから。
「陛下から、あなたの帰り支度に影響しては悪いと、こちらも預かっております。考慮の一助にして頂ければと思います」
荷車の一角に置かれていた箱を、ガラキが机に置いた。
両手で持てる程度の簡素な木箱だ。
タムールはニコニコしたままこちらを見ていて、箱を開ける素振りは見えない。
ガラキは何気なく運んだけど、たぶん中身は相当重い。
船に備え付けの机は、これまた木製に見えるけどその強度は金属と変わらない。
そのくせ手触りは柔らかいから、何か表面加工がされているのだろうけど、重い荷物を置いたところでヘコむこともなければ、ミシリとも言わない。
ならばなぜ重いことが分かったかというと、その木箱自体が重みに悲鳴を上げていたからだ。
この大きさでこれだけ重いということは、中身は重金属だろう。
木箱が苦しそうにしてるということは、量にもよるけど鉄より遙かに比重が高い気がする。
量からいって比較的産出量の多いもの。
防御魔法が自動発動しないと言うことは、放射性金属ではなさそうだ。
依頼先に対して、わざわざ陛下が木箱に入れて運ばせる重金属、ということは……
「金貨か白金貨ですか……随分多いようですが」
「お見通しですか。陛下も今回のことは、円満に進めたいとお考えなのでしょう。いらぬ誤解を生んで、あなたとの良好な関係を崩したくないのですよ」
タムールは苦笑いをしながら、木箱の蓋を開けた。
中にはびっしりと白金貨が並べられていて、落ち着いた光沢を見せている。
余り使われることがない硬貨だからか、新しい硬貨を集めてきたからか、全く光が鈍っていない。
硬貨一枚の大きさは、今まで見た中で一番小さい。
銅貨が一番大きく、白金貨が一番小さいみたい。
箱の大きさから考えて、白金貨は1000枚ぐらい入っていそう。
ということは、どのぐらいの価値かというと……
規模が大きすぎて価値が分からないよ!!
これって国家予算とかそんなレベルじゃないの??
強かだとか思ってごめんなさい。
そんな優しいもんじゃなかった。
「多過ぎて感覚が分からなくなりますね。このお金で何ができるんでしょうか?」
「大体、田舎の山にお城を建てるのに必要な全ての経費がちょうどそのぐらいですね」
今度は爽やかな笑顔でタムールが答えてくれた。
なんでタムールがそんなことを知っているのか……は気にしないことにして、なるほど、王族を住まわせるのに必要経費という事ね。
魔法武具や王子達の輸送はついででしかないと。
しかし、お城作りは数年かけて少しずつ支払うものだと思うから、そんな大金を一気に吐き出して、国庫が空にならないか心配になる額だ。
国庫に戻してもらった方が良いんじゃないかな……?
だいたい、白金貨は使い勝手の悪い硬貨だし、シエナ村ではお金の使い道があんまりないし、僕は魔法で何でも解決してしまうし。
使うとしたら魔法を使わないようにする為ぐらいだから、気にせず魔法を使うシエナ村ではやっぱり硬貨は使わない。
ということで、正直こんな大金の使い道もなければ、必要ともしていない。
魔法武具の輸送は引き受けて、お金の受け取りを拒否しても良いけど……タムールやガラキが、後々シエナ村に持って来そうだな。
そうなったら、彼らを危険に晒す可能性があるし、これまたヤミツロ領で余計なお金を取られるかもしれないか。
どうあっても最終的には断れないってことね。
ううん、確かに「厄介な物を押し付けに来た」だね。
仕方がないので一度受け取って、国に還るように使っていくことにしよう。
「北への旅費も含まれていると思われます」
ぐぬぬ、確かにお金がいるか……
花火の話も陛下には理解してもらえたから、北に行ってもお話しして納得してもらって帰る、って思ってたけどさすがに楽観的だったか。
陛下が準備してくれるってことは、もしかしたらお金で交渉するのが有効な領なのかも。
それなら、交渉材料は多い方が良いもんね。
そうなると、尚のこと、このお金は受け取らざるを得ないか。
といっても、交渉材料としては、100枚もあれば充分な額だと思う……後は、彼らが村に来てから相談しよう。
北に行けるのは冬を越してからになりそうだから、時間はあると思う。
「分かりました、武具もお金も引き取ります」
クタレは胸に手を当ててホッと息を吐き出し、タムールはいつもと変わらない笑顔で、ガラキは腕を組んで頷いている。
クタレ以外は、最初から僕が引き受けると思っていたってことか。
現状だけを見ると、僕にとって利益しかない話だからね。
だからこそ、後が怖いから受け取りたくないんだけど。
僕が引き取ることを決めたので、あっさりと話は終了した。
後は荷車に載った魔法武具を受け取るだけ。
彼らがすぐに引っ越しすることを考えると、荷車は返しておきたい。
同じような荷車を作って載せ替えれば良いかな?
それだと空を飛んでるときに転がっていってしまうかな?
この船で荷物を運ぶ機会も増えるかもしれないし、少し荷物の運び方を考えておいた方が良いかも。